町田久美と松井冬子
東京都現代美術館の「日本画から/日本画へ」展で最も私の注意を引いたのは松井冬子ではなく町田久美だった。
もちろん二人以外の作品も展示されていたのだが、副題どおりの No Borderぶりで、どれも「洋画」の世界で見たようなものばかりで、なまじ日本的な題材を描いた絵は、ヘタなポップ・アートになっている。 * そんな中で、松井冬子は正統的な日本画に見える。、その圧倒的な技術は、ちょっと近頃見たことがない。ところが、面白くないのだ。いろいろ試みている。日本画の定番である幽霊や象や洋犬もいろいろ工夫を凝らし、不気味なもの(Unheimliches)を付け加えようともしているが、圧倒的な技術力のため、日本画の収まるべきところに、収まってしまうのだ。松井は内面的な世界を表現しようとも試みているが、松井の線は、藤田嗣治の線とは異なる、あくまでも日本画の線だから、それを壊さなければ、新しい世界は作れないだろうし、反対に、それを壊してアートを目指せば、それはそれで在り来たりの今風作品になるだろう。難しいところだ。たぶん、研鑽を積んで、日本画の大家になるのではないか。
松井に比べ町田久美はヘタである。線はコンピュータで描いて、プロッターでプリント・アウトしたように見える。構図も線も遠近法もイラストレーターが考えだしそうなものだ。ところが、町田の線には何か不気味なものがある。タイトルは忘れたが、エロチックなテーマの挿絵シリーズも展示してあったが、わたしには、大きい作品の方が面白かった。コンピュータ・グラフィックのように見えそうで、最後のところで踏ん張っているように見える。 学芸員のレクチャーを聞くと、町田は線を少しずつ、点を繋げるように描いていくそうだ。髪の毛も一本の線ではなく、少しずつ一晩かかって描くというのだ。線の魅力はそのためかどうか判らない。点を繋げて描いた痕跡はどこにもないし、点を繋げて線を描くなら、プロッターではなく、インク・ジェットで描いたことになるだけだ。 松井冬子は髪の毛を面相筆(?)でサッと描く。町田久美は少しずつ繋げて描く。松井の線には勢いがあり、手の運動の痕跡がある。町田の線には手の運動の痕跡がないのだ。 町田久美の線は不思議な線だ。コンピュータに描けるような平凡な線なのに、なにか不気味なものが潜んでいる。 町田の線がこれから、どう変わっていくのか分からない。コンピュータにも描ける退屈な線になってしまうのか。あるいはイラストレーターのおしゃれな線になってしまうのか。それとも、あの不気味なものの正体が姿を現すのか。 ただ、主題の中にアメリカ向けのニオイがするのは少し気になる。いずれにしろ、西村画廊の個展が楽しみである。 TRACKBACK
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