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もとは美術展評のブログ 絵画と映画と小説と、そして哲学を少々

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「戦略的ジャポニスム」について : 村上隆と会田誠 

「戦略的ジャポニスム」とは日本の美術家が欧米で認められるためのジャポニスムのことだ。

最初の「戦略的ジャポニスム」は黒田清輝の《智・感・情》である。《智・感・情》はもともとは「思想的骨格を備えた構想画」として描かれたもので、外光派の自然なスケッチである《湖畔》と対で白馬会第二回展 に出品された。このときは、まだ「戦略的ジャポニスム」というわけではなかったが、1900年のパリ万博に出品されたときは、当然、日本趣味の作品として出品された。フランスの審査員もそう受け取ったにちがいない。結果は、日本画壇にさえ違和感を与えた《智・感・情》の方が銀メダルを得た。これ以降、日本の美術が世界に認められるためには「戦略的ジャポニスム」が 有効な唯一の方法になった。

その象徴的な出来事が、「スーパーフラット」の村上隆が、黒田清輝の《智・感・情》をリメイクしたことだ。スーパーフラットとは、戦略的ジャポニスムのことであり、「おたく」ばかりではなく、ポップもグラフィティもフィギュアも原子爆弾もTsunamiも、それから最近では「もの派」も、あらゆる日本の現代美術を飲み込む《スーパージャポニズム》になった。

村上隆と並ぶ、もう一人の日本を代表する現代美術家の会田誠はどうだろう。最近、コンセプチャリズム宣言をしたけれど、明らかにジャポニスムの作家に属すると思われる。しかし、世界に認められるために日本的なものを利用しているわけではない。会田の芸術観は、森美術館の個展の宣言文『いかにすれば世界で最も偉大な芸術家になれるか』に表れている()。最初に読むと、一瞬、逆説かと思うが、これはアイロニーでもギャグでもなく、会田誠の真摯な「日本美術防衛論」である。

『宣言』の意味は、村上隆の芸術論と比較するとよく分かる。村上隆は英語をしゃべり、コレクターやキュレーターや批評家を招いてパーティを開き、スーパーフラット の歴史をさかのぼり、酒はほどほどにして、納期は守り、お金はカイカイキキに投資する。『宣言』の真逆をやることで、村上は世界に認められ、オークションの売上高のランク入りをはたした。しかし、相変わらず、キャラ帽子をかぶって、猿回しの猿を自認し、「偉大な芸術家」というにはほど遠い。

会田誠と村上隆は敵対しているように見えるが、そうではない。やり方は異なるけれど、ともに、既成の画壇に反抗し、日本の現代美術を世界に認めさせようとしている点では同士なのだ。二人の違いは、黒田清輝の評価の違いにあらわれている。村上隆は《智・感・情》をリメイクして、黒田にオマージュを捧げた。《智・感・情》にポップを見たのだ。他方、会田にとっては、《湖畔》が(これも主題から見れば、浴衣と団扇という戦略的ジャポニスムなのだが)、日本の近代絵画をダメにした黒田清輝の「折衷的な外光派アカデミズム」の記念碑的作品ということになる。

会田誠のジャポニスムは黒田清輝に対抗した岡倉天心の日本画にある。日本画とは明治という時代にいかに精神的植民地化を回避し、近代日本のアイデンティティを確立すべきかという日本の精神性・思想性であった(『大いなるイラスト』)。現代のように、岩絵具を使えば日本画になるというものではない。会田は、「日本画は春草の《落葉》に始まり、《落葉》に終わる」と言い、文学的レトリックを連ねながら、一方では、ローラーで灰色のペンキを塗って、少し左寄りに電信柱を一本まっすぐに描き、ちょっとニューマンのジップ絵画のような自作『無題(通称=電信柱)』を、戦後日本画の代表作だという。春草の《落葉》にしろ、自作の《無題》にしろ、日本画は空間や遠近法、あるいは画材の問題ではなく、人生観・世界観そのものであり、「感動という個人的体験」だというのだから、それはそれで、理解するのはナカナカ難しい。

それなら、いっそのこと会田誠の原点である「美少女画」からはじめたらどうだろう。《滝の絵》は、ロンドンの個展で、英語がしゃべれないこともあって、日本が懐かしくなり、そのとき頭に浮かんだ「美しい日本の風土with少女」のイメージを描いたものだという。もちろん、《滝の絵》の滝は、春草の《落葉》の武蔵野の雑木林や、会田の《あぜ道》の田んぼと同じように、日本の精神的風景だろうが、主題は風景ではなく、まぎれもなく、スク水の女子中学生の方だ。会田のロリコン趣味は「美少女」から再び、「少女」に戻ったとも言える。

《滝の絵》の少女と、会田も触れている、ルノアールとバルチュスの三人の少女を比べてみよう。会田自身は「穏健なロリータ路線という点で、『滝の絵』と『可愛いイレーヌ』は完全に同一カテゴリーだ」というのだが、ルノアールの少女は成熟した女とあどけない少女が同居している。ただ、ルノアール好きの日本の美術愛好家は、あどけない少女の側面しか見ていない。それに対し、バルチュスの少女は、男を誘惑し翻弄する気まぐれなナボコフのロリータに一番近いといえる。会田の少女はバルチュスとルノアールのどちらの少女にも似ていない。会田の最初の「自家製自家用ポルノ」は大場久美子であり、彼女のデビュー時のキャッチフレーズは「一億人の妹」だった。『滝の絵』の少女は、これまでの《犬》シリーズや《あぜ道》の美少女ともちがう。美少女は一人抜きん出ているものだが、《滝の絵》は四十人の大場久美子が滝で水遊びをしている。男はいない。バルチュスの「挑発」もルノアールの「媚態」もここにはない。

佐藤順子は、この中でキスをしたのが二三組いるという。左下で、緑川さんが岩渕さんの胸を押さえて、「ヤメて」(たぶん)と笑いながら言っている。岩渕さんが緑川さんにキスを迫っているというのだ。後ろで股にくい込んだ水着を直しながら清水さんが笑いながら二人を眺めている。左の水溜りで腹ばいになった同級生が横目で見ている。彼女たちはおたくのためにスクール水着を着ているわけではない。ロリコンの視線から女の「萌し」を守るためだ。ところが日本のロリコンたちは厄介なことに、そういう少女に萌えるのだ。

《滝の絵》には密かに男の視線が描かれている。絵の中央にいる少女がふと気づいたように振り返って、こちらを見ている。会田の視線に気づいたのだ。彼女の視線には非難がましいところも、挑発的なところもない。少女にはだれにでもこんな美しい一瞬があるのだと佐藤順子は言う。

ロリコンには「おたくのロリコン」と「美少女のロリコン」がある。西洋のロリコンと違って、どちらもマスターベイションをするだけのイメージの世界だ。おたくも会田誠も「ことに臨んで」勃起しないからだ。おたくの方は既に村上隆によって戦略的ジャポニスムとして利用されている。全裸の少年が自慰行為で射精しているフィギュアがサザビーのオークションで16億円で落札されたニュースは日本の美術界を驚かせた。一方、美少女ロリコンの方は、本来、戦略的なものではないことは、会田自身がエッセイで述べているとおりだ。「美少女画」は日本画のジャンルとして確立しているけれど、会田誠の《犬》シリーズの「美少女画」は日本画として毀誉褒貶なかばしている。いわんや、欧米で話題になることはあっても、受け入れられることはないだろう。会田自身は「大衆に媚びを売って女々しいイラストまがいの絵」と言っているが、《滝の絵》の少女は、素人の町娘を描いたという歌麿の寛政三美人につながるものがある。

日本の現代美術は、ポップもコンセプチャリズムも、「戦略的ジャポニスム」ばかりで、日本的であることがすなわち世界的であるような、天心が夢見た真正のジャポニスムはどこにもない。そもそも、戦略的であろうが真正であろうが、今回の村上隆の《五百羅漢図》や会田誠の《滝の絵》が、世界からネオ・ジャポニスムと認められたとしても、それはたちどころに、多文化主義に回収されてしまうだろう。

村上隆も会田誠も《世界で最も偉大な芸術家》に成れないのはなぜか。二人とも世界的な水準の仕事をしている。村上隆の森美術館の『五百羅漢図展』はメッセージ性が強調されているが、実はジェフ・クーンズのキッチュが意識されており、フジヤマゲイシャを超えたキッチュなのだ。会田誠の方はコンセプチャルの分野ですでに優れた作品をつくっている。《I-DE-A》(美少女パフォーマンス)はコンセプチャル・アートの元祖コスースの《一つと三つの椅子》を児戯に等しいものにしてしまったし、《1+1=2》はデ・クーニングの《女》の「homeless representation」を具象の女のかわりに恣意的記号の文字にしたものだが、文字はその言葉を知らなければ意味が分からない。そこで、どんな言語にも共通のアラビア数字を使ったところが優れている。しかし、ふたりは日本というローカルな現代美術家という役割を出ることはない。ジェフ・クーンズのアメリカン・キッチュは世界基準だが、村上隆のジャパニーズ・キッチュはローカル基準である。

《偉大な芸術家》と世界から認められた日本人は北斎ひとりだ。それは ジャポニスムのためではなく、モダニズムのためだ。《北斎漫画》のモデルニテ、近代肖像画の確立(写楽)、線遠近法の脱構築、そしてなによりも北斎を偉大な画家にしているのは平面性なのだが、その平面性を理解するためにはマチスをまたなければならなかった。

キュビスムを知っているマチスの平面性と、版画から生まれた北斎の平面性は違うものだけれど、視線がモデルに近いということは、両者に共通だ。春画の平面性は、誇張された性器が見えるように無理やり下半身を正面に向けたのが大きな理由なのだが、視線が近いことで、性器だけではなく、手足や顔も大きく見えたこともある。マチスの木炭画と北斎の春画は身体のパーツがバラバラなように見えて、視線は平面的な空間をスムーズに流れる。北斎は春画のデフォルメで数学的遠近法を解体し、マチスより早く、絵画の平面性を発見したといえる。

