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もとは美術展評のブログ 絵画と映画と小説と、そして哲学を少々

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はじめまして

履歴からお邪魔しました。
ブログへの訪問、ありがとうございました。

松井えり菜さんという方は存じ上げませんが、
森村さんについては、私も以前から「なんとなく気持ち悪いなあ」と
思っていました。
ナニがこんなに気持ち悪いのか分からなかったのですが、

>異装趣味者が鏡を見るだけではなく、町に出て見たくなるように

という箇所を読み、全くその通り、私が感じたのはコレだ!!と
納得しました。

絵画については通り一遍の知識しかありませんので、
今後もこちらのブログで色々と勉強させて頂きたいと思います。
2006.11.11[Sat]  投稿者:はてるま  編集  Top▲

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森村泰昌

森村泰昌と松井えり菜(2)

 これは『森村泰昌と松井えり菜(1)』の続きです。

 森村泰昌の気持ち悪さはどこから来るのだろう。松井えり菜の気持ち悪さは、排泄物を汚いと思う日常的な感覚だが、森村の気持ち悪さは、どうもそんな常識的な感覚ではないようだ。その証拠に、多くの評論家や美術愛好家が絶賛しているのだ。



*
本当に気持ち悪くないのだろうか。とても信じられない。わたしは藤枝晃雄のように反吐はでないまでも、見るたびに悪寒がする。
 そもそも、私は女装が嫌いである。アメリカ人が女装の映画を見て転げ回って笑うのを怪訝に思っていたが、近頃は日本人もよく笑う。吉本の芸のない芸人が女装で笑いをとるが、その意味では、浅田彰の「吉本興業だ」という森村評はあたっている。
 しかし、森村の芸は吉本興業の芸とは異なる。お笑い芸人の女装は、女の目印(最近では記号というらしい)であるカツラやスカートを身につけ、わざと男っぽく振る舞ったり、あるいは、本人は女のつもりで振る舞うが、ハタから見ればバレバレで、その行き違いが面白いというのだが、森村の女装は女になりきっている。しかし、なりきっているから気持ち悪いのではない。なりきりなら歌舞伎の女形はもっとなりきっているけれど、様式化されているから、気味悪いわけではない。森村の気持ち悪さはナルシズムの気持ち悪さだ。森村が扮したマリリン・モンローの足を見てごらん、マイケル・ジャクソンの手を見てごらん。恍惚として、性的倒錯のニオイがするじゃないか。

 森村がシンディ・シャーマンに似ているというのは、吉本興業説以上に間違っている。森村は既成の絵画や写真を使って、首のすげ替えをするのだが、シャーマンは、我々誰もが無意識の中に持っているイメージを演じている。なりきっているわけではない。自我は役者と役柄に分裂し、憧れと嫌悪が争っている。そして、それを見る者は、自分の中にもその紋切り型の女のイメージが隠されていたことに気付く。女も男も。
 シンディ・シャーマンの写真には批評があるが、森村泰昌の写真には自我の分裂も苦悩もない。森村が似ているのは、シャーマンではなく、ピエール・モリニエだ。両者の性的趣味の違いに関しては識者に任せるとして、二人とも、自分が美しいと思っており、自分の姿にうっとりとしている。

     ピエール・モリニエ20061107032834.jpg

 ピエール・モリニエは、自分の撮った写真をプライベートな自分のためのポルノグラフィーと考えていたのだが、森村泰昌も自分の写真を自家用ポルノグラフィーとして引き出しにしまって置くべきだった。森村は、モンローのパフォーマンスをしているぐらいだから、生粋のナルシストではなく、異装趣味者が鏡を見るだけではなく、町に出て見たくなるように、森村も写真をばらまきたくなったのかもしれない。それを、作者も世間も、工芸品のような衣装や小物と、CGの技術による表面的な美しさのため、芸術品と誤解してしまったのだ。
 それだけではない。おそらくノーマン・ブライソンがデドコらしいが、ポストモダン風美術理論に乗っかって、フェミニズムや多文化主義の実践例として、いつの間にかアートになってしまった。
 このまえ横浜美術館の『日本×画展』を見に行ったとき、常設展示でマリリン・モンローになった森村の写真を見たが、理論というのは恐ろしいもので、もっともらしければ、ポルノ写真を拡大して公共の美術館に飾らせてしまう力があるのだ。
 それにしても、学芸員や評論家は、理論ばかり研究して、作品を見ないのかしら。
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2006.11.06[Mon] Post 17:58  CO:1  TB:0  美術展評  Top▲

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納得しました。

絵画については通り一遍の知識しかありませんので、
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2006.11.11[Sat]  投稿者:はてるま  編集  Top▲

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