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世界文化賞 絵画部門=ミケランジェロ・ビストレット 彫刻部門=アントニー・ゴームリー

いつだったか「アート・オブ・アワ・タイム」(世界文化賞受賞者展)を見に行ってがっかりしたおぼえがある。ちょっと面白いと思ったのはデ・クーニングの《女》ぐらいだった。バルチュスの作品なんかは私には未完成にしか見えなかったけれど、まさかそんなことはあるまい、そいういう風な作品なんだろうと思った。

今回の受賞者は、ネットで写真を見ただけだけれど、彫刻部門のアントニー・ゴームリーの作品などは近頃のオブジェではなく、正統的な彫刻になっている。自分の身体を石膏で型どりをしているのだというが、コピーでもアリズムでもない。感情や表現や運動を削り取ってあくまでも「像」を作りだそうとしているようにみえる。

それに比べ絵画部門のミケランジェロ・ビスレットは凡庸なアーティストに見える。鏡面仕上げにしたステンレスに鏡に写ったような絵が描かれ、さらにそれを見ている人を描いている。「絵の中と絵」と「鏡像」を二重三重にしている一種の「だまし絵」だ。それはそれで騙される面白さがある。しかし、アルテ・ポーヴェラだという《ぼろ切れのヴィーナス》は、どんな理屈をつけようとも、あまりにも陳腐な組み合わせではないか。

絵画でもない彫刻でもない「オブジェ」が蔓延している中で、画家より彫刻家のほうがオブジェ化に抵抗して、「像」の探求を続けているような気がする。オブジェの始祖であるデュシャンやジャッドが画家であった事からも 分かるように、彫刻がどちらかというと知覚が優勢なミディアムなのに対して、絵画はもともと想像のミディアムなので、どうしても画家は、特に才能に乏しい画家は、アヴァンギャルドとしての反絵画に陥りやすい。

この反絵画は、抽象画、反イリュージョニズム、オブジェ、ミニマル・アート、コンセプチャル・アートなどに展開する。会田誠は2010年の某インタービューで自分は絵描きではなく、コンセプチャル・アーティストだと答えている。会田のコンセプチャル・アートというのは、コスースの知覚する「オブジェ」さえ存在しないようなコンセプチャル・アートではなく、コンセプトを図解(イラスト)するという意味でのコンセプチャル・アートだったり、美少女のイラストの代わりに「美少女」と言う文字(概念)を使い、それを《I-DE-A》とタイトルを付けたりすることだ。会田誠の発言はいろいろと変わるので何事につけても先のことはわからない。近頃は抽象画に挑戦している。
2013.09.18[Wed] Post 23:43  CO:0  TB:0  美術展評  Top▲

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