会田誠も村上隆もモダニストの北斎をしらない。会田さんは《蛸と海女》のパロディを描いたし、村上さんは辻惟雄との「絵合せ」で北斎春画の《大つび絵》の「お題」に応えているけれど、どちらもモダニストの北斎ではない。パロディも絵合せもどちらかと言えば形式より内容が重要になる。日本の現代美術家の中で、北斎(写楽)の役者絵の「線」から学んだのは奈良美智だけである(『奈良美智の線』参照)。『写楽は北斎である』の著者田中英道は、「日本の画家の中で、本当の日本人の顔を描いたのが写楽である」と言っている。奈良美智の少女を漫画のキャラと間違っている人がいるが、よく見れば、喜怒哀楽の表情の奥に少女の内面性が見えてくる。しかし、残念なことに奈良美智は写楽の役者絵から学んだ近代的な人間描写の線を、春画のフォーマリスティックな平面性に展開することは出来なかった。そのかわりというわけではないだろうが、奈良美智は、少女に“NO NUKES NO WAR”のプラカードを下げさせて、キャラ化してしまう。その結果、TOKYO POPと言われた村上奈良会田のなかで、ひとり、魅力的な線のひけた奈良美智まで、他のふたりと同じように「主題画化」(柿栖 恒昭)の誘惑に負けてしまった。

北斎のモダニズムを知らない日本の現代美術家は「偉大な芸術家」になれないとすれば、マチスを見る喜びを知らず、モダニズムを忘れたてしまったポストモダンの世界の美術界はもはや偉大な芸術家を生みだすことは出来ない。そもそも、かれらはしゃべりすぎだ。現代美術は言葉とセットになっている。理論がなければ、誰も安心して作品に投資しない。だから、批評家兼業の現代美術家がふえている。かっては文学者が作品鑑賞をしたけれど、今は哲学者が解説してくれる。

現代美術の主題画化がこのことに拍車をかけている。現代の主題画とは、宗教でも歴史でもない、政治なのだ。しかし、3・11の大地震は久しぶりの宗教的主題に美術業界は浮足だった。絵描きたちは巨大津波や原発事故の放射能汚染に神の怒りを見た。しかし、傑作など一つも生まれなかった。絵画の「主題画化」に抵抗し、北斎の線をマチスの線に繋げようとする試みが、佐藤順子の《北斎春画オマージュ》である。深い理論があるわけではない。北斎春画の線からはじめて、ピカソの直線とマチスの曲線による平面性の秘密を知りたいと思っている。そこから、偶然に「絵画復活」の糸口が見つかるかもしれない。

一番新しいTwitter画像を添付しておく。




上の作品は線だけのものだが、下の作品には「線と色彩の永遠葛藤」がある。

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2015.11.11[Wed] Post 22:11  CO:0  TB:0  戦略的ジャポニスム  Top▲

会田誠の政治学改め文芸学(政治学後編):「村上春樹は私小説を書くべきである」(小谷野敦)

iPadでブログを編集して、上書きしたら、半分消えた。以下、思い出しながら書いたTwitterの下書をコピペしたものだ。あまりよくはおもいだせなかったので、繋がらない箇所もある。

①【会田家の《檄》】今日朝方目を覚まし、iPadで書き終えた 『会田誠の政治学改め文芸学(政治学後編) : 「村上春樹は私小説を書くべきである」(小谷野敦)』 のテニヲハを寝床で直して、上書きしたら半分以上消えてしまった。もう一度書く気力なし。思い出してメモしておく。

②【会田家の《檄》】:《檄》は、今回の修正撤去問題がなければ、《美少女》や《書道教室》と同じように、会田誠の《文字》シリーズの一つとして、これほどの騒ぎにはならなかったと思う。

③【会田家の《檄》】:ところが、《ビデオ作品》の会田誠が安倍首相そっくりだったので、ことがややこしくなった。そのころ世界中の左派勢力が安倍首相は極右政治家だとネガティブ・キャンペーンをしていた。それで《檄》の文科省批判が安倍内閣の反動的な教育改革の批判と受け取られたわけだ。

④【会田家の《檄》】:岡田裕子と会田誠の二人は、《檄》は「政治的なものではない」と言っている。二人は夫婦だが、「会田家」としては、親子三人の家族なのだ。とすれば、《檄》は彼らのいうとおり政治的なものではなく、教育をめぐるスラップスティックな家庭劇なのだ。

⑤【会田家の《檄》】:佐々木と会田の対談『スキャンダルからの足の洗い方』から。
佐々木豊: 「・・・太宰治が「家庭の幸福は諸悪の根源だ」と言った、小市民のモラルを憎んでどんどんいけるのか」
会田誠: 「・・・だんだん尖った表現はやらなくなってくると思います。でもそれは、家庭の幸福とかのためじゃなくて、ぼくの個人的な変化としてですけど。」

⑥【会田家の《檄》】:檄文は決起を促すもの、どちらかと言えば、「尖った表現」である。三島由紀夫の「檄」も自衛隊員に決起を促すものだった。しかし、会田家の《檄》は決起ではない。子供の教育問題でドタバタして、ただ、「文部科学省に物申す」と家族三人で不平不満を述べているだけだ。

⑦【会田家の《檄》】:三島由紀夫は家族を切り捨て、天皇陛下万歳と叫んで自決する。会田家の《檄》は決起を促すのではない。家族が家庭の幸せを願って、息子寅次郎に「檄を飛ばしている」のだ。

⑧【会田家の《檄》】:学校教育に対する家族の矛盾した不平不満を、国家のことでもないのに《檄》と称したところが「ギャグ」である。これが、《檄》はユーモアであって、政治的なものではないと会田さんがいう根拠なのだ。

⑨【会田家の《檄》】:しかし、そうはうまくいかない。檄文は主義主張を訴える文章である。そうであれば、どこの家庭にもある学校教育に対する不平不満であっても、サヨクの常套句をを避けることは出来ない。そこをサヨクは見逃さない。朝日の『若者、ママたち、SNS』のコラムを見よ。

⑩【会田家の《檄》】:会田誠は確信犯ではないかという疑いは残る。それほど劇的だった。しかし、修正撤去要請された二作品は、「ギャグ」であり、政治的なものではなかった。ところが、「安倍右翼政権打倒」の政治的雰囲気の中でリベラルが利用するのに好都合だったのではないか。

⑪【会田家の《檄》】:誤解されたにもかかわらず、会田誠はこの状況を楽しんでいるように見える。寅次郎を先に帰して、居酒屋で一人で飲んでいた父親が、親子でデモに参加している。もちろんこれは「社会を考える」ことなんだろうが。

⑫【会田家の《檄》】:会田さんは、家庭の幸福ではなく、個人的な変化として、だんだん尖った表現をやらなくなるといっている。年をとれば、ポテンツが減少する。「自家製自家用ポルノ」の画家としての出自をまっとうすることは出来なくなる。そこで会田さんの「隠遁癖」がでてくる。

⑬【会田家の《檄》】:《檄》はドタバタしているが、寅次郎くんに檄を飛ばして、家族三人結束して、「家庭の幸せ」だ。

⑭【会田家の《檄》】:《檄》の「会田家」と「新潟の会田家」は重なっている。中学生のときの自分の父親と、中学生寅次郎の父親である自分と重なっている。会田さんは『青春と変態』の次の小説を書きたいと思いながら果たせないでいると嘆いていた。それなら『会田家の人々』を書けばいい。

⑮【会田家の《檄》】:会田誠は『青春と変態』を書くことで、リアルの美少女を終えて、二次元の美少女に転換する切っ掛けにしたと言っている。

⑯【会田家の《檄》】:それと同じように、『会田家の人々』は、「家庭の幸福」から「隠遁生活」への覚悟を決める小説になる。会田誠は佐々木豊に言う。「ある意味でバルチュスのように長生きして、田舎のほうに引っ込んで、地元の美少女でも描きながら、幸せな晩年を過ごしたいとも思っています」と。

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2015.10.13[Tue] Post 00:01  CO:0  TB:0  -会田誠  Top▲

会田誠の政治学(前編) 「“スキャンダル”からの足の洗い方」(佐々木豊)

東京都現代美術館の企画展『子供展』の会田家の展示作品のうち、《国際会議で演説する日本の総理大臣と名乗る男のビデオ》と《檄》のニ作品が現代美術館側から「子どもにふさわしくない」という理由で、改変あるいは撤去を求められるという騒動が起きた。

会田誠は猛然と抗議した。しかし、「表現の自由」を主張したわけではない。ただ、展示作品は政治的な作品ではないし、これまでも美術作品で党派的な主張をしたことはないと、改変撤去の不当性を訴えただけだ。

確かに、これまでの作品、たとえば、《戦争画RETURNS》や《原爆ドーム》など多くの政治的社会的な作品を描いているが、どれも、反核反戦やPCやフェミニズムの図解的な表現を免れている。彼の作品には常に多義性とアイロニーが隠されている。

会田誠が28歳のとき、小学生や中学生になって描いた《ポスター》シリーズがある。そのなかに小1の《平和》と小6の《愛》のポスターがあるのだけれど、「LOVE and PEACE」といえば、「お花畑の思想」である。ところが、そのポスターは小学生が描いたもので、大人の口真似をしているだけか、あるいは先生が出した課題にしたがっているだけかもしれない。誰も小学生がそんな「深い思想」を持っているとは思わない。そして、それはSNSデモに参加しているという若者たちへの皮肉にもなるだろう。

《ポスター》シリーズにアイロニーがあるのは、奈良美智の「NO NUKES, NO WAR」のプラカードを持ち、怒りに燃えた目をした少女の絵と比べてみれば、一目瞭然だ。そう考えれば、《国際会議で演説する日本の総理大臣と名乗る男のビデオ》と《檄》の二作品は一方の党派を支持するような政治的なものではないという会田の言い分を認めることができるだろうし、「子どもにふさわしくない」という批判は不当な言いがかりだといえる。もちろん、どんな理由があろうが、いったん展示を認めたものをあとで撤去しろというのは論外だ。

しかし、問題はその後だ。会田誠が「政治的なものではない」と、いくら主張しても、それに逆らうように、これは「極右政権安倍内閣の批判」だという意見が内外から出てくる。何故だろう。

《国際会議で演説する日本の総理大臣と名乗る男のビデオ》に関しては容易に理解できる。事情は「従軍慰安婦」と同じで、欧米人には日本の性文化が理解できないように、江戸時代の鎖国制度の歴史的意味もを知らないからだ。そんな欧米人にとって鎖国政策は、難民を受け入れないネオ・ナチということになる。日本語ができない外国ジャーナリストの情報源は限られているということもあって、安倍首相と聞けば条件反射的に歴史修正主義者と考えるようだ。

