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もとは美術展評のブログ 絵画と映画と小説と、そして哲学を少々

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「岡崎乾二郎の《ポンチ絵》はウンコですな」 (山形浩生の訳本『ウンコな議論』に拠る)

岡崎乾二郎が『ポンチ絵』の展示即売会をやっている。(*)

これも岡崎乾二郎の得意な『図画工作』だ。今度は、抽象画ではなく具象画なので、箱に入れて並べてあると、なおさら小学生の図画工作に見える。

Twitterを見るとこのポンチ絵展が「素晴らしい」と言う人がたくさんいることが分かる。なかには、岡崎乾二郎の作品がこれまで良いと思ったことはないけれど、この《ポンチ絵》は素晴らしいとわざわざ付け加えるひともいるし、買って帰る人さえいる。それはそれでいいだろう。しかし、一時間半掛けて堪能したというツィートに至ってはもはや趣味や美学の問題を超えて、ほとんど〈事件〉である。

ご存知のとおり、岡崎乾二郎の父親は建築家で、本人は多摩美の建築科を中退して、「Bゼミ」を修了している。「Bゼミ」()というのは変わったスクールで、デッサンなどやらずに(注2)、現代アートの技法や理論を学ぶ塾のようなものだったらしい。岡崎乾二郎はその後「Bゼミ」の講師になり、『批評空間』で浅田彰に取り立てられ、コーリン・ロウなどの「実と虚の透明性」について建築家の磯崎新と議論している。ポストモダンというのは絵画ではなく、はじめにモダン建築に対する批判として生じた傾向である。岡崎氏は建築の空間と絵画の空間を同じように論じられる稀有な美術評論家だ。

こんなどうでもいいような事をくどくどと言っても仕方ない気がするが、岡崎乾二郎は日本の現代アートシーンの象徴なのだから、彼のアーティストとしての履歴を述べておくことも無駄ではないだろう。

今、美大の勢力図の中心は多摩美術大学から京都造形芸術大学へと動いているように見える。最近、千住博が学長を辞めて、替りに浅田彰が大学院長に就任した。千住博は去年から東京で「ザ・スーパー・アートスクール」を始め、その第一回修了生が、これも今年から審査委員に就任した『上野の森美術館大賞展』の大賞を受賞した。王青の大賞受賞作《玄牝》は先生同様エア・ブラシを使った(としか思えない)作品だ。さらに、忘れてはいけないアーティストがいる。ポストスーパーフラット・アートスクールを開校した黒瀬陽平も京都造形を卒業して、現在、芸大の先端芸術表現専攻博士課程に在籍している。岡崎乾二郎と同じように作家と評論家を兼ねているけれど、理論と実践ともに中途半端な現代美術家である。そんな美術大で岡崎乾二郎は公開講座を開いたことになる。公開講座には黒瀬陽平も聴講して、質問をしたという。

勢力図なのか思想地図なのか、それとも相関図なのか分からないが、黒瀬陽平は評論家としては京都造形芸術大学の浅田彰大学院長ではなく東浩紀に近いわけだが、その黒瀬陽平が荻上チキのインタビュー『ハッキングされる美術批評』の中で、岡崎乾二郎について述べている。

ブログでもちょっと書きましたけど、岡崎乾二郎の読者と椹木野衣の読者が分裂状態にあることは事実だと思うし、お互いがお互いのことを知らないで、なんとなく避けたり、バカにしたりという状態が、ここ数年の美術評論が活気づかない原因のひとつだと思います。あっているかあっていないか、というより、本当はそうではないのに、現時点ではまだ「(いわば)モダニズム派」と「(いわば)日本ゼロ年派」は分離しているように思われているし、その分離は非常につまらないところで起きている、それが問題なんです。


「日本ゼロ年派」は椹木野衣が水戸芸術館でキュレーションした展覧会のタイトルから来ているのだから、椹木氏が「日本ゼロ年派」ということは当然だけれど、だからと言って岡崎氏が対立する「モダニズム派」ということにはならない。岡崎氏はモダニストとポストモダニストの二つの顔を持っているし、そもそも『日本ゼロ年展』は椹木氏が『日本・現代・美術』を展覧会形式にしたもので、日本の現代美術をリセットするというのだから、展覧会が新しい傾向を網羅したものになるのは仕方ない。

