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斎藤美奈子と永江朗

山形浩生が永江朗を揶揄したことで斎藤美奈子のことを思い出した。

永江斎藤二人の合評「甘い本 辛い本」がネットで読めるけれど、まあ、ひとまずポイントを押さえておくといった対談で、結局はどこか物足りない批評になっている。これは、なんの根拠もないことだが、たとえば、「千夜千冊」を書いた松岡正剛のような編集者出身の批評によく見られる特徴ではないだろうか。編集会議の雑談のようなもので、なるほどと思わせながら、よく考えると中身が何もない批評だ。二人とも編集者出身だし、そういえば椹木野衣も『美術手帖』の編集者だった。

『妊娠小説』は編集者経験を生かした斎藤美奈子の良いところが出た評論だが、その同じ斎藤氏が朝日新聞に書くとなると、永江氏と同様に逆上してか、あらぬ事を口走る。わたしが言っているのは村上春樹のエルサレム賞受賞スピーチについての斎藤のコメントのことだ。わたしは『村上春樹 エルサレム賞授賞式スピーチ(2)』を書いたあと、わざわざ図書館に行って朝日新聞の記事を探して読んだ。斎藤は以下のように村上の「壁と卵」の比喩を批判する。

 先日エルサレム賞を受賞した村上春樹氏は、スピーチで「壁と卵」の比喩を用いた。 「もし硬い、高い壁と、そこに投げつけられて壊れる卵があるなら、たとえ壁がどんなに正しく、卵がどんなに間違っていても、私は卵の側に立つ」  この賞を受けること自体の是非は問わない(それでもイスラエルのガザ攻撃に反対ならば受賞を拒絶すべきだったと私は思っているけどね)。その比喩で行く なら、卵を握りつぶして投げるくらいのパフォーマンスを見せてくれてもよかったのに、とも思うけれども、小説家にそれを望むのは筋違いな話かもしれない。  ただ、このスピーチを聞いてふと思ったのは、こういう場合に「自分は壁の側に立つ」と表明する人がいるだろうかということだった。作家はもちろん、政治家だって「卵の側に立つ」というのではないか。卵の比喩はかっこいい。総論というのはなべてかっこいいのである。


たしかに「壁と卵」の比喩は上出来とはいえない。しかし、村上は総論を述べるためにエルサレムに行ったわけではない。そうではなく、パレスチナの脅迫を断固として拒絶し、文学を擁護するために行ったのだ。イスラム原理主義者が村上の著作をボイコットするということが何を意味するか斎藤美奈子は分かっているのか。

それから、斎藤美奈子はフェミニストらしいが、ハマスが女性や子供をどれだけ抑圧し利用しているか知らないはずはない。
2009.05.10[Sun] Post 15:47  CO:0  TB:0  村上春樹  Top▲

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