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藤枝晃雄『絵画論の現在』




今、藤枝晃雄の『絵画論の現在』を読み返していたら、「アンリ・マチス『ニースの大きな室内』」の章に「重苦しいテクスチュアがあれば、情念とか精神の表現がなされているというのは、誤った観念である。」と言う言葉をみつけた。これは、薄塗りや表面処理の粗雑さのためにマチスの作品を否定する美術評論家たちに向けられた言葉だけれど、桜井浜江の作品にこそこの言葉はふさわしいのではないか。

『絵画論の現在』を読むと、藤枝晃雄は単純なフォーマリストではなく、むしろ絵画の三層構造を認める現象学的批評家であることが判る。現象学的美学は表現主義と間違われるが、そうではなく、むしろフォーマリズムに近い。情念や精神は三層構造に基づいて表現される。物理的図像、図像客観、図像主題のそれぞれが情念や精神をあらわすことができる。だからわれわれは表現に目をむけるのではなく、表現以前の絵画/図像の三層構造に注意をむけなければならない。情熱ではなく赤い色を見なければならない。知恵の木の実ではなく、リンゴを、赤い円を、赤の絵具を見なければならない。現象学的還元とは絵画の三層構造に注意を向けることだ。絵が表現する情念や精神を読みとるのではなく、絵そのものを見ることだ。これが藤枝氏がいつも言っている「絵を見る」ということだと思う。

新日曜美術館は桜井浜江の人生に焦点をあわせていた。絵画が作家の主観の表現ならば、作家の人生を知るのも役立つかもしれない。しかし、絵画そのものを理解するのには何の役にもたたないだろう。

『絵画論の現在』はブログを始めるときに図書館で借りて読んだ。そのときはあまりよくわからなかった。それが上田高広の『モダニストの物言い』を通して藤枝晃雄の『現代芸術の彼岸』を読み、それまでちんぷんかんぷんだった現代芸術を理解する取っ掛かりを掴めたようなきがして、あらためてアマゾンで購入したのだ。わたしにとって、図像の現象学を絵画の現象学にするのにやくだちそうだ。また、具体的な作品論なので、アマチュアの美術愛好家にも楽しめるだろう。是非購入して繰り返し読んでもらいたい。
2008.10.20[Mon] Post 01:55  CO:0  TB:0  -藤枝晃雄  Top▲

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