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もとは美術展評のブログ 絵画と映画と小説と、そして哲学を少々

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生々流転については、松岡正剛が山水思想の中で「雪舟の山水長巻と並ぶ日本美術史上最も重要な絵巻」と言ってたのですが、描写のレベルが比較にならず、失望しました(というか「やっぱり」という感じでした)。
私は、松岡正剛の、文人画や水墨画を「日本画」から切り離したのは誤りだったという指摘には賛成ですが、近代以後の「日本画」というものに対する評価は正反対です。
また、同書の中で、日本画家を和食の職人に例えていますが、「日本画」という、事実上たった一人のアメリカ人のお好みによって範疇を指定された絵画は、近代以前からの継承を意味する「日本食」や「和服」とは全く別の概念でしょう。
このような現象について、私たちは、「日本画」に限らず、そもそも「日本の近代絵画」とは何だったのかを考える必要があると思います。
・・・しかし、何度も長ったらしいコメントを書いては申し訳ないので、それはまた次の機会に譲りたいと思います。
ただ、私の見かたでは、元凶はむしろ、先に発生した、「洋画」と呼ばれる西洋絵画のまがい物(?)の方にあるのですが・・・・

まあここは筑紫の番組で「日本画無敵!!」と息巻いてた松井冬子さんに期待(?)しましょう・・・
ところで、この展覧会をご覧になったでしょうか?
http://www.momak.go.jp/Japanese/exhibitionArchive/2006/351.html
2008.04.06[Sun]  投稿者:ヒドラ  編集  Top▲

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ヒドラさん 松岡正剛が新日曜美術館の甲斐庄楠音特集に松井冬子と一緒にでたとき、たぶん松井と比較したからでしょう、ずいぶんと物ののわかった人だという印象でしたが、『千夜一冊』の中村宏論他を呼んでいらいあまり信用していません。編集者だから、たぶん読者がすきそうなポイントをつかむのが上手いだけだとおもいます。
 洋画については、目下勉強中です。先日のルノワール展を見て、黒田清輝のヌードがなにかぜんぜん違うんじゃないかとおもいました。
 それと前回のコメントにあったルソーと安井のデッサンのことはかねがね気になっていたので、ヒドラさんの説明は面白く思いました。
 去年の『国立ロシア美術館展』をみて、ロシア人も日本人と同じようにパリに絵画を学びにいったわけですけれど、両者はどう違うのか理解しようと注意してみたのだけれど、素人にはわかりませんでした。もちろん絵の具を塗るというところからして日本人はだめなような気がしますが、それにしても日本人はいろいろ頑張ってきたんだなぁというきがしました。(去年「異邦人のパリ」や芸大などで洋画の展覧会がいくつかありました)
 それからご紹介の展覧会は見ていません。 
2008.04.10[Thu]  投稿者:安積  編集  Top▲

日本画という近代絵画について

東山魁夷を見て案の定うんざりし、他のコメント欄で古径や御舟を云々してらした方がいたので、帰りに山種によって、彼等の作品を見てきましたが、やはり一味違うように思いました。
最近、「美の巨人」で「小林古径」をやってて、その番組の中で見たのですが、彼が前田青邨とともに(岡倉天心の命で)大英博物館にある中国の古典作品を苦労して模写し、高古遊糸描という中国の古典的リアリズムの描線をものしたということでした。
そういえば、高階秀爾の本に、日本画第一号の狩野芳崖の非母観音が、俗に洋画の影響を受けたと言われるが、それは間違いで、実はボストン美術館にある中国画を参考にして描かれた、ということが書かれてました。
古径の線や御舟の蜘蛛の巣は、確かに魅力的であるのですが、彼等に限らず、こうした日本画(という近代絵画)の描線は、江戸時代以前の日本の伝統絵画の線とは、何かが違うような気がします。
フェノロサや天心は何を考えていたのか?
日本に輸入した近代洋画に反発しながらも、それを反映し、同時に日本画という新しい近代絵画に「東洋風味」を与えるために、中国の古典のリアリズムの描法を再輸入したのでしょうか。
このことと、水墨文人画を、中国画の如くあつかって、日本画と切り離したことと、何か関係があるのでしょうか?

