ART TOUCH 絵画と映画と小説と

もとは美術展評のブログ 絵画と映画と小説と、そして哲学を少々

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.--[--] Post --:--  CO:-  TB:-  スポンサー広告  Top▲

COMMENT

NAME

SUBJECT

BLOG/HP

PASSWORD

COMMENT

SECRET: ※非公開コメントにしたい場合はBOXにチェックをして下さい ⇒ 

SUBMIT: 送信 

TRACKBACK

スポンサーサイト のトラックバックアドレス
http://petapetahirahira.blog50.fc2.com/tb.php/976-1bf64f96
 ⇒ この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)

ジェフ・クーンズのいさぎよさ


ジェフリー・ダイチは、ウォーホルはキャンプで、ジェフ・クーンズはキッチュだと言う。

上の写真の真ん中に大きなイルカのビニール玩具があり、そこに下着姿の女性が跨っている。人と戯れるイルカは癒し系のキッチュだろうし、下着姿の女性もピンナップガールの定番だ。《Gazing Ball》 と同じ、クーンズお得意のDouble Kitschになっている。

会田誠の《滝の絵》の少女はクリスチャン・ラッセンのイルカで、滝は日本の懐かしい田舎の風景だと会田自身が言っている。そうであるなら、これもダブル・キッチュということになりそうだが、そうはならない。二つのキッチュが合わさって一つの癒やしの風景になっている。「大衆に媚びを売って女々しいイラストまがいの絵」と、会田が言うとおりかもしれないが、キッチュとは少し違うような気がする。確かにイラストまがいではあるが、まぎれもなく、会田誠の少女になっているからだ。

一方、村上隆の作品はキッチュを利用したものが多い。《マイ・ロンサム・カウボーイ》がそうだし、《フラワー》シリーズはキッチュそのものだ。近作の「五百羅漢図」や「円相」は現代的な装飾性が加味されているけれど、本来、kischyな主題だ。羅漢は仏教の聖人だし、円は書の悟りなのだが、そのままでは、ただの古風なジャポニズムであり、現代美術の戦略的ジャポニスムとしては弱い。(注)

村上隆のキッチュにはクーンズのいさぎよさがない。戦略的ジャポニスムはどうしても屈折したところが必要になる。その点、クーンズはアメリカン・ポップだから鷹揚にかまえていればよい。

クーンズのいさぎよさは、上の写真作品の落書きに良く表れている。最初に見たときは何が描かれているか分からなかったが、何度か見ているうちに女性器のイタズラ書きだとわかった。日本で言えば東京都の紋章に似た女性器の落書きだ。会田誠の《ミュータント花子》の男性器や女性器は、ヘタウマであって落書きではない。『マイクロポップ展』の有馬かおるの《ムンクはさけべおれはがまんする》は、股間を勃起させた全裸の男なのだが、明らかに便所の落書きのパロディ(ハイアート化)になっている。

有馬かおる自身が、芸術の本質は落書きだと言っている。ハイカルチャーとサブカルチャーに差異はないというポストモダンのお約束なのだろうが、新聞紙のちぎったものを支持体にしたり、男の足首を鎖に繋いだり、キャプションにムンクを持ちだしたりと、何かとハイ・カルチャーめかしているのは、アート後進国の日本としては致し方のないことか。このままでは、日本の現代美術は、ジェフ・クーンズのアメリカンキッチュに永遠にかなわないだろう。


注:村上隆の《円相》シリーズは、悟りを意味する禅の書画だが、その中に、仏教の「九相図」とキリスト教の「メメント・モリ」が含まれている。

スレッド:絵画・美術 / ジャンル:学問・文化・芸術

2015.11.18[Wed] Post 17:05  CO:0  TB:0  ジェフ・クーンズ  Top▲

COMMENT

NAME

SUBJECT

BLOG/HP

PASSWORD

COMMENT

SECRET: ※非公開コメントにしたい場合はBOXにチェックをして下さい ⇒ 

SUBMIT: 送信 

TRACKBACK

ジェフ・クーンズのいさぎよさ のトラックバックアドレス
http://petapetahirahira.blog50.fc2.com/tb.php/976-1bf64f96
 ⇒ この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)

Log in*/RSS*】  Design 「AZ+」Plugin Template...  Page Top▲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。