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毛利伊知郎の謎を解明する

 現在まで判っているところでは、最初の投書は、茨城県つくば美術館に和田展開催の直前に来たのものだ。
 三重県立美術館はそれ以前の2005年4月から6月にかけて和田展を開催している。三重県立美術館に投書が行ったかどうかはわからない。当然行ったと思うが、確証はない。
 そして、松濤が黙んまりを決め込んでいられるのは所蔵品もない、いわば貸画廊だから、無責任な態度をとっているのだろう。ところが三重県立美術館はこの展覧会の企画立案した責任者である。投書をもらった茨城県つくば美術館は当然三重県立美術館に抗議の電話を掛ける。
   *
 茨城県側も噂ぐらいは知っていただろう。でもまあよくある話だし大丈夫だといつもの通り、たかをくくって、開催することに決めたのだろう。ところが投書に同封されていたコピーを見て仰天した、これはどうみたって盗作である。
 責任は企画した三重県側にある。両者のあいだにどんな話し合いが行われたのかわからない。いずれにしろ、スギ氏へのオマージュを掲示することで、露見に備えたのだが、これはいわば企画の変更であり、毛利氏の同意なしに行われた筈はない。それにもかかわらず、つくば美術館の「『和田義彦展』について」という言い訳のお知らせには三重県立美術館がわの責任問題には一切触れていないのだ。
 でも、ほぼ両者の言い訳は同じ構造になっており、和田氏は賞をたくさんもらっていること、ところが盗作疑惑が発覚した。今後は慎重に調査するから今回は勘弁してください、というのだが、疑惑のところは三重県側は一切ふれていないのに対して、茨城県側は投書がきてあわててオマージュをつけてその場をしのいだ。時間がなかったのだからしょうがないだろう、文句があるなら三重県立美術館に言えとばかり、ちゃんとこれが公立美術館3館の巡回企画展であることをはじめに書いてあるのだ。
 この事件が明るみにでたとき、すぐにネットにこのオマージュの話が流れたのだが、そのあとこの情報を探したが、正確なものにはヒットしなくなった。気になっていたのだが、おそらく毛利氏の隠蔽工作だと憶測していたのだが、今回のつくば美術館の発表で、じつは三重美術館の段階ではオマージュはまだなかったことを知った。むしろ、これで、毛利氏の疑惑がはっきりとした。
 何度のいうように、この和田事件の謎はすべて毛利氏の書いた「ドラマとポエジーの世界」の中にあると確信していた。だからこそ、三重美術館は毛利伊知郎氏の「ドラマとポエジーの世界」をHPから削除したのです。
 出し惜しみしているようですが、はじめから順序立てて話します。
この事件を知ったとき、わたしはすぐに絹谷幸二の三越展を思い出し、これは「失敗した詐欺事件」だと直観しました。それで、サイトをいろいろ検索しながら、投書の目的は何か考えました。もちろん和田氏が失脚すれば得をする人間です。それなら詐欺グループの仲間割れ、すなわち業者か、あるいは賞がらみで文部科学大臣賞候補だったライバルかもしれないと、ネットで調べたけれど、もちろんわからない。今年の文部科学大臣賞受賞者さえどこにもない。候補者の名前なんかもちろんない。業者のことはなおさら判らない。和田の作品を扱っている業者を調べたけれど芳しくない。そこで、和田氏はそんな大物ではないけれど、試しに芸術院の会員名簿を調べたら、なんと絹谷幸二の名前が載っているではないか。
 そこで、和田と絹谷のことを調べていくうちに、絹谷の経歴はすぐに見つかったが、和田の履歴書はなかなか見つからず、結局毛利伊知郎氏の「ドラマとポエジーの世界」が一番詳しそうなので、それと絹谷の履歴を比較して、1971年の両者のイタリア留学、そしてローマの中央修復研究所での同時在籍などなどの事実を発見して、それをもとに、挫折した芸術家「和田義彦を弁護する」を書いたのだ。
 そのあとは、この事件は単純な盗作事件ではなく、失敗した詐欺事件なのだ、この事件の真相をしるには「成功した詐欺事件」をわすれてはいけないとあらゆる機会を捉えて論じてきたのだが、ほとんど反響はなかった。
 そのかんも、毛利氏の「ドラマとポエジーの世界」を読んで、彼は和田の盗作を知っていたはずだという直観を信じていたが、どうしても確証が得られなかった。そのあと、武蔵野美術大学のHPから削除されていた八重樫典子氏の和田インタビューを読むことができ、ほぼ確信を持った。
 このインタビューは丸ごと和田の盗作疑惑の否定会見みたいな不思議なインタビューなのだが、「ドラマとポエジーの世界」と併せて読めば、あきらかに毛利氏が和田氏の盗作から目をそらせようとする意図を感じるし、なによりも、無いことによって、あることが証明されてしまっていると思えた。ないものとは、他では繰り返しあらわれる「食べる人」シリーズへの言及がないことだが、ただ展覧会場にはスギ氏へのオマージュが書かれていたというのだから、あながち隠したとは言えないし、でも、それならなおさら、「ドラマとポエジーの世界」にスギ氏と「食べる人」への言及がないのはおかしいことになる。毛利氏はただそのシリーズを評価していないだけで、盗作隠蔽を意図したわけではないのかもしれない。と思いながらも、必ずそこに秘密があるとの確信は消えなかった。なにより展覧会を見ていないのがいらだたしかった。あるいはカタログを手に入れれば、すぐ判ることなのだが、それも田舎住まいの身でままならないとあきらめていたのだけれど、昨日、落合氏の「佐伯祐三の真実」を読んだときに、まったく同じ例を見つけたのだ。
 それは当時茨城県立美術館長だった匠秀夫で、とにかく詳しくは落合莞爾氏の本を直接読んでもらうことにして、匠は、依頼者の意に反して、佐伯祐三の日記から、元妻の米子が佐伯の作品に加筆したという部分を注意深く排除して、業者側の詐欺行為に荷担したのである。まさに、無いものによって、あるものが明らかになるのだ。ついでに付け加えると、匠はその本の題名を「未完 佐伯祐三の『巴里日記』」と、わざわざ「未完」とあたまにくっつけて、ばれたときの予防線をはっているのである。
 さて、オマージュの問題が解決できないが、毛利伊知郎が隠蔽工作をしたことはほぼ間違いないことだから、毛利伊知郎に斬奸状を書こうと思い、それで、昨日のブログで、「謎が解けた」と予告したのだ。
 ところがどうだろう。今日になって、ほんとうに謎が解けたのだ。オマージュをつけたのは、毛利伊知郎ではなく、そのあとに開かれた茨城県つくば美術館なのだ。判ってみれば簡単なこと、おそらくカタログをみれば、スギ氏へのオマージュが無かったことがすぐに判ったはず。労を惜しんではいけないとつくづく感じます。でも、お陰でインターネットだけで、謎が解明できたわけだし、結構楽しめました。
 もちろん事件はこれで終わりではありません。追求は三重県民の役割です。でも、三重県からはなんの反応もありません。ちなみに、米倉守氏が美術館長をしている松本市民からは反応がありました。
 今日は疲れたのでこれで終わりです。
 さいごに、落合莞爾氏に謝意を表したいと思います。
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ps:茨城県つくば美術館は毛利伊知郎を見捨て、予定通り、投書とオマージュという小道具を使って、言い逃れをしました。でも、おそらく、わたしの予想では毛利氏は何年か後にどこかの美術館長になっているでしょう。
2006.06.10[Sat] Post 19:55  CO:0  TB:0  和田盗作事件  Top▲

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