国内では《ビデオ作品》より《檄》の方がより多くのコメントを集めたという。《鎖国》が日本であまり騒がれないのは、江戸時代の鎖国を知っているし、近い将来東アジアで破綻があれば、否応なく難民問題に直面するのだが、サヨクはことの重大さに気づかない。それに比べると、《檄》は、直接文化行政に関わる文科省を批判しているので、「撤去要請」は権力による「表現の自由」の弾圧だと、絵を見る目のない美術評論家ならぬ表象文化論者が、だれでも言えることを言っているだけなのだ。

いかなる党派にも与しないというのは結構だが、会田家の展示室のサブタイトルは「(大人も子どもも)社会を考える」ということなら、子どもだって言いたいことを自由にいうのが「民主主義」の真理などと、「硬直した言語使用」をせずに、政治や歴史を知らなければならないことのヒントを子どもにも与えてやることが重要ではないか。政治はつねに二重の意味が潜んでいることを誰よりもよく知っているは会田誠自身ではなかったか。もちろん、《檄》もユーモアだと言っているわけだが、それはサヨクの言説をまぶしたドタバタの家庭劇であり、《原爆ドーム》や《ポスター》にあるようなアイロニーはない。

会田誠は、もはや富国強兵殖産興業の時代ではないという。「江戸時代の鎖国」が平和をもたらしたとすれば、「明治維新の開国」は、日本をアジアで唯一の自立した独立国家としての平和をもたらしてくれたのであり、当時のアジアの状況を鑑みれば、単純に富国強兵が軍国主義というのはあたらない。現代の世界を見渡してみても、言葉は古くなったけれど、依然として、「富国強兵殖産興業」が自立と平和のために重要であることは言うまでもない。   

経済力や軍事力のない国は他の強国と同盟を結ばないかぎり平和は得られない。もちろん同盟で守られる平和は偽りの平和であり、自立するには自主防衛しかないのだけれど、アメリカは、習近平訪米の帰国土産に、中国の新幹線の導入を決めたことで明らかなように、対中宥和政策をとっており、日本は裏切られることを覚悟して置かなければならない。アメリカが日本に核武装を認めないかぎりアメリカを信用するわけにいかない。とはいっても、中国と同盟を結ぶ選択肢はありえないだろう。

教科書検定の問題はもっと「政治的」だ。検定制度は教育委員会の教科書採択制度と一緒に考えなければならない。誰が何故、検定制度を廃止しろと言ったのか分からないが、おそらく、検定はお上が子どもの教育に介入する検閲のようなものだと考えているのではないか。しかし、これは一面的な見方である。検定制度を逆手に取って文科省に政治的な圧力をかけることもできる。また、教科書採択の権限をもつ教育委員会はもちろんのこと、現場の教師も大学も教職員組合もサヨクが支配している。文科省が日教組潰しを止めたのは、組織率が減少したからではない。非組合員もみんな左傾して、今では両者はグルなのだ。

高尚な芸術にこんな政治的駆け引きのようなことを言って申し訳ないが、会田誠さんが檄文は「政治的なものではない」と言いながら、他方では、津田大介氏の東京都教育委員会が一部の学校で育鵬社の教科書を採択したのは、教育委員会の人事に政治が介入したからではないか(うろ覚え)というツブヤキをリツイートして、自分の今回の撤去要請の背景に同じようなことがあるのではないかという。そのあと会田さんはこれまでなかった政治的なツブヤキが、一時的にしろ、多くなったよう気がする。村上隆のように少しでも橋下大阪市長の文化行政教育行政を知っていれば、津田大介氏のレトリックにだまされることもなかったはずだ。

これ以上、政治的かどうかの議論をしても仕方が無いような気がする。会田さんが「コンセプチャリズム宣言」をしたときに、いずれこうなることは分かっていた。そもそも、「現代美術」には、藤枝晃雄の「擬似コンセプチャリズム」が蔓延しているのであり、そうなれば、岡崎乾二郎が「拡張されたPC」といって批判している安易な政治的芸術の流行に逆らうことは難しくなる。

もっと卑近な話をしよう。世間話で芸術を論じるのが得意な佐々木豊さんにもう一度お出まし願おう。じつは、《Round About》の「佐々木豊VS会田誠」の対談のタイトルは『“スキャンダル”からの足の洗い方』なのだ。会田誠はもともとエロと政治の二本立てと言ってもよい画歴を重ねてきたが、一般的にはエログロの画家として知られ、自分では「鬼畜系」といっていた。イラストレーターと言われ、低い評価に甘んじていた時代もあったが、時代は変わって、超絶技巧のイラストが評価される時代になった。山口晃といっしょに、自分たち二人は「勝ち組」だと言いながら、こんなことは長くは続かないと自戒の念をこめて付け加えてもいる。

会田誠は、山口晃とちがって、正統的な現代美術家で、抽象画にも挑戦したし、最近の作品で、今回、改修撤去を要請された《安倍首相の鎖国演説》は、ドイツの難民問題が起きたことを考え合わせれば、『チャプリンの独裁者』をしのぐ傑作と評価されるときがくるだろう。《文字》シリーズの《I-DE-A》(美少女パファーマンス)は、コンセプチャル・アーティストの元祖コスースの《一つと三つの椅子》がプラトンのイデア論の図解でしかないのにくらべ、自慰という欲望のパフォーマンスによってイデアの実在を証明しようという「真正のコンセプチャル・アート」になっている。抽象画はともかく、他の作品はどれも現代美術としては世界でも通用する優れたものだが、相変わらずエロとグロのスキャンダル作家の汚名をそそぐことは出来ない。

森美術館の個展『天才でごめんなさい』展では、児童ポルノ疑惑のスキャンダルに巻きこまれ、企業からの協賛は少なく、どういうわけか、現代美術評論の重鎮椹木野衣に、歴史の評価を受けなければ、それはエロチシズムではなく、ポルノグラフィーだと批判される始末。話題性のためか観客は大入りだったが、“スキャンダル”からは足が洗えない状況が続いた。会田自身が青森県立美術館の「美少女の美術史」展に声がかからないとか、『美術手帖』のポップ・アート特集に《書道教室》を載せてくれないと嘆いていたぐらいだ。

ところがどうだろう。今度の『子供展』の《(大人も子どもも)社会を考える》という会田家の展示で、一挙にスキャンダル・アーティストの「汚名」を返上してしまったのだ。朝日からインタービューを受けるし、これまでドメスティックなアーティストだと思われていたのが、海外でも反響を呼ぶし、一躍、山口晃を尻目に、現代美術のスターになってしまった。

会田誠が、国内でも国外でも、いまひとつ評価されないのは、エログロもあるだろうが、それよりもイデオロギーの問題なのだ。日本の現代美術の世界は圧倒的にリベラルに支配されており、リベラルでなければアーティストにあらずの観を呈している。そんな日本の現代美術の世界で、会田誠は日本的な古いサヨクとウヨクの図式的対立を頭に入れながらも、どちらにも偏らない、だからと言って折衷主義にも陥らない、アイロニーに満ちた作品を生み出してきた。

今回、撤去要請された二作品も政治的なものではないと言っているのだが、撤去を要請している側も、撤去に反対している側も、ともに会田家の展示が政治的なものだと思っていることに関しては同じなのだ。そもそも、会田家の展示室のサブタイトルが《社会を考える》というのだから、展示は政治的なものだと自白しているようなものなのだ。「社会性」といえば、奈良美智が、クリスチャン・ラッセンと同じ癒し系と言われて、自分には社会性があるんだとひどく憤慨していたことがある。その奈良さんが自分の少女キャラに「NO NUKES, NO WAR」のプラカードを持たせたわけだが、イルカだってそのぐらいのプラカードをぶら下げることはできる。

「社会」という言葉に釣られたわけではないだろうが、これまで、《戦争画RETURNS」》や「反フェミニズム的作品」のためか、「ウヨク疑惑」がついてまわった会田が、今回の「安倍右翼政権批判」と思われる(誤解された?)作品で、「朝日」などリベラルなジャーナリズムから自分たちの仲間だと認められたのだ。これで、会田さんは右翼疑惑を晴らすこともできたし、ついでに、スキャンダル作家の汚名も返上できた。リベラルにはそれだけの魅力があるのだ。

前編おわり

以上で、話は終わらない。ここまでは表向きの話で、実は《檄》には別の話が隠されている。あらかじめ断っておくが、これは作品の話ではない。会田という作家の話なのだ。
 《檄》を見たとき、『青春と変態』を読んだとき以来の涙がにじんだ。感動したのは《檄》を「私小説」として読んだからだ。当然、筆跡を見る。「会田家」の署名を見て、「新潟の会田家」を思い出した。唐突だが、《檄》の背後には「父との和解」の物語が隠されているのではないか。そう考えれば、会田さんが《檄》は「政治的なものではない」と抗弁している理由が分かる。
 後編はそのことに付いて考えてみたい。

 

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2015.10.03[Sat] Post 14:39  CO:0  TB:0  美術展評  Top▲

長谷川祐子 VS 藪前知子 : 《檄》のもう一つの解釈

《檄》も《首相演説》も、会田誠自身が政治的なものではないと言っているにもかかわらず、安倍政権批判だという意見があとをたたない。もちろん、作者が作品解釈の独占権を持っているわけではないのだから、作者の制作意図がどうであれ、観者の解釈だって述べてみる価値はある。それなら、会田誠に、おまえは古い、もう終わっていると宣告された身だけれど、長い間、会田ウォッチをしてきた私の解釈も述べておきたい。もちろんこれは作品のフォーマリスティックな分析ではなく、主題を巡る与太話である。

二つの作品は、会田誠自身をして画家になってよかったと言わしめた作品である。たしかに、《檄》は「文字シリーズ」として、《国際会議で演説する日本の総理大臣と名乗る男のビデオ》は「ビデオ・アート」として会田誠の傑作といえる。

もちろん、これは本来の絵画作品ではない。それなのに、わたしが《檄》に感動したのは「私小説」としてだった。はじめに頭に浮かんだのは、言うまでもなく、三島由紀夫の『檄』だ。それから、「新潟の会田家」のこと、エッセイの『カレー事件』など、最後に、「佐々木豊のインタビュー」()を思い出した。佐々木豊は10年前にこの《檄》にピッタリのことをインタビューのなかで言っている。そして、会田誠は10年後に、この作品《檄》で佐々木豊の問に答えているということもできる。

