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『絵画の在りか』展(東京オペラシティ アートギャラリー):小西紀行/五月女哲平/今井俊介など・・・・・

東京オペラシティ アートギャラリーで7月12日から日本の若手ペインター24人を紹介する展覧会、『絵画の在りか』が開催される。

展覧会の主旨には、「20世紀の絵画は、具象から抽象へ、抽象から具象へと大きな転換をみせました。手法や素材が無限に拡大していく現代美術の領域において、絵画はつねに、尽きることのない表現の可能性を秘めたジャンルであり続けてきたともいえるでしょう」とある。

確かに、具象から抽象へ、抽象から具象への大きな転換があった。しかし、具象に挟まれた抽象の時代も、イリュージョンのある抽象から、知覚するだけのオブジェの時代、そして、仕舞いにその知覚できる事物(作品)さえ無くなった時期へという流れもあった。気がついたらアートの世界は荒涼たる風景が広がっていた。その理由はいろいろあったのだろうが、なんとなくポストモダンの雰囲気の中で、思想やコンセプトの表現が重要になって、そのために便利な具象絵画が見直されたということだろう。

ところが絵を描かない時期が長かったため、絵描きは絵が描けなくなってしまった。ニューペインティングなどはその例で、ブームが去ってみれば、キーファーばかりか、線が描けると思われていた大竹伸朗などもいったい何をやりたかったのか、2006年秋の東京都現代美術館の大回顧展に三度通い、一万円のカタログを買い、『美術手帖』の浅田彰の批評や楠見清のインタビュー記事を読んだけれど、結局何が何だが分からないままだった。

ポップ・アートも初期のブリティッシュ・ポップやアメリカン・ポップの批判精神は失って、絵画という便利なミディアムを使って、なんでもありの新奇珍奇な「表現手法」や「表現対象」を競うようになり、一種の「ポップ・バブル」(柿栖)の観を呈した。現在でもバブル崩壊するどころか、ますます膨張している。

そこで『絵画の在りか』の主催者は言う。

一種の“絵画ブーム”ともいえるこの状況の背後には、大きな危うさも潜んでいます。アニメやマンガなどのサブカルチャー表現、あるいは、氾濫する映像やイ ンターネット上のイメージへの無批判で無自覚な接近は、表現の本質とは全く無関係に展開されているきらいもあります。もちろん、その一方で、絵画という “古くて新しい”ジャンルに真摯に向き合いながら、独自の表現を模索するペインターも少なくありません。


というわけで、独自の表現を模索する画家たちを集めた『絵画の在りか』展が開催される。オペラシティーのHPの案内には六人の画家の作品が紹介されているけれど、それを見ると、確かに、絵画に真摯に向き合い、独自の表現を模索していることは分かるのだが、それが何か「真正」の絵画表現かと言われると、疑問を持たざるを得ない。最初の四作品は油彩で、後のニ作品がアクリルである。

厚地朋子の《コメディー》は、舞台と背景画の空間の「連続と不連続」を描いたもの。窓の外にある首のない大理石像はシュルレアリスムの定番か。

横野明日香の《ダム》は、モノクロ風の色彩で、自然の中のコンクリート建造物を柴田敏雄の「日本点景」とは違った雰囲気の風景画にしている。

小西紀行の《untitled》は、表現主義なのか、アクション・ペインティングなのか、とにかく絵具のフデアトが長く引き伸ばされて奔放であり、赤い目も赤目防止機能のなかった時代の写真のようで、見ていて落ち着かない。ところが、何度か見ているうちにどうも小西紀行の線は決して出鱈目な線などではなく、むしろ抑制の効いた魅力的な線に見えてきた。ひょっとしたら小西紀行とはただ者ではないかもしれないと検索したら、素晴らしい家族の肖像画が現れた。
 小さな画像が多いので、詳しくは分からないけれど、絵の変化を辿って行くと、家族の肖像、とくに子供の仕草などの表情表現が目立つようになり、そのあと逆に表情を破壊するような描写になっていくような気がする。その過程のなかで赤い目が現れたのかもしれない。しかし、今日初めてネットで画像を見ただけなので何とも言えない。しかし、これが何か新しい「絵画表現」にならないと誰が断言できよう。

政田武史の《HAITOKUKANのマーチ・覗き見OK、カモン》は、手で描いているのだろうが、どうしてもコンピューターで画像処理したように見えてしまう。もちろん意図的にそういう描写手法を使っているのだろうが。

