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もとは美術展評のブログ 絵画と映画と小説と、そして哲学を少々

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「岡崎乾二郎の《ポンチ絵》はウンコですな」 (山形浩生の訳本『ウンコな議論』に拠る)

岡崎乾二郎が『ポンチ絵』の展示即売会をやっている。(*)

これも岡崎乾二郎の得意な『図画工作』だ。今度は、抽象画ではなく具象画なので、箱に入れて並べてあると、なおさら小学生の図画工作に見える。

Twitterを見るとこのポンチ絵展が「素晴らしい」と言う人がたくさんいることが分かる。なかには、岡崎乾二郎の作品がこれまで良いと思ったことはないけれど、この《ポンチ絵》は素晴らしいとわざわざ付け加えるひともいるし、買って帰る人さえいる。それはそれでいいだろう。しかし、一時間半掛けて堪能したというツィートに至ってはもはや趣味や美学の問題を超えて、ほとんど〈事件〉である。

ご存知のとおり、岡崎乾二郎の父親は建築家で、本人は多摩美の建築科を中退して、「Bゼミ」を修了している。「Bゼミ」()というのは変わったスクールで、デッサンなどやらずに(注2)、現代アートの技法や理論を学ぶ塾のようなものだったらしい。岡崎乾二郎はその後「Bゼミ」の講師になり、『批評空間』で浅田彰に取り立てられ、コーリン・ロウなどの「実と虚の透明性」について建築家の磯崎新と議論している。ポストモダンというのは絵画ではなく、はじめにモダン建築に対する批判として生じた傾向である。岡崎氏は建築の空間と絵画の空間を同じように論じられる稀有な美術評論家だ。

こんなどうでもいいような事をくどくどと言っても仕方ない気がするが、岡崎乾二郎は日本の現代アートシーンの象徴なのだから、彼のアーティストとしての履歴を述べておくことも無駄ではないだろう。

今、美大の勢力図の中心は多摩美術大学から京都造形芸術大学へと動いているように見える。最近、千住博が学長を辞めて、替りに浅田彰が大学院長に就任した。千住博は去年から東京で「ザ・スーパー・アートスクール」を始め、その第一回修了生が、これも今年から審査委員に就任した『上野の森美術館大賞展』の大賞を受賞した。王青の大賞受賞作《玄牝》は先生同様エア・ブラシを使った(としか思えない)作品だ。さらに、忘れてはいけないアーティストがいる。ポストスーパーフラット・アートスクールを開校した黒瀬陽平も京都造形を卒業して、現在、芸大の先端芸術表現専攻博士課程に在籍している。岡崎乾二郎と同じように作家と評論家を兼ねているけれど、理論と実践ともに中途半端な現代美術家である。そんな美術大で岡崎乾二郎は公開講座を開いたことになる。公開講座には黒瀬陽平も聴講して、質問をしたという。

勢力図なのか思想地図なのか、それとも相関図なのか分からないが、黒瀬陽平は評論家としては京都造形芸術大学の浅田彰大学院長ではなく東浩紀に近いわけだが、その黒瀬陽平が荻上チキのインタビュー『ハッキングされる美術批評』の中で、岡崎乾二郎について述べている。

ブログでもちょっと書きましたけど、岡崎乾二郎の読者と椹木野衣の読者が分裂状態にあることは事実だと思うし、お互いがお互いのことを知らないで、なんとなく避けたり、バカにしたりという状態が、ここ数年の美術評論が活気づかない原因のひとつだと思います。あっているかあっていないか、というより、本当はそうではないのに、現時点ではまだ「(いわば)モダニズム派」と「(いわば)日本ゼロ年派」は分離しているように思われているし、その分離は非常につまらないところで起きている、それが問題なんです。


「日本ゼロ年派」は椹木野衣が水戸芸術館でキュレーションした展覧会のタイトルから来ているのだから、椹木氏が「日本ゼロ年派」ということは当然だけれど、だからと言って岡崎氏が対立する「モダニズム派」ということにはならない。岡崎氏はモダニストとポストモダニストの二つの顔を持っているし、そもそも『日本ゼロ年展』は椹木氏が『日本・現代・美術』を展覧会形式にしたもので、日本の現代美術をリセットするというのだから、展覧会が新しい傾向を網羅したものになるのは仕方ない。

