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もとは美術展評のブログ 絵画と映画と小説と、そして哲学を少々

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岡本太郎・横尾忠則・赤瀬川原平

椹木野衣氏は『日本ゼロ年』の出品作家に岡本太郎と横尾忠則を選び、また、「『爆心地』の芸術」の中で、赤瀬川原平の《千円札偽造事件》を現代美術の画期的な出来事だといっている。たしかに、この三人は1960年代を代表する現代アーティストであることは認める。しかし、それは同時に、日本の美術評論が堕落していく始まりだったように思える。
『LRリターンズ』に連載した原稿に、この三人に触れたエッセイがあったので、それを転載する。読みやすいように行替えをした。



批評なき批評の時代
美術評論との出会い

「批評なき批評の時代」なんていうおこがましいタイトルを付けたことを後悔している。これじゃ、美術批評が何か知っているみたいだけど、そんなことはない。ただ、批評と称するものは巷にあふれているが、素人の美術愛好家に役立たない美術評論ばかりだと嘆いているのだ。

「役立つ」美術評論なんていうと、料理や英会話の本のようだが、そういうことではなく、この展覧会が面白いですよと書いてあるので、行ってみたら実際面白かったというような評論が、素人にはさしあたって「役立つ」美術評論ということだ。もちろん、そのためには、見に行きたくなるように書いてなければならない。読んで面白くなければ行く気にならない。そして、行って見たら面白いだけではなく、なるほどと納得することが書いてなければ、やっぱり役立つとはいえない。

図書館で美術書を借りていろいろ読んでも、そんな役立つ美術評論はなかなかみつからない。当たり前のことで、美術書を読んでも、作品が面白いかどうかは実際に作品を見なければわからない。作品を見なくても面白い評論というのもあるだろうが、そんな美術評論はたぶん作品のことは何も書いていないだろう。

図書館には画集もあるから、写真と比べながら読めば、図像学や構図や造形などの大ざっぱな鑑賞のポイントがわかるにしても、それでいったい絵の面白さが分かるかどうかははなはだ疑問だ。むしろ素人の名画鑑賞にありがちな型にはまった偏頗なものになるのではないか。

そもそも美術愛好家が読む美術評論とはどんなものだろう。まさか、美学の本は読まないだろう。アマチュアが読むのは新聞の文化欄や雑誌、テレビの芸術番組ぐらいで、それもたいていわたしのように展覧会情報を得るためだろう。展覧会に行くと思いがけなく混雑していることがある。泰西名画が目玉の美術館展なら観客が詰めかけても驚かないけれど、そうではなく、現代アートやマイナーな画家の展覧会が混雑しているのは、たいてい『新日曜美術館』か『美術手帖』で特集が組まれているのだ。『新日曜美術館』は美術愛好家や研究者をゲストに呼んで感想を言わせるが、『美術手帖』の方はすこし違うようだ。『手帖』を読んでやってくるのは若い美大生が多いようだ。しかも特集だけではなく、新人のインタビュー記事や雑報欄までよく読んでいる。原美術館のような私立の美術館や、都心から離れたギャラリーでも、美大生風の若い人たちが、現代作家の作品を熱心に見ている。かれらは美術愛好家というより、売れる絵を描きたいと夢見ている画家の卵たちなのだ。かれらが『美術手帖』の難しい美術評論をどう理解しているのか判らないが、たぶんその難しい芸術理論の具体例として作品をみて、そこから新作のためのアイディアを得るのだろうか。そんなことをしたら、堂々巡りにならないだろうか。いずれにしても愛好家には『美術手帖』は役にたたないし、そんな作品を見せられるのは迷惑な気がするが、どうだろう。

