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もとは美術展評のブログ 絵画と映画と小説と、そして哲学を少々

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茂木クオリア批判を書きました

どうも、始めまして。検索で来ました
茂木クオリア批判を書きましたので、良かったらどうぞ。リンク先の記事はもともとクオリア解説を意図して書いたのであって茂木批判が目的ではないので、記事中では茂木氏の名前にはわざと直接言及していません。
日本の俗流クオリア論を撃破する http://d.hatena.ne.jp/deepbluedragon/20071114/p1
2007.12.02[Sun]  投稿者:蒼龍  編集  Top▲

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蒼龍さん 「日本の俗流クオリア論を撃破する」を読ませて頂きました。納得です。
2007.12.05[Wed]  投稿者:安積桂  編集  Top▲

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読ませるブログなのでもう少し文字が大きいといいです。この大きさですとかなりのストレスになります。
2009.05.12[Tue]  投稿者:-  編集  Top▲

Re: No Subject

もう少し文字を大きくしたいとはおもうのですが、どうして良いか分からないので、初期設定のままです。なんとかしてみます。
2009.05.13[Wed]  投稿者: 安積 桂  編集  Top▲

No Subject

茂木健一郎のインパクトファクターを調べてみてください。
彼自身のホームページにも論文業績一覧が掲載してありますが、とても大学教授と呼べるほどの業績はありません。東京工業大学にも多額の寄付か何かすれば企業(SONY研究所)の代表として連携教授にはなれるはずです。