椹木野衣は浅田彰との対談『新世紀への出発点』で「岡崎乾二郎はスーパーフラットである」と浅田を喜ばすような発言している。椹木は、《あかさかみつけ》はスーパーフラットだといい、浅田の方も、村上隆は岡崎乾二郎のポップ化だという。さらに浅田は、アニメやゲーム、あるいはそれらを再流用した「スーパーフラット・アート」よりも、世界の 美術史を踏まえて考え抜きながら真の意味でスーパーフラットな表現を模索している岡崎乾二郎を応援したいと言っている。

ところが、このスーパーフラットというのがフラットとどう違うのかわからない(黒瀬陽平はさらにポストスーパーフラットという概念を提案する)。スーパーとネオとポストばかりだが、モダニズムの言うフラットの意味は分かっている。「支持体の平面性」と「描かれた平面性」だ。支持体の平面性は絵画のイリュージョンを生み出す物理的条件だ。平面だからこそ「知覚に基づいた想像」が働く。描かれた平面性とは浅い奥行きのことだ。モダニズムの奥行きはどんどん浅くなり、支持体の物理的平面に重なるところまで浅くなる。それと事物の陰影描写を省略し、平塗りで平面的に描くことで、事物が占領している空間もまた浅くなる。

岡崎乾二郎の批判(注1)は何度か試みたけれど、上手くいかない。彼は一種の「天才」で、フォーマリズムをもとに次から次に新しいアイディアが浮かんでくるらしい。しかし、これまでは騙しやすいオブジェ(イリュージョンのない抽象画も含む)を使っていたが、今回は難しい絵画をテーマにした。天才の驕りがあったのだろうか。驕りというより油断だろう。何しろ浅田彰と椹木野衣を同時に手玉に取ったのだ。二人とも絵を見る目がないので、岡崎乾二郎は理論と実践を兼ね備えた美術家だと思っている。二人はスーパーフラットは村上ではなく岡崎だといった。そこまで言われたら、岡崎氏は絵を描かないわけにはいかない。ところが、岡崎乾二郎はそんなに自由自在に絵が描けるわけではない。そこで『ポンチ絵』を使ってちょっとした仕掛けをほどこした。

まず、『A-things』の展覧会の様子を見て欲しい。http://athings.exblog.jp/21859593/

『ポンチ絵展』の岡崎の名前が「おかざき乾じろ」となっている。理論派の岡崎氏のことだ、どんなタクラミが隠されているのか知る由もないけれど、普段使っている本名の「岡崎乾二郎」の展覧会とは違いますよということだろう。さらに展覧会の説明に「絵画の紋切り型に向き合い、描きためたポンチ絵を多数展示」とあるのだから、これらの絵は展覧会のために描いたわけではなく、漫ろに気ままに、そんなときに人が何となく描くイタズラ書きのようなものがたまったので展示するということだ。もちろん、これは『北斎漫画』を意識してのことだ。

これは心理分析のための作画テストの絵に似ている。心理学の教科書に出てきそうな絵もある。あるいは精神分析のオートマティスムの稚拙な絵のようにも見える。「絵画の紋切り型」という言葉で、岡崎はこの絵が自分の深層心理を表現しているわけではないと仄めかしながら、自分の絵が下手なのではなく、「紋切り型」なのだと言い訳をしている。

ポンチ絵は英国の《Punch》が語源で風刺画や風俗画を意味する。日本語では建築家がお客に概略や構想を説明するための簡単な絵の意味もある。京都造形の岡崎氏の公開講座の表題は「ポンチ絵としての芸術の物語」(下線安積)というのだから、「日本の芸術の歴史はポンチ絵のように滑稽だ」という意味もあるだろうし、あるいは、「芸術の歴史をポンチ絵のように簡単にまとめてみる」という意味にもなるだろう。いずれにしろ、岡崎氏は慎重に北斎の名を《ポンチ絵》の歴史から消している。(注0)