2008.06.02[Mon]  投稿者:ヒドラ  編集  Top▲

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横山大観

『横山大観-新たなる伝説へ』

 まさかと思ったが、国立新美術館には長蛇の列が出来ていた。この人気はいったいどこから来るのだろう。日本人が好きな《ルノワール展》(Bunkamura)だってこんなに混んではいなかった。

 団塊の世代より年齢が上の人たちだろう、芸術愛好家というより書画骨董の好事家ではないか。といっても、蒐集家というわけではなく、家に床の間があって、ときどき掛け軸を取り替えている人たちだろう。いまでも掛け軸は新聞の通信販売で見かけるから、まだ需要はあるのだろう。「なんでも鑑定団」を見れば、そういう人たちがまだ大勢にいることがわかる。

 じつは、あまりよく日本画を理解していない。ただ、洋画とおなじように鑑賞しているだけなのだが、ただ、一度だけ、日本画に目を奪われたことがある。以前にも書いたことだが、東京国立博物館で富士山の絵だけ集めた展覧会があって、そのとき展示してあった横山大観の富士山に感動したのだ。というは、おそらく北斎の《冨嶽三十六景》のあと、退屈な富士山ばかりを見せられて、ちょっと飽きてしまったときに、とつぜん大観の冨士山があったからだ。たしか、反対側にサントリー美術館所蔵のススキが茫々とはえた現代的な面白い冨士山があったのだが、大観の冨士山はそんなものとは比較にならないほどすばらしかった。

 といっても日本画の面白さは、大胆な構図や図案化そして余白の美しさなど、デザインの面白さであって、これは北斎展でも若冲展でも感じたことだが、襖や屏風の絵柄としてはともかく、絵画として鑑賞するにはどこか欲求不満が残るのだ。

 日本画といっても、東山魁夷や平山郁夫の絵はとても日本画といえるものではなく、東山の構図は写真もどきだし、平山の構図はイラストであって、両者ともに、日本の絵の伝統的な省略や余白の美しさがあるとはとてもいえない。皇居の晩餐会で主賓のうしろに見えるのが東山の『皇居新宮殿壁画』だと思うが、なんか安っぽくて、あれが日本の代表的な建築の内装だと思うと情けなくなる。

 それと日本画と洋画のボーダーレスの世代といわれる若い画家たちの作品は、もちろん日本画ということを気にせずに見ればいいのだから、放っておくとして、それなら、日本画というものがもしあるとすれば、それは横山大観にこそあるだろうと、ひとまず勝手に決めて、大観展にやって来たのだ。大観に日本画の面白さがなければ、もともと日本画の面白さなんかどこにもなかったということだ。そう決めて、やってきた。

 さて、大観を見た。つまらなかった。国立博物館でみた富士山の絵があったかどうかわからない。横浜美術館の『日本画から/日本画へ』展でみた《霊峰不二》はなかった。大観は戦争中たくさんの冨士を描いたそうだが、とくに感心するものはなかった。学生時代の模写習作はとてもうまいとはいえない。《仏頭写生》は何んだかちぐはぐで気が萎えた。

 それでも《村童観猿翁》や《屈原》など初期の絹本着色の絵は、面白いとは言えないけれど、素人目にはそれなりに上手に見える。しかし、その後の紙に描いたものは《貴撰山》がデザイン的に目を引いたぐらいで、あとは私には上手いのか下手なのか判らないけれど、たぶん下手なのだと思う。

 《海に因む十題》で描かれた波には、図案化された波と写実的な波の両方があるのだが、図案化されていない波は、まったく正視にたえないような稚拙な波である。たぶん大観は波ばかりではなく、雨や滝や川などの水の流れが描けなかったというより、善意に解釈すれば、いわゆる朦朧体の描法が写実と図案のどっちつかずになってしまったのだろう。朦朧体に関しては、菱田春草のほうが大観よりも線描との総合を実現していたようにおもえる。(いま、カタログで大観の水の描写を確かめていたら、最後の方に、みごとな瀑布奔流の絵があった。なんだ大観も水の流れが描けるじゃないかとよく見たら、特別出品の《五龍図巻》伝・陳容だった。気づかなかった。)

 《生々流転》は人が展示ケースにへばり付いて密集していた。隙間を見つけてのぞいたけれど、とても鑑賞するような状況ではない。四十メートルあるそうだが、とびとびに見て、面白くないのを確認したあとは反対側の壁に展示してある写真版を見て済ました。

 大観はつまらなかった。約束にしたがって、大観がつまらないのではなく、そもそも日本画がつまらないというのが結論である。

 もちろん、大観のつまらなさにもいろいろなつまならさがある。たとえば、泰西の宗教画歴史画を鑑賞するために図像学がひつようなように、中国説話の図像学の知識がなければ、大観の絵はつまらない。とはいっても、図像学の知識で絵を読むのが、絵の正しい鑑賞の仕方かどうかは自信がない。《游刃有余地》は、『庖丁解牛』の話を知っていたが、だからといって、この絵が特別面白くなったわけではない。

 あるいは、日本画のメディウムが図像の三層構造を有効に利用するには適していないということもある。ヨーロッパの絵画は、モダニズムも含めて、その根本にリアリズムがある。しかし、日本画には写実だけではなくいわゆる「写意」の伝統があり、水墨画や南画には、絵を描くことは瞑想であり、心の修練だという考えがある。《生々流転》はその代表だろうが、それでは独りよがりにならないか。工芸でも美術でもなく、風流ということか。