以下は第11回“Round About”からの引用だ。エロについて話している(下線太字は安積)。

佐々木:「いい加減にしなさい」とか奥さんは言わない?
会田:妻も美術家で、破廉恥なビデオ作品とかも作っています。
佐々木:もう一代も含め、三人で破廉恥をやることもありそう?
会田:でも息子が両親を嫌って、すごく道徳的な人間になるかもしれない。両親がかなり潔癖な方だったので、ぼくはこうなっちゃったんで。
佐々木:教育者でしたね。厳格な。それに対する反動が…。
会田:すごくあった。自分で言うのもなんですけど、根は上品なのに、頑張って下品にならないといけないという強迫観念があった。
佐々木:ただ、芸術家といえども、社会の中で生きてる。だんだん子供が育って、どこか有名校に入れたいとか、これから奥さんもそういう風に変わらないとも限らない。そうす ると、太宰治が「家庭の幸福は諸悪の根源だ」と言ったように、会田さんも小市民のモラルを憎んで今のままどんどんいけるのかどうか。
会田どうでしょうねえ。周りは「もっと破廉恥な絵を描け」と期待して、それに応えていれば、絵は売れるんでしょうけれど、ぼくはだんだん尖った表現はやらなくなってくると思います。でもそれは、家庭の幸福とかのためじゃなくて、ぼくの個人的な変化としてですけど。


これを読めば、《檄》が政権批判ではないことは分かるだろう。アーティストの家庭のしつけのことを話しているのだ。それにしても、佐々木さんは、エロのことを話していて、いきなり「親子三人で破廉恥をやる」とは大胆なことをいう。

学校教育に対する不平不満は、アーティストの家庭とサラリーマンの家庭ではそんなに違いはないだろう。あるとすれば家庭教育の方だけれど、三島由紀夫が言ったように、銀行員のように規則正しく小説を書くことだってできるのだ。

芸術家論はさておいて、《檄》が「子どもにふさわしくない」のかどうか問題になるのは、佐々木豊が予想したように、「三人で破廉恥をやっている」のではないかという疑いがあるからだ。

破廉恥といってもエロとはかぎらない。美術も権力と結びつけば破廉恥になる。会田誠は、自分には金と権力がないとかねがね言っている。しかし、すでにそうは言えないだけの権力の持主ではないのか。《檄》が「三人で破廉恥をやっている」と感じるとしたら、それは美術権力の介入があるからだ。

会田誠はこれらの作品が政治を扱ったものではないと主張している。しかし、会田誠の声明文の正論ぶりを読むと疑問が湧いてくる。美術評論家たちもこぞって長谷川祐子の背後にいる政治権力の存在を仄めかしている。しかし、長谷川祐子はそんな「破廉恥なこと」を言っているのだろうか。これはもともと公共の美術館の夏休みの子供のための企画なのだろう。「子どもに難しい」とか「過激である」ということは、至極まっとうな感覚ではないのか。長谷川祐子が「過激だ」と感じて「都」に相談したのは、「表現の自由」の問題や企画の権限の問題があるからだ。もちろん、そこで都の側から修正撤去を要請された可能性はある。

抗議電話が一回だけだということを問題にしているが、なにも長谷川祐子は抗議電話があったから問題だと思ったわけではない。電話の前に、自分の目で見て疑問に思ったのだ。墨で書いた文字が、会田誠の意図と違って、長谷川祐子は「生の感情の表出」と受け取ったのだ。もしそう受け取られるとすれば、その文字が伝えるメッセージは子どもにとってだけではなく、大人にとっても危険なものとなるだろう。

長谷川祐子は都の意向に配慮したかもしれないが、それより前に、公立の現代美術館のキュレーターとしての良心にしたがって判断したのだ。だから、修正を拒否されたとき、撤去すべきだと強く要求できたのだ。長谷川祐子はめずらしく気骨のあるキュレーターだが、なにぶん《檄》を見たのが内覧会の三日前だというのだ。既に遅し。都をもちだしたことで、美術権力は政治権力に変わってしまったのだ。

話はここで終わらない。会田家の三人は『子供展』の担当学芸員である藪前知子氏とチェ・キョンファ氏と去年からこまめに連絡を取り合い、準備を進めてきたと会田誠はいう。長谷川祐子の知らないところで、実は別の二つの美術権力のあいだで密かに談合が行われていたのだ。長谷川祐子の要求が権力の横暴で、自分たちの話し合いは民主主義の理想と言ってしまうところが、権力がときに猥褻になる理由なのだ。

藪前知子の『子供展』の企画書かと思われるポストモダン風の文章を見かけたのだが、検索しても出てこない。藪前知子がこんな重要な役回りをしているとは思わなかったのでうかつだった。ちなみに、椹木野衣は藪前知子が権力の介入に抗してよく戦っていると褒めている。

こうやって、公立の文化施設がサヨクに乗っ取られていくのだ。その腐敗した組織と戦っている橋下市長の文化行政の支持を公言しているアーティストは村上隆一人である。村上隆をバッシングしているのはオタクたちではなく、おそらく、サヨクの美術業界人だと思われる。

つづく

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2015.08.10[Mon] Post 14:08  CO:0  TB:0  -会田誠  Top▲

会田誠の《檄》と三島由紀夫の《檄》

会田家の《檄》は三島由紀夫の《檄》のパロディだろうか。もちろん会田誠自身が三島を愛読し、影響を受けたと言っているのだから、「文字」に鋭敏な感覚を持つ会田誠が《檄》の制作中に三島由起夫のことが頭になかったはずはない。

とは言っても、会田家は檄を飛ばすわけでも、決起をうながすわけでもない。子どもの教育の問題で、会田家の三人が文科省にあれこれ抗議をしているのだが、檄文の最後に、「アーチストだから社会常識がない。真面目に子育てにやってないと言(以上)」と愚痴っている。どこが、檄なのか一向にわからない。それに対して、三島由起夫の方は家庭を切り捨て、男たちに決起を呼びかけている。

それなら、会田誠は三島由紀夫から何も学ばなかったのだろうか。そんなことはない。本当のことを言うと、「檄」に対応するのは「デモ」なのだ。三島由紀夫の「檄」の背後には昭和44年10月21日の「国際反戦デー」の暴徒化したデモがある。鎮圧のための自衛隊の治安出動がなかったために永遠に「憲法改正」のチャンスを失うということがあった。また、会田家の「檄」は文部科学省に物申しているのだから、《檄》自身が三人のデモと言えなくはない。会田誠には他にも《一人デモマシーン》や《ユア・プロナンシエイション・イズ・ロング》など、ジョークまがいの作品はあるけれど、政治的な目的を実現するための示威行為としてのデモ・パフォーマンスはない。

しかし、《檄》が、会田誠自身がいうように、「子どもの問題」と考えるなら、三島の「国際反戦デー」のデモに対応するデモが、会田家の「檄」にもある。それが「子どもを守れ」デモだ。「子どもを守れ」はおそらく「九条守れ」から派生したのだろうが、「反核」と「反戦」を兼ねて、便利な言葉である。

「九条守れ」はサヨク色が強いので、ソフトなイメージの「子どもを守れ」が逆に過激派には好都合だった。原発事故が起こると、狂ったように「子どもを守れ」キャンペーンが始まった。最初は二本松市の山下俊一長崎大教授の講演会だった。袈裟を着た男が山下教授に、「安全だというなら自分の子どもを住まわせろ」と言っていた。いろいろ怪しげな大学教師、ジャーナリスト、開業医が現れて、子どもが最大の犠牲者だと言っていたけれど、「子どもを守れ」デモの最大のスターは山本太郎だった。そして、つい先日、朝日新聞デジタルが「若者、ママたち、SNS」の三題噺でコラムを書いていた。

東京都現代美術館のチーフキュレーターの長谷川祐子が「檄」という文字が過激だからという理由で、修正を要求したことに、批判する向きもあるが、その批判する美術評論家たちも過激とは言わないまでも、《檄》を政治的メッセージと受け取っていることにかんしては長谷川祐子と同罪といわねばならない。しかし、政治的に過激なのは、会田の《檄》ではなく、過激派が背後にいる「子どもを守れデモ」の方だ。どちらにしろ、サヨクもウヨクも《檄》をポリティカル・プロテストとして理解していることにはかわりない。

実はこの拙文は数日前に前半部を書いたのだが、どうしても三島由紀夫の『檄とデモと憲法改正』の問題を会田家の場合と比較したかったので、というのも会田の《檄》が政治的なものではなく、「ギャグ」だということを示すためにはデモとの比較が必要だったのだ。

正確にいえば、「ギャグ」ではなく、スラップスティック・コメディなのだが、会田にはスラップスティック・コメディの才能がある。ドタバタといえば貶したように思えるだろうが、あのカフカの『変身』だってスラップスティック・コメディの要素があると言われている。そう考えれば、エッセイの『カレー事件』も、小説の『青春と変態』もスラップスティック・コメディといえる。

ひとまずアップする。まごまごしていると、会田誠にみんな先に言われてしまう。ツィッターと合わせて読んで欲しい。

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2015.08.02[Sun] Post 00:56  CO:0  TB:0  -会田誠  Top▲

(1)『モダニズムのハード・コア』(批評空間kindle版)を読む : フリードの《演劇的なもの》と《統辞論的なもの》

美大の新入生に、これをいきなり読んで、グリーンバーグのモダニズムを理解しろと言っても無理だろう。この特集号はグリーンバーグよりもフリードに焦点をあてていると言ってよい。今回Kindle版が出たということで、改めて、フリードの箇所を読みなおしてみた。

抽象彫刻に関して、二つのことがハッキリと書かれている。一つは、ミニマリズムが「演劇的」だと批判していること、もう一つはカロなどのコンストラクション彫刻は部分と部分の関係が「統辞論的」であることの二つである。

「演劇的」については、「ミニマリズムの作品を前にすると、誰しもその特性からして、非凡な演出がなされた「舞台装置」のなかへ、必ずや引き込まれてしまうという点です(この演出にかけて、モリスやアンドレは真の巨匠であったといえるでしょう)。彼らの作品、彼らのインスタレーションは、ある種の「高揚感」をあたかも確実に体験させるかのよう(だ)・・・」と言っているわけだが、念のため、カール・アンドレのインスタレーションをYoutubeで確認しておこう。