一度だけ建築家のポンチ絵を見たことがある。『国立新美術館』のオープン記念のとき、設計者の黒川紀章の展示があり、そこで写真だったかビデオだったか忘れたが、設計前の『国立新美術館』のカーテンのような波型のファサードのイメージをスラスラと描いた絵があった。あれがポンチ絵というものだろう。

辞書の意味から考えれば、そうなるだろう。しかし、子供の頃、大人が私の下手な絵を見て、「何だ、そのポンチ絵みたいのは」と言ったのを憶えている。ポンチ絵は「下手な絵」という俗語的意味もあったのだろう。私にはこの俗語的な意味が岡崎の《ポンチ絵》にふさわしいと思う。岡崎乾二郎は自分の《ポンチ絵》を単なる稚拙な絵ではないように見せている。もともと絵が下手なのではなく、ワザと下手に描いたように見せている。岡崎は言葉の多義性を巧みに使う芸術家だ。

しかし、「お絵かき」はそこまでだ。制作の順番通りに話しているわけではないけれど、岡崎乾二郎はいわば(突然)図像破壊者になる。絵画の平面性を壊すことによって、図像主題を図像客体に退化させる。絵(図像主題)は「知覚に基づいた想像」の対象である。ところが平面性が壊されると想像作用が作動しなくなり、図像は想像の対象(ピクトリアル・イリュージョン)から知覚の対象(物質)に頽落(Verfallenheit)する。

紙を不定形に切ったり破ったり、部分的に貼り付けたり、さらに、その上から絵を描いたりする。貼り残した箇所を丸めたり捩ったりして、台紙からぶら下げるなり、折り込むなりする。そのため、物理的な絵(図像客体)も部分的に隠されたり、破れたりしているので、逆に、壊された平面性が強く意識されることにもなるけれど、これは壁に掛けたら「紙くず」だ。

これでは、いくら岡崎乾二郎でもアートだと言い張ることはできない。多少でもイリュージョンを回復しなければならない。そうでなければ、見て面白くはない。しかし絵画の表面がデコボコではイリュージョンは生まれない。立体は射影を通じて現出するので、想像ではなく知覚の対象(事物)になる。多くの彫刻が退屈なのはそのためだ。

事物のコラージュなどで、失ったイリュージョンを回復するために支持体を枠で囲うという手法が良く見られる。シュヴィッタースの《メルツ絵画》が有名だが、日本では、野田裕示や大竹伸朗がいる。作品が大きいと効果が薄れるけれど、岡崎の《ポンチ絵》は小さいし、枠ではなく箱に入れたのは、岡崎乾二郎ならではの天才的なアイディアと言える。

あらためて、『A-things』の展示風景を見た。http://athings.exblog.jp/21859593/

ところが一つひとつの《ポンチ絵》ではなく、壁に陳列した縦六列横四列の《ポンチ絵》を見て驚いた。初めに見たときは、《あかさかみつけ》や《ゼロサムネイル》と同様に、岡崎乾二郎お得意の小学生の図画工作の展示だと思ったのだが、これは図画工作の展示ではない。《ポンチ絵》の箱が縦横並べてグリッドになっているではないか。グリッドは平面を作る。一つでも、四角形は平面になる。それが格子状になればなおさら平面になる。さらに箱が並んで、立体格子になっている。その一つひとつの空間を、冒頭で述べたコーリン・ロウの「虚の透明性」が満たしている。もはや、《ポンチ絵》は一つずつ見た時のようなボロボロな紙くずではなく、24枚のポンチ絵がグリッドによって結び付けられ、一枚の大きな抽象画になっている。

