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小林史子と小林正人:《平面と矩形と絵具》

小林史子はインスタレーションのアーティストである。 確かに、これまではそうだった。しかし、今回の《1000の足とはじまりの果実》はインスタレーションを超えている。

裏側から見ると、ディズニーのアニメのように椅子が次から次へと這い上がって壁になっていったように見える。椅子は裏から登って、表側に矩形の平面を作る。隙間には青黒赤黄の古着が詰められ椅子は壁の平面に矩形の模様を描く。古着はレンガであり絵具である。そして壁は一枚のタブローになる。タブローの平面から空間のイリュージョンが現れる。

優れた作品というのは、その時代の美術のいろいろな課題や傾向を一つにまとめてくれるような作品だ。小林史子は芸大の油絵専攻を卒業し、壁画専攻で修士をでている。在学中から幾つかの賞をもらっているのだが、検索しても絵画作品は出てこない。 小林はもっぱら「オブジェ」の周辺を巡って来たかのように見える。 「コンセプチャル」らしきものもあるけれど、小林はあまり喋らない作家だ。ジャンク・アートがあって、レディメイドがあり、プロセス・アートがあって、そして何よりインスタレーションがある。すべて事物(オブジェ)を使った作品だ。

小林史子は絵画から壁画を経て、オブジェと戯れて、再び壁画から絵画に戻ってきた。絵画を忘却した現代美術の記憶を取り戻そうとしているかのようだ。《1000の足》はオブジェから絵画への回帰ともいえる。もちろん、再度オブジェに帰ってしまうかもしれない。

同じように絵画とオブジェの問題を探究している画家に小林正人がいる。しかし小林正人は小林史子とは反対に絵画を解体してオブジェを作ろうとしている。彼は自作の《Unnamed #7》(注1)を「素っ裸だ」と言う。「この絵具とこのキャンバス、この木材。その間に中間物はいっさい存在しません。」と。どこかで聞いたことがあるような言葉だ。そう、グリンバーグが「モダニズムの絵画」について述べた言葉だ。

リアリズム的でイリュージョニズム的な芸術は、技巧を隠ぺいするために技巧を用いてミディアムを隠してきた。モダニズムは、技巧を用いて芸術(アート)に注意を向けさせたのである。絵画のミディアムを構成している所々の制限----平面的な表面、支持体の形体、顔料の特性----は、古大家たちによっては潜在的もしくは間接的にしか認識され得ない消極的な要因として取り扱われていた。モダニズムの絵画は、これら同じ制限を隠さずに認識されるべき積極的な要因だとみなすようになってきた。(太字安積/『モダニズムの絵画』グリーンバーグ)


この三つの条件を小林史子の《1000の足とはじまりの果実》は満たしている。だから、これは「壁」ではなく「絵画」なのだ。それに対して、小林正人の《Unnamed #7》はどの条件も満たしていない。いや、そうではない。小林はモダニズムを極限まで進めたのだ。絵画を脱構築しているのだ。絵具は色彩ではなく汚れであり、キャンバスは捩れた布であり、木枠は矩形ではなく台形であり、平面を作るためではなく、ただの木材である。言わばこれは絵画の解剖標本なのだ。彼は魂を見つけようと人体を解剖したけれど何も見つけられなかった解剖学者に似ている。

彼は小林史子と違って話す作家である。絵画の秘密を知ろうとタブローを解体して見たけれど、そこには木材とキャンバス地と絵具のほか何もなかった。だから小林正人はしゃべり続けなければならない。解体するのではない、絵画を作っていくのだと言い訳をする。絵具が塗られ、キャンバス地は枠に張られ、矩形のタブローが完成するはずだった。ところが小林正人は「完成とはなにか」と、勿体ぶって問う。そして、「この作品、完成を目指して途中で止めたのではない。この作品は完結しない世界でのあるひとつの完成の仕方なのだ」と答える。

