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『パウル・クレー|おわらないアトリエ』 (東京国立近代美術館)

「クレー展」を見たのは、これで三度目だ。2006年に大丸ミュージアムと川村記念美術館のクレー展、そして、今回の東京国立近代美術館だ。

大丸ミュージアムでは、水彩やガッシュの掠れや塗り残しの素材感が新鮮だったし、川村美術館では、《隣の家へ》が、グリッドの平面的な縦横の線が空間のイリュージョンを生み出すのが面白かった記憶があるけれど、それでも、どこか不満が残る展覧会だった。その不満の理由が今回の東京近代美術館の展覧会で分かったような気がする。

この展覧会は、「クレー作品が物理的にどのようにつくられたか」について考えようとする展覧会だ。まさに、この展覧の趣旨そのものが、わたしがつまらないと感じた理由なのだ。

たとえば、「油彩転写」の技法では、線の掠れや重なり、手て押したような汚れなど、「意図しない面白い効果」を上げている。しかし、私には、その偶然の面白い効果のために、意図的に油彩転写の技法を使ったように見えてしまう。しかも、あまり変わりばえのしない、似たような作品が並んでしまい、ひどく退屈な作品の羅列になる。

さらに、「どうやって作ったか」の制作プロセスをハッキリと示した展示があった。《なおしている》と《マネキン》の二枚の作品が、もともと一枚の作品を「切って、分けて、貼った」ものだと説明したビデオと一緒に並べて展示してあった。一種のプロセス・アートになっている。

しかし、一枚に合わせても、二枚を並べても、なにか特別の面白い効果があるとは思えない。二枚の絵は別々のタイトルなのだから、別々に見るのが正しい鑑賞の仕方なのだろう。切断したあとに、同じ台紙に位置を変えて貼った作品もある。そんなプロセスを考えながら絵を見ても面白いことは何もない。

これは、「プロセス・アート」というよりも、間接的な技法で偶然の効果を狙ったものだと言えるのだが、そうであるなら、作品に読み取れる『造形的思考』の理論が、なおさら、むき出しになるように思われる。

そのためかどうか、《花ひらく木》や《花ひらく》は、空間のイリュージョンを生み出すグリッドの絵画ではなく、クイズ番組のなぞなぞのモザイクにみえるし、展示の最後に展示してあった《教会》は、図形パズルの「タングラム」に見えて仕方がなかった。

以上が、今回の『クレー展』の感想なのだが、これは、クレーがつまらないということではなく、展示のコンセプトが失敗だったのか、あるいはピカソとマチスばかり見ていたせいか、あるいは疲れていたせいもあったのだろう。《大通りと脇道》は好きだし、アルファベットと象形文字と図形とアイコン(絵文字)が模様のように組み合わされた作品は、記号意識と図像意識が融合して楽しい作品なのだが、そんな作品は残念ながら今回のクレー展でも見ることはできなかった。


2011.07.15[Fri] Post 01:14  CO:0  TB:0  クレー  Top▲

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