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ヘンリー・ダーガー

通りすがり
> 2007年当時の話を掘り返すようですみませんが、一体ダーガーの絵のどこがどういう風に飽きるのか、そして例にあげた画家たちとどういう共通点があるのかを説明してくださらないと私としては納得がいきません。ダーガーが好きという立場ではなく、率直に疑問に思ったことです。喧嘩を売っているつもりではございませんので、お答えいただけたら嬉しいです。


通りすがりさんへ コメントありがとうございます。『ヘンリー・ダーガー』を読み返したけれど、あれ以上付け加えることはありません。

他の画家との共通点ということでは、記事を書いた頃、「アウトサイダー画家」というキーワードが流行っていたので、それで括ったということです。(世田谷美術館の「アウトサイダー展」や美術手帖の「ヘンリー・ダーガー特集」など) ダーガーが世田谷美術館で取り上げられていたアウトサイダー画家とは根本的にことなることは、ブログに書いたとおりです。

ヘンリー・ダーガーは、ほかのアウトサイダー画家とは違って、作品の背後にストーリーがあり、そういう意味では、知性のある一流の挿絵画家だけれど、絵画の形式においては弛緩したものを感じるということです。

もちろん挿絵にそんなことを求めるなと言われればそのとおりで、だからこそ、絵画にはいろいろな楽しみ方があるといっているわけです。斎藤環が臨床家としてダーガーの作品をあかずに眺めることに何の文句もありません。

誰にでも、子供の頃、熱心に眺めた挿絵がある。それはたぶん絵画的なものではなく、深層心理的なものに理由がある。あるいは、《モナリザ》を飽かずに眺める人もいるけれど、それは、恋人の写真を繰り返し眺めるのとおなじだ。絵ではなく、モナリザを見ている。フォーマリストとして見ているわけではない。

わたしはひとまずはフォーマリストだ。しかし、形式は内容とあいまって形式なのだ。私がいま、いちばん飽かずに眺めるのはマチスだ。マチスは具象画に留まった。アメリカの画家たちはマティスを抽象画家と捉えていたけれど、マチスの再現性は絵画の平面性に開放感を与えている。

通りすがりの人は画学生なのだろうか、それとも美術愛好家なのだろうか。愛好家なら私の言う事など気にせずに、ダーガーを楽しんでください。すでに映画『非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎』はご覧になったでしょう。そのうち出るだろう斉藤環のヘンリー・ダーガー論を読めばなおダーガーの世界を楽しめるでしょう。

しかし、あなたが絵画の本当の楽しみを知りたいアマチュアなら、まず、マティスを見ることです。

そして、あなたが画学生なら、こんな質問はしないでしょう。

答えにはなっていないかもしれないけれど、絵について議論するには、絵の良し悪しについての大雑把な了解がなければなりたちません。絵画というのは、最後は、感覚であり、趣味なのだから。
2011.01.08[Sat] Post 21:43  CO:0  TB:0  -Henry Dager  Top▲

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