 そして日本画がつまらない何よりの理由は、日本画と洋画を分ける根拠が何も無いにもかかわらず、画材や主題の違いを参入障壁にして、排他的なマーケットを作っていることだ。傑作を描こうというインセンティブが減少し、傑作を描くより、マーケットに参入する資格を得ることのほうが大切になる。

 日本の近代美術史はよく知らないが、岡倉天心や横山大観の画壇での争いはたぶんマーケットを巡る争いだったのだろう。いわゆる朦朧体も芸術の問題というよりも、追い出されたマーケットに再び参入するために天心が考えた出した新しい商品だったのだ。それが、敵の朦朧体というネガティブ・キャンペーンに晒されたということではないか。それでも、菱田春草は印象派の光をとらえようと研鑽したが、大観は画壇で出世するに従っていい加減な絵を描くようになったのではないか。それが、戦争中の富士山の絵だ。

 ちょっと長くなったので、これで横山大観展についてはいったん終わりにする。日本画についてはあらためて考えたい。
 最後に一言、横山大観に比べれば、松井冬子のほうがずーっとましだ。すくなくともエンターテイナーではないか。

 日本画がつまらないのか、大観がつまらないのか、おまけして星一つ半★☆
2008.03.24[Mon] Post 03:30  CO:3  TB:0  美術展評  Top▲

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生々流転については、松岡正剛が山水思想の中で「雪舟の山水長巻と並ぶ日本美術史上最も重要な絵巻」と言ってたのですが、描写のレベルが比較にならず、失望しました(というか「やっぱり」という感じでした)。
私は、松岡正剛の、文人画や水墨画を「日本画」から切り離したのは誤りだったという指摘には賛成ですが、近代以後の「日本画」というものに対する評価は正反対です。
また、同書の中で、日本画家を和食の職人に例えていますが、「日本画」という、事実上たった一人のアメリカ人のお好みによって範疇を指定された絵画は、近代以前からの継承を意味する「日本食」や「和服」とは全く別の概念でしょう。
このような現象について、私たちは、「日本画」に限らず、そもそも「日本の近代絵画」とは何だったのかを考える必要があると思います。
・・・しかし、何度も長ったらしいコメントを書いては申し訳ないので、それはまた次の機会に譲りたいと思います。
ただ、私の見かたでは、元凶はむしろ、先に発生した、「洋画」と呼ばれる西洋絵画のまがい物(?)の方にあるのですが・・・・

まあここは筑紫の番組で「日本画無敵!!」と息巻いてた松井冬子さんに期待(?)しましょう・・・
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2008.04.06[Sun]  投稿者:ヒドラ  編集  Top▲

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 洋画については、目下勉強中です。先日のルノワール展を見て、黒田清輝のヌードがなにかぜんぜん違うんじゃないかとおもいました。
 それと前回のコメントにあったルソーと安井のデッサンのことはかねがね気になっていたので、ヒドラさんの説明は面白く思いました。
 去年の『国立ロシア美術館展』をみて、ロシア人も日本人と同じようにパリに絵画を学びにいったわけですけれど、両者はどう違うのか理解しようと注意してみたのだけれど、素人にはわかりませんでした。もちろん絵の具を塗るというところからして日本人はだめなような気がしますが、それにしても日本人はいろいろ頑張ってきたんだなぁというきがしました。(去年「異邦人のパリ」や芸大などで洋画の展覧会がいくつかありました)
 それからご紹介の展覧会は見ていません。 
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日本画という近代絵画について

東山魁夷を見て案の定うんざりし、他のコメント欄で古径や御舟を云々してらした方がいたので、帰りに山種によって、彼等の作品を見てきましたが、やはり一味違うように思いました。
最近、「美の巨人」で「小林古径」をやってて、その番組の中で見たのですが、彼が前田青邨とともに(岡倉天心の命で)大英博物館にある中国の古典作品を苦労して模写し、高古遊糸描という中国の古典的リアリズムの描線をものしたということでした。
そういえば、高階秀爾の本に、日本画第一号の狩野芳崖の非母観音が、俗に洋画の影響を受けたと言われるが、それは間違いで、実はボストン美術館にある中国画を参考にして描かれた、ということが書かれてました。
古径の線や御舟の蜘蛛の巣は、確かに魅力的であるのですが、彼等に限らず、こうした日本画(という近代絵画)の描線は、江戸時代以前の日本の伝統絵画の線とは、何かが違うような気がします。
フェノロサや天心は何を考えていたのか?
日本に輸入した近代洋画に反発しながらも、それを反映し、同時に日本画という新しい近代絵画に「東洋風味」を与えるために、中国の古典のリアリズムの描法を再輸入したのでしょうか。
このことと、水墨文人画を、中国画の如くあつかって、日本画と切り離したことと、何か関係があるのでしょうか?

2008.06.02[Mon]  投稿者:ヒドラ  編集  Top▲

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