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年金不信

 昨日、新聞を読みながら、朝のワイドショーを見ていたら、コメンテーターの寺島実郎が、年金のことで、公約かどうかはもういいから、誰が入力したのか、データがどう合わないのか具体的に精査して責任を明らかにしなければならないと、しごくあたりまえの意見を言ったら、隣に座っていた江川紹子が、すぐに寺島の言ったことを否定するように、首相の言葉は軽い、公約は公約だから、それがいい加減では、私たちは何を信じていいのか分からなくなるとお茶の間の正義を振り回したのには驚いた。ジャーナリストの言葉はかくも軽いものらしい。
 わたしは年金の名寄せの話を聞くたびに、いったいデータ・ベースのシステムはどうなっているのか誰も説明してくれないので、イライラが募った。開発を請け負った会社にちゃんと説明させたらいいじゃないか。あるいはジャーナリストが調べればよい。
 データ・ベースを構築するときは、あらゆることを想定して作るのだろう。作った後も試用しながらチェックするのだろう。たとえば、名前はカタカナで入力するようになっていて、漢字の読み方を間違えると名寄せができなくなるというが、これはおかしな話で、名前だけで名寄せをするなら、同姓同名の人間なんてごまんといるのだから、たとえ読み方が正しくても名寄せなんかできっこないだろう。それに戸籍は漢字だけで読みがないのだから、住民票とも突き合わせることも出来なくなる。どうやって身分証明をするのだ。
 昔の運転免許書は姓名がカタカナのデータで書かれていたが、正しい読みではなく、漢字が判るような読みで入力されていた。いまは漢字のデータになっているだろうが、変換は簡単に出来たろう。それで面白い話があって、10年ほど前にスピード違反で捕まったことがある。そのとき運悪く、免許書も携帯していなかった。それで、新米の婦人警官が無線電話で確認してくれたのだが、見つからないという。免許は何処でとったのか、というので東京の鮫洲だといっても、おかしいなと言いながら、名前や生年月日をなんども確認していたが、年配の警官に地方に住んでいたことがないかと聞かれたので、ないと答えて、いったいどうしたのかと聞くと、同じ名前でおなじ生年月日のひとが福島県にいるというのだ。名前の読みはありふれたものだが、同じ旧漢字をつかった名前はこれまで見たことがないので、くだらないことだが、ちょっと感動した。
 免許は結局わたしが海外にいたため失効し、再度外国の免許書から日本国の運転免許書を取得したことになっていたので、コンピュータで確認できなかったというのだ。ちょっと納得できない話だけれど、番号がわかればすぐに確認できただろうに。それはともかく、私と福島のひとはどうやって区別するのだろう。
 ここまで書いて放って置いたら、きょう(12/17)の「産経ニュース」に以下の記事が載った。

なぜ特定困難?
 社会保険庁が発表した5000万件の内訳によると、照合プログラムで基礎年金番号と統合可能な記録は全体の2割の1100万件だ。これに対して、4割にあたる1975万件は手作業で手書き台帳などにさかのぼらなければならず、そのうち945万件は、手書き台帳と照合したとしても統合が困難であることが分かった。
 どうして、多くの記録の統合困難となったのだろうか。社保庁によると945万件の大半は、(1)社保庁職員のオンラインシステムへの入力ミス(2)加入者が就職条件をクリアするために氏名や年齢を虚偽申請(3)企業が節税対策で架空の人物を届け出ていた(4)海外に移住したり、かつて日本で働いていた外国人の記録-とみられるという。
 (1)の場合、データのどの部分が間違っているのかが分からず、無理に類推すれば別人の記録と混同する可能性も高まる。(2)と(4)は、本人や企業からの申し出がない限り手がかりをつかむのは難しい。(3)は、持ち主が現れるはずもない。
 945万件以外も統合作業が簡単だとは言い難い。社保庁は照合プログラムの一致条件を広げるなどして、さらに調査を行うが、最後は手書き台帳との照合が必要だ。ところが、手書き台帳には戦災で焼失したり、劣化で判読不能になっているものもあるためだ。
 死亡とみられる280万件や結婚で姓が変った510万件は、記録確認を促す「ねんきん特別便」の送りようがない。社保庁は自治体の広報などで呼びかけるが、遺族年金などの仕組みを詳しく知らない人は少なくなく実効性は未知数だ。


これも社会保険庁の言い訳を一方的に書いているだけではないか。
そもそも、データがデタラメなのに(1)、どうして(2)や(3)や(4)だと分かるのか。推量しているだけだけだろう。死亡や結婚だって推量だろう。戸籍あるいは住民票と照合できなければ死んだか結婚したかわからないではないか。たとえば、150歳だから死んでるはずだといっても、その生年月日が正しいかどうか判らないのだ。それに(2)(3)(4)と推定しているものに、入力ミス(デタラメ入力のこと)がないとどうして判るのか。
 ようするに国民背番号制に反対したからこうなったのだ。どうして反対するのかわからない。レンタル・ビデオ店ではこんなデタラメはやっていない。免許書を身分証明書にしている。そうしなければ損をするからだ。近頃、損をしない金融機関も、口座を開くときにも身分証明を要求する。本当はしたくないのだが、税務署や監督官庁がうるさいから仕方ない。しかし、金を貸すときは昔から身分証明がにうるさかった。レンタル・ビデオ店と同じで、貸すときは損しないように注意する。ところが、社会保険庁は誰も損はしないのだ。かっての郵便局の口座開設と同じだ。
 とまで書いたら、夜にNHKスペシャルで「取り戻せるか年金記録」という番組をやっていて、デタラメはコンピュータ記録以前の紙台帳のときからで、年金番号は、ちゃんと身元を確認して、一人に一つではなく、適当にやっていたらしい。それが名前なしで社会保険庁に送られて、番号でデータを合わせをしていたらしい。それでうまく合わないと、確認のために社会保険事務所に戻されるが、驚くことに、確認が面倒だと言って放り出してあったといのだ。元の上役が(たぶん自治労を怖がって)「確認作業をしろといえなかった、ひとがいやがることは無理にやれとは言えないでしょう」だって、これって福田総理の靖国参拝拒否の言い訳と同じだ。
 もう細かいことは面倒だから言わない。でも、だれも言わないけれど、自治労と出向と天下り、そして政治家の腐敗だけではなく、ソフト開発会社の腐敗が必ずあると言うことを忘れてはいけない。こんなデタラメなコンピュータシステムを納入した会社はかならず汚職をしていると考えなければならない。 以上、もう年金のことは考えるのもいやだ。社会保険庁の解体は必ずやってもらいたい。でも、福田じゃだめだろうな。











2007.12.17[Mon] Post 02:34  CO:0  TB:0  美術展評  Top▲

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