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コーネリア・パーカー

 「20世紀美術探検」(国立新美術館)★★★★   

 絵画の起源は「ぺっちゃんこ」である。(泉太郎からつづく)
 もう一度、カタログからパーカーの作品《ロールシャッハ》の解説を引用する。

 かろうじて原形をとどめてはいるものの、平坦に潰され、厚みと本来の機能を失った銀の燭台、器、スプーン、フォークや管楽器が、床から10センチ程度の空間に細い針金で水平に吊られ、繊細さと神聖さを湛え幻想的に浮いている。(本橋弥生解説から)

 《ロールシャッハ》が幻想的に見えるのは、針金で吊され、浮いているように見えることもあるが、それだけではない。この展覧会にも椅子を天井から吊したミロスワフ・バウカの作品があるけれど、特に幻想的に見えるわけではない。《ロールシャッハ》が幻想的に見えるのは、ぺちゃんこに潰された銀器が、同じ高さに水平に吊されて、まるで一枚の透明なキャンバスに描かれた絵のように見えるからだ。
 絵画の〈重さ〉は、図像の三層構造にしたがって三つに分かれる。林檎の絵を考えてみよう。まずキャンバスや絵具の物理的重さがある。それから図像客観(林檎の図)は無重力で、図像主題(描かれた林檎)には重量感がある。絵画にはこの三つの重さが働いている。(『絵画の現象学』参照)
 彫刻も絵画と同じように重さは三重になっている。ただ、彫刻は絵画よりイルージョンを持ちにくいので、どうしても、金属や大理石の物質的重さが剥き出しになる。その重さをなくすには、像主題(イリュージョン)がハッキリと見えるようにすればいいのだが、これがなかなか難しい。等身大にしても像(Bildsujet)になるとはかぎらない。色を塗ったり、服を着せたりすれば、死んだ人形になるだけだ。ロダンは彫刻を絵画的にしたり、トルソにしたり、モデルに不自然なポーズをとらせたりと、いろいろ工夫をしているが、結局は、ブロンズの重さから自由にならない。彫刻は事物性が強いので、どうしても材料の重さに支配されてしまう。(抽象彫刻を除けば、成功しているのは、僕の知る限り、ジャコメッティだけだ。)
 さて、この《ロールシャッハ》は、彫刻(立体)と絵画(平面)のハイブリッド作品なのだ。ペッチャンコになった銀製の楽器や食器はレディメイドだが、正面から見れば絵になっている。針金で吊して、重さ(事物性)を取り除いてやれば、そこに透明なキャンバスが現れ、《ロールシャッハ》はまことに幻想的に浮かんで見える。(注)
 このあたりの図像分析はもう少し詳しくしなければならないが、ともかく、《ロールシャッハ》の面白さは、三次元のものが潰されて二次元になり、その二次元のものが、もとの三次元のものの絵になっているところにある。潰れたトロンボーンが、トロンボーンでもあるし、トロンボーンの絵でもあるという矛盾しているところが幻想的に見える。絵画の起源は影をなぞることだと言われるが、ぺっちゃんここそ絵画の起源だと思う。というより、人類(大袈裟)が絵の面白さを知ったのは、ぺっちゃんこが先なのだが、正確な再現ができるのはなぞる方だと、いつの間にか、なぞり起源説が支配的になった。初めは壁に映じた影をなぞり、次にモデルを見てなぞり、それからカメラ・オブスキュラの映像をなぞり、最後に写真が生まれて、やっとのことで「なぞる」なんてつまらないと、ペッチャンコの美学を再発見したのがモダニズムだ。
 なぞったものよりペッチャンコが面白いのは、歪んでいるからだ。裏と表と横が混じり、伸びたり縮んだり曲がったりしているからだ。セザンヌの風景はペッチャンコである。林檎もペッチャンコだ。キュビスムは分析も総合もペッチャンコである。ジャコメッティの《ディエゴの胸像》はペッチャンコである。そして、マチスの切り絵が面白いのはヌードが潰されてペッチャンコだからだ。
 以上、絵画のペッチャンコ起源説は《トンデモ美学》です。あんまり信用しないように。

注:《ロールシャッハ》の幻想性は、ペッチャンコの彫刻的なものと絵画的なものの対立だけではなく、もっと知覚心理的な錯視現象が作用しているのかもしれない。しかし、それを解明するのは認知科学の仕事である。
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2007.03.17[Sat] Post 22:00  CO:0  TB:0  -Cornelia Parker  Top▲

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