論文が掲載された雑誌のクウォリティーは、全く持ってお寒い限りです。
2009.09.30[Wed]  投稿者:-  編集  Top▲

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茂木健一郎

「養老孟司の脳タリン」からつづく

 というわけで、茂木のクオリアを批判しようと思ったのだが、ネットの世界では、すでに茂木がトンデモだということは常識になっているらしく、論点もでつくした感じで、いまさら、批判してもしょうがない気がする。
 ところが、このクオリアに騙される人が結構いる。茂木はこの疑似科学を人に信用させるために「アハ体験」という小道具を利用する。少しずつ変化するものは、気付きにくいのはあたりまえで、気付きにくいけれど、あとで教えられると、ビックリするほど大きな変化に見える、そんなトリックを認知科学と称して、自分があたかもクオリアの問題を解決できるかのごとく思いこませる。これって、おじいさんおばあさんを集めてやる催眠商法じゃないか。
 茂木の「クオリア・マニフェスト」は、怪しい会社の目論見書みたいで面白い。このあと出資を募りそうだ。
 茂木が意味の問題は情報理論でも自然科学でも理解できない指向性の問題だと言ってるのは正しい。しかし、心は物理的に説明できないといっているのに、いきなり、クオリアとニューロンの時空的発火パターンの間の相互関係の解明こそ心脳問題の解決だと宣言する。この人よっぽど宣言が好きなようだけれど、自然科学者としての問題設定が出来ていない。観察測定できるファクターがなければ、仮説を立て検証することができないではないか。ただ、あれでもない、これでもないと否定的な定義を繰り返すだけで、だからといって、現象学的還元をして、意味の志向作用を記述するわけでもない。
 もともと心身問題とは、意志や自由の問題で、思惟と延長という別の属性を持つ二つの実体の相互関係の問題だったのだ。我々は物体であるはずの身体を自分の意志通りに動かすことができる。しかし、目の前のリンゴは念力で動かすことは出来ない。精神と物体という別の実体がどうやって関係することができるのかということだ。これに関してはいろいろ哲学的議論があって、そのうちに、心理学や生理学という心と身体の両方に関わる学問が発達してきた。そして関心が自由意志の問題から認識などもっと広い精神活動の問題に移り、そして心身問題は心脳問題に変わったのだ。
 かって脳(松果腺)が精神と物質が連絡する場所だという考えがあったが、それは何の根拠もない話で、実際に心脳問題が科学的なテーマになったのは、大脳局在説からである。知覚や運動や言語機能に疾患がある人が死んだあと、脳を解剖すると、同じ疾患のある人は同じ脳の部位に腫瘍や損傷があることが発見された。そして、そのあと、腫瘍ばかりではなく、銃創などによる症例のデータが増えてくる。さらに、CTスキャンによる脳の断面像や微小電極法によるニューロン発火の観察によって、死体だけではなく、生きた患者の観察や動物実験が可能になり、さらにMRIやPETによる脳の解析が進み、大脳局在論はより精緻になった。
 それに伴って、心の方も言語や運動の機能ばかりではなく、より広い認知領域が研究されるようになり、脳機能の地図も細かくなってきたが、だからといって、心を物理的過程で説明出来るようになったかというと、そんなことは全然ないのであって、心身問題はデカルト以来の心身平行論からなにも変わっていないのだ。ただ、錯視や記憶などの複雑で面白い心の現象が明らかになり、脳のほうもそれに対応して細かく観察されるようになり、あたかも心と脳が物理的因果関係で繋がっているような誤解が生まれたのだ。
 意識を物理的過程で説明できないのは、まだ研究が進んでいないからではなく、原理的に出来ないのだ。脳の研究が精緻なものになって、心と脳の対応関係が解ってきたとしても、それはあくまで心脳平行論であって、「赤の赤さ」を知るには赤い色を見るほかない。
 意味とは意識の志向性であって、物理的過程ではない。物理的過程でないものを、物理的過程で説明することはできない。赤は波長 630-760nm近辺の光の色だということは一応はいえる。しかし、これは赤のクオリアを説明理解したことにはならないし、物理学上も主観的な感覚である色を物理的なデータに還元しても無意味である。たとえば、赤方偏移は物理的には波長が長くなるということであって赤という色とは本質的に関係がない。プリズムの光の屈折も同じように波長の問題で色とは関係がない。そういうわけで、クオリアは自然科学的に見れば無意味な現象といえるのだ。
 だからといって、クオリアがナンセンスというわけではない。心理学・生理学のレベルでは、色は観察可能な意味のある現象である。残像も錯覚もある。もちろんこれは原因結果の物理学のレベルではなく、刺激反応の生理学のレベルの話である。だから、光の波長の違いがどういう生理学的メカニズムによって色として感じるのか研究することは出来る。光の波長が錐体で電気信号に変換され、神経を伝わって、脳に至り、ニューロンの発火パターンになる(らしい)。その間もちろんいろんな酵素も作用するだろう。しかし、これは、すでに述べたように並行論であって、クオリアそのものの理解ではもちろんない。
 ところが茂木は奇妙なことをいう。「赤の赤さ」は光の波長で説明することはできないが、ニューロンの発火パターンで解明できるというのだ。そんなバカなことはない。どこまで行ったって心身並行論は心身並行論だ。たぶん、茂木はクオリアを理解していないのではないか。茂木は、赤のクオリアをニュートンのスペクトルの赤の赤さではなく、ゲーテがニュートンの光学に反対して持ち出したさまざまな色彩現象のことをクオリアと考えていたのではないか。補色とか残像とか、あるいは赤は情熱を表すといったような色の象徴的意味を含めたゲーテの「色相環」のことだ。もちろんこれもクオリアであることはクオリアなのだが、こういった拡張されたクオリア現象はもちろんダイレクトには光の波長では説明できない。たとえば、緑の残像で赤が見えるとき、波長630-760nmの光が目に入ってきたわけではないし、赤を想像しているときだってそうだ。あるいは緑の平面を見ながら赤を想像するコトも出来る。こういったことをクオリアというならば、確かに茂木のいうとおり「赤の赤さ」は光の波長で説明できないけれど、脳のニューロンの発火パターンなら説明出来るかもしれない。といっても、それはただ色彩現象と脳の対応が細かくなったというだけで、おなじように心身並行論であることには変わりない。知覚の赤と、残像の赤と、想像の赤を理解するには、それぞれの赤をそれぞれの意識の対象として記述しなければならない。
 茂木は、色彩現象をニュートンのスペクトルではなく、ゲーテの色相環で考えたから、光の波長で説明できないものが、ニューロンの発火パターンで説明できると主張するのだが、これは、ただ、赤と緑は違う色だということ、赤は赤く緑は緑に見みえるという主観的な感覚(基礎的な色のクオリア)の問題を、知覚した赤と残像の赤と想像の赤との違い、あるいは、赤は暖かく青は冷たく感じる(拡張されたクオリア)といった問題にすり替えているだけなのだ。
 もちろん錯視や想像や記憶の問題をニューロンの発火パターンで説明しようということは、自然科学的に無意味なことではない。それは色を光の波長で説明することとが無意味でなかったことと同様である。しかし、どちらもクオリアの問題を解決することはできない。同じ波長の光が目に入っているからといって、わたしの見ている赤と他人が見ている赤が同じ赤なのかどうか判らないことと同じように、発火パターンが一致したからといって同じ赤をみている証拠にならないのだ。
 茂木健一郎の詐欺性は、クオリアの哲学上の問題と自然科学上の問題を、(たぶん意図的にだと思うが)曖昧にしているだけではなく、いまのところ仮説実験観察に基づく検証可能性がない明確ではないニューロンの発火パターンという心身平行論的現象を持ち出して、無知な人々を騙していることだ。
 ちょっと言うのが恥ずかしいけれど、じつは、この文を書いているとき、どういう具合に終わらせようか分からなくて、茂木健一郎・他著「ペンローズの『量子脳』理論」を読んだ。宇宙論というのがドンデモの巣窟であることは近頃常識になってきたが、よりによってその代表者であるペンローズの「超天才的理論」でニューロンの発火パターンが解明できると茂木はいうのだ。まだ、なんにも分かっていないニューロンの発火パターンを、同じように矛盾だらけの予想でしかない量子論的宇宙論で解明できると言う。
 この「量子脳宣言」は、上に述べた「クオリア宣言」とおなじように、詐欺師が出資を募る目論見書同然の中身なのである。
 茂木はホームページで養老猛司のことを弁護しているが、二人は「何にでも、脳を持ち出すノータリン」ということでは同じ仲間なのだが、タイプはまったく異なる。養老には詐欺師的なところはない。ただの無知なおじさんなのだ。それに比べ、茂木は詐欺師の雰囲気やテクニックを身につけている。むかしの大道芸の蛇屋にそっくりなのだ。何にでも効く軟膏を売るのだが、毒のないアオダイショウかなんかに自分の腕を噛ませて軟膏で治療する。噛ませるといっても、歯でひっかき傷を作るだけなのだが、それでも腕に傷跡がたくさんあって、けっこう見ていて迫力ある。まあ、それはともかく、猛毒を持つハブに噛ませて軟膏で治してみせると繰り返し、そのたびに、ハブが入っているという麻袋を持ち上げて見せるのだが、結局、ハブなんか見せずに終わってしまうのだ。(たぶん、わたしの想像では、蛇屋は沖縄では営業しなかったと思う)
 ともかく、茂木はどう言いくるめたのかSONYの出井氏を騙してクオリアブランドを立ち上げたけれど、あれって霊感商法の壺と同じじゃないか。NHKも騙されたくちだ。クオリアだから芸術の質が分かると思ったのか、思わせたのか、たぶん後者だろう、芸術番組の案内人として起用し、おそろしく貧しいレトリックを全国に流している。もっともNHKはSONYと違って、もともと茂木的なものをもっているのだから、騙されたとはいちがいに言えないのかもしれない。(「大竹伸朗(1)」参照)
 というわけで、きりがないので、茂木の『クオリア宣言』の批判はおわりにします。
 「脳を持ち出すノータリン」を忘れないように。
 それから、茂木の「クオリア・マニフェスト」にアクセスできなくなっている。おもしろかったのになぁ。(アクセスできるようになっている。改訂版かどうか読んでいないのでわかりません10月13日)

