ART TOUCH 絵画と映画と小説と

もとは美術展評のブログ 絵画と映画と小説と、そして哲学を少々

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ピカソの余白と佐藤順子の余白 (『上野の森美術館大賞展』を楽しむために)

ピカソの踊り子のドローイングを見ていたら、章の表題が《Camera and Classicist 1916-1924》となっていた。カメラとは何ごとかと検索したら、ピカソにも写真をもとに絵を描いていて、どうしても背景がかけなくなって、ちょっと描きかけたけれど、あとはキャンバス地のまま塗り残した作品《Olga in an Armchair:1917年》があることを偶然知った。 (注3)

どうしても背景が描けなくなったところはピカソの《Olga in an Armchair》と佐藤順子の《昭和35年度都立西高等学校入学 1年D組》は同じだけれど、その理由は《Olga》と《1年D組》ではまったく異なる。佐藤順子の余白は、前回述べたように、白いキャンバスが絵具を載せる台であり、載せて余ったところが余白になっている。〈絵具〉と〈色〉と〈形〉が解放され、観者の視線は自由になる。

それに対してピカソの余白は肖像画の無地の背景だ。まず、写真と絵を比べて見よう。

 

絵と写真を見比べれば、すぐにピカソが「表情表現」の古典的画家だということがわかる。写真のオルガはどちらかと言えばイカツイ雰囲気だけれど、絵の方は美人で髪には艶があり、肌は白く滑らかで、ワンピースの襟ぐりが左の胸のふくらみが見えるように下げられ、布地は柔らかい襞を作っている。

さらに、濃いブラウンの落ち着いたワンピースとソファーのカラフルな植物模様の華やかさに、モノクロ写真のメリハリのない、平等に正確な描写を対応させることができなかった。ピカソはこの時期キュビスムと古典主義の間で引き裂かれ、苦しんでいた時期であり、また同じ頃熱中していた写真は細密な描写の一方でキュビスムの抽象性も合わせて持っており、ピカソをさらに混乱させた。

キュビスムから抽象画へのモダニズムの歴史はともかくとして、余白の問題に戻れば、《Olga》は「表情表現」の絵画であり、写真では主題のオルガの魅力を引き出すような背景描写が描けなかったのだ。ところが、背景を完成させないで余白のままにしたことでかえって主題の表情表現は魅力的なものになった。(注1)

それに対して佐藤順子の《1年D組》の余白は内容的な「表情表現」のためではなく、形式的な「絵画表現」のためだ。マチスの「パターン表現」やステラの「素材表現」など、「折衷的な絵画表現」(注2)であり、白い台の上の絵具や色や形を解放する余白なのだ。余白によってわれわれの視線はパターンや素材の上を踊るように流れて行く。

ジョーンズのミツロウ入りの絵具のカタマリだけではなく、マチスの薄塗りの白もまた絵具の物質性を目に見えるように顕在化してくれる。




注1:しかし、ピカソはナダールの撮ったポートレイト写真を見なかったはずはない。ナダールはモデルに黒い上っ張りのようなものを着せ、黒い背景の前に座らせて写真を撮った。また、肖像画の背景を無地にするのは、マネ以来、広く見られる技法だった。ところが、ピカソは背景の処理に苦労しているのは確かだ。「青い海と空」や「部屋の隅の遠近法」などいろいろ試している。

注2:柿栖恒昭は「折衷的な」表現を嫌う。佐藤順子の折衷的表現が未熟さなのか、それとも新しい絵画表現の可能性を示しているのかわからない。たぶん前者なのだろう。四枚目の《1年D組》で試してみるつもりだ。

注3:Yossi Nahmi: 『Pablo Picasso > The Camera and the Classicist 1916-1924』

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2014.04.19[Sat] Post 00:00  CO:0  TB:0  佐藤順子  Top▲

佐藤順子の余白 ( 李禹煥、ルイス、ステラ、マチス )

佐藤順子の《昭和35年度都立西高等学校入学 1年D組》の余白は偶然から生まれたものだ。背景に校舎を描く予定だったが、どうしても描くことが出来なかった。絵具が死んで、絵が台無しになるような気がした。柿栖恒昭によれば、キャンバスは絵具を載せる白い台なのだ。載せて、余ったところが余白になる。



少し解像度が低いので見にくいけれど、F100製作中の佐藤順子 キャンバスの上部に下絵を描いたトレーシングペーパーが捲ってある。F10号が手前に見える。絵具の汚れや余白を見るためには展覧会にどうぞ。


