ART TOUCH 絵画と映画と小説と

もとは美術展評のブログ 絵画と映画と小説と、そして哲学を少々

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.--[--] Post --:--  CO:-  TB:-  スポンサー広告  Top▲

COMMENT

NAME

SUBJECT

BLOG/HP

PASSWORD

COMMENT

SECRET: ※非公開コメントにしたい場合はBOXにチェックをして下さい ⇒ 

SUBMIT: 送信 

和田さんは才能のない画家だったのでしょうね。それを悟ったのがイタリアに行ったとき。修復の学校に途中から変わりますよね。おそらく画家としての才能のなさを知って修復家をめざしたのでしょう。それがスギ氏と出会って模写をした。芸大に現役合格するぐらいテクニークはある器用な人だから、ある意味でスギ氏以上のものができちゃったかもしれない。(でもどんなにできがよくても模写は模写、オリジナリティはゼロですからね。)しかも、欧州帰りのあか抜けた作品として日本では大いに受けた。それに味を占めて日本ではほとんど紹介されていないスギ氏の作品を次々模写をして自分の作品として発表し名声を築いて行った、というのが、真実なのでは?
サリエリのように、凡庸な作品すら出来なかった才能のない三流画家、和田氏のペテン人生。修復家になればこんなことにはなっていなかったのに。スギ氏にであわなければ、こんなことにはならなかったかも。他にも似たような自称芸術家はマスコミにはたくさん登場していますよ。森村さんはこれをぜひ小説にしてほしいですね。
2006.06.02[Fri]  投稿者:ばかぼん  編集  Top▲

ばかぼんさんへの返事

 ばかぼんさんコメントありがとうございます。だれも、コメントくれないので、ちょっと落ち込んでいました。
 下品にいうと、詐欺を計画して、仕込んだ玉が悪かったということでしょうか。
 それにしても、6月号の美術手帖の表紙は詐欺にならないのでしょうかねぇ。
2006.06.03[Sat]  投稿者:安積 桂  編集  Top▲

ランキングからまいりました。迷わずここをクリックして拝読。読ませます。美術界全体の問題ですしオレンジのネクタイの写真を拝見しますと政界財界の問題でもあるようなつまり倫理のもんだい・・・しまいには笑ってしまいますがこれからもよませていただきます~。そう絹谷幸二という人に、私も似たような印象をもっています。小生キャンバス「たまご生活」なんてつたないブログをかいております。またよそのページもよませていただきます~(ありがとうございました。)
2006.06.04[Sun]  投稿者:たまごさん  編集  Top▲

たまごさんへ

 たまごさんのブログは楽しくていいですね。わたしはだんだん泥沼にはまっていくようです。
2006.06.07[Wed]  投稿者:安積 桂  編集  Top▲

TRACKBACK

スポンサーサイト のトラックバックアドレス
http://petapetahirahira.blog50.fc2.com/tb.php/28-148f54bc
 ⇒ この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)

和田義彦と絹谷幸二

 5月の美術展評は、ニキ・ド・サンファル展とカルティエ・コレクション展とプラド美術館展と難しい展覧会が三つ、それと、「脳!展」と「ロダン/カリエール展」も書かなければならない。
 いいかげん、盗作問題は終わりにして、まじめに展評を書こうとおもったのだが、今朝、また面白いことがあったので、もう、少し盗作問題を続ける。
  絹谷幸二がパパスを着た。 

スレッド:絵画 / ジャンル:学問・文化・芸術

*
 今朝、女房を駅まで車で送っていき、帰りに週刊誌を買って、開いたら、絹谷幸二が、PAPAS ON PAPA のモデルをやっているのに出くわした。写真を見て、出くわしたというのもおかしいが、あまりのタイミングの良さにびっくりしたのだ。
 じつは、このところ三日間は、私としては長い和田義彦論を書いていて、ほかに何も仕事をしないので、女房にしかられていたのだが、昨夜も寝るまえに、「日本芸術院会員殺人事件」というのを森村誠一に書いてもらったらどうだろうと、そのプロットを説明して、女房に無視されても、あきらめず、原作は森村誠一ではなくやっぱり松本清張がいい、なにしろ憎悪を書かせたら松本清張の右に出るものはいないし、美術界の腐敗などを絡めた社会派ドラマにして、もちろん、映画化するならコロンボシリーズだ、それに、殺意を持つ直接のきっかけはどうしようと、あれこれ考えながら眠ったのだ。
 そんなことをまったく忘れていたのだが、PAPASの広告を見て、思いだした。そう、この広告を見て、犯人は殺意を抱くのだ。
 