小さな《ポンチ絵》を買った人は大きな抽象画を見て欲しくなったのだろう。家に帰って箱のフタを開けたら、自分が買ったのはゴミだと気づいて、驚いたに違いない。でも、騙されたと怒る人はたぶんいないだろう。芸術的エリート化した大衆(藤枝)とはそういうものだ。岡崎自身も騙したつもりはない。これこそ真の「フラットネス」だと思っているにちがいない。確かに岡崎ほど平面性の問題に理論と実践の両面から肉薄した美術家はいない。そういう意味では、浅田彰や椹木野衣が「スーパーフラットなものに可能性があるとしたら村上隆ではなく岡崎乾二郎だ」ということもあながち間違っているとはいえない。

しかし、浅田や岡崎には致命的な間違いがある。それは、絵画は「知覚に基づいた想像」だということを理解していないことだ。平面性がイリュージョンと密接な関係があること、したがって、ピックトリアル・イリュージョンとオプティカル・イリュージョンを区別しなければならない。コーリン・ロウの「虚の透明性」というのは、カニッツァの三角形の主観的輪郭と類似の空間の錯視(オプティカル・イリュージョン)だ。錯視とは知覚の変異体であり、正常な知覚か変異した知覚(錯視)か、どちらか択一的しか作動しない。それに対して、ピクトリアル・イリュージョンは、「知覚に基づいた想像」であり、大抵の場合は、かなり自由に知覚に注意を向けたり、想像に注意を向けたりすることができる。もちろん絵画の楽しみは知覚とピクトリアル・イリュージョンの間の「弁証法的戯れ」にある。オプ・アートのような、観者が自由にならないオプティカル・イリュージョンに絵画の官能性はない。

いったい、これだけのトリックを岡崎は一人で考えだしたのかという疑問がどうしても残る。まるで、進化論に反するように、美的価値も芸術的価値も減少するような変化の段階をかさね、そして最後に「グリッド」によって一挙に抽象画の「傑作」になる。「グリッド」と言えば当然ロザリンド・クラウスを思い出す。さっそく、『オリジナリティと反復』(小西信之訳)所収の『グリッド』を見た。冒頭に以下のようにあった。

今世紀初頭、視覚芸術の領域において、一つの構造が現れ始める。それは、最初にフランスで、続いてロシアとオランダで現れる。すなわち、戦前のキュビスムの絵画において姿を現わし、後によりいっそう厳格、明白になるグリッドは、とりわけ、近代芸術が持つ沈黙への意志と、文学や物語や言説に対する敵意を告知している。グリッドは、そのようなものとして目覚ましい効果をあげてきた。それが視覚の芸術と言語の芸術の間に設けた障壁は、視覚芸術を、排他的な視覚性の領域の中に囲い込み、語りの侵入から守ることに、ほぼ完璧に成功してきた。


我々はすでに、グリッドが平面性や空間に関わることを見てきたけれど、クラウスはグリッドが文学や物語を抑圧すると述べている。すなわち時間の抑圧だ。ここで、岡崎乾二郎が《ポンチ絵》で物語を暗示した理由がわかる。展覧会の説明に「絵画の紋切り型に向き合い、描きためたポンチ絵を多数展示」と書いたのも、弁解じみている。後で否定するために一度は語らなければならない。そのことで岡崎はモダニズムの勝利を誇示するのだ。

24枚の《ポンチ絵》をグリッドに嵌め込んだ抽象画は決して本来の「絵画」ではない。「擬似コンセプトを図解(イラスト)したオブジェ」であり、詐欺師が囮につかった絵画もどきだ。もし《ポンチ絵》が一枚売れたら、すぐに箱のフタをして渡す。空いたところに別の《ポンチ絵》を掛ける。そのためのストックが棚に重ねて置いてある。

