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もとは美術展評のブログ 絵画と映画と小説と、そして哲学を少々

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①『ポロック展』を見るために名古屋まで車で行ってきた。

往復、7時間近く運転して愛知県美術館に『ポロック展』を見に行ってきた。その甲斐があったかどうか、初期のものから晩期のものまで展観して、それなりに見応えがあったけれど、最盛期の大作がなかったのは残念だった。

ポロック論については、もう一度東京で見てから書くことにして、われわれが問題にしていた運動視差について述べておこう。一番大きな《インディアンレッドの地の壁画》を見て驚いた。隣の展示室の突き当りの壁に遠く見えたのだが、ステレオグラムのように、絡まった線が浮き上がって見えたのだ。奥行きのイリュージョンなんて生やさしいものではない。まるで、ステラの立体絵画のように、絵画表面から、盛り上がってみえる。近づいていくと、浮き上がりは次第に少なくなり、さらに近づくと、オプティカル・イリュージョンはほとんどなくなり、普通の絵画的奥行きが見えてくる。そこで、首を動かせば、運動視差が生じ、奥行きのイリュジョンが現れる。

抽象画では、空間を二層あるいは多層にして、運動視差を容易に生じさせる技法がひろく見られる。それは主として「重ね合わせ遠近法」を使い、明暗遠近法や大小遠近法を補助にして、奥行きの(ピクトリアル・)イリュージョンを生み出し、視点の移動や眼球の運動、マバタキなどのキネステーゼによって、想像しているだけの奥行きがあたかも三次元の遠近の知覚のような運動視差を生じさせるのだ。

《インディアンレッドの地の壁画》を遠視したときのような絵画表面から飛び出してくる立体視は初めて見たのだが、運動視差をともなう奥行きの錯視は、例えば、「風のかたち」のHPにある中村一美や湯浅龍平の作品に見られる。中村一美については、すでにブログ記事『中村一美展再訪:やっぱり抽象画は難しい』に書いている。

さらに、絵画の多層性について探求しているのがゲルハルト・リヒターだ。「Overpainted Photographs」のシリーズはもちろんのこと、その他「Squeeze」の技法を使った作品以外にも運動視差が生じるような作品が沢山ある。(『ゲルハルト・リヒター』を参照)

次回につづく

2011.11.16[Wed] Post 23:02  CO:0  TB:0  ポロック展  Top▲

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