 二人のファッションを比べてみよう。絹谷幸二はパパスに変身する前の背広姿、それと和田義彦は森村誠一のサイトにある展覧会のオープンパーティのときのもである。
http://www.morimuraseiichi.com/shashinkan/b/b_35.html

 どうだろう、画家というのはこういう格好をするものかどうかは知らないが、二人はそっくりとはいえないまでも、服装の趣味が似ていないだろうか。絹谷の方はネクタイを外して、上着を羽織れば、そう悪くない格好だが、和田の方といえば、黒い背広と黒いシャツ、黄色いネクタイと合わないわけではないが、黒によりけりだ。背広は光っているし、ネクタイは黄色とオレンジのグラデーションだ。グラデーションはいけない。まるで。田舎の結婚式だ。

 和田が絹谷のマネをしているとは言わないけれど、あきらかに、和田は無理をしているようだ。彼の本来のファッションがどんなものか知るよしもないが。
 ファッションはどうでもよい。重要なのは、パパスの広告のコメントだ。こともあろうに、
《野球界のミスターは、芸術界のミスターに惹かれるのだ》
というのだ。長島茂雄が自分のファンだと絹谷はさりげなく告白するのだ。ファンなのはかまわない。きっと、燦々会の財界人のだれかに、絹谷の太陽は長嶋監督みたいにサンサン(33)と輝いていますねぇ、とかいわれて、いつものように調子にのったのだろう。
 しかし、自らを長島に比して、芸術界のミスターとは何事か、絹谷は私と同い年の62歳、まともに育っていれば、長島は侵すべからざる神だったはず。それを不遜にも、自らを長島に比するとは、傲岸にもほどがる。

 と、まあ、詰まらぬ冗談はさておいて、小説の中の犯人は、その言葉を見て、殺意を抱くのだ。

 さて、テレビのニュースで和田の盗作否定の醜態を見て、これはだめだ、痴呆が相当に進んでいる。救いようがないと諦めた。
 もう弁護なんかしない。勝手にしろ。せっかく、挫折した芸術家の殺意という美学で救ってやろうとしたのに、これでは、何もかも台無しだ。

 和田が絹谷に殺意を抱くなんて、とんでもない。そんな美学は和田のどこを探しても見つからない。とんだ食わせ物だ。ただ安っぽいライバル意識で、絹谷のマネをして、画壇の出世を求めた二流の人物でしかなかったのだ。

 武蔵野美術大学のHPにのっている、学生が和田講師にしたインタービュー記事をやっとの事で、読むことができた。これは閉鎖されていたページなのだが、和田を信頼している美学生が勉強のために保存しておいたもので、これを毛利伊知郎の「ドラマとポエジーの世界」とあわせて読めば、いかに和田義彦がでたらめなことをいっているか、はっきりとわかるだろう。

 ようするにどうして自分のスタイルがいろいろ変わるか、学生に説明(じつは弁解)しているのだが、ほとんど支離滅裂で、読むに耐えないしろものなのだ。もともと、画家自身が自分の絵を説明するなんて、あやしいとおもっているのだが、とにかく、少しでも絵を見ることを学んだ人なら、和田の説明が変に理論的で、すぐに、どこかで聞いたこがあるような、つぎはぎだらけのおかしいさ感じるだろう。

 武蔵美といえば、もっかわたしの枕頭の書である「現代美術の彼岸」の著者藤枝晃雄が教えている学校ではないか。なぜ、こんな素人にも分かるでたらめなインタビューがホームページに載ってしまったのだ。