椹木野衣は浅田彰との対談『新世紀への出発点』で「岡崎乾二郎はスーパーフラットである」と浅田を喜ばすような発言している。椹木は、《あかさかみつけ》はスーパーフラットだといい、浅田の方も、村上隆は岡崎乾二郎のポップ化だという。さらに浅田は、アニメやゲーム、あるいはそれらを再流用した「スーパーフラット・アート」よりも、世界の 美術史を踏まえて考え抜きながら真の意味でスーパーフラットな表現を模索している岡崎乾二郎を応援したいと言っている。

ところが、このスーパーフラットというのがフラットとどう違うのかわからない(黒瀬陽平はさらにポストスーパーフラットという概念を提案する)。スーパーとネオとポストばかりだが、モダニズムの言うフラットの意味は分かっている。「支持体の平面性」と「描かれた平面性」だ。支持体の平面性は絵画のイリュージョンを生み出す物理的条件だ。平面だからこそ「知覚に基づいた想像」が働く。描かれた平面性とは浅い奥行きのことだ。モダニズムの奥行きはどんどん浅くなり、支持体の物理的平面に重なるところまで浅くなる。それと事物の陰影描写を省略し、平塗りで平面的に描くことで、事物が占領している空間もまた浅くなる。

岡崎乾二郎の批判(注1)は何度か試みたけれど、上手くいかない。彼は一種の「天才」で、フォーマリズムをもとに次から次に新しいアイディアが浮かんでくるらしい。しかし、これまでは騙しやすいオブジェ(イリュージョンのない抽象画も含む)を使っていたが、今回は難しい絵画をテーマにした。天才の驕りがあったのだろうか。驕りというより油断だろう。何しろ浅田彰と椹木野衣を同時に手玉に取ったのだ。二人とも絵を見る目がないので、岡崎乾二郎は理論と実践を兼ね備えた美術家だと思っている。二人はスーパーフラットは村上ではなく岡崎だといった。そこまで言われたら、岡崎氏は絵を描かないわけにはいかない。ところが、岡崎乾二郎はそんなに自由自在に絵が描けるわけではない。そこで『ポンチ絵』を使ってちょっとした仕掛けをほどこした。

まず、『A-things』の展覧会の様子を見て欲しい。http://athings.exblog.jp/21859593/

『ポンチ絵展』の岡崎の名前が「おかざき乾じろ」となっている。理論派の岡崎氏のことだ、どんなタクラミが隠されているのか知る由もないけれど、普段使っている本名の「岡崎乾二郎」の展覧会とは違いますよということだろう。さらに展覧会の説明に「絵画の紋切り型に向き合い、描きためたポンチ絵を多数展示」とあるのだから、これらの絵は展覧会のために描いたわけではなく、漫ろに気ままに、そんなときに人が何となく描くイタズラ書きのようなものがたまったので展示するということだ。もちろん、これは『北斎漫画』を意識してのことだ。

これは心理分析のための作画テストの絵に似ている。心理学の教科書に出てきそうな絵もある。あるいは精神分析のオートマティスムの稚拙な絵のようにも見える。「絵画の紋切り型」という言葉で、岡崎はこの絵が自分の深層心理を表現しているわけではないと仄めかしながら、自分の絵が下手なのではなく、「紋切り型」なのだと言い訳をしている。

ポンチ絵は英国の《Punch》が語源で風刺画や風俗画を意味する。日本語では建築家がお客に概略や構想を説明するための簡単な絵の意味もある。京都造形の岡崎氏の公開講座の表題は「ポンチ絵としての芸術の物語」(下線安積)というのだから、「日本の芸術の歴史はポンチ絵のように滑稽だ」という意味もあるだろうし、あるいは、「芸術の歴史をポンチ絵のように簡単にまとめてみる」という意味にもなるだろう。いずれにしろ、岡崎氏は慎重に北斎の名を《ポンチ絵》の歴史から消している。(注0)

一度だけ建築家のポンチ絵を見たことがある。『国立新美術館』のオープン記念のとき、設計者の黒川紀章の展示があり、そこで写真だったかビデオだったか忘れたが、設計前の『国立新美術館』のカーテンのような波型のファサードのイメージをスラスラと描いた絵があった。あれがポンチ絵というものだろう。