おそらく愛好家がよむ美術評論でいちばんまともなのは展覧会カタログの解説だろう。たいていは美術館の学芸員や外部の評論家が書いている。もちろん展示作品がいかにすばらしいか書いてある。主催者がわなのだから仕方ないが、賛辞ばりで批判的な視点がないと、われわれの鑑賞眼がなまくらになる。批判がないということでは新聞社の文化欄も似ている。そもそも新聞社は自分のところが後援している展覧会ばかり取り上げる。なかには絵画ビジネスをしている新聞社もあって、お互いに商売の邪魔はしないということなのかもしれない。

それとちかごろ気になるのは、学芸員や新聞記者が作家にインタビューして、その言い分をそのまま、まとめた評論が多いような気がする。反対に、フリーのキューレーターが書いたイベント屋の企画書みたいなものがあって、その理論にあてはまるような作家を集めて並べたような展覧会が増えている。こういうのは役に立たないというより読んでもたいていちんぷんかんぷんだ。やっと理解できても、それがいったいどうしたというのかわからない。こういうのは美術評論というより芸術論で、作品は論文の添付資料みたいなものだ。

こんな文句ばかりを言ったら、役にたつ美術書なんてなくなってしまう。仕方がない、美術評論は、いっさいご破算にして、まず、美術評論なんか知らなかったときから始めることにする。わたしの美術評論との出会いを書いておこう。

わたしが初めて聞いた「美術評論」は小学校二年のときに図工の時間に先生が僕の絵を見て言った言葉だ。先生は「お日様なんて見えないでしょう。見えないものを描いちゃダメよ」と言ったのだ。僕はうろたえた。と言ってもクールベが「天使は見たことがないから描かない」といったリアリズムの意味ではなく、ただ、見もしないのに他の人のマネをして太陽を描いたことが恥ずかしかったのだ。もちろんそれ以後は太陽を描かなかった。

それから小学5年になるとクラブ活動がはじまり、図工も専科の先生が教えるようになった。わたしは図工クラブに所属したけれど、そこで教わったことは人とちがうオリジナルなことをやれということだった。たとえば一筆書きで人の顔を出来るだけたくさん描くという課題を出されたとき、他の人はみんな丁寧に無駄な線が無いように描いていたが、わたしはすぐに先生の意図を理解して、わざと一筆書きだとわかるように、歪めたり寄り道したり繰り返したり行ったり来たりして描いたら、案の定先生は褒めてくれた。いま思いかえすと赤面のいたりだが、あのころは自分に絵の才能があると少しうぬぼれたことは確かだ。それもデッサンが下手なことがわかって、うぬぼれはすぐに無くなった。

最初に読んだ美術書が子供向けに書かれた嘉門安雄の『世界美術物語』(偕成社版)だった。カバーの表紙はゴッホの《アルルの跳ね橋》で、裏表紙はミロの絵だった。カバーだけがカラーで、あとは口絵を含めて写真はすべてモノクロだった。この本で画家や彫刻家の名前をたくさん憶えたが、中味は美術史概論風で、絵の面白さを少しも教えてくれなかった。ヨルダーンスやマネの裸体画が載っていたが、一番のお気にいりはベルニーニの《聖テレジアの法悦》で、半開きにした口や、突っ張った足の指は、ひどくエロチックに思え、繰り返し見た。

最初に感動した絵はゴッホの絵だが、それも『世界美術物語』のお陰だ。ある日家に帰ると居間に八十二銀行(?)のカレンダーが貼ってあった。その絵を見てすぐにゴッホの《糸杉のある道》だとわかった。『世界美術物語』の口絵に小さなモノクロの写真が載っていたからだ。感動したのは、モノクロの小さい写真で知っている絵がとつぜんカラーになって目の前に現れたからだが、それだけではなく、《糸杉のある道》がモノクロでは予想もできない激しい色彩だったからだ。ゴッホが耳を切り取りピストル自殺をしたことも知っていたので、《糸杉のある道》の前景に描かれている二人連れの農夫に強く目が惹かれた。わたしが線描よりも色彩を好むようになったのはたぶんこの経験のためだろう。

