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ウィレム・デ・クーニング

『Art of our time』世界文化大賞展(上野の森美術館)絵画部門(4)

隣の部屋との仕切の壁に展示してあった絵にちょっと惹かれた。キャプションを見るとウィレム・デ・クーニングの《無題(女)》とある。これは60年代の作品で、50年代の〈女〉シリーズのような女の姿はどこにもない。

デ・クーニングの歯をむき出しにした《女》は、ピカソの女のように表現主義的でどうも苦手なのだが、この絵は具象的な女がいないので、キャプションを読むまでデ・クーニングの作品とは気づかなかった。東京都現代美術館の所蔵というのだから、たぶん見ているはずだが、記憶に残ってはいない。それほど、よくある抽象画なのだが、それが、いろいろな大家の抽象画に囲まれて、ほかとはちょっと違う、なんというか平凡だけれど、ほっとするような絵なのだ。

これはアクション・ペインティングではない。オートマティスムでもない。絵の具をただ塗っているのではなく、それが女かどうかわからぬが、たしかに何かを描いている。画面に凝集力と拡散力が均衡している。空間の奥行きと事物のボリュームが戯れて気持ちがよい。黒い途切れた線がマチスの黒い縁取りを三次元に歪めたように見えなくはない。

といっても、画面に緊張感があるわけでも、開放感があるわけでもない。中途半端なところがある。注意をひいたのは、たぶんキーファーの《マイスターシンガー》を見たあとだったからだ。《マイスターシンガー》は、いわば「アクション・エクスプレショニズム」とも言うべき激しい情緒を表した絵画だ。絵具を叩きつけ、擦りつけ、なすり付け、そして落書きのようにアルファベットやアラビア数字を殴り書きし、教会や家の絵を子供のようにイタズラ書きする。表現主義も象徴主義もアクション・ペインティングもカリグラフィーも、そして「立体視」もなにかも一緒くたにした絵を見たあとだから、よけいにデ・クーニングこの絵に惹かれたのだ。

デ・クーニングの〈女〉シリーズはもちろん具象と抽象の狭間にあるのだが、その具象性はグリーンバーグ(『抽象表現主義以降』)によれば「帰する場所なき再現性」であり、「抽象的な目的(三次元空間のイリュージョン)のために適用されるのだが再現的な目的 をも示唆し続けるような、彫塑的かつ描写的な絵画的なるもののことである。」 というわけで、何も女を描いているわけではないのだ。そういえばアメリカの抽象表現主義者たちはヨーロッパのマチスやピカソやクレーなど具象性を捨てなかった画家たちの作品を抽象画として影響を受けていたということだ。

この「帰する場所なき再現性」は抽象表現主義が三次元空間のイリュージョンを表現するのに寄与したのだが、それはマンネリズムに陥ってしまった。その代表的なものが、50年代のデ・クーニングの〈女〉シリーズだとグリーバーグはいうのだが、それではいったいこの60年代の 《無題(女)》はグリーンバーグはどう評価したのだろうか。探したけれど見つからないので、『抽象表現主義以降』から「絵画的」の意味を説明したところを引用する。

もしも「抽象表現主義」という用語が証明し得るような何かを意味するとすれば、それは「絵画的であること(ペインタリネス)」の謂である。つまり、解放的な素早い描き方、もしくはそのように見える描き方。はっきりと描かれた形態ではなくて、にじんで溶解したようマッス。大まかで顕著なリズム。激しい色彩。絵具のむらのあるしみ込みや濃度。はっきりと示されたハケ、ナイフ、指、布切れの跡   手短に言えば、ヴェルフリンが、バロックの芸術からマーレリッシュという彼の概念を引き出した時に定義づけたような物質的な諸特徴の集合のことである。  

このほかにも、ペインタリーの特徴として「途切れたりにじんだりした輪郭線」もあげており、デ・クーニングのこの作品の特徴にぴったりのような気がするけれど、カタログの写真だけでは何ともいえないし、そもそも、アクション・ペインティングのローゼンバーグがデ・クーニングを支持し、ペインタリー・アブストラクションのグリーンバーグがポロックを支持して、互いに争っていたというのだから、ポロックもデ・クーニングもロクに見たことがない者が口出しすることではないかもしれない。

抽象画については少しずつまなんでいくほかないが、ただ、デ・クーニングについては、彼がアルツハイマーと診断された80年代の線描の抽象画について気づいたことがあるのでそれについて次回少し考えてみたい。

つづく

 


ひょっとしたら、『わたしいまめまいしたわ』展(東京国立近代美術館)で見た岡崎乾二郎の二幅対の絵画作品は、『Art of our time』(世界文化賞展)の文脈の中に収まるのかもしれない。そういえば、浅田彰氏は世界は岡崎乾二郎の絵画を理解できないと言っていた。

2008.12.09[Tue] Post 01:34  CO:0  TB:0  -グリーンバーグ  Top▲

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