手品師がタネも仕掛けも見せている。







注0: 日本の近代絵画の歴史は「北斎殺し」の歴史である。北斎は西欧に学んだし、西欧も北斎に学んだ。北斎とマチスの二人こそモダニズムの要諦である。画狂老人北斎は“fou de dessin”であり、マチスは“fou de peinture”だ。
注1: ① 会田誠の浅田批判 ()  ② 『ゼロサムネイル』は図画工作である-- 特集展示・岡崎乾二郎(MOT)(
注2: デッサンは学ぶことが出来ないので、学ばないのは正解である。「Bゼミ」は絵が下手でも、手っ取り早くアーティストになる方法を教えるアートスクールの走りだったのではないか。「Bゼミ」で学んだという丸山直文はステイニングの技法を独自に改良して佳作を描いたが、それ以上の発展はなかった。肖像画(顔)や山の風景はとても褒められたものではない。自分で独自に戦略を立てて、「黒地に白い滝」で成功したのは千住博だ。デザインの勝利である。千住博もまた白い滝以外のカラーの滝や芸大時代の作品は「下手くそ」と言う他ないけれど、技法をふくめて、それを隠そうともしないところが大物たる由縁だろう。

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2014.06.27[Fri] Post 14:29  CO:0  TB:0  -岡崎乾二郎  Top▲

『絵画の在りか』展(東京オペラシティ アートギャラリー):小西紀行/五月女哲平/今井俊介など・・・・・

東京オペラシティ アートギャラリーで7月12日から日本の若手ペインター24人を紹介する展覧会、『絵画の在りか』が開催される。

展覧会の主旨には、「20世紀の絵画は、具象から抽象へ、抽象から具象へと大きな転換をみせました。手法や素材が無限に拡大していく現代美術の領域において、絵画はつねに、尽きることのない表現の可能性を秘めたジャンルであり続けてきたともいえるでしょう」とある。

確かに、具象から抽象へ、抽象から具象への大きな転換があった。しかし、具象に挟まれた抽象の時代も、イリュージョンのある抽象から、知覚するだけのオブジェの時代、そして、仕舞いにその知覚できる事物(作品)さえ無くなった時期へという流れもあった。気がついたらアートの世界は荒涼たる風景が広がっていた。その理由はいろいろあったのだろうが、なんとなくポストモダンの雰囲気の中で、思想やコンセプトの表現が重要になって、そのために便利な具象絵画が見直されたということだろう。

ところが絵を描かない時期が長かったため、絵描きは絵が描けなくなってしまった。ニューペインティングなどはその例で、ブームが去ってみれば、キーファーばかりか、線が描けると思われていた大竹伸朗などもいったい何をやりたかったのか、2006年秋の東京都現代美術館の大回顧展に三度通い、一万円のカタログを買い、『美術手帖』の浅田彰の批評や楠見清のインタビュー記事を読んだけれど、結局何が何だが分からないままだった。

ポップ・アートも初期のブリティッシュ・ポップやアメリカン・ポップの批判精神は失って、絵画という便利なミディアムを使って、なんでもありの新奇珍奇な「表現手法」や「表現対象」を競うようになり、一種の「ポップ・バブル」(柿栖)の観を呈した。現在でもバブル崩壊するどころか、ますます膨張している。

そこで『絵画の在りか』の主催者は言う。

一種の“絵画ブーム”ともいえるこの状況の背後には、大きな危うさも潜んでいます。アニメやマンガなどのサブカルチャー表現、あるいは、氾濫する映像やイ ンターネット上のイメージへの無批判で無自覚な接近は、表現の本質とは全く無関係に展開されているきらいもあります。もちろん、その一方で、絵画という “古くて新しい”ジャンルに真摯に向き合いながら、独自の表現を模索するペインターも少なくありません。


というわけで、独自の表現を模索する画家たちを集めた『絵画の在りか』展が開催される。オペラシティーのHPの案内には六人の画家の作品が紹介されているけれど、それを見ると、確かに、絵画に真摯に向き合い、独自の表現を模索していることは分かるのだが、それが何か「真正」の絵画表現かと言われると、疑問を持たざるを得ない。最初の四作品は油彩で、後のニ作品がアクリルである。

