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Jim Lambie『アンノウン・プレジャーズ』展(原美術館)

原美術館の展覧会に行ったわけではない。産経新聞の文化欄の「くらくらっ ランビーの魅力」の記事を読んで、『Melting Point』(東京オペラシティアートギャラリー2007年)のジム・ランビーの展示を思い出したのだ。

『Melting Point』は三人の展覧会だったが、他の二人は忘れたけれど、ジム・ランビーの展示はよく憶えている。大きな展示室の床にカラーテープを貼って、ぽつんぽつんとオブジェが置かれている。インスタレーションというのか、空間デザインというのか、あるいはインテリアというべきなのか判らないが、カラフルで綺麗だとは感じたが、ただそれだけのものだった。

ところが、産経の記事を読むと、表題からして「くらくらっ」と題してある。ほかにも、「非日常的な刺激」「館内に入った瞬間、目がくらんだ」「なんかへん」「目がおかしい」と続く。カラー写真を見ると、たしかに床に白黒のストライプ模様が描かれていて、オップアートの錯視ようにチラチラして見える。

オップアートの運動を伴った錯視は、たぶんスティーブン・ピンカーが『心の仕組み』で述べている「壁紙ステレオグラム」と類似の錯視なのだろう。これはブリジット・ライリーの作品でも分かるように平面上の繰り返し模様を見るときに現れる錯視で、もちろんオプティカルなイリュージョンであって、ピクトリアルなイリュージョンではない。

原美術館の展示風景の写真を見ると、切断されたような椅子の断片が、ジャンクアートのように積み重ねられているのが見える。もちろんこれは想像だが、椅子の欠損した部分のイリュージョンが見えたりするのかもしれない。もしそうなら、それもオプティカル・イリュージョンである。

立体的な作品に現れるイリュージョンは特殊なものである。通常は立体作品は知覚されるだけで、イリュージョンが現出しにくいからだ。それは、立体が観者の眼球の運動や視点の移動に応じて変化する現象を通して、同一な実在として知覚されるからだ。立体はなによりもまずリテラルなものとしてあらわれる。

絵画は、反対に、リテラルな物質として知覚されたものが実在としてではなく、中和変容より存在措定が無効にされて、類似性によって絵画主題が現れてくる。絵画はまずなによりも「意味」としてとして現れる。

建築も立体であるかぎりリテラルなものであり、イリュージョンがあったとしても、オプティカルなそれである。ポストモダンを自称する建築家たちは、建築と絵画をリテラルな物体として括り、そのデザインやコンセプトについて飽きずに論じ続けている。

原美術館の庭や納戸にかって芸術だった立体作品やインスタレーションが息を潜めている。そしてまた新たなインテリア作品が収蔵品のリストに加わるのだろうか。
2009.04.11[Sat] Post 22:43  CO:0  TB:0  -ジム・ランビー  Top▲

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