ART TOUCH 絵画と映画と小説と

もとは美術展評のブログ 絵画と映画と小説と、そして哲学を少々

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.--[--] Post --:--  CO:-  TB:-  スポンサー広告  Top▲

COMMENT

NAME

SUBJECT

BLOG/HP

PASSWORD

COMMENT

SECRET: ※非公開コメントにしたい場合はBOXにチェックをして下さい ⇒ 

SUBMIT: 送信 

TRACKBACK

スポンサーサイト のトラックバックアドレス
http://petapetahirahira.blog50.fc2.com/tb.php/916-6d6d8bf9
 ⇒ この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)

奈良美智とビール

『奈良美智の線』()で、「奈良美智は浮世絵の絵師と彫師と摺師を一人でやっている」と書いた。

奈良の《作業風景》()を見ると、彼の制作方法が浮世絵師たちの職人仕事に見える。さまざまな種類の絵筆を使い分け、壁に掛けたキャンバスを上下左右向きを変えるのは、彫師が多種類の彫刻刀で、版木を回転させながら彫っていくのに似ている。また、キャンバスをテーブルに水平に置き、刷毛で絵柄に関係なく絵具や水を塗っていくのは、摺師や経師の仕事を思い出す。奈良美智は職人なのだ。

職人と言えば、奈良がビールをラッパ飲みして一服する。彼は「マイスターシューラー」を取得している。マイスターというのはドイツの徒弟制度の親方のことで、そうであるなら、奈良はGeselle(職人)より上の親方見習いのようなものか。詳しくは知らないけれど、ドイツでは絵描きは職人なのだ。今はそんなこともないのだろうが、仕事の途中に職人はビールを飲む。奈良はデュッセルドルフの芸術アカデミーで学んでいるのだから、学生仲間の習慣を身につけたのかもしれない。

ドイツの絵描きが職人だということは、なにもビールを飲むことではなく、絵描きは手仕事だということだ。そのことで思い出すのはゲルハルト・リヒターだ。リヒターは「絵画についての絵画」を描く現代美術家なのだが、それ以上に、東ドイツの芸術アカデミーで美術教育を受けた職人でもある。同じように東ドイツで美術教育を受けたポルケやバゼリッツがポップ・アートの毒に侵され、芸術理論を振り回して、手仕事のことなどすっかり忘れているのに比べ、リヒターは職人の手仕事を忘れていない。彼の最近の《squeezed painting》はポロックの《poured painting》に劣らず、「描くことと偶然性」が融合している。

日本の現代美術家で職人気質といえば奈良美智のほかに、「鶴の恩返し画家」を自称し、面相筆をなめなめ《灰色の山》を描いていた会田誠がいる。彼の《あぜ道》のお下げの分け目や《犬》シリーズの包帯の編み目は微細を通り越して崇高といえる。その会田も「俺はもともと思想とコンセプトのあるポップ・アーティストだ」と至極もっともなことを言って転向してしまった。

もはや、日本の現代美術家で手仕事を好むものは少ない。岡崎乾二郎がかろうじて図画工作の手遊びをしているぐらいだ。話題になるアーティストといえば、誰もが真似できるような 写真やPCを使ったもの、作ったそばから古くなる新奇珍奇なオブジェやインスタレーション、あるいは「くだらねぇー」と褒めてもらえるパフォーマンスばかりだ。

そんな現代美術のなかで、職人の手仕事が評価される余地はない。というよりも話は逆で、手が働かない連中でも何とか工夫すれば、自分でもアーティストになれるジャンルとしてうまれたのが「現代美術」なのだ。その象徴的なシーンは、例えば遠藤一郎がペンキローラーで壁に虹を描いたり、「おまえらが大好きだ」とベタなメッセージを書くような《Live》に大勢の観客が集まることだ。彼らの多くはアーティストを目指している美大生や若者なのだろう。「愛と平和と未来のために」とヒッピーのようなスローガンを掲げ、退屈なパフォーマンスを諦めずにやり続けることでアーティストとして認められるようになった遠藤一郎は彼らの理想なのかもしれない。

いま、現代美術の主流はウォーホル流のポップ・アートだ。ポップはその背後に思想やコンセプトがあるという。キャンベル・スープ缶のようなこれまで誰も描いたことのない普通のものを普通に描けば、それが「新しい」芸術になる。新奇珍奇が求められるのは表現対象だけではない、表現技法や素材の新しさもポップになる。彼らはハイカルチャーとサブカルチャーに差はないと宣言する。いっとき「ヘタウマ」が流行り、デジタル・カメラを「買ったその日からあなたもアーティスト」どころか、データベースを漁ればカメラはいらない。粘土の代わりにLegoを使えばアートになる。アイデアさえあれば、外注しても良いことになった。こんなポップ・バルブのなかで手仕事の出る幕はない。

しかし、職人だからと言って魅力的な線が描けるわけではない。工芸品のような決まりきった職人の手仕事はむしろ図案化した線になる。奈良美智は線がマンネリ化しないように段取りを固定しない。下絵を描かずに、ゆきあたりばったりの部分を残している。

