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佐藤順子の伝記作者の憂鬱① 《田中功起と村上隆のタダ飯論争》

近頃、明け方目が覚めて眠られないときは、と言っても大抵は眠られないのだが、Kindleでロバート・ヒューズを読んでいる。今朝はベーコンのところを読んだけれど、随分と褒めてある。表現主義的だが、同情を求めるようなところもないというのだ。ベーコンの線とマチスの線の違いを論じたこと()があるけれど、国立近代美術館の個展の会場で全体を見渡した時の寒々とした感じははっきりと憶えている。作品を覆っているガラスは、三次元の座標軸のような白い線と呼応しているのだろうが、折衷主義のアザトさを感じないわけにはいかない。

いつの間にか眠って昼近く目を覚まし、グズグズとベッドの中で、絵のことを考えて過ごす。ブログは五六篇書きかけて放ってあるし、ツィッターは「陰謀論」というタイトルで⑱まで連続ツイートしたけれど、おかしなタイトルをつけたために先に進まない。それでも、このヴェネチア・ビエンナーレの日本館受賞の騒動は現代美術の重要な問題を提議しているように思える。提議しているのは村上隆だ。村上さんの小松崎拓男の「終わった論」批判と田中功起のタダ飯批判は正鵠を得ている。

小松崎さんも田中さんも誤魔化そうとしている。村上さんが言ったとおりかどうかわからないけれど、田中さんはロスアンゼルスで村上さんにあんたの時代は終わった。これからはオレたちの時代だといったそうだが、そうだとすれば、田中さんの小松崎さんへの反論は、おかしなことになる。それに現代美術家は、まさに新奇珍奇なものを目指して、そのとき盛んな傾向を否定するのが常道だとわきまえているけれど、どういうところが古いのか、あるいは終わっているのか一向に分からない。

いろいろ議論するのは面倒になってくる。話に出てきた村上隆、奈良美智、田中功起、会田誠と並べてみると、奈良さんを除いてほかの三人は、みんな自分では作品を作らない。奈良さんだけが職人の手仕事をする。自分で自分のその都度の未完成の作品を「見ながら」、偶然を利用し、修正して作品を作る。村上さんはアルバイトを使う。あるいはその道のプロに依頼することもあるし、まかせることもある。自分ではやらないけれど作品は手で作られる。村上さん自身は全体を管理している。

いろいろごちゃごちゃして整理がつかないけれど、複数の人間が制作に携わるのだから、三人共「プロジェクト」という言葉が当てはまるだろうが、村上さんの制作はいわゆるプロジェクトとはいえない。会田さんも「ダンボールプロジェクト」と言っているようだが、田中さんがもう止めると言った「アート・フェア向けのスペシフィックなプロジェクト」とはちがう。田中さんは細かいことをいうけれど、現代美術における「プロジェクト」の意義をことさらに無視しているように思える。アートフェアとビエンナーレの違いは今更言うまでもないことだ。それより、私は、「プロジェクト」と聞くと、すぐに助成金の申請書を思いだす。メセナもある。

『芸術/批評』という藤枝晃雄氏編集の批評誌がある、あったというべきか。その2号(2005年)の巻末に特別共同企画『美術の文脈』というのが載っている。その中で田中さんが『プロジェクトとワークショップ』という文章を書いているけれど、これが驚くべき文章なのだ。『映像インスタレーションという方法』批判なのだが、まさに「ビデオ・アート」のことであり、これが今回の蔵屋田中の日本館の「インスタレーション」にそのままあてはまる。というより、そのパターンにはまるのに抵抗したのだが、現代美術の圧倒的な力にやぶれたと言ったほうが良い。

ところが、プロジェクトやワークショップに当然付いて回る助成金については田中さんは触れていない。そこを村上さんは「タダ飯批判」という形で問題にしたと考えられるのではないか。

『陰謀論』というタイトルで、連続ツィートをしたのはそういうわけだ。もう一度、田中功起さんのツィートを引用しよう。

田中功起 @kktnk
おそらくアート・フェア向けのスペシフィックなプロジェクトはもうやりません。市場はぼくにとっても重要なのでギャラリーを通して作品は出続けるだろうけど、フェアに合わせたプロジェクトをすることは、何かそこに批評的な必要性を感じないかぎりもうやらないでしょう。 via Echofon 2014.08.23 15:43

「市場」という言葉が重要だ。

2014.09.05[Fri] Post 13:47  CO:0  TB:0  絵画の忘却  Top▲

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