ART TOUCH 絵画と映画と小説と

もとは美術展評のブログ 絵画と映画と小説と、そして哲学を少々

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.--[--] Post --:--  CO:-  TB:-  スポンサー広告  Top▲

COMMENT

NAME

SUBJECT

BLOG/HP

PASSWORD

COMMENT

SECRET: ※非公開コメントにしたい場合はBOXにチェックをして下さい ⇒ 

SUBMIT: 送信 

TRACKBACK

スポンサーサイト のトラックバックアドレス
http://petapetahirahira.blog50.fc2.com/tb.php/864-a9a23564
 ⇒ この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)

ニョウボはいかにして会田誠のファンになったか。

注意! 最後に北斎の春画を借用したイラストがあります。


ニョウボは画家である。まだ無名だ。つい最近「画家宣言」をしたけれどもちろん誰も知らない。

絵は素人にしては上手い方だ。プロフィールのヌード・ドローイングはニョウボの描いたものだ。田舎住まいでデッサン教室もないので私がモデルになった。それまでヌード・デッサンの経験はない。一度目はソファーに座って、二度目はベッドでポーズを取った。ニョウボは陰影をつけるのは誤魔化しだ、つけると線が死ぬと言って、陰影はつけない。中学の石膏デッサンのときから陰影をつけるのが嫌でたまらなかったそうだ。

もう一つ序でに言うと、会田誠の《書道教室》の面白さをすぐに理解したのはおそらくニョウボぐらいだろう。何しろ見た瞬間笑い出したぐらいだ。そして万歳をしたくなったという。デッサンに陰影をつけるのが嫌いなように、習字の教科書の楷書体が嫌でたまらなかったそうだ。あるときお手本通りに書くのがいやで、わざと変なふうに崩して書いて提出したら、その崩したところに朱で丸がいっぱいついて返って来た。ますます習字が嫌いになった。会田誠は『アートで候。』展の映像でわざわざ《書道教室》の前に立ち止まって「これを見て欲しいんです」と言っていた。

ニョウボは《書道教室》を見て中学時代のことを思い出したのだが、同じように中学時代のことを思い出したのは《あぜ道》だった。このことは「会田誠の『失われた時を求めて』:《あぜ道》論」()に書いた通りだ。《書道教室》のことは、会田誠は字が下手だったそうだし、《あぜ道》は男の子だからお下げを引っ張ることはできなかったろう。両方できたニョウボの方が会田自身より会田の作品を理解していると言えなくはない。

『アートで候。』展では他にも《浅田批判》が岡崎乾二郎のパロディだと分かったことがアート嫌いのニョウボには嬉しかった。それから、これは私には一向に理解できないことなのだが、《ポスター》を見て、「会田は絵が上手い」と言う。わざと下手に描いている訳ではなく、そのまま描けば子供みたいに描ける。ようは子どものときから絵が進歩していないということだ。カタログの解説を読むと、「この連作のコンセプトはイヤミばかりですが、実際の制作は子供になりきって描いたので、学生時代のニューペインティング・ブーム以来久々の、のびのびと楽しいペインティングでした」と言っている。
 
鬼畜系や駄作系の作品はさておくとして、ニョウボがなおいっそう会田のファンになったのは彼の著作を読んでからだ。 『カリコリせんとや生まれけむ』を読んで、会田の家庭環境が自分にそっくりなのを知った。両親の職業も同じだし、父親が似非知識人で丸山真男を高く評価していたので、それなら丸山真男はニセモノに違いないと今でも思っている。母親は中学の数学の教師でフェミニストだったことまでは同じだが、『カレー事件』を読んでの感想は、会田はお姉さんに頭があがらないということだ。母親が働きに出ていると姉が弟の面倒を見ることになるからだという。この辺りのことは自分のことと会田のことがゴチャゴチャになっているけれど、会田はどこかで《ジューサーミキサー》を描いだのは姉にいじめられていたからだと言っていた。

ニョウボが会田誠でいちばん気に入っている所は、アンチフェミニストなところだ。もちろん会田は女性蔑視者ではなく女性崇拝者なのだが、ある展示の公開制作のとき、アート雑誌のインタビューに答えて『男性器は"健全"なイメージがするが、女性器は"不健全"なイメージだ。』と言ったのをフェミニストに咎められ、「なぜ女性器は“不健全”なのか」と詰問された。『たとえば、男性器を神輿に担いであがめるのは"健全"な感じがする。しかし女性器を神輿に担いであがめるのは”不健全"な感じがする。』とまるでフェミニズムの想定問答集通りに深みにハマってしまった。

あとは省略するが、ちょっと面白かったので昼食のときにニョウボに話した。するとニョウボがいきなり怒り始めた。何しろこういう賢ぶった女が大嫌いなのだ。「何を言ってるの。女のが不健全に決まってるじゃない。血を流して、グジグジ濡れて、こんなものお神輿に担げるわけないじゃない。男なら光をサンサンと浴びて大きくなればなおさら光を浴びて輝くじゃない。でも、だからどうしたというのよ。男なんて哀れなものよ、そんなもの自慢したって、男は女の性の道具じゃない。北斎の春画を見て御覧なさいよ。」 「。。。。。はい、ごもっともです。」

フェミニストの言いがかりの一部始終をはじめたみたけれど、これほど下品なものとはおもわなかった。「下品」と言うと、女は上品にしてろと一方的に女を家の奥に押し込んでおいて抑圧するのは男の横暴だとすぐに反応するのだろうが、これを「教条的な言語の使用法」と言わずに何を教条的というのだろう。それから、会田の「エゴ・サーチ」を見つけて、あたかも破廉恥行為の現行犯を捕まえたように得意になっているのはいかにもという気がする。

そういう訳だからということでもないのだが、かねがね北斎のドローイングの線が好きだったニョウボは、ダブルヌードの練習に北斎の春画を裸にするというアイディアを思いついた。北斎のデッサンは正確で、着物で見えないところも歌麿のように誤魔化しがないという。それに女が男を性の道具にしているところが気に入っている。以下に『北斎の春画』() をヌードにしたものをコピペした。

北斎正常位
                               《北斎の『春宵秘戯帖』より》



F30のキャンバスに木炭で描いたエスキースをもとに、F8の水彩紙にアクリルで描いたものだ。紙にアクリルで描くのは初めてで、線はアクリルマーカーを使ったのでぎこちない。ちょっと漫画的だが、春画を描いてやらしくならないのはニョウボの才能である。


スレッド:art・芸術・美術 / ジャンル:学問・文化・芸術

2013.11.26[Tue] Post 23:44  CO:0  TB:0  -会田誠  Top▲

COMMENT

NAME

SUBJECT

BLOG/HP

PASSWORD

COMMENT

SECRET: ※非公開コメントにしたい場合はBOXにチェックをして下さい ⇒ 

SUBMIT: 送信 

TRACKBACK

ニョウボはいかにして会田誠のファンになったか。 のトラックバックアドレス
http://petapetahirahira.blog50.fc2.com/tb.php/864-a9a23564
 ⇒ この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)

Log in*/RSS*】  Design 「AZ+」Plugin Template...  Page Top▲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。