ART TOUCH 絵画と映画と小説と

もとは美術展評のブログ 絵画と映画と小説と、そして哲学を少々

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.--[--] Post --:--  CO:-  TB:-  スポンサー広告  Top▲

COMMENT

NAME

SUBJECT

BLOG/HP

PASSWORD

COMMENT

SECRET: ※非公開コメントにしたい場合はBOXにチェックをして下さい ⇒ 

SUBMIT: 送信 

lalaa

そう思うのは、記事にコメントをくれた人のなかに、松井氏の絵を見て癒されたという女性が多くいたからだ。たぶんある種の人々にとって、松井氏の絵は「癒し系」なのだ
2008.05.01[Thu]  投稿者:winsock  編集  Top▲

反論

別に美術はシロートなんですが、反論をいくつか。

たしかにデッサンは崩れている感があるし、
実際に、ややデッサン能力は落ちるのカモしれない。

が、可能性として、わざと崩している可能性は否定しきれない。
たぶん上手くても、題材と構図から言って、あのように書いただろうし、それは謎になる。

デッサンのアプローチ(目的と方法論)自体が根本から違うのカモしれない。

構図は抜群だ。

それと見せ掛けのデッサン能力は、整合していない。
わざとだと思うが。

--------

位置づけについてだが、
明治以降のニホン絵画界はさんたんたるありさまだったと思う。

あれじゃあ、デッサンも糞もないだろ?
きゅびずむもどきのまったく理解してないようなものが
評価されて残っている。


多少見るべきところは東山画伯で、冬子自身、影響はけっこうあるような気がする。後継者と言ってもいいカモしれない。


そのようなゆがんだ状況の中で、
たとえば、手塚のような漫画家の足跡は重要だと思うし、
俺は趣味じゃ無いが、村上とかの価値は俺は認める。


冬子もたいへんな値段が付くだろう。20年後くらいに。

それは、コマーシャリズムのせいでは無い。
むしろ、安くなるような自虐的なテーマと表現ばかりしている、
と言うことだ。

ふつうに何かふつうのテーマを描かせてみろ。
たまげるぞ。
たいへんな値が付く。









2008.06.02[Mon]  投稿者:Loopおやじ  編集  Top▲

女教授について

あと、あの女教授は、かなりの知能と見識の持ち主。

ふつうの女教授のレベルは超えてるよ。

あの教授が言いたいテーマについて、ちゃんと議論できるのは
俺くらいだろう。なんちって。

あまり、ぼろぼろヌード写真公開じゃあるまいし、
ストレートに言えることばかりじゃない、ってことだ。

理解できないから、もやもやしてるんだよ。キミは。

俺が言いたいのは実はそこ。
理解を超えたところ、何も高尚とかそおいう意味じゃ無い、
そおいう部分を適当に言わないほうがいいと思うが。
2008.06.02[Mon]  投稿者:Loopおやじ  編集  Top▲

社会学も精神分析も学問ではありません。おかしなコメントがだんだん増えています。**の見本として削除しませんでした。一週間後に両松井のコメントは削除します。それでもだめならコメント欄を閉鎖します。 
2008.06.02[Mon]  投稿者:安積  編集  Top▲

映像の対談はしない方が・・

この対談、ぎくしゃくした感じでしたね。
>ジェンダー理論は敵をののしるには便利でも、味方を理解するのは不得意のようだ。
で、合点がいきました。上野さんも枯れちゃったなぁなんて思ってたので。本音としては、下火になってる自分たちの運動のテコ入れに利用したかったんじゃあ無いのかな。諦めたと思うけど・・・。

男性は、お役ごめんになったけど昔のよしみでたまに合って貰うパトロン、って感じでした。松井さん賞賛の番組に出てくる男性って似たような人が多いですね、例の画商さん以外は。
2008.06.13[Fri]  投稿者:チッチョ  編集  Top▲

あんまり松井氏に噛み付いても…

流石に世間の評価って点じゃ、今ひとつの松井氏で、あんまり躍起になって批判しなくても、そのうち「ライフスタイルを提案するタレント」みたいなものになって終わると思うよ。
このヒトは、下手、というよりもともと美術に向かないんじゃないかと思う。
自画像の解説見たけど、非常に説明的で、それがそのまま絵画になっている。これは美術としては「もっともいけないこと」で、これが通用するのは高校生とかの素人美術。
堂々たる芸術家は自作の解説はしないか、「まったく意味不明」であるべき。
知りうる限り「まったく意味不明」なのはマルセル・デュシャンで、このヒトの自作解説は「非常に合理的」だが、作品自体の力動とは「まったく逆の」解説をしている。さらにすばらしいことに(悪いことに)、彼自身が自分の解説が正しいことをかなり真剣に信じているらしいのである。
だいたい、芸術というのは解説できるなら、ただ単にコメントとして成立させればいいもので、それが不可能だから、作品にするわけで、そういう「語り」に縋って作品が出来上がってしまっている以上、二流なわけだと思う。