辞書の意味から考えれば、そうなるだろう。しかし、子供の頃、大人が私の下手な絵を見て、「何だ、そのポンチ絵みたいのは」と言ったのを憶えている。ポンチ絵は「下手な絵」という俗語的意味もあったのだろう。私にはこの俗語的な意味が岡崎の《ポンチ絵》にふさわしいと思う。岡崎乾二郎は自分の《ポンチ絵》を単なる稚拙な絵ではないように見せている。もともと絵が下手なのではなく、ワザと下手に描いたように見せている。岡崎は言葉の多義性を巧みに使う芸術家だ。

しかし、「お絵かき」はそこまでだ。制作の順番通りに話しているわけではないけれど、岡崎乾二郎はいわば(突然)図像破壊者になる。絵画の平面性を壊すことによって、図像主題を図像客体に退化させる。絵(図像主題)は「知覚に基づいた想像」の対象である。ところが平面性が壊されると想像作用が作動しなくなり、図像は想像の対象(ピクトリアル・イリュージョン)から知覚の対象(物質)に頽落(Verfallenheit)する。

紙を不定形に切ったり破ったり、部分的に貼り付けたり、さらに、その上から絵を描いたりする。貼り残した箇所を丸めたり捩ったりして、台紙からぶら下げるなり、折り込むなりする。そのため、物理的な絵(図像客体)も部分的に隠されたり、破れたりしているので、逆に、壊された平面性が強く意識されることにもなるけれど、これは壁に掛けたら「紙くず」だ。

これでは、いくら岡崎乾二郎でもアートだと言い張ることはできない。多少でもイリュージョンを回復しなければならない。そうでなければ、見て面白くはない。しかし絵画の表面がデコボコではイリュージョンは生まれない。立体は射影を通じて現出するので、想像ではなく知覚の対象(事物)になる。多くの彫刻が退屈なのはそのためだ。

事物のコラージュなどで、失ったイリュージョンを回復するために支持体を枠で囲うという手法が良く見られる。シュヴィッタースの《メルツ絵画》が有名だが、日本では、野田裕示や大竹伸朗がいる。作品が大きいと効果が薄れるけれど、岡崎の《ポンチ絵》は小さいし、枠ではなく箱に入れたのは、岡崎乾二郎ならではの天才的なアイディアと言える。

あらためて、『A-things』の展示風景を見た。http://athings.exblog.jp/21859593/

ところが一つひとつの《ポンチ絵》ではなく、壁に陳列した縦六列横四列の《ポンチ絵》を見て驚いた。初めに見たときは、《あかさかみつけ》や《ゼロサムネイル》と同様に、岡崎乾二郎お得意の小学生の図画工作の展示だと思ったのだが、これは図画工作の展示ではない。《ポンチ絵》の箱が縦横並べてグリッドになっているではないか。グリッドは平面を作る。一つでも、四角形は平面になる。それが格子状になればなおさら平面になる。さらに箱が並んで、立体格子になっている。その一つひとつの空間を、冒頭で述べたコーリン・ロウの「虚の透明性」が満たしている。もはや、《ポンチ絵》は一つずつ見た時のようなボロボロな紙くずではなく、24枚のポンチ絵がグリッドによって結び付けられ、一枚の大きな抽象画になっている。

小さな《ポンチ絵》を買った人は大きな抽象画を見て欲しくなったのだろう。家に帰って箱のフタを開けたら、自分が買ったのはゴミだと気づいて、驚いたに違いない。でも、騙されたと怒る人はたぶんいないだろう。芸術的エリート化した大衆(藤枝)とはそういうものだ。岡崎自身も騙したつもりはない。これこそ真の「フラットネス」だと思っているにちがいない。確かに岡崎ほど平面性の問題に理論と実践の両面から肉薄した美術家はいない。そういう意味では、浅田彰や椹木野衣が「スーパーフラットなものに可能性があるとしたら村上隆ではなく岡崎乾二郎だ」ということもあながち間違っているとはいえない。