ミニマリズムのインスタレーションは古典絵画の想像空間とちがって、実際に歩いて入れる知覚空間なのだ。不条理劇の舞台装置になりそうだが、もちろん条理があっても構わない。「もの派」のリーウーファンの作品は、自然と人工の対立や原因と結果の関係項があるけれど、インスタレーション自身は演劇的である。

演劇的なものの範囲は広い。高柳恵理のインテリアも演劇的なインスタレーションといえる。演劇的なものは、ミニマリズムを超えてポストモダンのパフォーマンスやハプニングに広がっている。遠藤一郎の徹底的に演出の欠いたアンチテアトロなパフォーマンスは、それはそれで静かな癒しのドラマが演じられている。

忘れてならないのは、マイケル・フリードが、「聴衆の存在を悪い意味で意識しすぎることを嫌う感覚、それを示唆するような侮蔑的な意味合いを、私がいうところの「演劇性」が孕んでい(る)」(杉山悦子訳)と言い、演劇的なものは芸術の堕落だと考えていたことだ。

フリードの「演劇性」批判は、ミニマリズムばかりか、「癒やしと娯楽」と化した現代美術全体にあてはまる批判だ。上田高弘が『反インスタレーション考』というエッセイのなかでインスタレーション嫌いを告白している。

評者(上田高弘)は、観者の生な空間・時間的参与を強要するインスタレーションが、嫌いだ。


生の「空間・時間」に参与するというのは、観者がリアルな身体でインスタレーション空間の中に歩いて入るということだ。これは、グリーンバーグが絵画のイリュージョン空間は、想像的身体で歩いて入るか、目で覗き見ることができるだけの想像空間だといっていることに呼応している。もちろん上田高弘はフリードを踏まえているわけだ。

フリードの「演劇的」と「統辞論的」の二つのうち、「演劇的」の方はインスタレーションだらけの現代美術の批判としては、グリーンバーグとの関係は判然としないまでも、ともかくぼんやりとでも理解することができただろう。それなら、「統辞論的」の方はどうだろう。

こちらの方は『ディスカッション』でロザリンド・クラウスが批判しているので、そう簡単ではなさそうだ。

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2015.07.14[Tue] Post 22:38  CO:0  TB:0  ミニマリズム  Top▲

『アートオリンピア2015年』落選報告 

全部門(一般部門+学生部門) 応募者総数2126名 全応募作品数2963点

応募者 佐藤順子

作品① 《Double NudeⅠ/北斎オマージュ》 得点255点/500点満点  作品順位679位/2963点
北斎オマージュⅠ (click)


作品② 《Double NudeⅡ/北斎オマージュ》 得点259点/500点満点  作品順位608位
北斎オマージュⅡ (click)

選外作品の搬出梱包に東京、パリ、ニューヨーク拠点の入選作合わせて80×3=240点の写真を収めたカタログが同梱されていた。それを見ると、村上隆がどこかで言っていたように、日本の応募者の技術水準が高いことが分かる。三拠点それぞれの特徴はあるが、写真、ビデオ、プリントを応募規定から除いたこともあって、写真ビデオなどを認めたVOCAより、世界から選抜されたアートオリンピアがむしろ緊張感に欠けたのは皮肉な結果である。(『上野の森美術館大賞』と『VOCA』を混乱していました。ちなみにVOCAは国内の推薦制です。謹んでお詫び申し上げます。)

それにしても、こういうのがポストモダンというのだろうか。写真は応募条件に入っていないが、写真を使った作品や写真的リアリズムの作品が多く入選している。一方ではヘタウマやイラスト、ストリート・アート系、あるいは大道芸風があり、他方では童話や物語、反植民地主義PCらしきものグリッドまであって、コンセチャリズムも主題画もあるという具合に、モダニズムは好まれてはいないようだ。ここでも、「絵画の忘却」があるといわねばならない。

そんなところに佐藤順子の《Double NudeⅠ・Ⅱ 北斎オマージュ》はちょっと場違いに見える。「春画」なら旬(しゅん)だが、今さらモダニストの北斎とは呆れ返ってしまう。それでも500満点中、半分の点を得て、作品順位も約3000点中、上から5分の1ほどの位置につけたのだから、過分の評価をいただいたと言わざるを得ない。ちなみに、去年の『上野の森美術館大賞』の受賞者王青さんの《予感》が入選している。できれば、合計点だけではなく、五人の審査員の評点の内訳を発表して、選考過程も公開して欲しい。合計点では分からない作品を選考員枠で救うというのも危険である。いずれにしろ、国内選考だけとはいえ、得点・順位を発表したのは英断といえる。


佐藤順子の《Double Nude》の制作意図について
ヌード・デッサンは教室の誰にも負けない自信があった。しかし、色を着けたとたん線が死んでしまう。マチスは「線と色彩の永遠の葛藤」といいながら、他方では「素描は既にして絵画である」ともいう。ドローイングなら北斎の助けを借りればなんとかなるようなきがしても、描いてみれば、線も色もどうにもならない。マチスを見ていると幸せになるけれど、それが線の魅力だけではなく、色のためでもあることは分かっている。しかし、マチスの色をまねすることはできない。

ダブル・ヌードのデッサンをやりたいと思ったが、マチスにはダブル・ポーズはない。今、やっとのことで、春画がブームになりはじめた。しかし、北斎の春画は他の浮世絵師の春画とはまったく異なる。むしろマチスのドローイングに近い。春画の着物を脱がせれば《Double Nude》になる。

最初のわれわれの対立は、アクリルか油彩の対立だった。国展でアクリルで描いたハイパーリアルな林檎の絵を見たことがあるので、いずれ油彩は廃れると思っている。ニョウボはアクリルは安っぽくてダメだ。油は深みがあるし、乾くのが遅いから重ね塗りができるし、タッチが活かせるからと、譲らなかった。マチスはチューブから出した絵具に白と黒以外は混ぜなかったという。カットアウトの紙はガッシュの単色で塗っていたと説得したけれど無駄だった。こういう場合はどうすれば良いか知っていた。それで、アマゾンにリキテックスの72色のアクリル絵具を注文した。

次の対立は支持体をどうするかだ。死んだら処分に困るのだからというニョウボの意見が通って、F50のコットン・ペイパーをパネルに水張りすることになった。F100号にしなかったのは、公募展に出すつもりがなかったからだ。ところが、たまたま『アートオリンピア』はF50までということなので応募した。

ニョウボは素描を描くと、それだけで絵になってしまい、あとから色が塗れなくなる。それで、ジェッソを塗り、その上からカラーのアクリルで下塗りをし、乾いたら下絵を描くことを提案した。ニョウボはヌードを肌色にして、背景も描きたかったようで、これにもまた反対されたけれど、今度はカットアウトの《ブルーヌード》は、肌が青色じゃなくて、影が青で、輪郭線ではなく、隙間があると言ったら、沈黙してしまった。


作品② 《Double NudeⅡ/北斎オマージュ》
②の方が先に描いた。背景が金色なのは特別の意味はない。下塗り用にソフトタイプを十数色買って、順番に塗っていったものだ。女を肌色にしたのは何故か分からない。ニョウボはアンチフェミニストで、「男は女の性の道具だ」と思っているようだ。女のほうが威張っているのが気に入っている。金色に黒が似合うと思ったので、輪郭線を太くして、セザンヌの輪郭影(柿栖恒昭)にしようと、ためしに、マチスの《棕櫚のあるヌード》の太い黒い線でスケッチしてみたが、うまい具合にいかない。しかたないので、全部黒く塗って、髪の毛をなくし、顔の表情も消した。
女の右手がおかしな恰好をしているのは、元の絵が袖口に引っ掛けているのをそのまま脱がせたからだ。掌がひらいているのは仏像みたいでおかしいと言ったら、北斎はこうなっていると言い張っていたけれど、いつのまにか軽く握るように変えていた。これなら、ひらいていた方が薬師如来が薬壺を持っているようで、黒田清輝の《智・感・情》の「戦略的ジャポニスム」になると思えば悪くはないと思ったりなどした。


作品① 《Double NudeⅠ/北斎オマージュ》
この作品は搬入前になって急遽新しく描いて差し替えたものだ。線が一番北斎の線になっているという。明るい青とピンクの色はいま流行の色だ。何色にしようかと、珍しく相談されたので、灰色とパステルカラーが合うよというと、下塗りはシルバーにして、女はピンク、男はブルーにした。バーンズ・コレクションのマチスの壁画《ダンス》の色だそうだ。ニョウボは長い間《ダンス》の線が一番好きだと言っていたが、私はてっきりそれより前に描かれた《ダンスⅡ》だとばかり思っていた。
輪郭線は下塗りと同じシルバーで、ヌードと明度があまり変わらないので、シルバーが光らないと線がはっきりと見えなくなる。

以上、ニョウボの『アートオリンピア』落選報告でした。

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2015.06.27[Sat] Post 23:34  CO:0  TB:0  アートオリンピア  Top▲

高松次郎の「紐」と「線」

紙に引かれた線は二次元だが、高松次郎の「紐」は三次元の線だ。この二次元と三次元の違いが取りも直さず「絵画」と「オブジェ」の違いになる。

しかし、紙にひかれた線が「直線」なら、たしかに二次元だが、それが「曲線」になると三次元に見える。何故だろう。平面の紙に描かれた線は、直線であろうが曲線であろうが、二次元のはずだ。

平面に描かれた二次元の線が三次元にみえるのは想像で見ているからだ。絵を見るということは「知覚に基づいた想像」で、二次元の「図像客体」を見て、三次元の図像主題を想像している。ところが紐はオブジェであって、紙の上に置けば盛り上がって三次元に見える。紐はもともと三次元の立体なのだ。立体であれば、両眼視差その他の知覚作用が強く働くので、想像で見ることは難しくなる。

「絵画における想像」は「事物(知覚)」に基づいた想像であり、基づかない自由な想像とは区別しなければならない。立体の彫刻は知覚が優位なので、想像で見ることは比較的難しい。だから出来の悪い彫刻ほど困ったものはない。同じことは絵具が盛り上がった絵画にも言える。例えば白髪一雄の抽象画は余程集中しなければイリュージョンが見えない。