五月女哲平の《Saturn》は、普通に見ればタイトルがなくても「土星」に見えるだろう。ところがニョウボ(佐藤順子)に「何に見えるか」と聞くと、「橋のアーチの間から海が見える」と答えたのだ。初めはふざけているのかと思ったけれど、NASAの写真は見たことはないと言うし、青くて水平なのは海と空しか考えられないという。「リングが土星本体の縞模様の平行線とズレているのはおかしいと思わないか」と訊いても「全然、いま土星だと聞いても、やっぱり空と海に見える」と頑固に言う。そのうち、わたしもだんだんと海に見えてくる。
 リングがズレているように感じることも含めて、「純粋視覚の不可能性」(松浦・岡崎)などと大げさなことを言う必要もない。知覚が経験の影響を受けているということだ。モノクロ写真の少年の肌が灰色ではなく、肌色に見えるのと同じことだ。これが、絵を見ること(図像意識)は「知覚に基づいた想像」ということだ。
 五月女哲平の作品は本来の「絵画」というよりも、視覚心理学的図像現象の面白さを狙ったイラスト(図解)である。「土星か海か」の問題も橋脚のアーチの部分が「地か図か」の視覚心理学的問題でもあるのだ。

今井俊介は、「絵画のイリュージョン」の問題に正面から取り組んでいる画家として知られている。そのためかどうか分からないが、黒瀬陽平にオジさんが喜びそうな「古臭い抽象表現主義」だと批判されていた。注意しなければならないことは、ピクトリアル・イリュージョンとオプティカル・イリュージョンを混同してはならないことだ。前者はリンゴの平たい絵を知覚して、立体のリンゴを想像すること、後者はリンゴがあたかも掴めるようにそこに見えること。前者は「知覚に基づいた想像」であり、後者は「錯視」、すなわち「平たいリンゴの絵の知覚」が変異して「立体のリンゴの知覚もどき」が現れている。知覚の替りに錯視が現れていると言っても良い。我々はそれが錯視(知覚の変異体)であることを識っている。
 ここで重要になるのは、絵画平面である。モダニストたちは古大家たちが隠してきた絵画の平面性を物理的な絵具をあからさまに見せることで宣言した。「抽象表現主義」もタッチや絵具のマチエールで絵画表面を見せたが、今井俊介はアクリルでタッチが見えないように丁寧に塗って絵画表面を隠した。絵画の物質的平面の知覚を隠すとどうしても錯視が生じやすくなるけれど、今井はそのあたりには気を配っているようだ。他方で、ストライプの布や紙を丸めたり湾曲させたり筒に巻きつけたり重ねたりして複雑な空間と奥行きを生み出している。
 製作年は2013年ということで2014年の『shiseido art egg』展の作品より前であり、まだ、空間は整理されておらず、その分、旗の曲面や空間が「知恵の輪」のように絡んで、観者はどうしてもその「知恵の輪」を解こうとするので、視線が少し窮屈に感じられる。このことで思い出すのはマチスのストライプで、例えば、《紫のガウンとアネモネ》と今井俊介の《Untitled》(旗)を比べて見れば、マチスの平面性と今井の三次元の空間性が対極にあることが分かるだろう。

マチスはアングルの「デッサンは芸術の誠実さである。」という言葉の意味が分からないけれど、北斎が《画狂》“fou de dessin”と呼ばれることは納得すると言っている(注2)。 このストライプだらけの《紫のガウンとアネモネ》を見るとマチスこそ「安楽椅子の画家」どころか正真正銘の《画狂》“fou de peinture”ではなかったかと思う。

『絵画の在りか』の六人の画家には(小西紀行を除いて)絵画への狂気がちょぴり欠けているように思えるのだが、たぶん展覧会を見ればまた、別の感想もあるだろう。



         マチス 《紫のガウンとアネモネ》1937年



注1: 『意識の距離が生み出す多様な世界』 横永匡史()が五月女哲平の視覚心理学的図像分析をしている。

注2: 『とりとめもなく』(『画家のノート』みすず書房二見史郎訳) このエッセイと《紫のガウンとアネモネ》は同じ1937年ごろかかれている。

スレッド:art・芸術・美術 / ジャンル:学問・文化・芸術

2014.06.14[Sat] Post 00:10  CO:0  TB:0  絵画の忘却  Top▲

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