VOCA展に行った。去年のVOCA展は図像をいじくり回すような作品が多かったが、今年はそんなこともなく、分かりやすい作品が多く楽しめた。
VOCA賞を受賞した山本太郎の《白梅点字ブロック図屏風》はコンピュータで部品を組み合わせたようなチグハグな構図で、余白もバラバラで緊張感がない。たしかにパロディとして分かりやすい絵だが、評者が絶賛するほどの作品でもない。むしろ「悪達者な芸」以前のイラスト風日本画だと思う。この構図が素晴らしいという人はたぶんお人好しで騙されやすいひとだ。パロディだからってこんな散漫な構図でどうするんだ。
山口晃が《木のもゆる》で府中市美術館賞を受賞している。山口は、この上野の森美術館で五月に会田誠と二人展をすることになっているのだが、当の上野の森美術館の学芸員がVOCA展にも推薦したらしい。そんなことはともかく、山口は、すでにブログに書いたように、去年のミズマの《Lagrange Point》展で絵画を見るのではなく、体験させるということで、それまでのイラスト風の絵とはことなるインスタレーションの試みをしていた。そんなことがあったので、この《木のもゆる》にもなにか新しい試みがあるのかと思ったが、よく分からない。梅の枝が絡まって、ごちゃごちゃした印象の絵で、観者の身体を取り囲むような錯覚を呼び起こそうとしているのではなく、むしろ絵画の中へ観者を誘うような空間を生み出そうとしているような気もするが、それにしても遠近法がスッキリとしない。選考委員の評もあまりこの作品には触れていない。ただ、委員長の高階秀爾が総花的な評のなかで山口に触れているので、そこを引用する。
また府中市美術館賞の山口晃の《木のもゆる》(坂元暁美推薦)は、たくましい生命力を発散させる梅樹の姿を力強く華麗に描き出して見るものを圧倒する。すでに多彩な活躍を見せているこの作者にとっても、新しい展開を予告するような力作である。
無難な評価で、ケチのつけようがないが、「力強く華麗に」という表現は、新しい展開を予告する作品の評価としては曖昧すぎないか。少なくとも、どこに新しい展開の兆しがあるのか具体的に指摘してくれなければ美術評論とはいえないだろう。『日本近代美術史論』を書いた高階がこの山口の《木のもゆる》に何も感じなかったとは考えにくい。
山口の《木のもゆる》は山本太郎の《白梅点字ブロック図屏風》のような凡庸な絵では決してない、とは言うものの、わたしはこの絵が傑作だと言っているわけではない。前作の《Lagrange Point》で失敗したインスタレーションではなく、絵画本来のイリュージョン空間で「絵画の体験」を成功させようとしているのではないかと、勝手に想像しているのだが、それも判らない。画面が上からピンクみどり黄色そして余白の白と四つに分割され、そこに梅の老樹が枝を伸ばして絡み合っている。ミクロとマクロの視点が融合しているように見えるし、自然の中に兵器などのメカニックなものが隠されている。水墨画のような箇所もある。
推薦者の坂元暁美は「はじめてこの絵をみたとき、予想していなかったものが目に飛び込んできた驚きがあった」というのだが、坂元はどんなつもりで山口晃を推薦したのだろう。従来の大和絵風鳥瞰図が頭にあったのだろうか、それとも絵画によるインスタレーションが頭にあったのだろうか。どちらにしろ、《木のもゆる》はこれまでの絵とはまったく違うものだから、それは、驚いたにちがいない。坂元も高階と同じように、新しい展開に期待すると言っているのだが、五月の会田との二人展ではどんな作品が展示されるのか、それによって、この作品が山口の新しい展開を予告するものなのか、あるいは単なる失敗作なのかハッキリするだろう。
いずれにしろ、山口晃はもとのイラストレーターにもどる気はないのかもしれない。そうだとしたら、なおのこと五月の二人展は見逃せない。(まさか回顧展じゃないでしょうね)