職人気質の画家がマンネリに陥らないためには、奈良のような工夫も有効だろう。しかし、それだけでは器用仕事(ブリコラージュ)で終わる。マチスは職人気質の画家だった。そのマチスがアラゴンの「修練の腕の冴え」という褒め言葉に答えて、「手の修練ですが、それに対しては私は強いて修練による手振りを忘れさせようとしてきたのです・・・・おわかりでしょう。鉛筆の筆使いというやつ・・・・」と言っている。マチスは線と色の永遠の葛藤の中で、モデルとの格闘であるデッサンを死ぬまで続けた。

奈良美智は少女を想像で描いている。それではいずれピカソのように行き詰まる。ジローの証言によれば、ピカソは想像や記憶で描いて、モデルを見ながら描かなかったという。奈良に必要なのは手順の工夫ではなく、モデルを目で見て、手で描くことの修練だ。絵を見ることは、何度でも繰り返すが、「(二次元の)知覚に基づいた(三次元の)想像」だ。そうであるなら、ヌードデッサンは「(三次元の)知覚に基づいた(二次元の)想像」ということになる。

西欧で評価された日本のサブカルチャーの絵師といえば北斎だろう。北斎が他の浮世絵師と異なるのは、彼が浮世絵よりもデッサンで高く評価されていたことだ。なかでもすぐれた素描家だったマチスがアングルの「デッサンは芸術の誠実さである」という言葉を引用して、正確さばかりを要求するアカデミーの石膏デッサンや裸体デッサンを批判しながら、他方で北斎のデッサンを褒めているということは、北斎の線には正確さを超えた西欧のモダニズムの精神が宿っているということだろう。

北斎漫画のデッサンが骨格筋肉の解剖学的正確さに欠けるけれども、線の流れや運動の把握に優れているのは、職人たちが尻を端折り、ときには褌すがたの裸で働いていたからだろう。それに相撲もあったことだし、北斎はいわばヌードデッサンをいつでもやることができたのだ。

北斎のデッサンがマチスに影響を与えたことは、《ダンス》シリーズなどを見れば想像がつくが、春画の影響はどうだろう。西欧では北斎漫画のデッサンの評価に比べ春画の評価は低くいようだが、それは表立って言わないだけで、マチスが北斎の春画を見ていたのはまちがいない。マチスは友人のマルケを「わが北斎」と呼んでいたという。そのマルケにはレズや男女の性行為の素描や挿絵が多いのだから、「わが北斎」というのはもちろん「春画」を含めての北斎のことだ。

北斎漫画の線を通して日本の浮世絵はマチスのモダニズムの線に繋がっている。ところが、明治維新以来の日本の近代美術は、日本画も洋画も北斎の「知覚に基づいた想像」というモダニズムの線を受け継ぐことはしなかった。目はひたすら西洋に向いていた。東京美術学校の洋画科の設立に関わった黒田清輝はフランスのアカデミーの石膏デッサンからヌードデッサンへのカリキュラムを導入し、みずからも三連幅の裸体画《智・感・情》を描いたが、それは理想化された裸体婦人が日本的な表情仕草をしている折衷的な主題絵画で、パリ万博で銀賞だったというけれど、奇妙なジャポニスムと言うほかない。

ところが、Kaikaikikiが「黒田清輝へのオマージュ」として、おたくのイラストレーターに依頼して今風のフィギュアの体型(?)をした《智・感・情》を制作した。椹木野衣は「近代における日本画と洋画の分裂をオタク文化を芯に再統合し、しかもそれをアートとして西欧近代に送り返すという『4種混合画』を驚くほど高い次元で完成させている」というのだが、黒田清輝の《智・感・情》の表現自体がすでに日本的なものと西欧的なものの折衷だったのだ。

Kaikaikikiは黒田清輝の百年前の和洋折衷の《智・感・情》を模写したことになる。あらたにオタク趣味が付け加わっているけれど、「アートとして西欧近代に送り返す」とは夜郎自大もいいところだ。Kaikaikikiは《智・感・情》によって日本の絵画が百年前と何も変わっていないことを示したのだ。フランスのモダニズムは浮世絵から多くのことを学んだ。なかでもマチスは北斎のデッサンを讃えた。しかし、日本の近代美術は洋画も日本画も北斎を黙殺した。日本の絵画が復活するには、北斎に戻って再出発するほかないだろう。




スレッド:art・芸術・美術 / ジャンル:学問・文化・芸術

2014.07.27[Sun] Post 00:22  CO:0  TB:0  奈良美智  Top▲

COMMENT

NAME

SUBJECT

BLOG/HP

PASSWORD

COMMENT

SECRET: ※非公開コメントにしたい場合はBOXにチェックをして下さい ⇒ 

SUBMIT: 送信 

TRACKBACK

奈良美智とビール のトラックバックアドレス
http://petapetahirahira.blog50.fc2.com/tb.php/916-6d6d8bf9
 ⇒ この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)

Log in*/RSS*】  Design 「AZ+」Plugin Template...  Page Top▲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。