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岡田武さんへの返事(4)

前回、われわれは、知覚とオプティカル・イリュージョンとピクトリアル・イリュージョンを区別した。といっても、三つは明確に区別できるわけではなく、具体的な作品では二つあるいは三つが入り交じっていることが多い。例えば小林正人の《LOVE》がそうである。

彫刻などの立体では、知覚が強く働き、イリュージョンはなかなか見えてこない。モノクロ写真の人物は等身大に見えるし、肌はピンクに見えるけれど、ミニチュアのフィギュアはミニチュアに見える。鉛の兵隊と夢中に遊んでいる子供には、兵隊は等身大(ピックトリアル・イリュージョン)に見えている。立体でもオプティカル・イリュージョンが見えることはある。ジャコメッティの《頭蓋を欠いた頭部》の頭蓋が盛り上がって見えたのは、もちろんオプティカル・イリュージョンだ。(これは、人間の頭蓋骨は凸だという経験が影響を与えているので、ピクトリアル・イリュージョンも共働している)

わたしが「立体遠近法」と名付けたイリュージョンがある。ニキ・ド・サンファルの《ナナ像》や東京都写真美術館の地下展示室にある「アーケードの模型」がそうなのだが、知覚空間では、遠くのものは小さく見えるのに、さらに小さく収縮させることで、遠近感を誇張する方法が立体遠近法だ。「立体遠近法」については私のブログ記事『ニキ・ド・サンファル展』に詳しく書いてある。

5年前に書いたものだけれど、すでに立体的遠近法を「錯視的知覚」(オプティカル・イリュージョン)、絵画の遠近法を「図像的想像」(ピクトリアル・イリュージョン)と区別している。「錯視的知覚」とはおかしな言い方だけれど、立体遠近法の知覚と通常の奥行きの知覚と比べて見れば、その違いはハッキリしている。立体遠近法の空間は正常な知覚ではないという感覚が伴うのだ。我々が奥行きを知覚するのは、線遠近法のほかに、輻輳角、水晶体の調節、両眼視差、あるいは重なりあいとか、なかんずく、知覚空間で重要なのは身体感覚で、見る位置を移動すれば、見える側面た重なり具合も変化し、これも奥行き感覚には影響を与える。知覚ではこれらが統合されて奥行き知覚が生じるのだが、それらが互いに齟齬をきたすと、それを解決するために擬似知覚が生じる、それが錯視的知覚なのだ。

オプティカル・イリュージョンは、すでに述べたように平面に描かれた図形でも生じる。オップ・アートの錯視はチラチラしたり、回転運動のイリュージョンが生じるけれど、これが、通常言われるオプティカル・イリュージョンだ。そんな激しい変化ではないオプティカル・イリュージョンももちろんある。図地反転の「ルビンの盃」は図形と図像の中間であるが、図と地の現象自体はオプティカルな現象である。

知覚心理学は様々なイリュージョンを区別している。ここでは「絵画を見る」視点から、奥行きを例に、「知覚」と「錯視」と「図像意識」、対象に即して言えば、「事物(自然)」と「図形」と「図像」の見え方の違いを整理しておく。まず、知覚と図像意識の奥行きは安定している。現実の並木道も廊下も線遠近法的に見える。並木道や廊下を遠近法で絵に描いても安定的に奥行きがあるように見える。チラチラしたり、二つの現れ方が交替に現れたりはしない。

しかし、事物にも図像にも奥行きのオプティカル・イリュージョンが現れる。事物の知覚では、既に述べた「立体遠近法」の誇張された奥行きがそうだし。また、図像では、両眼立体視がオプティカル・イリュージョンだ。事物(彫刻)と図像(絵画)が合わさったようなオプティカル・イリュージョンもある。ジャコメッティの胸像は、頭部が左右に胸部が前後に押しつぶされて板状になっている。それが十字に組み合わされているので、ぐるりと視線を移動させると平面と立体の組み合わせでオプティカル・イリュージョンが生じる(と思われる)。また、シュテファン・バルケンホールの木彫は荒削りの木肌に彩色をして絵画のような像を作っている。ジャコメッティやバルケンホールの彫塑の知覚とオプティカル・イリュージョンと(図)像イリュージョンは、見ることによって区別できる。

立体遠近法というのも、実は立体と平面の合成によるオプティカル・イリュージョンである。そもそも絵画の奥行きを表現する遠近法を彫刻に適用したのがニキ・ド・サンファルの《ナナ像》だ。

図像(絵画)のイリュージョンは安定したピクトリアル・イリュージョンだということはすでに述べたが、立体視ではなく、通常の絵画にもオプティカル・イリュージョンが現れることがある。たとえば、ハイパーリアリズムで描かれた林檎が浮き上がって見えることがある。これは明らかに錯視的知覚(オプティカル・イリュージョン)である。われわれは、それが正常な知覚ではないことを了解しているし、知覚の生理学に反している限りオプティカル・イリュージョンは不安定な現象なのだ。それに比べ、セザンヌの林檎は浮き上がっては見えない。常に安定してそこにある。

次回は、我々の主題であるピクトリアル・イリュージョンについて述べる。












2011.10.04[Tue] Post 01:34  CO:0  TB:0  美術展評  Top▲

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