ART TOUCH 絵画と映画と小説と

もとは美術展評のブログ 絵画と映画と小説と、そして哲学を少々

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実は私も黒田アキの作品に出会った時、まったくわけが解らなくなった。しまいにはアートとは何か?物とは何か?表象とは?空間とは?価値とは?この作家は何じゃ?と。ジャコメッティは、はっきりと、「物」を創った。空間を切った。記憶に彼の存在を印した。大好きな作家だが、はたして黒田アキの作品は物なのだろうか?物を創る気は、さらさら無いという感じだ。
「答え」そう「言葉」、を求める私、私達・・・。意味を求める人間。「感動した!人生は素晴らしいな!世の中は奥深く、尊い、私はこの作品から何かを得た。」と思わせてくれるのが、美術だと、文学だと、宗教だと、思えば、黒田アキの作品はそのどれでも、ない気がする。哲学?と「線」。
 先日 本屋で黒田アキの新本を観た。「コスモガーデン コスモジャングル」というタイトルで、中を見て驚いた!解らない!ひどくカオティックである。目がきょとんとしてしまった。解らないのですぐ、後書きを読んだら、難しい言葉がずらりとならんでいる。
 立ち読みでは理解できないとわかり立ち去ったが、きっとまたその本を手に取りに行くだろうと思う。ある意味、簡単に消化・消費できる作家ではないようだ。
 
 そうだ、黒田アキの世界はパズルみたいだ。迷路。鏡の中の世界。遊ぶ気が無ければ何も起こらない。良くも悪くも見えない。入っていけば奥は深く、色々な事が起きる。そして最後にたどり着くのは、何処だろうか・・・。 
2007.05.18[Fri]  投稿者:MK  編集  Top▲

No Subject

はじめまして。
安積さんの鑑賞眼が無いということではなくて、鑑賞者がある一定の美学的評価を決めあぐねる現象それこそが、黒田の求めたモダニズム以後、それこそマティスよりもっと後期のモダニズム絵画に対して提出した解答だったのではないでしょうか。
見るたびに気持ちが変わるというようなことは作家にとっては願ったり叶ったりな事だと思います。
2007.08.11[Sat]  投稿者:hagu  編集  Top▲

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黒田アキ(2)

art@agnesで見て、ちょっと気に入っていた黒田アキの同じ絵が「アートフェア東京2007」のmori yu galleryに展示してあった。フェアのカタログに載っている"sans titre"2006という作品である。art@agnesでは床に置いてあったが、こんどはちゃんと目の高さに掛けてあり、正面から見ることができた。絵の下部に、お絵かきソフトのツールのように、白と黒の絵具を擦りつけたあとが四つ五つ並んでいると、前回書いたのは、年月日で、「2006.09.**」と読める。
 art@agnesの展評とき、黒田アキの評価は、他の作品を見てからと書いたのだが、"sans titre"を再度見て、ちょっとオシャレなポスターにしか見えなかった。はじめて見たときは、drawingとpaintingの緊張が関係が素晴らしいと思ったのだが、今回は、なんか気取ったテクニックだけが透けて見えて、あまり感心しなかった。
 随分といい加減な鑑賞眼だが、たぶんいい加減なのはわたしの目だけではなく、黒田の絵のほうもいい加減なのだとひとまず弁解しておくが、それにしても、近頃自分の絵を見る目に自信が持てない。しょっちゅう評価が変わってしまう。もちろん変わらないものもある。例えば、ジャコメッティやロスコやクレーの評価はあまり変わらない。彼等の作品の傑作と駄作を自分なりに区別することもできる。あるいは千住博の滝やシュヴィッタースのコラージュは誰がなんと言ってもつまらないと思う。ところが、黒田アキの"sans titre"のような絵になると、とたんに判らなくなる。オシャレだから人目を惹くし、ノンシャランに描いて、その遊び心が好感が持てる。少なくとも、村上隆のドブくんよりもキャラクターとして気が利いている。(尤もキャラクター商品としては図案化が足りないけれど)
 ということで、"sans titre"の評価を変えたのだが、それは、黒田の他の作品をみたからでもある。見たといっても、ネットで見ただけなのだが、なにかアール・デコ風(?)のデザイン画のようで、昔の日活映画で石原裕次郎が暴れたりするキャバレーのインテリアがこんな感じだった。それから、前回、黒田の絵をマチスの切り絵風と言ったけれど、それは間違いだ。マチスの切り絵には、色や形、平面と空間などにモダニスムの格闘があるが、黒田の絵には平面的な装飾デザインがあるだけだ。
 というぐあいに、どうも自分の鑑識眼に自信がなくなったけれど、それでも、この「ART TOUCH 美術展評」は、面白かツマラナイかまず絵を見て自分で判断するという方針には変わりない。"sans titre"は可愛くてオシャレな絵だと思います。
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2007.05.08[Tue] Post 23:56  CO:2  TB:0  -黒田アキ  Top▲

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実は私も黒田アキの作品に出会った時、まったくわけが解らなくなった。しまいにはアートとは何か?物とは何か?表象とは?空間とは?価値とは?この作家は何じゃ?と。ジャコメッティは、はっきりと、「物」を創った。空間を切った。記憶に彼の存在を印した。大好きな作家だが、はたして黒田アキの作品は物なのだろうか?物を創る気は、さらさら無いという感じだ。
「答え」そう「言葉」、を求める私、私達・・・。意味を求める人間。「感動した!人生は素晴らしいな!世の中は奥深く、尊い、私はこの作品から何かを得た。」と思わせてくれるのが、美術だと、文学だと、宗教だと、思えば、黒田アキの作品はそのどれでも、ない気がする。哲学?と「線」。
 先日 本屋で黒田アキの新本を観た。「コスモガーデン コスモジャングル」というタイトルで、中を見て驚いた!解らない!ひどくカオティックである。目がきょとんとしてしまった。解らないのですぐ、後書きを読んだら、難しい言葉がずらりとならんでいる。
 立ち読みでは理解できないとわかり立ち去ったが、きっとまたその本を手に取りに行くだろうと思う。ある意味、簡単に消化・消費できる作家ではないようだ。
 
 そうだ、黒田アキの世界はパズルみたいだ。迷路。鏡の中の世界。遊ぶ気が無ければ何も起こらない。良くも悪くも見えない。入っていけば奥は深く、色々な事が起きる。そして最後にたどり着くのは、何処だろうか・・・。 
2007.05.18[Fri]  投稿者:MK  編集  Top▲

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はじめまして。
安積さんの鑑賞眼が無いということではなくて、鑑賞者がある一定の美学的評価を決めあぐねる現象それこそが、黒田の求めたモダニズム以後、それこそマティスよりもっと後期のモダニズム絵画に対して提出した解答だったのではないでしょうか。
見るたびに気持ちが変わるというようなことは作家にとっては願ったり叶ったりな事だと思います。
2007.08.11[Sat]  投稿者:hagu  編集  Top▲

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