 こんな和田の説明を何とかまとめた毛利伊知郎は、たいしたものだと認めないわけにはいかないが、だからといって、毛利の責任を見逃すわけにいかない。わたしの和田の最終弁論は、この事件の原因は和田一人の責任ではない。美術界全体の責任だとういうものだが、だからといって、全体に責任を負わすことで、結局だれにも責任がないということではないだろう。
 次は毛利伊知郎の責任を問わねばならない。

 本当はこんなことやってる暇はないのだが。美術展評がたまってお手上げのじょうたいだ。
 本当は自分の芸術論を書かなければならないのだが。ブリジストンのジャコメッティやゴッホ展の夜のカフェ、それからゲルハルト・リヒター展の評はとくに重要なのだが、どうしよう。がんばらなくては。
 ほんとうは、美術界のことなんかどうでもいいのだ。
 HUSSERLの図像論をもとに、自分の絵画論を死ぬまでにまとめておきたいだけなのだけれど。 
2006.06.01[Thu] Post 12:19  CO:4  TB:0  和田盗作事件  Top▲

COMMENT

NAME

SUBJECT

BLOG/HP

PASSWORD

COMMENT

SECRET: ※非公開コメントにしたい場合はBOXにチェックをして下さい ⇒ 

SUBMIT: 送信 

和田さんは才能のない画家だったのでしょうね。それを悟ったのがイタリアに行ったとき。修復の学校に途中から変わりますよね。おそらく画家としての才能のなさを知って修復家をめざしたのでしょう。それがスギ氏と出会って模写をした。芸大に現役合格するぐらいテクニークはある器用な人だから、ある意味でスギ氏以上のものができちゃったかもしれない。(でもどんなにできがよくても模写は模写、オリジナリティはゼロですからね。)しかも、欧州帰りのあか抜けた作品として日本では大いに受けた。それに味を占めて日本ではほとんど紹介されていないスギ氏の作品を次々模写をして自分の作品として発表し名声を築いて行った、というのが、真実なのでは?
サリエリのように、凡庸な作品すら出来なかった才能のない三流画家、和田氏のペテン人生。修復家になればこんなことにはなっていなかったのに。スギ氏にであわなければ、こんなことにはならなかったかも。他にも似たような自称芸術家はマスコミにはたくさん登場していますよ。森村さんはこれをぜひ小説にしてほしいですね。
2006.06.02[Fri]  投稿者:ばかぼん  編集  Top▲

ばかぼんさんへの返事

 ばかぼんさんコメントありがとうございます。だれも、コメントくれないので、ちょっと落ち込んでいました。
 下品にいうと、詐欺を計画して、仕込んだ玉が悪かったということでしょうか。
 それにしても、6月号の美術手帖の表紙は詐欺にならないのでしょうかねぇ。
2006.06.03[Sat]  投稿者:安積 桂  編集  Top▲

ランキングからまいりました。迷わずここをクリックして拝読。読ませます。美術界全体の問題ですしオレンジのネクタイの写真を拝見しますと政界財界の問題でもあるようなつまり倫理のもんだい・・・しまいには笑ってしまいますがこれからもよませていただきます~。そう絹谷幸二という人に、私も似たような印象をもっています。小生キャンバス「たまご生活」なんてつたないブログをかいております。またよそのページもよませていただきます~(ありがとうございました。)
2006.06.04[Sun]  投稿者:たまごさん  編集  Top▲

たまごさんへ

 たまごさんのブログは楽しくていいですね。わたしはだんだん泥沼にはまっていくようです。
2006.06.07[Wed]  投稿者:安積 桂  編集  Top▲

TRACKBACK

和田義彦と絹谷幸二 のトラックバックアドレス
http://petapetahirahira.blog50.fc2.com/tb.php/28-148f54bc
 ⇒ この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)

Log in*/RSS*】  Design 「AZ+」Plugin Template...  Page Top▲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。