厚地朋子の《コメディー》は、舞台と背景画の空間の「連続と不連続」を描いたもの。窓の外にある首のない大理石像はシュルレアリスムの定番か。

横野明日香の《ダム》は、モノクロ風の色彩で、自然の中のコンクリート建造物を柴田敏雄の「日本点景」とは違った雰囲気の風景画にしている。

小西紀行の《untitled》は、表現主義なのか、アクション・ペインティングなのか、とにかく絵具のフデアトが長く引き伸ばされて奔放であり、赤い目も赤目防止機能のなかった時代の写真のようで、見ていて落ち着かない。ところが、何度か見ているうちにどうも小西紀行の線は決して出鱈目な線などではなく、むしろ抑制の効いた魅力的な線に見えてきた。ひょっとしたら小西紀行とはただ者ではないかもしれないと検索したら、素晴らしい家族の肖像画が現れた。
 小さな画像が多いので、詳しくは分からないけれど、絵の変化を辿って行くと、家族の肖像、とくに子供の仕草などの表情表現が目立つようになり、そのあと逆に表情を破壊するような描写になっていくような気がする。その過程のなかで赤い目が現れたのかもしれない。しかし、今日初めてネットで画像を見ただけなので何とも言えない。しかし、これが何か新しい「絵画表現」にならないと誰が断言できよう。

政田武史の《HAITOKUKANのマーチ・覗き見OK、カモン》は、手で描いているのだろうが、どうしてもコンピューターで画像処理したように見えてしまう。もちろん意図的にそういう描写手法を使っているのだろうが。

五月女哲平の《Saturn》は、普通に見ればタイトルがなくても「土星」に見えるだろう。ところがニョウボ(佐藤順子)に「何に見えるか」と聞くと、「橋のアーチの間から海が見える」と答えたのだ。初めはふざけているのかと思ったけれど、NASAの写真は見たことはないと言うし、青くて水平なのは海と空しか考えられないという。「リングが土星本体の縞模様の平行線とズレているのはおかしいと思わないか」と訊いても「全然、いま土星だと聞いても、やっぱり空と海に見える」と頑固に言う。そのうち、わたしもだんだんと海に見えてくる。
 リングがズレているように感じることも含めて、「純粋視覚の不可能性」(松浦・岡崎)などと大げさなことを言う必要もない。知覚が経験の影響を受けているということだ。モノクロ写真の少年の肌が灰色ではなく、肌色に見えるのと同じことだ。これが、絵を見ること(図像意識)は「知覚に基づいた想像」ということだ。
 五月女哲平の作品は本来の「絵画」というよりも、視覚心理学的図像現象の面白さを狙ったイラスト(図解)である。「土星か海か」の問題も橋脚のアーチの部分が「地か図か」の視覚心理学的問題でもあるのだ。

今井俊介は、「絵画のイリュージョン」の問題に正面から取り組んでいる画家として知られている。そのためかどうか分からないが、黒瀬陽平にオジさんが喜びそうな「古臭い抽象表現主義」だと批判されていた。注意しなければならないことは、ピクトリアル・イリュージョンとオプティカル・イリュージョンを混同してはならないことだ。前者はリンゴの平たい絵を知覚して、立体のリンゴを想像すること、後者はリンゴがあたかも掴めるようにそこに見えること。前者は「知覚に基づいた想像」であり、後者は「錯視」、すなわち「平たいリンゴの絵の知覚」が変異して「立体のリンゴの知覚もどき」が現れている。知覚の替りに錯視が現れていると言っても良い。我々はそれが錯視(知覚の変異体)であることを識っている。
 ここで重要になるのは、絵画平面である。モダニストたちは古大家たちが隠してきた絵画の平面性を物理的な絵具をあからさまに見せることで宣言した。「抽象表現主義」もタッチや絵具のマチエールで絵画表面を見せたが、今井俊介はアクリルでタッチが見えないように丁寧に塗って絵画表面を隠した。絵画の物質的平面の知覚を隠すとどうしても錯視が生じやすくなるけれど、今井はそのあたりには気を配っているようだ。他方で、ストライプの布や紙を丸めたり湾曲させたり筒に巻きつけたり重ねたりして複雑な空間と奥行きを生み出している。
 製作年は2013年ということで2014年の『shiseido art egg』展の作品より前であり、まだ、空間は整理されておらず、その分、旗の曲面や空間が「知恵の輪」のように絡んで、観者はどうしてもその「知恵の輪」を解こうとするので、視線が少し窮屈に感じられる。このことで思い出すのはマチスのストライプで、例えば、《紫のガウンとアネモネ》と今井俊介の《Untitled》(旗)を比べて見れば、マチスの平面性と今井の三次元の空間性が対極にあることが分かるだろう。

