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もとは美術展評のブログ 絵画と映画と小説と、そして哲学を少々

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山口聡一

  山口聡一展(magical ARTROOM)★★★☆

 村上隆が主宰するアートフェスティバル「GEISAI#9」で金賞を受賞した山口聡一の個展である。

 ギャラリーに入ると、目がモヤッとして、視点がなかなか定まらない。しばらくあっちこっちを眺めて、目が慣れるのをまった。
*
 近頃はやりのピンクや、きみどりや、パープルの絵である。しかも、明度差が少ないこともあって、漫然と見ているだけでは、何が描かれているのか、モノのカタチがなかなか浮かび上がってこない。
 全体を見れば、ロールシャッハの左右対称の図形に見えるが、完全な左右対称ではないので、それが余計に、我々の視線を攪乱し、何を見てよいのか、わからなくなる。部分に注意を向ければ、人や動物や植物のカタチが見えてくる。しかし、輪郭線もなく、なかなか地と図が明確に分離しない。左右対称の模様の中に有機的な形態が隠されているのだが、両者が対立し、それぞれ相手を押し込めようとしている。
 これは一種の隠し絵になっている。我々の目は明度差や色相差の大きいものに引きつけられる。あるいは左右対称のもの、なかでも〈顔〉のカタチをしたものに引きつけられる。山口はこのことを利用して、色相差や明度差を小さくしたり、左右対称を崩したり、目や口の数を変えたりすることで、いわば、視線と図像の馴れ合いを拒絶し、見ることの本来的感覚を覚醒させようとしているのだ。
 山口聡一の意図がそうだとしても、それが成功しているかどうかは別である。たしかに、オップアートの錯視のようにチラチラする感覚的なものではないが、知覚心理学的な面白さを狙った絵画にはちがいない。面白く感じる人もいるだろうが、私には、この図形と図像の弁証法的遊戯は、ただ、くすぐったいような表層的な感覚を与えるだけで、何よりもその不安定な知覚の曖昧さを楽しむことはできない。
 とにかく、山口聡一が現代アートの曖昧な状況の中で、我々がともすれば忘れがちな、絵画を見ることの根本的な意味を思い出させてくれたことは間違いないし、何よりも、山口の図形と図像の弁証法的遊戯は、グリーンバーグが指摘した〈絵画における平面性とイルージョンの弁証法的緊張〉につながるものを予感させる。
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2006.10.06[Fri] Post 13:58  CO:0  TB:0  美術展評  Top▲

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