PS:クオリアの哲学上の問題は、「わたしの見ている赤とあなたが見ている赤と異なるのではないか」という方法的懐疑ではなく、「自分の見ている赤とあなたの見ている赤は同じ赤である」という原始信念(Urglaube)の問題なのだ。これは他者、歴史性、言語(コミュニケーション)、身体性の問いであり、ひいては相互主観性の問題なのである。

2007.09.18[Tue] Post 23:58  CO:5  TB:0  和田盗作事件  Top▲

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茂木クオリア批判を書きました

どうも、始めまして。検索で来ました
茂木クオリア批判を書きましたので、良かったらどうぞ。リンク先の記事はもともとクオリア解説を意図して書いたのであって茂木批判が目的ではないので、記事中では茂木氏の名前にはわざと直接言及していません。
日本の俗流クオリア論を撃破する http://d.hatena.ne.jp/deepbluedragon/20071114/p1
2007.12.02[Sun]  投稿者:蒼龍  編集  Top▲

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蒼龍さん 「日本の俗流クオリア論を撃破する」を読ませて頂きました。納得です。
2007.12.05[Wed]  投稿者:安積桂  編集  Top▲

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読ませるブログなのでもう少し文字が大きいといいです。この大きさですとかなりのストレスになります。
2009.05.12[Tue]  投稿者:-  編集  Top▲

Re: No Subject

もう少し文字を大きくしたいとはおもうのですが、どうして良いか分からないので、初期設定のままです。なんとかしてみます。
2009.05.13[Wed]  投稿者: 安積 桂  編集  Top▲

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彼自身のホームページにも論文業績一覧が掲載してありますが、とても大学教授と呼べるほどの業績はありません。東京工業大学にも多額の寄付か何かすれば企業(SONY研究所)の代表として連携教授にはなれるはずです。

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2009.09.30[Wed]  投稿者:-  編集  Top▲

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