マチスはアングルの「デッサンは芸術の誠実さである。」という言葉の意味が分からないけれど、北斎が《画狂》“fou de dessin”と呼ばれることは納得すると言っている(注2)。 このストライプだらけの《紫のガウンとアネモネ》を見るとマチスこそ「安楽椅子の画家」どころか正真正銘の《画狂》“fou de peinture”ではなかったかと思う。

『絵画の在りか』の六人の画家には(小西紀行を除いて)絵画への狂気がちょぴり欠けているように思えるのだが、たぶん展覧会を見ればまた、別の感想もあるだろう。



         マチス 《紫のガウンとアネモネ》1937年



注1: 『意識の距離が生み出す多様な世界』 横永匡史()が五月女哲平の視覚心理学的図像分析をしている。

注2: 『とりとめもなく』(『画家のノート』みすず書房二見史郎訳) このエッセイと《紫のガウンとアネモネ》は同じ1937年ごろかかれている。

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2014.06.14[Sat] Post 00:10  CO:0  TB:0  絵画の忘却  Top▲

《アクション・ペインティング》 マチュー 篠原有司男 遠藤一郎

三人の制作風景がそもそも《アクション・ペインティング》なのか《パフォーマンス》なのか、あるいは《公開制作》や《ライブ》なのか私には分からない。ともかく、Youtubeで見た三人を、スーザン・ソンタグの『ハプニング』に倣って、観察してみよう。

マチューがアンフォルメルの宣伝のために57年に来日したとき、白木屋で公開制作をした。あらかじめ構想を練っていたようにすばやく描き始めた。芸能人のサインのようだ。アンフォルメルの自動速記風に見せようとしている気もするが、バランスが悪いところは微調整をしているので、アクションは作家の主観性の否定だという主張は当てはまらない。出来上がった作品は「芸能人のサイン」の域を出ていない。

篠原有司男は、さすがに年季が入って、わざとらしいところは一つもない。お年をめしているためか、息切れをしていたけれど、作品は一番アクション・ペインティングらしく、可もなく不可もなし。黒い墨がペンキより強く撥ね散って面白い。作家の主観性は殆ど無い。

遠藤一郎は、《ライブ》と銘打っているように、途中何度かエレキギターを鳴らすけれど、叫んだり、「おまえらが大好きだ」というメッセージをペンキローラーで書いたりする。一番の見せ所は両手にペンキをつけて、壁に掛けたキャンバスに跳びついてペタッと一瞬張り付くパフォーマンスだ。そのまま床に落ちたりするので危険きわまりない。それでもペンキはあまりキャンバスに付かないので、あとから手でペタペタペンキを擦り付けるのはご愛嬌である。エレキとメッセージとアクションと叫びは特別繋がりがあるわけではないところを見れば、ソンタグが記録した《ハプニング》に近いのかもしれない。だからと言って、「観客をからかったり侮辱したりする」わけではないし、あとに金で売れるような作品が残るわけでもない。

結局のところ三人の中で一番のキッチはマチューの作品だろう。
2014.06.10[Tue] Post 00:01  CO:0  TB:0  美術展評  Top▲

佐藤順子の《五人のマリア》北斎春画より (エッチング25×18cm)

これは北斎の春画をもとにしたF100号油彩を工房展のためにエッチングにした作品だ。F100号は『上野の森美術館大賞』に応募した3点中の落選した2点の1点。エッチングでは右側の真ん中のマリアが両手でキリストのおチンチンを隠しているけれど、北斎のオリジナルでは右手で握っている。応募作品のF100では透明にしてある。