たとえば小林は「光」について語る。評論家も同じように小林の「光」について語る。評論家が先なのか作家が先なのか知らない。古谷利裕は「光を捕獲する」と言い、保坂健二朗は「反重力の光」と言う。そして小林正人は「生きている光」について語る。フェルメールやレンブラントなど古大家の光は、暗い所を背景に明るい所の表面色として現れる。ところが小林正人の光は図像主題の明暗ではなく、キャンバス表面の反射光として現れる。他にも面色の《青い空》や光の点である《星》など表面色ではなく面色や空間色を好んで使う。三次元のイリュージョンを抑圧している。

ここで「語る作家」と「語らない作家」の間に捩れが生じる(注2)。語る作家は語るものがないから語るのだ。絵画の面白さは「自由な想像」ではなく、「知覚に基づいた想像」にある。想像は絵画平面の知覚から生じる。立体は知覚されるだけで想像は生じにくい。三次元の事物は眼球の運動や視点の移動で様々なパースペクティブで現れる。オブジェと観者の身体は連続した同一の空間に共存している。それが三次元事物の知覚だ。マイケル・フリードがいうリテラルなものである。リテラルなオブジェは退屈である。だからこそ、オブジェ作家の小林正人は知覚できる微妙な差異を執拗に語り続ける。

それなら美術評論家や語る作家に騙されないようにするにはどうすれば良いか。それは言葉を聞くのではなく、作品を見ることだ。作品を見るというのは、「知覚にもとづいて想像」することだが、まずは 《Unnamed #7》を見てみよう。素直に見れば画家が捨てた粗大ごみに見えだろう。美術館に展示していなければ、誰も芸術作品とは思わない。もちろん、モダニズムの理論を知っていれば、木枠が台形なこと、キャンバス地が弛んで平面ではないこと、絵具が擦り付けられたようで汚れに見えることなどの意味を理解して、そのラジカリズムに感動するディレッタントもいるだろう。しかし、そうであっても三次元の事物は絶えず異なる側面を見せるので、知覚が支配的であり、平面のように想像が作動することはなかなか起きない。少し複雑な形をしているけれど、これはマイケル・フリードがいうリテラルな客体であり、ジャッドのキューブと同じ知覚の対象なのだ。

《1000の足とはじまりの果実》はどうだろう。インスタレーションは複数のオブジェが組み合わされ配置されている。そのリアルな空間の中を観者は現実に歩いて入れる。もちろん想像ではなく、知覚しながらである。壁の裏から表からそして横から近づいたり離れたり、あるいは見上げたりたりする。もちろん視知覚が作動している。壁に少し離れて正面から対峙する。つめ込まれた古着や椅子の脚や背凭れが見える。隙間や凸凹がある。もちろん三次元の事物を見ている。ところが壁の表面が突然平面になる。イリュージョンである。壁は矩形のキャンバスになり、古着は色彩になり、椅子の足は線になる。そして壁は抽象表現主義のタブローになる。知覚に基づいた想像が作動したのだ。

絵を見るということは、繰り返し言うけれど「知覚に基づいた想像」である。これは「自由な想像」とはまったく別物である。例えば会田誠の《犬》シリーズの美少女と文字の《美少女》を比べてみれば理解できるだろう。《犬》の美少女は絵に描かれた通りの美少女を想像しなければならない。紙の上に書かれた平面的な図像の知覚に基づいた、三次元でぬくもりのある乳房の少女を想像する。文字の《美少女》は概念を意味しており、美少女を思い浮かべるとしたら、それは自由な想像なのである。そういう意味では絵の知覚に基づいた美少女の想像というのはある意味で「不自由な想像」と言える。もちろん絵の美少女から注意を逸らして、自分の好みの美少女を自由に想像することも出来る。

絵を見ることは「知覚に基づいた不自由な想像」だということを忘れないようにすれば、作家や評論家の怪しげな理論に騙されることはないだろう。この不自由さこそが「絵描きの自由」の根拠なのだ。 



注1:『プレイバック・アーティスト・トーク』展(国立近代美術館2013年6月~8月)のパンフレット
注2:藤枝晃雄による。ちなみにマチスは画家になるならまず舌を切れと言ったけれど、マチス自身は語る作家であった。もちろん画家が語っていけないことはない。何を語るかが問題だ。










2014.01.07[Tue] Post 01:18  CO:0  TB:0  小林史子  Top▲

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