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中山正樹の『BODY SCALE』(2)

「『現代芸術研究会』中山正樹」からつづく。

中山正樹の『BODY SCALE』シリーズの真ん中の作品を見てみよう。前回に批評した作品と同じ『四角』というタイトルだ。一目見れば、レオナルド・ダ・ヴィンチの 『ウィトルーウィウスによる人体比例図』の引用だと判る。四角い枠の中で人間が両手両足を広げて枠の四隅を押さえている写真が壁に立てかけてある。そして人体の代わりに、木の枝で×印に斜交いが入った四角い枠の実物が同じよに壁に立てかけてある。

写真と実物は重なるように置いてあるので、写真の枠(図像客観)は実物より小さいことが判る。また人物が枠の中で手足を広げているので、枠(図像主題)は人物と同じ大きさであることもわかる。観者は手足を広げて、その実物の枠と自分を重ねることで、写真の人物の大きさを測ることができる。

ここでも「BODY SCALE」(人体尺度)は有効なのだが、前回のシリーズと比べると面白くない。この作品の写真は「得体の知れないオブジェ」がいったい何なのかをイラストしており、オブジェとそのオブジェの制作過程の写真と並べた一種のプロセス・アートになっている。このように記録手段として写真を使った作品は数おおくあるが、大抵はつまらないのは、知覚と想像、図像客体と図像主題の相克が露呈していないからだ。

この作品も例外ではないのだが、ダ・ヴィンチの『人体比例図』を引用したにもかかわらず、人物は服を着て後ろ向きでぜんぜん美しくないところはギャグになっていて、笑えるといえば笑えるのが救いである。『円、三角、四角』もそうなのだが、中山正樹の作品には日本の美術家にはめずらしい上質な笑いがあり、そういう意味では中山は貴重な存在である。



追記:『円、三角、四角』について言い忘れたことがある。写真と絵画の三層構造は基本的には同じなのだが、写真の図像意識は図像主題を超越して対象の実在を志向する擬似知覚の信念が生まれる。このことは知覚されている鉄枠と、「想像」されている図像主題のL字型の人物との連続を容易にする。このことについては私のHP『絵画の現象学』の中の美術評論『写真はインデックス記号か?』を参考にしてください。

2010.01.27[Wed] Post 01:19  CO:0  TB:0  美術評論  Top▲

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