グロテスクとかデカダンスには「生きること」の飽くなき欲望が潜んでいるわけで、松井氏の絵画はどう見ても「生きることの欲望が潜んでいる、という説明」を超えることができない「絵解き」のようなものになっている。「死んでいるものが生きている」ということが感じられない、それが松井氏の絵画への批評のすべてだと思う。

絵画というのは難しいもんだ。
2014.12.28[Sun]  投稿者:おもしろいのでちょっと投稿  編集  Top▲

TRACKBACK

スポンサーサイト のトラックバックアドレス
http://petapetahirahira.blog50.fc2.com/tb.php/245-8903053a
 ⇒ この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)

松井冬子と上野千鶴子

あんまりだからメモだけしておく。
ほかでもない、NHK ETV特集"醜いもの 美しいこと~日本画家 松井冬子の試み~"のことだ。おくればせながら、YouTubeで見たが、予想以上に酷いできだ。いったいNHKのディレクターはどうしたというのだ。自暴自棄になったのか。

対談相手は上野千鶴子氏(東京大学大学院社会学部教授)、山下裕二氏(明治学院大学文学部教授)、布施英利氏(東京芸術大学准教授)で、三人とも、松井芸術の神髄を聞き出そうとするのだが、そのとってつけたような質問と、とんちんかんな応答で、お気の毒に三人はバカ丸出し状態だ。

圧巻は上野千鶴子氏との対談だろう。なんでこんな人選をしたのか不明だが、たぶんジェンダー理論でマッチョたちをバッサバッサ斬ってもらうためだろう。ジェンダー理論というのは文化相対主義のヴァリエーションで、それを絵画や映像に応用したのが表象文化論だ。簡単に言えば深読みして、何でもかんでも性差別に結びつけるというのだから、屁理屈とレトリックのさえが大切だ。でも、上野先生、ぜんぜんさえていない。

オーディヤンス、オーディヤンスというのでなんか関西弁でいってるのかと思ったら、どうもaudienceのことらしい(たんなる推測)。もっとほかのフランス直輸入のキーワードをちりばめた方がいいのに、これじゃ松井冬子のナルシシズムと似たようなものだ。それより、ジェンダーと言ったあとに、脱ジェンダーと言ってみたり、いったいどっちなんだといいたいが、たぶん文化相対主義だから、どっちでもかまわないのだろう。

松井氏の美貌にたいして上野氏の知性と言いたいのだろうが、そうは問屋がおろさない。二人の知性は似たり寄ったり、スピーカーのそばにマイクロフォンを置いたように、お互いの**が増幅して困った事態に陥ってる。いつのまにか上野氏はカウンセラーになって、自分の理論どおりに松井氏に答えさせようと、「その答えじゃ満足できない」と言い出す始末。上野氏はメモをみながら質問しているのだから、あらかじめ打ち合わせをしているはずだが、松井氏そんなことはすっかり忘れている風で、上野氏の質問が理解できないのか意味不明の答、二人の会話はいっこうにかみ合わない。上野氏も臨機応変に質問すればいいのだが、ジェンダー理論は敵をののしるには便利でも、味方を理解するのは不得意のようだ。

とにかく上野氏の出した診断は「自傷系アート」だ。近頃のアートにはそういうジャンルがあるらしい。この言葉を聞いて、『GOTH-ゴス-』(横浜美術館)展で見たピュ~ぴるの作品を思い出した。これは性同一性障害者のピュ~ぴるのSRS手術や自傷行為風の変装化粧などを写した写真作品で、自分のアイデンティティを回復する物語なのだろうが、同じ意味で、松井氏の内臓絵画にも自傷的なナルシズムの側面があるのだろう。

そう思うのは、記事にコメントをくれた人のなかに、松井氏の絵を見て癒されたという女性が多くいたからだ。たぶんある種の人々にとって、松井氏の絵は「癒し系」なのだ。クリスチャン・ラッセンのイルカの絵を見て癒される人がいるように、松井氏の内臓むき出しの自傷系アートを見て癒される人もいる。そういう目的で絵を見るひともいるだろうが、私には気持ち悪いだけだ。

自傷系が癒し系の変種であることは、手近の精神分析の本をよんでください。
それから、語りの吉行和子(女優)の声は岸田今日子の声みたいでやりすぎではないか。

『松井冬子の自画像』へ
2008.04.28[Mon] Post 18:40  CO:6  TB:0  -松井冬子  Top▲

COMMENT

NAME

SUBJECT

BLOG/HP

PASSWORD

COMMENT

SECRET: ※非公開コメントにしたい場合はBOXにチェックをして下さい ⇒ 

SUBMIT: 送信 

lalaa

そう思うのは、記事にコメントをくれた人のなかに、松井氏の絵を見て癒されたという女性が多くいたからだ。たぶんある種の人々にとって、松井氏の絵は「癒し系」なのだ
2008.05.01[Thu]  投稿者:winsock  編集  Top▲

