ART TOUCH 絵画と映画と小説と

もとは美術展評のブログ 絵画と映画と小説と、そして哲学を少々

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.--[--] Post --:--  CO:-  TB:-  スポンサー広告  Top▲

COMMENT

NAME

SUBJECT

BLOG/HP

PASSWORD

COMMENT

SECRET: ※非公開コメントにしたい場合はBOXにチェックをして下さい ⇒ 

SUBMIT: 送信 

TRACKBACK

スポンサーサイト のトラックバックアドレス
http://petapetahirahira.blog50.fc2.com/tb.php/913-75d35b33
 ⇒ この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)

野田裕示の工芸性、岡崎乾二郎のグリッド、小林史子の壁画

絵画論で重要なことは「知覚」と「錯視」と「知覚に基づいた想像」の三つを区別することだ。最後の「知覚に基づいた想像」が本来の「図像意識」だ。

【野田裕示の工芸性】
「野田裕示と小林正人 : 〈オブジェと絵画〉」 http://petapetahirahira.blog50.fc2.com/blog-entry-906.html 
野田裕示の平面性を保っている抽象画も、表面を磨いたり削ったりしてあるので、まるで工芸品の表面のようにみえる。当然、表面は事物のように知覚され、ロスコのようなピクトリアル・イリュージョンは生じない。グリーンバーグのコレクションも大半が工芸的な表面なのは大きななぞである。

【岡崎乾二郎のグリッド】
「岡崎乾二郎の《ポンチ絵》はウンコですな」(山形浩生の訳本『ウンコな議論』に拠る) http://petapetahirahira.blog50.fc2.com/blog-entry-910.html
立体のイリュージョンは錯視によることが多い。岡崎氏のこの作品は複雑に組み立てられているので、単純にオプティカル・イリュージョンとはいえない。

【小林史子の壁画】
「小林史子の《1000の足とはじまりの果実》は紛れもなく一枚のタブローである。」 http://petapetahirahira.blog50.fc2.com/blog-entry-872.html
小林史子は芸大修士課程の壁画科修了である。彼女は椅子と古着で壁を作った。それはデコボコで何よりも壁の知覚だ。それが平面のイリュージョンになり、さらに椅子の直線と古着の絵具で一枚のタブローになる。観者の距離によって現われ方がことなる。少し離れて立てば「知覚に基づいた想像」が働く。

以上の三つは知覚と錯視と知覚に基づいた想像が組み合わさっている。要は知覚錯視想像のどれが優勢な作用かということだ。

イリュージョニズムというとき、我々はピクトリアル・イリュージョンとオプティカル・イリュージョンの違いに注意することが肝要である。この二つはまったく違うものなので、混同することはない。錯視は知覚の変異なので、どちらか択一的にしかあらわれない。しかし、絵画意識は知覚に基づいた想像なので、例えば、モノクロ写真の灰色の人物を知覚しているのだが、それに基づいた人物は桃色の肌をしている。我々は灰色の肌の知覚に注意を向けることも、肌色の肌の想像に注意を向ける事もできる。しかし、PHOTOSHOPで衣服をカラーにしてやると、灰色の肌は灰色の肌に見えるので違和感が生じる。これで少しは「知覚」と知覚に基づいた「想像」の違いが理解できただろう。



スレッド:art・芸術・美術 / ジャンル:学問・文化・芸術

2014.07.02[Wed] Post 14:28  CO:0  TB:0  小林史子  Top▲

COMMENT

NAME

SUBJECT

BLOG/HP

PASSWORD

COMMENT

SECRET: ※非公開コメントにしたい場合はBOXにチェックをして下さい ⇒ 

SUBMIT: 送信 

TRACKBACK

野田裕示の工芸性、岡崎乾二郎のグリッド、小林史子の壁画 のトラックバックアドレス
http://petapetahirahira.blog50.fc2.com/tb.php/913-75d35b33
 ⇒ この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)

Log in*/RSS*】  Design 「AZ+」Plugin Template...  Page Top▲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。