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会田誠の記号論④

理屈はさておいて、《1+1=2》を見てみよう。モニター上で繰り返し見ていたので、数式が目について、なかなか抽象画としてみることができない。色は左の「1」がオレンジっぽい赤、次の「1」は青、そして「2」は黄色を主体とした色である。二つの「1」はモデリングがされ立体的に見える。「2」は平面的ではあるが、黄色い下半分は縁取りがしてあり、厚みがある。背景は平面的な色面抽象で、数字は背景から浮いて見える。とくにイコール記号「=」は暗い色で輪郭が描かれ、その外側が明るい色で囲まれていて、際立ってうきあがてみえる。

《1+1=2》と色合いが似た作品にジム・ダインの「ハートの絵」がある。こちらは紙に水彩で描いたように滲んでいるけれど、《1+1=2》と同じ赤黄青を基本にしたありきたりの色調である。それはともかく、ハートは心臓の形をデザイン化した類似記号であり、愛の象徴なので、色や形によっていろいろな象徴的意味を表現できる。東京都現代美術館所蔵のジム・ダインの《冬のロマンス》は暗鬱な色彩のハートである。

ジム・ダイン

ところが、数字は弁別的差異の記号なので、赤い「1」も青い「1」も同じ1である。もちろん数字にも象徴性を持たせることはできる。たとえば、「8」は幸運を「4」は死を意味するというようなぐあいにだが、《1+1=2》のように足し算の式のなかで使われた場合は、数学的な操作のための抽象的な量の概念をあらわすだけだ。

ここで重要なことは、類似記号の絵を鑑賞しているときは、形と色を一緒に見るけれど、文字を読んでいるときは、弁別的差異だけを見て色を見ていないことだ。もし文字の色や形の細部に注意を向ければ、弁別的差異を見ることは難しく、文字はすらすらと読めなくなる。

ロラン・バルトが、『美術論集』の中で、エルテの女の体を利用したアルファベットは、「いってみれば、二重の視覚を実践する。見る者は、好みのままに、女か文字を知覚する」と言う。《1+1=2》も、好みのままに足し算か抽象画のどちらか一方に注意を向けることができる。すでに書いたように、会田誠は、どちらか一方が優勢にならないように配慮しながら描いている。キーファーのように言葉ではなく、数式にしたのも、表現性を減らすためだろうが、観者の視線は色面や造形的要素の構成よりも、どうしても、算数の式を見てしまう。もちろん、数字の色や形に注意を向けることができるけれど、会田自身が言うように、抽象画としても、あまりに古臭く、魅力がない。

ここまで陳腐だと、ニューペインティングのパロディだというのは本当かもしれない。これについては次回に。


2010.08.12[Thu] Post 02:08  CO:0  TB:0  -会田誠  Top▲

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