しかし、浅田や岡崎には致命的な間違いがある。それは、絵画は「知覚に基づいた想像」だということを理解していないことだ。平面性がイリュージョンと密接な関係があること、したがって、ピックトリアル・イリュージョンとオプティカル・イリュージョンを区別しなければならない。コーリン・ロウの「虚の透明性」というのは、カニッツァの三角形の主観的輪郭と類似の空間の錯視(オプティカル・イリュージョン)だ。錯視とは知覚の変異体であり、正常な知覚か変異した知覚(錯視)か、どちらか択一的しか作動しない。それに対して、ピクトリアル・イリュージョンは、「知覚に基づいた想像」であり、大抵の場合は、かなり自由に知覚に注意を向けたり、想像に注意を向けたりすることができる。もちろん絵画の楽しみは知覚とピクトリアル・イリュージョンの間の「弁証法的戯れ」にある。オプ・アートのような、観者が自由にならないオプティカル・イリュージョンに絵画の官能性はない。

いったい、これだけのトリックを岡崎は一人で考えだしたのかという疑問がどうしても残る。まるで、進化論に反するように、美的価値も芸術的価値も減少するような変化の段階をかさね、そして最後に「グリッド」によって一挙に抽象画の「傑作」になる。「グリッド」と言えば当然ロザリンド・クラウスを思い出す。さっそく、『オリジナリティと反復』(小西信之訳)所収の『グリッド』を見た。冒頭に以下のようにあった。

今世紀初頭、視覚芸術の領域において、一つの構造が現れ始める。それは、最初にフランスで、続いてロシアとオランダで現れる。すなわち、戦前のキュビスムの絵画において姿を現わし、後によりいっそう厳格、明白になるグリッドは、とりわけ、近代芸術が持つ沈黙への意志と、文学や物語や言説に対する敵意を告知している。グリッドは、そのようなものとして目覚ましい効果をあげてきた。それが視覚の芸術と言語の芸術の間に設けた障壁は、視覚芸術を、排他的な視覚性の領域の中に囲い込み、語りの侵入から守ることに、ほぼ完璧に成功してきた。


我々はすでに、グリッドが平面性や空間に関わることを見てきたけれど、クラウスはグリッドが文学や物語を抑圧すると述べている。すなわち時間の抑圧だ。ここで、岡崎乾二郎が《ポンチ絵》で物語を暗示した理由がわかる。展覧会の説明に「絵画の紋切り型に向き合い、描きためたポンチ絵を多数展示」と書いたのも、弁解じみている。後で否定するために一度は語らなければならない。そのことで岡崎はモダニズムの勝利を誇示するのだ。

24枚の《ポンチ絵》をグリッドに嵌め込んだ抽象画は決して本来の「絵画」ではない。「擬似コンセプトを図解(イラスト)したオブジェ」であり、詐欺師が囮につかった絵画もどきだ。もし《ポンチ絵》が一枚売れたら、すぐに箱のフタをして渡す。空いたところに別の《ポンチ絵》を掛ける。そのためのストックが棚に重ねて置いてある。

手品師がタネも仕掛けも見せている。







注0: 日本の近代絵画の歴史は「北斎殺し」の歴史である。北斎は西欧に学んだし、西欧も北斎に学んだ。北斎とマチスの二人こそモダニズムの要諦である。画狂老人北斎は“fou de dessin”であり、マチスは“fou de peinture”だ。
注1: ① 会田誠の浅田批判 ()  ② 『ゼロサムネイル』は図画工作である-- 特集展示・岡崎乾二郎(MOT)(
注2: デッサンは学ぶことが出来ないので、学ばないのは正解である。「Bゼミ」は絵が下手でも、手っ取り早くアーティストになる方法を教えるアートスクールの走りだったのではないか。「Bゼミ」で学んだという丸山直文はステイニングの技法を独自に改良して佳作を描いたが、それ以上の発展はなかった。肖像画(顔)や山の風景はとても褒められたものではない。自分で独自に戦略を立てて、「黒地に白い滝」で成功したのは千住博だ。デザインの勝利である。千住博もまた白い滝以外のカラーの滝や芸大時代の作品は「下手くそ」と言う他ないけれど、技法をふくめて、それを隠そうともしないところが大物たる由縁だろう。

スレッド:art・芸術・美術 / ジャンル:学問・文化・芸術

2014.06.27[Fri] Post 14:29  CO:0  TB:0  -岡崎乾二郎  Top▲

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