ART TOUCH 絵画と映画と小説と

もとは美術展評のブログ 絵画と映画と小説と、そして哲学を少々

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.--[--] Post --:--  CO:-  TB:-  スポンサー広告  Top▲

COMMENT

NAME

SUBJECT

BLOG/HP

PASSWORD

COMMENT

SECRET: ※非公開コメントにしたい場合はBOXにチェックをして下さい ⇒ 

SUBMIT: 送信 

No Subject

「写真は芸術じゃない」とかいきなり馬鹿じゃないの?
これでなにかを批判した気にでもなってるんだろうか?
断定はあるけど知性はないですね、ここには。

「写真は芸術たりうる」かもしれないし、「絵画はすでに芸術ではない」
かもしれない、と考えるところから始めるしかないでしょうに。

あほですか。
2014.02.14[Fri]  投稿者:-  編集  Top▲

Re: No Subject


> あほですか。

どうでしょうか。中平卓馬も芸術家かな。写真はオブジェです。
2014.02.14[Fri]  投稿者: 安積 桂  編集  Top▲

TRACKBACK

スポンサーサイト のトラックバックアドレス
http://petapetahirahira.blog50.fc2.com/tb.php/640-0438ebaa
 ⇒ この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)

福田和也の「杉本博司論」

福田和也が週刊新潮(11月5日号)の連載『世間の値打ち』で世界文化賞を受賞した杉本博司のことを褒めている。

杉本博司の世界文化賞受賞については、産経新聞の文化欄で見た。杉本氏が写真が絵画部門に選ばれたのはうれしいとコメントしていたので、いずれ批判しようと切り抜いておいた。

杉本博司の写真を評価しないのは、写真は芸術ではないということにつきる。写真は確かに絵(picture)であるが、それは内容(図像主題)の問題であって、形式の問題ではない。写真が発明されたとき、ある画家が「今日かぎり、絵画は死んだ」と言ったが、死んだのは自然の再現としての絵画だ。しかし、絵画の面白さは内容にはない。内容と形式の間、すなわち「図像の三層構造」にあるのだ。

杉本博司の長時間露出の《劇場》や無限遠の二倍の焦点距離で写した《建築》は、写真の文法を壊しているところが、反写真的なフォーマリズムに見えるのだが、それが機械的な操作のアウト・プットであるかぎり、せいぜいのところプリントの美しさが残るだけで、相変わらず写真の退屈さを免れてはいない。

これをしてコンセプチュアルだとか哲学的だと言い張ることはできるだろうが、長時間露出だから時間性だとか、ダジャレみたいなことを言っても始まらない。ほんとうにコンセプチュアル・アートなら仕様書があればたりるわけで、どんな理屈があっても作品がある限り作品を見ることが批評の始まりである。

たとえば、剥製や蝋人形という偽物を撮った写真が、生きた動物や人間の写真に見えてしまうのは、「写真は真実を写す」という信念を打ち破る「反写真」だと賛嘆するのだが、そんなことは当たり前のことで、剥製や蝋人形を写真に撮れば立体が平面の絵になるからだ。立体が動かなければ死んだもので、絵なら動かなくても生き生きと見える。それだけのことだ。

立体は第一義的に知覚意識の対象であり、図像は第一義的に想像意識の対象なのだ。(『図像の現象学』参照)

ついでに、もう一つ産経ニュースからの引用。

「写真は発明から170年程度と、絵画や彫刻に比べて歴史は浅い。だが、「若いメディアだからこそ開発の余地があって面白い」と言う。カメラを使わずに 暗室内で写真乾板へ直接放電する最新作《放電場》(2007~)は、反芸術を標榜(ひようぼう)したフランスの美術家、マルセル・デュシャンを信奉する杉本らしい着想と技術が光るシリーズだ。(産経ニュース)

何が反芸術だ。この現象はフィルムへの静電気の放電現象で昔からよく知られており、とくに珍しい現象ではない。レンズを通さずに直接印画紙に感光させる手法はマン・レイのレイヨグラフなどがあるけれど、自然現象が偶然描いた面白い模様ということでは、壁のシミとなんの変わりもない。


福田和也だけではなく、浅田彰も椹木野衣も、杉本博司をすばらしいという評論家は絵が分かっていないと思う。それでも、浅田氏は、表層的ではあるが、芸術理論に詳しいし、椹木氏は日本の美術業界の事情に通じている。しかし、福田氏はWikipediaと評論家仲間の雑談を混ぜて無知なる読者を啓蒙してやろうという、近ごろのはやりで言葉でいうと上から目線の物言いである。そいうコンセプトのコラムなのだろうが、海外では有名だとか、プリントは一億円だとかいうあたりはまだいいが、磯崎新を持ち出したところで当然アウトでしょう。
2009.11.07[Sat] Post 02:07  CO:2  TB:0  美術評論  Top▲

COMMENT

NAME

SUBJECT

BLOG/HP

PASSWORD

COMMENT

SECRET: ※非公開コメントにしたい場合はBOXにチェックをして下さい ⇒ 

SUBMIT: 送信 

No Subject

「写真は芸術じゃない」とかいきなり馬鹿じゃないの?
これでなにかを批判した気にでもなってるんだろうか?
断定はあるけど知性はないですね、ここには。

「写真は芸術たりうる」かもしれないし、「絵画はすでに芸術ではない」
かもしれない、と考えるところから始めるしかないでしょうに。

あほですか。
2014.02.14[Fri]  投稿者:-  編集  Top▲

Re: No Subject


> あほですか。

どうでしょうか。中平卓馬も芸術家かな。写真はオブジェです。
2014.02.14[Fri]  投稿者: 安積 桂  編集  Top▲

TRACKBACK

福田和也の「杉本博司論」 のトラックバックアドレス
http://petapetahirahira.blog50.fc2.com/tb.php/640-0438ebaa
 ⇒ この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)

Log in*/RSS*】  Design 「AZ+」Plugin Template...  Page Top▲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。