草刈ミカの《凹凸絵画》は文字通りデコボコで、チューブから出したままのアクリル絵具が、紐を編んだように絵画表面にのっかっている。観者の見る距離にもよるが、どうしても、仔細を見るため近づきたくなる。近づけば、知覚作用が働き、線や色ではなく、絵具の紐が浮いて見えてしまう。もちろん、そう見えることは、現代美術の「反イリュージョニズム」の面白さであることは間違いないけれど、絵画本来の知覚に基づいた想像が抑圧されてしまう。

今さら言うのも気が引けるが、ここで思い出すのは、どうしても、ポロックのポード絵画である。ポード絵画のエナメルペンキは、草刈ミカのマカロニほどではないが、少し近づいてみれば、やや盛り上がってみえる。棒につけてたらしたり、まき散らしたりするのだが、キャンバスを床に広げてあるので、下に垂れたりしないし、エナメルペンキが広がりすぎない適度な粘度なのだ。塊にならず、キャンバス表面に密着して、すこし離れてみれば、紐や糸ではなく、たしかに線がみえる。

もうひとつ重要な事は、草刈ミカの紐のような線は下の紐に重なって、波打ちながらも、数本が平行に並んでチェックの模様を描いているのだが、ポロックの線は真っすぐ伸びているわけではなく、太さもバラバラの曲線で、その線がからみ、よじれて重なり合っていることもあって、絵具の物理的空間ではなく、線や色が描く想像の奥行きが現出している。これがグリーンバーグのいう「浅い奥行き」ではないか。

紐と線の違いが理解できただろうか。上では、草刈ミカの《凹凸絵画》とポロックの《ポード絵画》を比較することで、「紐」と「線」の違いを説明した。しかし、二人の画家の具象画と抽象画を比較したのだから、かえって混乱が生じたかもしれない。さいわい、高松次郎の原点というべき作品に平面(線)とオブジェ(針金と紐)を主題にした《点》シリーズがある。それを『高松次郎ミステリーズ』の順番に見ていくと高松次郎の意図が見えてくる。

最初の《点》は61年に描かれた油彩である。毛糸クズや糸クズを寄せ集めたように盛り上がって見える。最近の日本の現代美術家が好きそうな線だが、ポロックの《ポード絵画》とはちがって明らかに三次元の凸面にみえるように描いている。ピクトリアル・イリュージョンである。

62年のケント紙に黒い水彩で描かれた《点》は中心にいくほど線が太く、密度が高くなるが、凹んでいるのか、出っ張っているのか、どちらとも取れる。とくに、三次元のイリュージョンを描こうとはしていないようだ。子供のイタズラ書き風に描いてある。コンセプチャル・アートかもしれない。

60年の《木版の点》はプリントされていない箇所が白い円になっている。地と図の反転があるが、ルービンの杯ほど強い反転ではない。ピクトリアル・イリュージョンとオプティカル・イリュージョンの折衷のようだ。いわば、「穏健なる錯視」というところだ。

61年の《点 No.14》は板にラッカーで描かれている。円ではなく、球のイリュージョンが見える。高松次郎の優れた技量を示している。

61-62年の《点 No.16》は木版の上に、ラッカーに漬けた紐を載せたもの。水平に置いたのか、壁に掛けたのかわからないが、オブジェではなく、浅浮き彫りのようにみえる。

つぎの「布とラッカー」、「針金と紐とラッカー」を使った二作品の《点》は、《No.16》と同じように浅浮き彫りである。浅浮き彫りは彫刻と絵画の両方の特徴を持っており、知覚と想像が拮抗している。美術史的には絵画は浅浮き彫りから三次元の描写方法を学んだといわれている。

最後の61年の二つの《点》は、ともに針金を編んでラッカーを塗ったオブジェだが、一つは網を重ねて寄せ集めたものに、もう一つは針金細工にみえる。すこし離れて正面からみれば、細い針金は線にみえるので、平面が立体に見える絵画的イリュージョンの反対に、立体が平面にみえるのだが、それは一瞬のことで、視線が動いたりすれば、すぐにもとの立体にもどる。錯視(オプティカル・イリュージョン)も作用している。

以上の《点》シリーズの簡単なまとめからも分かるとおり、高松次郎自身は《点》シリーズを社会学的哲学的に説明しているが、実際には《点》シリーズは見ること、すなわち、絵画の「知覚に基づいた想像」にこだわっていたことがわかる。「現代美術」は大雑把に「絵画(想像)、オブジェ(知覚)、コンセプト(意味)」にほぼ分けられるのだが、《点》シリーズの高松次郎の関心は絵画を基礎に三つの領域を横断していた。しかし、そのあとは、絵画の線からオブジェの紐に関心を移し、さらに、「類似」を排除し、錯視のイリュージョンを研究するようになる。《遠近法》や《波の柱》がその例である。

ピクトリアル・イリュージョンとオプティカル・イリュージョンの違いを理解することは、絵画鑑賞の助けになる。同じイリュージョンといっても、ピクトリアル・イリュージョンは想像で、オプティカル・イリュージョンは知覚なのだ。もともと具象的な主題のない抽象画家にとって、空間のイリュージョンを理解するのは難しい。その代わりなのか、オプティカル・イリュージョンの魅力にまけてしまうことがおおいようなきがする。最近も、微かなオプティカル・イリュージョンを抽象画の味付けにした作品を見た。

絵画のイリュージョンは「知覚に基づいた想像」であり、自由な想像や過去の想起とはことなるものだ。知覚しているモノクロ写真の少年は肌は灰色で身長は10センチだが、想像で見る「図像主題」はピンクの肌をした身長120センチの少年だ。ところが、服装をPhotoshopでカラーにすると、肌が死人のように灰色に見える。カラー写真の無彩色は明暗を表すのではなく、灰色の色を表すのだ。知覚に基づく想像は想像だからといって、自由に勝手に想像できるものではない。

《点》シリーズのあと、高松次郎は《紐》シリーズを始める。おもにインスタレーションやパフォーマンスなどのコンセプチャルな表現で、イリュージョンを生むような三次元の線を使った作品ではない。とはいっても、三次元の線はもともとオブジェなので、そうは簡単にイリュージョンを生みだすことは出来ない。デヴィッド・スミスは太い針金などで平面的な線的彫刻を作ったが三次元の絵画的イリュージョンは現れない。平面的にしたことで、かえって、凹凸が強調され、オブジェになってしまったのだ。

高松次郎には「知覚に基づいた想像の目」がない。その代用として彼はオプティカル・イリュージョンやコンセプチャリズムに向かったともいえる。高松は《点》シリーズに関して、「針金は空間を抱え込みながら雪ダルマ式に膨れていくという、一種の増殖性の作品だった。増殖の概念は二十世紀後半の一つの象徴のような気がするが、たとえば人口が増えて困る、商品もゴミも増えて困る、といった、その後の高度成長期の社会不安を無意識のうちに先取りしていたといえるかもしれない。」と言い、さらに《紐》シリーズに関しては、「(紐は)鋼鉄線などと違って柔らかいものだから、定形がない。かんたんにつなげていくらでも長くすることができる。自由な長さそのものなんだな。“最小限の物質性”みたいなものを感じたんです。そしてそういう紐だけがもっている特性に注目したかった。だからそれによってどんな形ができるかといったことに興味はなかったのです。・・・(中略)・・・ (紐は)事物を絡めとり、そのものの機能を奪います。それによって対象の『不在化』を狙うものでした。」といい、《点》シリーズや《紐》シリーズは想像で見るのではなく、もっぱら、社会批判や哲学的な分析をしている。

それでは、三次元の線で現実空間にドローイングを描くことはできないのだろうか。すでに述べたようにデイヴィッド・スミスは平面的な線的彫刻を制作したが、平面的にしたのが逆効果で返って(平たい)オブジェに見えてしまい、知覚作用が強められてしまった。平面の支持体に描かれた線が、いかに「絵画の奇跡」であるかショーヴェの洞窟画には感嘆しないわけにはいかない。

そう思っていたら、偶然に三次元の線で現実空間に描いたドローイングらしき彫刻を見つけた。下のウィリアム・タッカーの彫刻の写真を見てほしい。(画像をクリックして下さい)

William Tucker

もちろんこれは写真だから、三次元の空間も三次元の線も知覚しているわけではない。二次元の写真空間の知覚に基づいて三次元の空間や三次元の線を想像しているのだ。写真はオブジェだといったけれど、写真を見ることで、両眼視差がなくとも、現実の三次元空間を想像することができる。想像は「知覚」を想像することができるが、知覚は「想像」を知覚することはできない。想像することは擬似的に知覚することでもあるのだ。

これ以上の説明の必要はないだろう。このWilliam Tuckerの三次元の線で作られた彫刻にはマッスやボリュームがある。彫刻にも絵画と同じように知覚に基づいた想像のイリュージョンがあるのだ(注1)。現代美術は絵画だけではなく、彫刻のことも忘れ、コンセプチャリズムというおしゃべりに夢中なのだ。

注1:立体の実物の方がマッスやボリュームを感じないかもしれない。二次元の写真の方が想像が働くからだ。絵画的なロダンなどは写真の方がよく見えるのはそのためだ。

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2015.06.02[Tue] Post 23:48  CO:0  TB:0  高松次郎  Top▲

VOCAは写真を追放すべきだ。

VOCA展の応募規定は絵画ではなく、「平面作品」である。公募団体展では写真や版画は独立の部門にしていることが多いけれど、VOCA展では、写真や版画も絵画と同じ平面作品に分類される。「平面性」を支持体の形状と考えているからだ。それなら、支持体の形ではなく図像の内容からみて、いったい写真の平面性と絵画の平面性は同じものだろうか、それとも異なるのだろうか。

2003年にVOCA10周年を記念して、「絵画、写真、映像? 現代美術の行方」というタイトルでシンポジウムが行われた。そこで、パネリストの宮崎克己(ブリジストン美術館学芸課長)が、「絵画、写真、映像」の区切りについて、4つにまとめた。

①:映像は動くのに対して写真・絵画は静止。
②:絵画は描くという身体的な動作で作品が制作され、映像・写真は工学的装置でつくられる。
③:絵画は一点ものだが、写真・映像はオリジナルが無意味になるほどの複製が可能。
④:“芸術”というものとの関係性。絵画は密着しているが、映像・写真はそれが希薄。