画家や彫刻家が超絶的な技巧を持っているというエピソードは、われわれが芸術に興味をもつきっかけになる。小学校の国語の教科書に載っていた円山応挙の猪の話は印象に残ったが、教科書の挿絵の猪はちっとも面白くなかった。いつか本物の応挙をみたいと思っていたが、まだ見ていない。他に左甚五郎の《眠り猫》の話がある。甚五郎の彫った《眠り猫》が夜になると目を覚まして水を飲みに行くという話だ。そしてじっさいに修学旅行で見た《眠り猫》はちっとも生きているように見えなかった。というような失望の経験は誰にでもあるだろう。彫刻の面白さを理解するのはおそらく子供には難しいのだろう、彫刻は写真でみると面白いのに、じっさいに見るといつも失望する。

決定的だったのはロダンだった。寝間着姿の《バルザック》や実際の人間をかたどりしたと疑われた《青銅時代》、それから未完成の《地獄門》などの話を読んで、返還された松方コレクションを見に行ったのだが、がっかりした。どの人物もわざとらしいポーズをしているように見えた。《地獄門》はゴテゴテして、細部を見ても何の感興もわかなかった。それならブランクーシやヘンリー・ムーアのような抽象化された彫刻の方が、象徴的なものを巧みに表現していて、子供にもわかりやすいしずっと面白かった。

中学生ともなれば、美とはなにか考える。美しいものは誰でも同じなのだろうか、それとも違うのか、悩むころだ。誰もが竜安寺体験(注1)と呼ぶべきものを持っているだろう。といっても、最初の美的感動というのではなく、まったくその反対で、自分には美的感受性がないのだと思い知らされる体験のことだ。修学旅行の事前学習で、竜安寺の石庭がどんなに素晴らしいか繰り返し教え込まれた。石の位置は完璧で、一つでも動かすと美しさが壊れてしまう。この美しさは石の美しさではなく、石によって作られた空間の美しさであり、禅の無に通じるものだ等々。そして、教わったことを頭に浮かべながら、さて、少し胸をどきどきさせて濡れ縁にたった。白い砂利が昼の光に輝いて美しい。転々と置かれている石は、なるほど、すっきりとしてなかなか調和がとれている。海に島が浮かんでいると言われれば、そう見えなくもない。

しかし、面白くない。わたしはどこの位置からみるのが一番美しいのか位置を変えてみる。庭の向こう側からこちらを見たらどうだろうか、あるいは屋根の上から見下ろしたいともおもった。結局のところ、究極の美とか無とかを感じることはできず、ひょっとしたら、自分には美が分からないのではないかと疑った。

同じことえを、ミロのヴィーナスが日本にやってきたとき(一九六四年)にも経験した。美術評論家が黄金分割をつかって、ヴィーナスの「絶対の美」を説明しているのをグラフ雑誌で読んだ。なんでも、欠けた腕を黄金分割にしたがって、いろいろ復元してみたけれど、どれもうまくいかなかったということだった。どちらにしろ、ヴィーナスの大理石像自体が美しくも面白くもないのだから、黄金分割を持ち出してもあまり意味があるとはおもえなかった。

黄金分割がくだらないと思ったのは、亀倉雄策のオリンピックの公式ポスターの美しさにショックを受けたからだ。ミロのヴィーナスが日本にやってきたのと同じ年に東京オリンピックがあり、亀倉のデザインでポスターが作られた。デザインに黄金分割が使われているのかどうかは判らないが、そんな西洋の理論と関係なく、東京オリンピックのポスターがミロのヴィーナスよりだんぜん美しいことに驚いたのだ。

百メートルのスタートと水泳のバタフライの写真もうつくしかったが、日の丸と五輪をあしらったポスターは、日本の伝統的な家紋のようなデザインで、アジア(日本)ではじめて開催されるオリンピックというメッセージが明確に伝わってくる。もちろん、これはデザインであって、美しいからといって芸術的感動を与えてくれるわけではないが、西洋のヴィーナス像より日本のポスターのほうが美しいことがわかってわたしは満足だった。

