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永瀬恭一の「藤枝晃雄批判」 : マチスの《かたつむり》

中村ケンゴを検索していて、シンポジウム『20世紀末・日本の美術ーそれぞれの作家の視点から』(2012年2月)を偶然に見つけた。そこで、永瀬恭一が「1998年の総括」で、藤枝晃雄を批判している。当時、美術評論家で食べているのは椹木野衣一人と言ってよく、誰も椹木に反論しないので批評が批評としてなりたつ状況ではなかったというのだ。その後につづく永瀬恭一の発言。

永瀬:そうなんです。そのカウンターになる壁が、ほぼ村上隆も椹木野衣も無視して、大学でお給料をもらいながら自分の 枠組みだけで仕事をしている。唯一多分藤枝晃雄(1936-)さんっていう人が、若干なりともボールを投げていたかなと思うんですが、ほとんど明後日の方 向に投げていて、しかもあの人は致命的なことに文章が書けないというか、文体が非常に特殊といいますか。椹木さんは文章が書ける人なんですが、藤枝さんの 文章って僕いまだに読めないんですよ。


確かに藤枝晃雄の文章には癖があって読みにくい。しかし書いてある中味から言えば、私には椹木野衣の文章のほうがはるかに難解だ。この違いは、椹木と藤枝の絵画の考えかたの根本的な違いから来ているのではないか。それは永瀬がシンポジウムの冒頭で述べた「二つのキー」に表れている。

永瀬恭一:僕も二つだけキーを挙げさせてもらえば、まず作品に基づいて奥から手前へという動きがあったなと思います。それから状況論的には、外部からの侵入っていう のが四分野ほどあって、文学、アメリカ経済、建築、社会学という四つの外部から美術に色々なものが侵入してきたなというイメージをもって今日話したいと思います。


前者は「グリーンバーグの平面性」で藤枝のフォーマリズムに近いだろう。後者は表象文化論で椹木の反フォーマリズムに重なる。前者はモダニズムの自己批判であり、後者はポップを含むポスト・モダンの文化相対主義である。現代美術の思考の枠組みとしては「モダンVSポスト・モダン」あるいは「フォーマリズムVS反フォーマリズム」ということになり、現代美術の議論を整理するのにふさわしい枠組みだ。

ところが、議論はそんな風に進むわけではない。各年度のアート・シーンや国内世界の出来事にそれぞれが自分の立ち位置からコメントを加えていく。そんな中で永瀬の口から藤枝の名前が出たのは、話題が美術評論家のことになり、椹木野衣の『日本・現代・美術』が美術評論ではなく文芸評論だという話からだ。文芸評論といえば文学であり、その「文学」の支配から脱し、純粋化したのがモダニズムとも言えるわけだから、ここで永瀬は当然藤枝晃雄の名前を出すことになる。何よりも、椹木野衣は『日本・現代・美術』で藤枝晃雄の現代美術批評確立の功績を黙殺したのだからなおさらのことだ。そういう意味では永瀬は議論を本来の軌道に乗せようとしたとも言える。

そうは言っても、はたして、椹木野衣が分かりやすく、藤枝晃雄が難しいというのは本当だろうか。椹木野衣は時間芸術である音楽の技法を空間芸術である美術に適用したり、社会情勢で美術の主題や傾向を説明するのだから、ジャーナリズム的には、一読してなるほどと思わせる所はある。しかし、作品を見てのフォーマリスティックな分析評価はないので、本当の美術愛好家の作品鑑賞には役に立たない。藤枝晃雄が難解なのは、「ことはそう簡単ではないこと」をその都度「目で見ること」に戻って委細をつくすからだ。

藤枝晃雄は「見ること」をおろそかにしない。このことは、藤枝のマチスやジャッド(注1)の分析を読めば分かる。試しに『現代美術の展開』所収の『マチスの空間』〈何が現代的か〉を読んで欲しい。マチスの《テラスに坐るゾラ》とデ・クーニングの《女Ⅰ》と比較して、二人のそれぞれの芸術観に反して、いかにマチスの方が難解で現代的であるかを述べている。この『マチスの空間』〈何が現代的か〉を読めばフォーマリズム批評がたんに形式主義的な分析ではなく、内容のある豊かな作品批評であることが容易に理解できる。

