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制作学から見た四人の画家たち : 《村上隆 田中功起 奈良美智 会田誠》

ヴェネチア・ビエンナーレ2013年に田中功起が代表の日本館が受賞したことで、小松崎拓男が、村上隆奈良美智会田誠の三人の「Tokyo Pop」の時代が終わって、田中功起の「ライト・コンセプチャル・アート」の時代が始まったと言ったことで、四人のあいだで論争が始まった。論争の仔細はブログ記事に任せるとして、評論家の小松崎さんを除いた四人の美術家を制作学の視点から見てみる。

【奈良美智】
一言で言えば、「奈良美智は浮世絵の絵師と彫師と摺師を一人でやってのける」ということにつきる。奈良氏の制作風景()で一番印象に残っているのは、イーゼルではなく、白い壁に掛けた製作途中のキャンバスを異様に離れてチェックするところ、それから、テーブルの上に水平に載せて刷毛で作業するところだ。線はペンの線、筆を長く持って手を伸ばした線、色面の縁としての線、絵具を拭きとった後の線など、いろいろな線を使って、偶然を巧みに主題の中に取り込んでいる。佐藤順子は「今、日本で一番、線が描ける画家」だという。

【村上隆】
最近、奇妙なツィートを見た。なんでも村上隆はフィギュアが専門と思われているが、本領は絵画にあるというのだ。しかし、彼の制作方法は工房方式(ファクトリー方式)であり、それによって作られるのは工芸品なのだ。《Flower》シリーズもコンピュータで下絵を作り、シルクスクリーンでキャンバスに拡大し、アクリル絵具を塗り重ね、研磨して箔を貼って詰めのペイントして、仕上げのバーニッシュと、まるで漆塗りの工芸品だ。
分業だからそれぞれの分担がある。しかし、絵師彫師摺師の仕事を一人でやる奈良美智とは逆に村上隆は個々のプロセスには直接手を下さず、全体を差配する大工の棟梁のような役回りする。北斎が彫師に目や鼻の線に注文を付けている手紙が残っているけれど、村上隆も細かいところをチェックして指示書を出している。
地場産業に発注することもある。反対に企業から注文を受けることもある。そうなればコミュニケーションが重要になるし、ベースになる線や色も生まれてくる。ヴェルサイユ宮殿の個展が成功したのは、村上隆のフィギュアの線と色がバロックのインテリアの楕円と白と金色などの色彩に調和したからだ。特に線は工芸品であることによって、仏蘭西の職人と日本の職人の美意識が共鳴したとも言える。たぶん、奈良美智の線はヴェルサイユ宮殿とは調和しないだろう。
(『AKA:悪夢のどりかむ 公開制作』というのがあったけれど、これはKaikaikikiのメンバーの公開制作なので、別に考える。)

【会田誠】
『公開制作もうイヤだ!』の中で、自分は「鶴の恩返し」タイプの画家だから、公開制作は肌に合わないと言っている。それでもドキュメンタリー・フィルム『駄作の中にだけ俺がいる』の予告編で、《灰色の山》の制作風景が見られる。死んだふりをしたモデルを写真に撮って、それをもとに下絵を描くという極オーソドックスな手法である。会田誠は、山口晃はスラスラと人物を描くが自分は写真や資料を見ないとそうはいかないと言っている。漫画の入門書などを見ると、体の各部分の比や中心線をまず決めてから輪郭線を描くのが標準的な漫画の描き方らしい。(おたくなどは顔の部品から順に描いていくようだ)
たしかに、会田誠はさまざまな線を使い分ける「天才」だ。日本画、イラスト、ヘタウマ、漫画などの線。中学生になったときから絵画教室に通い始めたというのだから、そのころから絵が好きだったし、絵が上手だと周りからも認められていたのだろう。佐藤順子が、会田の《ポスター》シリーズを見て、「会田は絵が上手い。ワザと下手に描いたのではなく、そのまま描けば子供の絵になる。子供の時から絵が進歩していない」と言ったことは前にも書いた。
ところが、会田誠には「自分の線」がない。そのことを会田自身が自覚したのは十八歳の時だという。同じ時に自分の写実的な描写力が抜きん出て優れていることも知る。そしてその技術習得の動機は自家製自家用ポルノ制作というピュアなものだったという。この「自分の線が描けないこと」と「絵の原点が自家製自家用ポルノだったこと」の二つが会田誠の美術家としての人生について回ることになる。
会田さんはポップ・アート宣言をして、「全国ダンボール行脚」を続けている。佐藤順子は「会田誠はもうダメよ、未練がましい」というのだけれど、わたしはまだ諦めきれない。いつか酒を止めて、自分の線を見つけると信じている。近頃、酒の武勇伝も聞こえてこないし。

【田中功起】
コンセプチャル・アートは手で作品を作るわけではないので、上の三人のように制作学的視点からの分析は難しい。社会心理学的実験の方法論なら有効かもしれない。ここでは田中功起の分析は省略する。ちなみに田中功起はドイツ銀行の「Artist of the Year」の受賞後のインタビューで、来年(?)のベルリンでの個展では日常的なものと社会政治的なものとの架け橋になるものやりたいと答えている。

スレッド:art・芸術・美術 / ジャンル:学問・文化・芸術

2014.09.24[Wed] Post 12:27  CO:0  TB:0  制作学  Top▲

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