反論

別に美術はシロートなんですが、反論をいくつか。

たしかにデッサンは崩れている感があるし、
実際に、ややデッサン能力は落ちるのカモしれない。

が、可能性として、わざと崩している可能性は否定しきれない。
たぶん上手くても、題材と構図から言って、あのように書いただろうし、それは謎になる。

デッサンのアプローチ(目的と方法論)自体が根本から違うのカモしれない。

構図は抜群だ。

それと見せ掛けのデッサン能力は、整合していない。
わざとだと思うが。

--------

位置づけについてだが、
明治以降のニホン絵画界はさんたんたるありさまだったと思う。

あれじゃあ、デッサンも糞もないだろ?
きゅびずむもどきのまったく理解してないようなものが
評価されて残っている。


多少見るべきところは東山画伯で、冬子自身、影響はけっこうあるような気がする。後継者と言ってもいいカモしれない。


そのようなゆがんだ状況の中で、
たとえば、手塚のような漫画家の足跡は重要だと思うし、
俺は趣味じゃ無いが、村上とかの価値は俺は認める。


冬子もたいへんな値段が付くだろう。20年後くらいに。

それは、コマーシャリズムのせいでは無い。
むしろ、安くなるような自虐的なテーマと表現ばかりしている、
と言うことだ。

ふつうに何かふつうのテーマを描かせてみろ。
たまげるぞ。
たいへんな値が付く。









2008.06.02[Mon]  投稿者:Loopおやじ  編集  Top▲

女教授について

あと、あの女教授は、かなりの知能と見識の持ち主。

ふつうの女教授のレベルは超えてるよ。

あの教授が言いたいテーマについて、ちゃんと議論できるのは
俺くらいだろう。なんちって。

あまり、ぼろぼろヌード写真公開じゃあるまいし、
ストレートに言えることばかりじゃない、ってことだ。

理解できないから、もやもやしてるんだよ。キミは。

俺が言いたいのは実はそこ。
理解を超えたところ、何も高尚とかそおいう意味じゃ無い、
そおいう部分を適当に言わないほうがいいと思うが。
2008.06.02[Mon]  投稿者:Loopおやじ  編集  Top▲

社会学も精神分析も学問ではありません。おかしなコメントがだんだん増えています。**の見本として削除しませんでした。一週間後に両松井のコメントは削除します。それでもだめならコメント欄を閉鎖します。 
2008.06.02[Mon]  投稿者:安積  編集  Top▲

映像の対談はしない方が・・

この対談、ぎくしゃくした感じでしたね。
>ジェンダー理論は敵をののしるには便利でも、味方を理解するのは不得意のようだ。
で、合点がいきました。上野さんも枯れちゃったなぁなんて思ってたので。本音としては、下火になってる自分たちの運動のテコ入れに利用したかったんじゃあ無いのかな。諦めたと思うけど・・・。

男性は、お役ごめんになったけど昔のよしみでたまに合って貰うパトロン、って感じでした。松井さん賞賛の番組に出てくる男性って似たような人が多いですね、例の画商さん以外は。
2008.06.13[Fri]  投稿者:チッチョ  編集  Top▲

あんまり松井氏に噛み付いても…

流石に世間の評価って点じゃ、今ひとつの松井氏で、あんまり躍起になって批判しなくても、そのうち「ライフスタイルを提案するタレント」みたいなものになって終わると思うよ。
このヒトは、下手、というよりもともと美術に向かないんじゃないかと思う。
自画像の解説見たけど、非常に説明的で、それがそのまま絵画になっている。これは美術としては「もっともいけないこと」で、これが通用するのは高校生とかの素人美術。
堂々たる芸術家は自作の解説はしないか、「まったく意味不明」であるべき。
知りうる限り「まったく意味不明」なのはマルセル・デュシャンで、このヒトの自作解説は「非常に合理的」だが、作品自体の力動とは「まったく逆の」解説をしている。さらにすばらしいことに(悪いことに)、彼自身が自分の解説が正しいことをかなり真剣に信じているらしいのである。
だいたい、芸術というのは解説できるなら、ただ単にコメントとして成立させればいいもので、それが不可能だから、作品にするわけで、そういう「語り」に縋って作品が出来上がってしまっている以上、二流なわけだと思う。

グロテスクとかデカダンスには「生きること」の飽くなき欲望が潜んでいるわけで、松井氏の絵画はどう見ても「生きることの欲望が潜んでいる、という説明」を超えることができない「絵解き」のようなものになっている。「死んでいるものが生きている」ということが感じられない、それが松井氏の絵画への批評のすべてだと思う。

絵画というのは難しいもんだ。
2014.12.28[Sun]  投稿者:おもしろいのでちょっと投稿  編集  Top▲

TRACKBACK

松井冬子と上野千鶴子 のトラックバックアドレス
http://petapetahirahira.blog50.fc2.com/tb.php/245-8903053a
 ⇒ この記事に対してトラックバックを送信する(FC2ブログユーザー)

Log in*/RSS*】  Design 「AZ+」Plugin Template...  Page Top▲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。