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もとは美術展評のブログ 絵画と映画と小説と、そして哲学を少々

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ポップ・アートは才能の枯渇した芸術家の麻薬だ。

ポップ・アートが何か一向に分からない。北斎、千住、横尾、会田の四人の《滝》をあげて、「誰でも理屈をつければポップになる」とブログ()に書いた。

その理屈を楠見清が『美術手帖4月号』の巻頭エッセイ『ポップ・アートってなんだろう?』で書いている。簡単にまとめると「ポップ・アートは見た目より、むしろその背後にある考え方、思想やコンセプトが鮮やかでかっこいいーーーそれこそがポップ・アートの美学なのだ」ということだ。

会田誠が『僕の「書道教室」は、見た目の雰囲気ではなく、内部の論理的に「ポップ・アート」のつもりで作りました。そして、僕のほとんどの作品はそのように作っているつもりです。だってファッションじゃないですから。 』と変なツイートをしていたけれど、その訳が今やっと分かった。会田誠はおそらくこの楠見清の巻頭エッセイを読んだに違いない。それでかねがね自分の作品はコンセプチャルだと思っていた会田さんは「ポップ・アート」という言葉に飛びついたのではないか。「ファッション」という言葉が唐突に出てきたように感じたが、そうではなく、ファッションは「見た目の雰囲気」が大切だからだ。

話はそこで終わらない。この『美術手帖4月号』のポップ・アート特集を読めば、ポップ・アートというのは思想やコンセプトが問題なのではなく、見た目の雰囲気が大切だということがわかる。見た目がポップなら理屈は後から付いてくる。そういうわけで、才能のない芸術家にとってポップ・アートは麻薬みたいなものだ。

2014.04.05[Sat] Post 18:49  CO:0  TB:0  ポップ・アート  Top▲

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