李禹煥の余白
ブログを始めて最初に書いた記事が 李禹煥論だった。李禹煥には『余白の芸術』の著書がある。哲学風エッセイだけれど「竜安寺症候群」の教科書的症例だ。危うく騙されるところだった。素直に作品を見ればインチキが見えて来る。蔡國強の爆発アートの余白も同じようにマガイモノだ。両者とも無地の背景で、バランス、調和、均衡などの構図のための余白だ。ところが日本人の感覚からは微妙にズレている。

ルイスの余白
ルイスのヴェール画はよく知られているようにステイニングの手法で書かれた絵だ。生の綿キャンバスに薄く溶いたアクリルを染みこませる技法だ。絵具は綿の繊維に染みこんで、余白との間で「地と図」の分離が生じない。藤枝晃雄の言葉を借りれば「ルイスにとって白地は、画面を同次元化する色彩として重要な要素である」(『現代美術の展開』p49)ということだ。もちろんこれは「絵画の平面性」に深くかかわっている。

ステラの隙間の余白
モダニズムの絵画のミディアムを構成している諸制限とは、「平面的な表面」と「支持体の形体」と「顔料の特性」の3つだとグリーンバーグは述べている。この3つの絵画の条件を《ブラック・ペインティング》は隙間の余白によってミニマムに満たしている。キャンバスの平面に、矩形のストライプに、顔料のエナメルの3つだ。

マチスの塗り残しの白と薄塗りの白
よく見えるように図像を大きくしたけれど、塗り残しの白と薄塗りの白の区別がつきにくい。白いアネモネと輪郭の塗り残しの白、ストライプ模様の白などがある。マチスの白は絵具を見せるというより、黒と協力して事物の形を際立たせる。もっと重要なのは、マチスの塗り残しの白は画面に開放感を与え視線を自由にしてくれることだ。 (ストライプの白は布地の目が見えるのでペンナイフで擦ったのかもしれない4/14追加)

佐藤順子の余白は「偶然の余白」ではあるが、《昭和35年度都立西高等学校入学 1年D組》の主題を「失われた時を求めて」から「絵画表現」へと変えてしまう。絵画表現とは「絵具」⇒「色彩」⇒「形」なのだ。観者はこれらのパターンの流れに身を任せる。

下のマチスの絵は、《1年D組》を描いているときに壁に貼って眺めていたものだ。 どうですか。幸せになりましたか。
                                         《 Purple Robe and Anemones》  Henri Matisse, 1937








2014.04.07[Mon] Post 17:28  CO:0  TB:0  佐藤順子  Top▲

ポップ・アートは才能の枯渇した芸術家の麻薬だ。

ポップ・アートが何か一向に分からない。北斎、千住、横尾、会田の四人の《滝》をあげて、「誰でも理屈をつければポップになる」とブログ()に書いた。

その理屈を楠見清が『美術手帖4月号』の巻頭エッセイ『ポップ・アートってなんだろう?』で書いている。簡単にまとめると「ポップ・アートは見た目より、むしろその背後にある考え方、思想やコンセプトが鮮やかでかっこいいーーーそれこそがポップ・アートの美学なのだ」ということだ。

会田誠が『僕の「書道教室」は、見た目の雰囲気ではなく、内部の論理的に「ポップ・アート」のつもりで作りました。そして、僕のほとんどの作品はそのように作っているつもりです。だってファッションじゃないですから。 』と変なツイートをしていたけれど、その訳が今やっと分かった。会田誠はおそらくこの楠見清の巻頭エッセイを読んだに違いない。それでかねがね自分の作品はコンセプチャルだと思っていた会田さんは「ポップ・アート」という言葉に飛びついたのではないか。「ファッション」という言葉が唐突に出てきたように感じたが、そうではなく、ファッションは「見た目の雰囲気」が大切だからだ。

話はそこで終わらない。この『美術手帖4月号』のポップ・アート特集を読めば、ポップ・アートというのは思想やコンセプトが問題なのではなく、見た目の雰囲気が大切だということがわかる。見た目がポップなら理屈は後から付いてくる。そういうわけで、才能のない芸術家にとってポップ・アートは麻薬みたいなものだ。

2014.04.05[Sat] Post 18:49  CO:0  TB:0  ポップ・アート  Top▲

上野の森アートスクール 男性ヌード

佐藤順子が月一回ヌードデッサンに行く上野の森アートスクールのスタッフはみんな良い人たちだ。入選したとき、エレベーターで助手に「おめでとう」と言われた話はした。佐藤順子が「入選なんて誰でもするんでしょう」というと、助手が「そんなこと言わないでくださいよ。わたしは2点出したけれど2点ともダメだったんだから」と言った。いつも一言多い佐藤順子は「わたしは3点出したから、もう1点出せば良かったのに」と口まで出かかってやめた。

