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『Art of our time』世界文化大賞展(上野の森美術館)絵画部門(1)

ピエール・スーラージュの反イリュージョニスム

最初の廊下のところに二枚の具象画が掛かっている。一枚はホックニーの《スプリンクラー》で、東京都現代美術館でなんども見ている。もう一枚はバルテュスの《横顔のコレット》で、これは未完だそうだが、この二作品については、今、とりたて言うことはない。

第一室にはいると、おおきな抽象画が並べてあるのを見て愕然とした。どれもこれもひどくみすぼらしく見える。美術館の地下倉庫にまぎれこんだようで、以前、東京都現代美術館でみた現代アートの所蔵展を思い出した。もちろん、絵画だけのこっちの展示のほうが、立体作品と平面作品が混じった現代美術館の展示よりましだが、どちらもアウラが欠如している点では同じだ。

もちろんこれは誇張なのだが、そのありがちなつまらない抽象画に一瞬ひるんだことはたしかだ。抽象画嫌いのニョウボは勝ち誇ったように部屋の真ん中にたって、ぐるりと眺めてから、スーラージュの黒い二枚組の絵の前に立って、「出来た!」と言った。何が出来たかと思ったら、立体視が出来たというのだ。ヤレヤレ

このスーラージュの《絵画,1987》は絵画ではなく、工芸品に見える。木組みの厚い板に彫刻をして、黒い漆を塗った調度品といえる。黒い油絵具はキャンバスの側面まで塗られているので、一枚の板に見えてしまうのだ。また、油絵具は光沢があり、微妙に光を反射して、漆を塗った表面を磨いたようにも見える。もちろん美しい美術品だ。

実際は油絵具で描いた表面と油絵具の凹凸が重なって出来ているのだが、近づいて見ない限り絵画ではなく「もの」に見える。この「ものに見える」というのは、現代絵画の重要なキーワードなのだが、現象学的に見れば、いくつかのレベルが区別できる。

たとえば、この展覧会に展示されているアントニ・タピエスの《大きなスレート》はモノにみえるのではなく、ものそのもの、まさにイタズラ描きをした土壁そのものです。それにたいして、スーラージュの《絵画,1987》は絵画的なイリュージョンがない工芸品としてのモノだ。また、川村美術館にあるステラのシェイプト・カンヴァスやレリーフの作品も「ものに見える」のだが、これはまた別のはなしである。

帰って、カタログを見ると、スーラージュの言葉、「私の絵画は意味ではなく、ものなのだ。」が引用されていた。ついでに、ウィキペディアの仏語版を検索したら、これもなるほどと思えるスーラージュの言葉をみつけた。

   Je ne représente pas, dit-il, je présente. Je ne dépeins pas, je peins
   (わたしは再現しない、提示する。私は描かない、塗るだけだ。)

これは現代絵画の挫折と失敗を表した美しい言葉だ。

つづく
2008.11.27[Thu] Post 14:53  CO:0  TB:0  美術展評  Top▲

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