芸術が美とは別のものだと何となく感じ始めたころ反美術的なアートを知った。赤瀬川原平の《千円札事件》だった。ぼんやりとテレビを見ていたら、司会者がとつぜん声をあげて客席の方を指した。カメラが観客席をうつすと、男が紙を取り出して火をつけた。司会者はどうやら千円札を燃やしているようですといって、男を舞台に呼ぶと、すかさずゲストの評論家が実はこれは芸術なんですと解説をはじめた。記憶も定かではないし、その男がいったい赤瀬川原平だったのかも判らないが、わたしの記憶のなかでは赤瀬川原平の「千円札事件」とひとつになっている。

そのころハプニングという言葉があったかどうか憶えていないが、なんともわざとらしい演出で、人の集まるところで火なんか付けて消防署にしかられないのかと心配したぐらいだ。そのうち赤瀬川氏は通貨偽造罪で訴えられて裁判になった。被告側は芸術だから無罪だと主張していたが、芸術が法律より偉いとは馬鹿げた話だと思った。偽札を作ることで、貨幣がイリュージョンだということを暴露するとも言っていたが、それを明らかにしたのは経済学であって芸術ではないだろうに、評論家もおかしなことをいうなぁと思った。

いずれにしろ、アートというものはよく分からなかったし、わかりやすく説明してくれる評論家もいなかった。赤瀬川と同じ頃、横尾忠則が活躍していた。三島由紀夫の紹介がきっかけで、アメリカで高く評価され、それが文化後進国の日本に逆輸入され、ポスターが芸術になったのだ。海外で評価されているから素晴らしいという美術評論のハシリだったようなきがするが、わたしにはその懐古趣味的なジャポニスムが芸術だとはとても思えなかった。

反芸術ということなら、なんといっても岡本太郎(注2)だろう。かれは「芸術は爆発だ」をキャッチフレーズに、六十年代にいちばん人気のあったアーティストだ。パリでピカソと対等につきあっていたということでハクをつけていた。赤瀬川に比べると岡本はわかりやすい芸術家だった。かれの通俗的な芸術論はおおいに大衆を啓蒙してくれた。「芸術はきれいであってはならない」という言葉は、子供にだって理解できたし、《座る事を拒否する椅子》は、ギャグはアートなのだと私たちに教えてくれた。彼が装飾過剰なつまらない縄文土器をすばらしいというのもとうぜんギャグだと思っていた。

ところが、大阪万博の《太陽の塔》は、わたしには理解しがたいものだった。日本中が大騒ぎして、パリ万博のエッフェル塔に比較する評論家もいた。大きな角のような塔から小さい角が両手を広げたように生えている。上のほうに金色の埴輪の顔みたいなものがあり、下の方にはピカソをまねたのような浮き彫りの顔が口をとんがらせている。

東京オリンピックのポスターの美しさに比べ、《太陽の塔》のなんと醜いことか、外国からもたくさん観光客がやってくるというのに、これじゃ日本人の美的センスが疑われてしまうと愛国者のわたしはヒヤヒヤした。でも、たかがお祭りの櫓にあれこれいうのも野暮だし、万博が終われば取り壊されることになっていたので、じっと我慢していた。ところが、万博も終わりに近くなって、アメリカから見物にやって来た美術評論家が「デキモノみたいで、針でぶちゅっと潰したい」と言っているのを雑誌で読んで、あーあっ、ばれちゃったと思いはしたが、言いたいことを言ってもらって、気分がスッキリした。これ以上、的確な「美術評論」をわたしはいまだ知らない。