映像は厳密な意味では平面とは言えない。誰もが知っているように映画が上映されているとき、われわれはスクリーンの平面性に気づかない。映像が静止すると、スクリーンの平面があらわれる。絵画(平面作品)の空間は、平面の知覚に基づいて「想像」されているけれど、彫刻(立体作品)は原則的に両眼視差によって三次元として「知覚」されている。映像が静止しているときは、写真なのだから、絵画とおなじように平面の知覚に基づいて空間を想像している。(実際には写真の場合は印画紙に注意を向けないと平面には気づかない。モダニズムの絵画はこの平面性を宣言する)。平面には両眼視差が生じないから、知覚ではなく、平面の知覚をもとに想像がはたらくのだ。ところが、写真が動いて映像になると、「両眼視差」の代わりに「時間視差(運動視差)」が生じ、三次元空間の「擬似知覚」が生じる。写真と映像では空間が異なるのだ。

それ故、動画は単純に平面作品とは言えない。絵画が動けばアニメになり、写真が動けば映画になる。動けば「運動視差」が生じるからだ。映画もアニメも、動画は三次元の立体映像だ。ほかに色眼鏡などを使って「両眼視差」を人工的に作り出す立体映画がある。立体映画は両眼視差と時間視差(運動視差)がうまく協働しない。運動視差だけの映画の方が自然である。しかし、絵画の三次元空間は知覚に基づいた「想像」であり、「運動視差」や「両眼視差」の立体視とは別のものだ。片目でも絵画の遠近法の奥行きが見えるのは「知覚に基づいた想像」だからだ。錯視(オプティカル・イリュージョン)ではなく、ピクトリアル・イリュージョンなのだ。

両眼視差を人工的に生み出す方法は色眼鏡の他にもさまざまある。無理やりつくりだすと不自然な立体視が現れる。動きだけで立体的に見える映画にさらに人工的な両眼視差を加えると、観客はみんな吐気に苦しむ。また、アマチュアが手持ちのカメラを振り回して撮った前衛映画も吐気をもよおす。自分の体がふりまわされたようで、平衡感覚が働かなくなるからだ。これが、メルロ・ポンティの言う「受肉」ということだ。

動画には静止画とは異なる空間のイリュージョンがある。また、漫画のコマ割りによって生じる運動空間も独特のものである。これに関してはすでに私の「漫画論」(『漫画とアニメと絵画』)で詳しく論じた。「絵画と漫画とアニメ」の空間はそれぞれ性質の異なる三次元空間のイリュージョンである。

以上は「運動」のあるなしで、静止画と動画の空間のイリュージョンの違いについて述べたのだが、「描写」の違いによる空間の違いもある。素描(線)の空間、絵画(線と色)の空間、陰影のある写実的な空間、モダニズムの平面的な空間、ハイパーリアルな絵画の空間、写真の空間と並べてみれば、静止画の空間の違いが分かるだろう。もし、「絵画の奇跡」があるとしたら、それはショーヴェ洞窟の木炭画であり、もっとも奇跡に遠いものは写真である。現代美術を「絵画(想像)とオブジェ(知覚)とコンセプト(観念)」に分けるなら、写真はオブジェに分類される。それは、次に述べるように、「現前性」の問題に関わってくるだろう。

次の②と③は、同じことを別の視点から言っている。絵画は「アイコン記号」であり、写真は「アイコン記号」と「インデックス記号」の両方の性質をもっている。アイコン記号は意識の「志向性」であり、インデックス記号は物理的な「因果関係」である。写真が証拠になるのは、写真と被写体の関係が物理的な因果関係であって、類似性による記号作用ではないからだ。そのことがかえって写真が証拠あるいは記録として、現代美術に重要な影響を与えることになる。このことを論じた美術評論にヴィクター・バーギンの『現前性の不在ーコンセプチュアリズムとポストモダニズム』がある。とくに、インデックス記号としての写真がコンセプチャリズムと結びついて、現代美術を支配していることを手際よくまとめている。

ただ、バーギンの理論はマルキシズムの影響を受けてかなりイデオロギー色の強いものだ。絵画は美的で、ブルジョワの趣味や教養のためのものであり、今では、雑誌や新聞の挿絵は写真にとって代わられた。かってステンドグラスがそうであったように、絵画はもはや時代錯誤になった。しかし、取って代わったのは、インデックス記号としての写真であり、「絵画の真理」は、依然としてショーヴェの木炭画やマチスの平面性、ピカソのキュビスム、そして北斎の春画にある。こんなことを言えば、絵画はその「現前性」ゆえに、真理から遠いとバーギンなら言うかもしれない。しかし、「絵画の真理」と「写真の真理」とは違うものだ。写真の真理は対象との一致であり、絵画の真理は「存在の開示」(ハイデッガー)なのだ。

最後の④は何を言いたいのか分かりにくいけれど、おそらく絵画原理主義者の本江邦夫が、平面作品として絵画と同等の資格があるはずの写真をどうしても認めたくないので、絵画より一段劣るメディウムとして差別化を図るために、「絵画的な質」があれば、写真も認めて良いと言ったことに、宮崎克己が配慮したのだと思われる。もって回った言い方だが、選考委員には写真の専門家もいるだろうし、そもそも絵の分からない学芸員にとって写真家の個展ほどお手軽な企画はないわけで、彼等にとって写真は死活問題なのだ。本江邦夫としては妥協を謀ったつもりだろうが、それがVOCAの命取りになる。

写真はアイコン記号としては絵画の仲間である。写真が絵画と異なるのは、「絵画あるいは芸術としての質の問題」だと本江邦夫はいう。写真は正確である、しかし、芸術としては絵画に劣るということだ。写真が発明されたとき、「絵画は死んだ」と言われたのは、絵画の描写が写真の描写の正確さにおよばなかったからだ。しかし、しだいに絵画の独自性が自覚されるに従って、写真史の中で「ピクトリアリズム」という表現方法が流行したこともあった。ソフトフォーカスやプリントの雑巾がけなどして画像をボカして、写真の正確な再現性を弱めて、「芸術性」を高めようとしたのだ。

ほかにも、写真の「芸術としての質」を高める方法は、構図、照明、スローシャッター、ブレ・ボケ・アオリなどいろいろあって、たとえば、土門拳、森山大道、柴田敏雄、杉本博司、荒木経惟、森村泰昌などの写真も一種のピクトリアリズムといえる。VOCA関係では、99年VOCA賞のやなぎみわ、06年大原美術館賞の蜷川実花がそうだ。今年のVOCAにも福田龍郎や本城直季が「絵画的質」を高めた写真が評価されて、推薦されている。最近はPhotoshopなどPCで加工した作品も増えているけれど、どれも小手先の工夫で、「絵画の真理」とは無縁のもので、一瞬、目を惹くけれど、すぐに飽きてしまう。

そのかわり写真家はまるで思想家哲学者のように喋る。写真は証拠であり、レディ・メイドあり、リテラルなオブジェなのだから、新聞や雑誌の記事はキャプションになる。この辺りから本江邦夫の情熱にも拘わらず、絵画の根拠が写真によって崩れはじめたと思われる。アイコンとしての写真からインデックスとしての写真へ、そしてインデックスからコンセプチャリズムの写真へと、絵画に危機が迫っている。そうだとすれば、できるだけ速やかに、写真をVOCA展から追放すべきだろう。ところが本江邦夫は油断した。写真でも絵画的な質があれば、絵画の仲間だと認めてしまったのだ。絵画的な質を持った写真としてやなぎみわや蜷川実花に賞を授与したわけだ。「絵画の忘却」である。

そして、今年は最もインデックス記号らしい写真がVOCA奨励賞と大原美術館賞を受賞するという、本江邦夫が選考委員会で居眠りしていたのではないかと思えるようなことが起きた。大原美術館賞を受賞した川久保ジョイの《千の太陽の光が一時に天空に輝きを放ったならば》はインデックス記号100%の写真と言って良い。もちろんオレンジ色とか大判のプリントとか、絵画的な質を加えているけれど、これは個人の外部被曝線量を測定するために用いられる線量計のフィルムバッジの発想をそのまま利用したインデックス記号、すなわち被曝線量のデータなのだということは誤魔化しようがない。

フィルムバッジのことに誰も触れないことも怪訝だが、「線一本引けない」アーティストたちが3.11で一山当てようと福島詣を繰り返しているのを尻目に、絵とは無縁の写真家がフィルムを使った線量計のアイディアを使った「コンセプチャリズム」に文学的宗教的タイトルを付けて、本来絵画のためであったはずのVOCAの賞を横取りしてしまうという結果になったわけだ。

もう一つの受賞作(奨励賞)である岸幸太の写真作品《BLURRED SELF-PORTRAIT》も、また二重の意味でインデックス記号である。まず、写真の描写が、最初の写真といわれるニセフォール・ニエプスの《彼の家の窓からの眺め》のようにグラデーションを欠いた版画のような明暗二値的な描写だということだ。版画は言うまでもなくインデックス記号である「痕跡」だ。その他、影や現像液のしたたり、アクションの跡など、インデックス記号が盛りだくさんで、いわば、コラージュの手法が写真に芸術風味をつけるためのものになっている。

ところが、《BLURRED SELF-PORTRAIT》には、もう一つのインデックス記号が隠されている。それは、1871年6月、パリコミューン支持者がこのバリケードの上で撮った記念写真が証拠となって、ギロチンで処刑されたという、「写真は証拠になる」という有名な写真史のエピソードだ。証拠になるのは写真がインデックス記号だからで、写真は指紋であり、今でいえばDNAの塩基配列のようなものだ。ここではコラージュは芸術風味ではなく、社会批判の手法になっている。

このエピソードは、写真家なら誰でも知っているエピソードだ。しかし、誰も、本江邦夫でさえ、そのことに触れない。川久保ジョイは写真を絵画的質を持った抽象表現主義的作品として出品しているのだから、フィルムバッジのことを隠すのは分からないではない。しかし、岸幸太の写真はコンセプチャリズムとして積極的に政治にアンガジェしているのだから、権力側の写真を証拠にしてのギロチン・テロのエピソードに触れないのは不思議といえば不思議だ。

