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宇治山哲平(アウラ度と大家度)

二つの項目を追加する。アウラ度大家度である。アウラ度は複製不可能度であり、大家度はそのまま恍惚度である。

スレッド:絵画 / ジャンル:学問・文化・芸術

*
 少し前に、庭園美術館に宇治山哲平展を見に行った。玄関前に行くと、ポスターが掲示してあり、そのあまりに平凡なイラスト風の図柄に、帰ろうかと思ったが、まあ、ここまで来たのだからと、中にはいると、正面に大きな絵があった。息をのんだ。ぜんぜん別物なのだ。

 大きさもあっただろう。でも、それだけではない。写真では再現できないアウラがあるのだ。
図形の微妙なズレと歪み、それと、絵の具に混ぜた水晶の輝きが、写真ではうまく再現できないということだ。

 写真ではうまく再現できないものがある一方、写真で撮った方がかえって、良くなる作品もある。吹田文明の版画はその例である。彼の作品には、木版画特有の薄ぺったい感じがあるのだが、それが、写真に撮ると、消えてなくなる。

 あるいは藤田嗣治のようなイラスト風の絵は、写真と実物で、それほどの変わりがないものもある。

 最近では、印刷物が最終的な作品と考えるアーティストも増えてきたので、アウラ度が必ずしもプラスの評価とはいえない。コピーの問題は現代芸術では重要な問題なので、いずれ考えていかなければならない。

 次に、恍惚度あるいは大家度である。これは、絹谷幸二展を見たときに、必要な項目だと思った。あの太陽だらけの真っ赤な絵は、どう見ても大家の気のゆるみとしか思えない。

 新日曜美術館で、絹谷は、作品に最後の筆を入れるところ撮らせていたが、筆は絵に触れていないし、第一アフレスコ画は乾く前に絵の具を塗らなければならない筈だ。もちろん、絹谷が新しいアフレスコ画の技法を開発した可能性もあるのだが。でも、平山郁夫も同じようにNHKのカメラの前で最後の筆を入れていた。

 というわけで、アウラ度と大家度を評価項目に付け加えます。

 わたしのすべての評価項目は、素人が絵を楽しむためのものであり、芸術とは関係ありません。

[絹谷幸二展評へ]http://petapetahirahira.blog50.fc2.com/blog-entry-7.html
2006.05.21[Sun] Post 21:40  CO:0  TB:0  美術展評  Top▲

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