《太陽の塔》は結局保存されることになったけれど、とにかく万博も終わって、《太陽の塔》のことは忘れてい。ところが、ある日突然《太陽の塔》が目に飛び込んできた。銀座の数寄屋橋公園を横切ろうとしたら、《塔》が目の前に立っているのだ。わたしは文字通り卒倒しそうになった。胸がドキドキした。裏切られたような、からかわれたような、なんとも奇妙な感じがした。あとで知ったことだが、この塔は《太陽の塔》のレプリカではなく、それより前に作られた《若い時計台》で、それがたまたま都民劇場に行くため数寄屋橋公園を横切ろうとして目に入ったのだ。

じっさい見てみれば腹を立てるほど醜悪なものではなかったが、行きがかりじょう、こんなものは二度と見ないぞと、都民劇場へは、わざわざ遠回りして旭書店の店の中を通り抜けたりして、面白がっていたが、そのうち塔のことなどすっかり忘れてしまった。

ところが、《明日の神話》がメキシコで発見されたのをきっかけに(?)、岡本太郎の再評価が始まった。展覧会が開催され、雑誌が特集を組み、評論家がさまざまな視点から論じていた。どれにも興味はなかった。もちろん、日本の現代美術史で重要な役割を果たしたアーティストにちがいないけれど、そんなことはリアルタイムで知っている。評論家に教えてもらう必要はない。だいいち、いくら論じたってつまらないモノが面白くなるわけではない。 

それでも《明日の神話》は見ておこうと思った。《太陽の塔》のような立体的な建造物ではなく、絵を見ておきたかったのだ。《森の掟》や《重工業》は見たが、シュールリアリスムというより、ただの思わせぶりな絵としか思えなかったし、それなら《太陽の塔》と同じ時期に製作したという《明日の神話》を見て、四十年来のわだかまりに決着をつけようと東京都現代美術館に行った。

そして見た。予想どおりつまらなかった。凡庸な宗教画である。真ん中に大きく描かれた骸骨は、まぎれもなくイエス・キリストである。図像学の知識はないが、構図や遠近法が宗教画なのだ。イエスは磔刑のかわりに原爆に焼かれて、爆風に耐えて立っている。たしかに岡本が言う現代芸術の三つの条件「うまくあってはいけない。きれいであってはならない。ここちよくあってはならない。」を満たしている。しかし、それだけでは絵は人を感動させることはできない。岡本がこの宗教画にどんなメッセージを込めようとしたのか分からないが、わたしにはなんとも古めかしい宗教画のパロディにしか見えない。

テレビで、岡本太郎の『明日の神話』公開カウントダウンイベントを見た。山下洋輔が大袈裟に腕をふりあげてピアノを叩いていた。「芸術は爆発だ」を思い出した。たぶん《明日の神話》は岡本がひそかに仕掛けた最後のギャグなのではないか。

そんなこんなで、わたしは岡本と横尾と赤瀬川の三人は六十年代の日本を代表するアーティストだと思っている。そう考えると、現在の日本のアートシーンは四十年前とあまり変わりがないような気がする。スーパーフラットやシュミレーショニズムやPCやコンセプチャル・アートといろいろ名前を変えても、なかみはそんなに変わっていないようにおもえるのだが、どうだろう。

それはともかく、若い頃は現代アートというものにはあまり関心がもてなかった。そんな中で、大学に進学してはじめて読んだ本格的な美術評論は小林秀雄の『近代絵画』だった。しかし、絵画理解にはあまり役だったとはおもえない。造形芸術には小林の得意の逆説もぱっとしないし、読んでも面白くない。印象批評だというが、作品を見ての印象ということなら小林の批評はかならずしも印象批評とは言えない。小林は絵画ではなく、それを描いた画家の人間性に興味がある。だから小林はゴッホの絵ではなく手紙という「告白文学の傑作」について書くのだ。小林にかかると、ピカソの絵もドストエフスキーの小説も作家の告白になってしまう。芸術家の評伝としては面白くても、作品の批評としてはどうだろう。わたしは絵を見たいのであって、作家の人生を知りたいわけではない。