実はVOCAにおける絵画原理主義者の本江邦夫の存在を考えれば不思議ではないのかもしれない。本江邦夫は絵画主義者でありながらフォーマリズムの視点から絵画を理解していない。絵画は平面だというのは正しいのだが、そうなると写真も絵画になってしまう。もちろん写真は「ピクチャー(picture)」なのだから絵画には違いないのだけれど、機械的に作られた写真はいくら手で描いた絵画より正確だとしても芸術的な質では劣る。それでも、「絵画的な質」があれば写真や映像もVOCA展の資格があると妥協したが、実際にこれまでVOCAで受賞した写真作品はフォーマリズムの視点から芸術的に優れていると言える作品はないだろう。

本江邦夫はアイコン記号としての写真と妥協をはかろうとしているが、実は彼が恐れなければならないのはインデックス記号としての写真の方だ。インデックスは絵画の想像力を抑圧する。インデックス記号の暴力は写真だけにあるのではない。版画もまた足跡と同じようにインデックス記号だ。そのことを本江邦夫も感づいているらしく、『依存について』と題した今年の選考所感で受賞した三作品を「依存的だ」と批判しているのだが、三作品ともインデックス記号なのだ。まず、VOCA賞を受賞した小野耕石の《Hundred Layers of Colors》は「シルクスクリーンで網状の版を通して、ひたすら色インクを重ねて刷る」という方法、すなわち「描く」のではなく絵具の痕跡を積み重ねるという方法によってつくられた作品なのだ。

「依存的」というのは、どうやら「既存のシステムや権威に依存する」ことらしいのだが、具体的にどんなことを意味するのか、例によって江本邦夫の言うことは難解だから、こちらで勝手に解釈すると、シルクスクリーンに独自の工夫を加えた新奇な技法に絵画表現が「依存しすぎている」と本江邦夫はいいたいにではないか。現代美術が「絵画表現」ではなく、新奇珍奇な「描写技法」の競争に陥っていると批判したのは柿栖恒昭だ。新しい「描写技法」の開発に便利なのはアイコンよりもインデックスだろう。絵画は洞窟の画家のように手で描かなければならない。例えば、CGはコピー&ペーストがいくらでもできるのだから、アイコンというよりもインデックスなのだ。インデックス記号は工夫次第で、絵の描けないアーティストも新奇珍奇な描写技法の競争に参加できる。シルクスクリーンや写真という既存のシステムに工夫を施すことで、ちょっと見には新奇な作品のように見えるということだ。

VOCA賞の小野耕石は画材のリストからシルクスクリーンをはずし、大原美術館賞の川久保ジョイはアイディアをもらったフィルムバッジのことに言及せず、VOCA奨励賞の岸幸太は写真が初めて証拠として使われた写真史のエピソードに触れず、それぞれがインデックス記号を使った新しい描写技法によって受賞したことになる。

現代美術では誰もが絵画の「知覚に基づいた想像力」(絵画の真理)を忘れて、新奇珍奇な描写技法に「依存的」になるわけだが、なかでも、インデックス記号の写真や版画が、手が自由に動かないアーティストにとって、新しい描写技法を編み出すに便利なメディウムなのだ。たしかに、小野耕石や川久保ジョイの作品は、一見したところ、抽象表現主義の作品にみえるのだが、岸幸太のコラージュ風の写真を含めて、インデックス記号の操作によって制作された作品特有の想像力の枯渇がある。

三人の作品とポロックのポード絵画を比べてみれば、その違いは歴然としている。ポード絵画は「描くことと偶然の弁証法」がある。しかし、三人の作品には機械的な作業の組み合わせや繰り返しがあるばかりだ。一つ例をあげれば、岸幸太の「現像液」の滴りは偶然をよそおったワザとらしさがある。千住博の滝の線だ。ポロックの線は滴りではない。キャンバス地を床に水平において、エナメルペンキをポーリングする。偶然を取り込んだ描線だ。誰にもまねができないポロックの線だ。

写真はトロイの木馬だ。中からコンセプチャリズムが出てくる。絵画の陣地に入れてはいけない。

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2015.05.20[Wed] Post 12:43  CO:0  TB:0  美術展評  Top▲

「もの派」の理論的指導者 李禹煥の芸術

「もの派」と聞くとどうしても、疑ってかかる。というのも、もの派の理論的指導と言われる李禹煥が、冗談なのか真面目なのか、よくわからないところがあるからだ。哲学を学んだせいか、抽象的な表現を好んでするので余計に分からなくなる。以前はメルロ・ポンティの身体性ということをしきりに言っていたような気がするが、近頃はあまり聞かない。

日本の現代美術の先頭を行く村上隆と会田誠の二人が、李禹煥を高く評価している。村上隆の方は、「スーパー・フラット」と「もの派」は似ている、長い間認められなかったけれど、今では世界に認められていると、いつもの村上隆だが、会田誠の方はエッセイ『大いなるイラスト』の中で、「戦後に描かれた岩絵具を使った絵で一番美しいものは、李禹煥の『点から』『線から』シリーズでしょう。」と、李禹煥の「絵画回帰」の作品を絶賛するという予想もつかないことを言っている。しかも、会田誠は天国の天心もそう思っているに違いないと付け加える。他方、村上隆は一文にもならない李禹煥の個展をカイカイキキギャラリーで開催した。

はじめは、村上隆と会田誠の視点から李禹煥を解釈しようと思ったのだけれど、どうして二人が李禹煥をそんなに褒めるのか分からないまま、先に進めなくなった。何かが変なのだ。NHKの「日曜美術館」でヴェルサイユ宮殿の個展のドキュメンタリーが放映されたが、そのタイトルが『ベルサイユにアートの虹を架ける』なのだ。なんとまぁ、少女趣味の表題だと思ったけれど、これは李禹煥の「自然」の虹と「人工」のアーチなのだとじきに気づいた。

最初に李禹煥がおかしいと思ったのは横浜美術館の個展『余白の芸術』だった。こんな大胆なタイトルを付けてしまう芸術家とは何者なのかとも思ったが、黒い矩形の刷毛跡が幾つか描いてある白いキャンバスが続いたあと、最後にキャンバスが消えて白い壁に直接刷毛の跡が描かれているというトリックがあったり、端をちょいと持ち上げたように湾曲している厚い鉄板が、内に神秘的な力を秘めているようで、それはそれで、魅力的であった。

余白だらけの「絵画」も、石と鉄板のインスタレーションも意味ありげに見えるのだが、展示室から出たところに、ハガキ大の白い紙に四角いゴム印を適当な箇所に押して、子供も、ふるって応募してほしい、優れた作品には記念品を贈呈する云々、あるいは、石は自然で鉄板は人工だと説明をしているビデオを流して、うろ覚えではあるが、芸術とはそんなえらいものではないという謙虚さよりも、どのみち芸術など分からないのだから、この程度のものを与えておけばいいだろうという、あなどり、あるいはむしろ驕りを感じたのは私だけだろうか。

村上隆から李禹煥を見れば、もの派はスーパーフラットの仲間であり、戦略的ジャポニスムなのだから、村上隆が褒めるのは分からないではない。しかし、会田誠が李禹煥を絶賛する理由を理解するのは難しい。しかも、《線から》《点から》という抽象画を、岩絵の具を使っているということもあってか、現代日本画として賞賛している。これは会田誠がいっとき抽象画に挑戦していた事と何か関係があるのだろうか。

李禹煥で思い出すのは岡崎乾二郎だ。岡崎乾二郎の《ポンチ絵》のことを「種も仕掛けも見せてくれる手品」に喩えたことがある。種をばらされても結構楽しめるのが手品だ。『かたちの発語』展の岡崎氏の作品は、作者の意図がみえみえだが、それを改めて自分で見つける楽しみがある。それに対して李禹煥はどうだろう。彼の場合は、岡崎乾二郎と違って、常に半信半疑である。反美学といわれれば、「それはそうだが」と付け加えたくなるようなところがどうしても残る。騙されているのではないかという一抹の不安が払拭できない。ようするに、岡崎乾二郎が優れた手品師だとすれば、李禹煥は世界を股に掛ける詐欺師ということになるか。

こんなことをだらだらと続けても切りがない。暫定的な結論を述べて、終わりにしたい。会田誠は、李禹煥の抽象画《点から》《線から》は天心が夢見た洋画と日本画を融合した美しい作品だという。会田誠には奇を衒うようなところはないので、心底そう思っているにちがいない。たぶん騙されたのだ。李禹煥を会田誠のように「真性ジャポニスム」から理解することは難しい。彼を理解するには「戦略的ジャポニスム」の視点が必要で、それがまさに「もの派」が「スーパーフラット」につながるという村上隆の考えだ。村上と李の二人は今は「オリエンタリズム」そして世界を視野に入れているが、はじめのうちは戦略としての「まがい物のジャポニスム」を欧米に売り込んで成功し、世界のムラカミ、世界のリー・ウーファンとして日本に凱旋したともいえる。

このままでは、二人はなかなか日本人の感性になじまないだろう。それでも、ぬりえや漫画はサブカルチャーであることに救いがある。しかし、李禹煥の作品はサブカルチャーではなく、シリアスなハイアートとして展観に供されているのだ。そうであるなら、リー・ウーファンの「へんな余白」や「庭石と鉄板」などは、いくら理論で飾り立てても、普通の日本の美術愛好家には到底受け入れることはできないだろう。

李禹煥にはタブーのようなものがあるのだろうか。カイカイキキギャラリーの砂利のインスタレーションはどう見たって竜安寺などの石庭の引用あるいはパロディ(注1)だし、床の間の生け花は「村上さんが所有するパナリ壺に小路苑さんが活けたもの」だというが、どう贔屓目に見ても、たけしのギャグにしか見えない。

ここまで来ると、たとえ「戦略的」と言っても、もはやジャポニスムとは言えないだろう。近頃、ニューヨークのギャラリーではKoreanismと言っていいような、韓国作家の活躍が見られるが、李禹煥も戦略的ジャポニスムから、戦略的コリアニズムに舵をきる潮時なのかもしれない。

美術作品は理論ではなく、目で理解しなければならない。


注1:竜安寺は砂利の中に水墨画の山あるいは島のような石がある。李禹煥は石の代わりに矩形の絵画を置いた。

スレッド:art・芸術・美術 / ジャンル:学問・文化・芸術

2015.04.11[Sat] Post 10:39  CO:0  TB:0  李禹煥  Top▲

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