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会田誠の『失われた時を求めて』 : 《あぜ道》論

山下裕二は『会田誠 天才でごめんなさい』展のカタログに『偽悪者・会田誠』という評論を書いている。その中で会田誠の《あぜ道》が東山魁夷の《道》のパロディだと言っている(《あぜ道》論)。さらに、山下は、「いわゆる現代美術の世界の人たちが、このある意味単純なパロディーの基本を、発表当時にどれほど理解していたか」と世間の無理解を嘆いている。

ところが今では、グーグルで《会田&あぜ道》を検索すると、10のうち9つまでが《あぜ道》は東山魁夷の《道》の引用だと書いてある。なぜ、こんなことになったのだろう。《あぜ道》を予備知識なしで見て、東山魁偉の《道》を思い出す観者がいるだろうか。ほとんど居ないだろう。二つを並べて見たらなおさらのこと引用とは思えない。

素直に見れば、まずは《あぜ道》は「やらしい絵」なのだ。 『アートで候』展で《あぜ道》を見たとき、「この絵、やらしくない」とニョウボに聞くとすぐに「イヤラシイわね」と同意した。展覧会で最初の印象が一致することはめったに無い。話はそれで済んでしまって、とくに《あぜ道》に感動したわけではない。家に帰って、カタログを眺めたりブログを書いたりしているうちに、なぜ、いやらしいと感じたかわかった。このお下げの後頭部は前の座席に座っている同級生の女の子の後ろ姿なのだ。

お下げの分け目が目の前にあって、日に焼けていないせいか異様に白くて、まるで裸のように見える。その白い肌が黒い髪の毛の間に筋になってのびている。隠すべきところがあらわになっている。その分け目が「美少女」のものならエロティックな妄想に耽るし、あまり可愛くない子の分け目をうっかり見つめてしまうと変に生々しくて気分が悪くなる。

だから《あぜ道》の後ろ姿の少女は顔が見えなくても美少女なのだ。美少女でなければ会田はそんなに一所懸命髪の毛を描かなかっただろう。白い地肌から生えた髪の毛根を一本々々丁寧に描いている。美少女の後れ毛もまたエロティックである。しかし、お下げを少し離れて見れば、エロティックな面とは別の面が見える。清純さだ。お下げの分け目があぜ道に繫がっている。青田は、まだ性を知らない少女ように思える。会田は二十年後に「みんなといっしょ」シリーズの一つとして《濃かれ薄かれみんな生えてんだよなあァ・・・・・・》という「駄作」を描く。

ニョウボは中学時代のお下げの友達のことを思い出すと言う。お下げが目の前にあると引っ張りたくて我慢ができなくなる。アイウエオ順で前の席の**さん、背の高さ順の朝礼でいつも前の○○さん、自分はショートカットなので、母親に結ってもらって、朝御飯を慌てて食べて、登校してくるだろう三つ編みの友達がうらやましかった。『赤毛のアン』に夢中になった。お下げを引っ張る男の子はいない。女の子の特権だ。**さんは、後ろからお下げを引っ張ると振り向くのを我慢している。うなじが赤く染まる。引っ張られるのがうれしいみたいだ。長いお下げの尻尾で首筋をくすぐって遊んでいるとゴムが外れる。結い直してあげるのも楽しみだ。櫛の尻の尖ったほうで分け目をつけると、日に焼けていない白い肌があらわれる。見てはいけない秘密を見たような、あやしい気持ちになってくる云々。

ニョウボが突然「プルーストは何処へやったっけ」と言った。井上究一郎訳の文庫本の一巻目を重たいといってバラバラにして持ち歩いていたけれど、とっくに散逸してしまっている。ニョウボは「キンドルで無いかしら、探しといて」と言ったけれど、わたしは「失われた時を求めて」と言う考えに夢中で、ニョウボの言うことはうわの空だった。

《あぜ道》は会田誠の《失われた時を求めて》だ。会田は新潟県出身である。街に住んでいたのだろうが、ちょっと郊外に出れば田圃だらけだ。あぜ道を見て、お下げの分け目を連想したのか、お下げを見てあぜ道を連想したのか判らないけれど、最初に思いついたのは同級生のお下げの女の子の「やらしい分け目」だったに違いない。東京の下宿で会田は妄想に耽っている。そのとき故郷の田圃の「やらしい」あぜ道も一緒に思い出し、お下げの分け目と一本の線につなげて、遠くに故郷の山を望む構図にまとめあげた。もちろん東山魁夷の《道》が構図の着想のきっかけだったかもしれない。

会田が失われた時を見出せたかどうかはわからない。しかし、髪の毛を一本々々、稲の葉を一枚々々書いているとき、面倒くさいと言いながらも、会田は至福の時を過ごしたにちがいない。

会田の作品には《失われた時を求めて》描かれたものがたくさんある。いや、会田の全作品は、プルーストが言葉でやったことを、絵画でやろうとしているのだ。会田ほど言葉、あるいは文字と絵画の違いに自覚的な画家は、クレーを別にして、他にいない。《書道教室》の巨大な看板も、「美少女」の文字を見ながらマスターベーションをする《イデア》も会田の《失われた時を求めて》なのだ。

会田は失われた時を「駄作」の中に見い出す。《駄作の中にだけ俺はいる》                                                                                                                   

スレッド:art・芸術・美術 / ジャンル:学問・文化・芸術

2013.08.02[Fri] Post 02:05  CO:0  TB:0  -会田誠  Top▲

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