話は前後するが、小林のまえにも高校の国語の教科書に載っていた亀井勝一郎の『大和古寺風物誌』や英語のサイド・リーダーでサマセット・モームの『月と六ペンス』を読んだ。『大和古寺風物誌』は美文調というのか、読んでいるとなんか教養がついたような気分になって、抜粋ではなく、本を買って読んでみたけれど、仏教美術に関心が持てず途中でやめてしまった。それにくらべ、ゴーギャンをモデルにした『月と六ペンス』は面白かった。芸術という魔に憑かれた主人公や、その芸術家に惹かれる女たち、そして語り手に対する作者モームの皮肉な目を感じながらも、芸術というものが人を破滅させるほどおそろしいものなのだと漠然と思っていた。

そんなこともあって、セザンヌやゴッホやゴーギャンなどの「大意識家」たちについて書かれた小林秀雄の『近代絵画』は、絵については何も教えてくれなかったが、そのボードレール風のモダニズムがわたしの絵画の好みにおおいに影響をあたえ、キュービスムや印象派などのフランスの近代絵画をこのんでみるようになった。しかし、本当におもしろいと思っていたのか怪しいものだ。たぶん若いときの衒気だったのだろう。

そのうち芸術を理解しようという気持ちもなくなっていった。知人が公募団体に属していたので、招待券をもらえば見にいった。話題の展覧会にも暇があれば行った。現代アートには関心はなかったけれど、通勤の途中だったので西武美術館は気が向けば覗いた。でも、カタログを買うこともなく、ほとんど何をみたのか憶えていない。美術雑誌も手にとることはなくなった。NHKの日曜美術館も偶然チャンネルをまわして面白ければそのまま見ることもあるが、意図してチャンネルをあわせることはなくなった。

そのうち写真に興味を持つようになった。カメラ雑誌に写真集の批評を連載したこともあり、写真の本をたくさん読んだ。現在もそうなのだが、十数年前には、すでに写真は芸術として扱われるようになっていた。それでも、ストレート写真と芸術写真は微妙にジャンルわけされていたようで、たとえば、森村泰昌は写真の世界からも美術の世界からも自分たちのジャンルに属すると思われていた。

いったい写真と絵画はどこが違うのかわからなかった。写真も絵も英語ではpictureというし、ドイツ語ではBildだ。ところが、記号論では写真はindex記号で、絵はicon記号だから、まったく別のものだというのだ。そうかと思うとフォトリアリズムの絵もあるし、CGもあるという具合で、いったい写真と絵は同じものなのか、ちがうものなのか、かいもく判らなかった。

写真と絵画を比較していくうちに、だんだん写真がつまらなくなってきた。写真をインデックス記号だというのは、制作者サイドの理論であり、鑑賞者サイドからみれば写真と絵画は、いわば様式あるいはスタイルの違いであって、両者は同じピクチャーでありビルトなのだ。

そうこうしているうちに、わたしは長い間忘れていた絵画への興味が再びわいてきた。ピクチャーではなくペインティングである抽象画をもう一度見直そうと思い始めた。彫刻も眺めるようになった。記号学や知覚心理学や現象学を読み直した。美術評論や芸術論も読んだが難しくてあまり役に立たなかった。まだ、グリーンバーグや藤枝晃雄のことは知らなかった。

ともかく、フッサールの図像意識の分析を知り、ようやく「絵画とは何か」を理解しはじめたような気がする。とは言っても、何十年も現代美術とは無縁の生活を送ってきたので、あたらしい美術理論を読んでもすぐには理解でいない。まず、作品を見てそれから理論だ。ともかく、これまで理解したことを『絵画の現象学』として次回から書いて行きたいと思う。(『LRリターンズ』15号)

(注1)(注2):わたしのブログ『ART TOUCH』の記事『竜安寺体験』と『岡本太郎』の一部を書き直して利用しています。
2009.01.07[Wed] Post 12:07  CO:1  TB:0  -『LRリターンズ』  Top▲

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