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もとは美術展評のブログ 絵画と映画と小説と、そして哲学を少々

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『バスキア』ジュリアン・シュナーベル監督★☆

『潜水服は蝶の夢を見る』が面白かったので、シュナーベルの第一回監督作品の『バスキア』をみた。画家が映画を作るととかく構図にこだわったりするけれど、シュナーベルはそんなこともなく、映画の中で使われるバスキアの作品も本物かどうかしらないが、北野武の『アキレスと亀』の絵のようにギャグなのかマジなのかわからないような駄作ではなく、バスキアのちゃんとした落書き風作品になっていて安心して見ていられる。

それはともかく、この映画が楽しめない理由はテーマが、成り上がり者の苦悩と芸術家の苦悩のどっちつかずになっていることだ。もちろん複数のテーマが絡まった映画というのはあるけれど、それはたいていの場合、メインの主題とサブの主題があって、サブがメインを押しのけては映画の流れがギクシャクしてしまう。

そういうわけで、恋人との確執も、利用されているというアンディ・ウォーホルとの関係も、いったい社交界の問題なのか、それとも芸術の問題なのか曖昧なままである。もちろんバスキアが二つを共に苦悩するのはいいのだが、監督のシュナーベルが二つの間でどっちつかずの演出をしているのが映画を楽しむ邪魔になっている。映画というメディアは批評と鑑賞(没入)が共存できるまれな芸術なのだ。

バスキアの落書き芸術はジャズのようなもので、知的な作業ではなく感覚で描くものだから、創作に行き詰まれば麻薬を使うほかない。創作が感覚なら鑑賞も感覚になり、作品はファッションになり流行になる。そして流行を決めるのはコレクターたちの社交界だ。

エド・ハリス監督の『ポロック』もコレクターたちの世界が出てくるが、テーマはあくまでも新しい絵画芸術への苦しみだ。それは感覚の苦しみではなく、知的な挑戦だった。それに比べバスキアの芸術はしょせんは上手な落書きにすぎなかった。

この映画のつまらなさは畢竟バスキアの芸術のとつまらなさに重なるような気がする。
2009.10.01[Thu] Post 01:25  CO:0  TB:0  映画  Top▲

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