タイトルは、たまたま見ていた宗教画の「十字架降下」の構図に似ていたけれど、そのままではあまりにストレートすぎるので《五人のマリア》にした。ところが、佐藤順子はエッチングのタイトルは「《まいった、まいった》 by Hokusai」 にして工房展に出したそうだ。

北斎シリーズのテーマは『ヌード・ルネサンス』なのだけれど、佐藤順子はどうしても「春画」にしたいらしい。




           《まいった、まいった》 by Hokusai


2014.06.07[Sat] Post 21:44  CO:0  TB:0  佐藤順子  Top▲

野田裕示と小林正人 : 〈オブジェと絵画〉

野田裕示という不思議な画家がいる。

「国立新美術館」の大々的な回顧展(2012年)は「絵画のかたち/絵画の姿」のサブタイトルが付いている。神田直子(学芸員?)が「絵画としての平面性と、豊かなイリュージョンが横溢する絵画空間とを共存させることへの挑戦である」と言っている。

ところが野田裕示の絵画は、イリュージョンのない「絵画もどき」のオブジェに見える。キャンバスに凹凸をつけたり、額縁状の箱にいろいろなものを詰め込んだり、あるいは、ロール・キャンバスをそのままくっつけた作品は三次元の立体である。立体はそもそも知覚の対象でありオブジェなのだ。オブジェは知覚されており、射影を通して現れるから、イリュージョンをもちにくい。通常の絵画のように平面上に「イリュージョン」が見えるのではなく、絵画の平面にいろいろな加工をして凹凸を作り、それを少し離れて見れば、矩形の平面的な絵画に見えるという何か倒錯した絵画になっている。野田氏は「平面的な矩形」という絵画の必要条件を残すようにしている。ジャッドのミニマル・アートやラウシェンバーグのコンバイン・ペインティングと違って、あくまで絵画みたいに見える。その限りではイリュージョンが残っているともいえる。

ところが、野田裕示の「絵画」には、絵画を絵画たらしめている「イリュージョン」を台無しにしてしまう特徴がある。「工芸性」だ。野田は絵画表面を磨いたり削ったりして表面を工芸的に仕上げている。そのため絵画平面が「事物の表面」になって「知覚に基づいた想像」が働かなくなり、イリュージョンのない「平たいオブジェ」になってしまう。知覚の対象ならそれは絵画ではなく、オブジェだ。ロスコの絵画表面も一見すると工芸的な表面仕上げに見えるけれど、その色彩は事物(キャンバス)の表面に反射した「表面色」ではなく、質感や距離感のない「面色」であり、従って空間のイリュージョンがある。

野田裕示は「絵画のかたち/絵画の姿」を求めながら、絵画を絵画たらしめるイリュージョンを排除することに30年間努力してきたことになる。しかし、野田はイリュージョンを「なだめ・すかす」ばかりで、ジャッドのように絵画を極小にすることも、ラウシェンバーグのように平面性を破壊することもしなかった。中途半端で生ぬるい。それが野田氏の作品を見るとき感じる凡庸さの理由だ。

『国立新美術館』の個展会場に入ったとき、最初に目に入る赤い花弁のような作品、そして最後の親指か仏像のような大作はまさに野田裕示の「絵画のかたち/絵画の姿」だったのだろう。具象でもない抽象でもない絵柄や工芸的な仕上げを素晴らしいという観者もいるだろうが、私には工芸的な仕上げでイリュージョンを否定し、「~ような形」でイリュージョンを密かに持ち込もうとしてるように思えた。

野田裕示と小林正人はともに「絵画とは何か」を探求している。野田氏は「絵画の可能性」を探り、小林氏は「絵画の脱構築」を試みている。二人が異なる点は、野田裕示が「絵画は四角い平面」だと考えているのに対して、小林正人はあくまでも「絵画はイリュージョン」だと考えていることだ。





 

スレッド:絵画・美術 / ジャンル:学問・文化・芸術

2014.06.01[Sun] Post 00:52  CO:0  TB:0  野田裕示  Top▲

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