最後のところにマチスが没する前年に描かれた《かたつむり》の小さなモノクロの写真図版が載っている。その《かたつむり》について述べた段落を引用する。

一般にマチスの色彩もまた、かれの言葉のように心地よいとされている。けれども、それは作品を熟読すれば明らかなように、一見単純だがはなはだしく微妙で、渋く、まさに苦々しいものである。マチスを早くから評価していた評論家クレメント・グリーンバーグですら、マチスの色彩は「個性的な表現を弱めてしまう用いられ方をしている」と批判したことがある。マチスの色彩は、難解で、俗にいってくろうと受けのするものである。その色相の関係は、対称し循環する形体、構成と相まって、画面をこのうえなく平面化する。装飾的ともいわれるゆえんだが、そのような平面化こそ、あらゆる諸要素をこえた画面の全体性を強調しているのである。


この文章を最初に読んだときは、「色相の関係」「対称し循環する形体、構成」「平面化」「装飾的」「全体性」などぼんやりとしか分からず、たしかに難解だった。ところが、今年の4月からテイト・モダンでマチスの『The Cut-Outs』展が開催され、ネットに《かたつむり》の展示風景の写真がいろいろ出まわった。観客が一緒に写っている3m弱四方の《かたつむり》の展示風景の写真を見て、あらためてその大きさに衝撃を受けた。正方形のフォーマット、黒と余白の白、そして補色の使い方、四角形のカットアウトの隅が触れ合い、微妙に重なっている。白い台紙の四辺に沿ってオレンジ色の紙片が囲んでいる。

「その色相の関係は、対称し循環する形体構成と相まって、画面をこのうえなく平面化する。装飾的ともいわれるゆえんだが、そのような平面化こそ、あらゆる諸要素をこえた画面の全体性を強調しているのである。」(強調安積)

ここで思い出すのは村上隆の正方形キャンバスの《FLOWER》シリーズである。これがスーパーフラットなのかはともかく、花は重なり合って、浅いけれど奥行きがあり、花の色彩や大小の組み合わせが視線を捕らえて窮屈である。それに比べ《かたつむり》の切り抜きは平面的であり、どの色もどの形も構図を作らず、視線はパターンからパターンへ自由に流れていく。(柿栖恒昭) 藤枝晃雄は言葉だけ読めば難解だけれど、作品を見ながら読めば、おそらくは椹木野衣よりはるかにわかり易いといえる。(注1)

私のTLでテイト・モダンのマチス展に行きたいと言っていたのは今井俊介一人である。ちなみに藤枝晃雄が『マチスの空間』を書いたのは1976年だ。これでも藤枝は「アサッテの方にボールを投げていた」と言えるだろうか。

永瀬は「大学でお給料をもらいながら自分の 枠組みだけで仕事をしている」と批判するけれど、逆に言えば、美の商人たちの営業に配慮することなく、自分の枠組みである現代美術の研究ができるということだ。現代美術は作品よりも思想やコンセプトが重要だという。だから理屈がつけやすい作品が評価される。作家も評論家も見ることを忘れて、喋ることに専念しているようだ。見ることを求める作品は理解するのが難しい。結局のところ、難しいのは藤枝ではなく、マチスなのだ。そしてその見ることを教えてくれるのが藤枝のフォーマリズム批評といえる。 藤枝の『マチスの空間』の結論部を引用する。

私は、マチスについていささか大仰に書きすぎたかもしれない。しかし、こう書かねばならないほど、かれは、芸術以外のことに屈服しすぎている美術、わけてもわが国の美術のなかで、軽視ないしは誤解されているように思われるのである。


40年前と事情は少しも変わっていない。 マチスは室内画で角のない形体を使ったパターンからパターンへの流れを、《Escargot》では角のある四角の切り抜きでやっている。下の写真をもう一度見て欲しい。もちろんプロが撮った写真だけれど、モデルは少しも邪魔になっていない。しかし、誰も驚かない。










注1:ジャッドのミニマル・アートについては、『現代美術の展開』の「〈あとがき〉に変えて」の(12)(13)を参照 藤枝晃雄は絵画が「知覚に基づいた想像」であることを理解している数少ない美術評論家の一人である。



スレッド:art・芸術・美術 / ジャンル:学問・文化・芸術

2014.08.08[Fri] Post 01:19  CO:0  TB:0  -藤枝晃雄  Top▲

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