絵画教室と違ってアートスクールというのはどこでもプライドが高い。佐藤順子はエッチング、塑像、デッサンといろいろ探したこともあるけれど、まともに対応してくれるところは少ない。年齢を聞いただけで冷たくされたことが再三あった。それに比べ上野の森アートスクールの事務は、高齢の生徒が多いこともあるが、親切で対応がいつも速い。あるとき事務からアンケートが来たので、その他のところに「男性モデル」と書いたら、次の学期からすぐに男性モデルの回を設けてくれた。

その男性モデルのデッサンをもとに紙にアクリルで描いたのが下の絵だ。



夫以外の初めての男性モデルのヌードデッサンをもとに描いた絵だ。紙にアクリルで描いた。プロフィールにある男性のバックヌードは夫のわたしがモデルを務めた。ずいぶんと上手くなったことが分かるだろう。これもアートスクールのスタッフのお陰だ。ありがとうございます。




2014.04.02[Wed] Post 18:58  CO:0  TB:0  上野の森美術館大賞展  Top▲

『上野の森美術館大賞展』の受賞作について考える

市原研太郎のツィートが私のTLに流れてきた。

アートに無知のみならず感受性に欠ける連中が審査員を務める展覧会には参加するな。審査員長を頂点とするアート界のヒエラルキーを維持するためのイベントでしかない。ヒエラルキーを拒否し自由と平等を実現するのがアートであるからには、そのような展覧会に出品することはアートへの背信行為である。

随分と過激な主張のようだけれど、少し前に茂木健一郎が同じように公募展批判をしている。ニョウボ(佐藤順子)は親戚に画家がいるので美術団体のことは知っていたが、上野の森美術館大賞展はその主旨に「既成の美術団体の枠を越えて」とあるので、ものは試しに応募した。

試しといっても、もうじき寿命もつきるので、入選ぐらいしておかないと画歴ゼロでは死にきれない。結局「下手な鉄砲作戦」で100号を三点応募することにした。三つとも落選か、一つでも入選すれば大賞までいくと思っていたらしい。いくらなんでもそれは無理にしても、発表された受賞作を見て黙ってしまった。今年は審査員の大幅な入れ替えがあったらしく、去年と比べると受賞作の質が明らかに落ちている。質が落ちたこともあるが、そもそも何故それが賞に値するのか皆目分からない。

まずは優秀賞。
彫刻の森美術館賞とフジテレビ賞の日本画が二点、片方が具象でもう片方が抽象だ。ところがこの二点双子みたいにソックリだ。なんだろう、なぞなぞみたいだ。ニッポン放送賞は写真を使ったものだがこれも何が面白いか見当がつかない。モノクロで夜の海にサーチライトが照らしている。近頃流行りの写真的な作品だが、きっと優れた描写の技法があるのだろう。最後の産経新聞社賞はタイトルを見ると夜の風景らしいのだが、最初見たときは不謹慎にも、3・11の洪水で火事が起きているのかと思った。ともかくグジャグジャでこんな汚い絵は初めて見た。これも専門家が見ると「凄い」テクニックなのだろう。

そして大賞。
さすがに大賞だけあって、なぞなぞも特大である。いくら二流の公募展といっても大賞(グランプリ)受賞作である。何か取り柄があるにちがいないと探すのだが、何もない。だからといって優秀賞のように魂胆がミエミエということもない。描写技法がひどく凝っている割には、その目的が分からない。アクリルにキャンバスというけれど、素直にみれば、PHOTOSHOPでレイヤーを重ねて作ったように見える。葉っぱが女の裸体の向こう側から股の間を通って、こちらの腿の上に同じ平面上で重なっているのは空間がぺっちゃんこで不自然に見える。なんといっても光がおかしい。女の体が不自然に光が当たって自然光には見えない。中央の奥にライトアップされたような明るい滝があり、屈んでいる女の長い髪が真っ白だ。どうもその辺りに光源があるらしい。半透明の葉もある。

どうやら、王青さんは《玄牝》で古典的な陰影の描写とは違う描写法を使っているようだ。故意に不自然に描くことで、新奇珍奇を狙ったのかもしれない。でも、案に相違してコンピュータやエアブラシを使って描いたようなひどくつまらない作品になっている。陰影や光(線)はレンブラントで分かるとおり、観者の視線や絵画空間を強く支配する。モダニズムはこの陰影や光(線)の描写を捨てることで視線の自由を獲得した。

ヌードは稚拙である。尻の線が『007 慰めの報酬』(昨日たまたまDVDで見た)のタイトルバックに出てくる影絵のヌードダンサーのように、どこにでもあるヌードだ。どう表現していいのかわからないが、たとえアクリル絵具で描いたとしても、映像的な描写の絵画をキャンバス上に描くには相当の技術が必要だ。たぶんこれは推測だが、ネット上ある画像を収集してCGソフトで加工して、プリントアウトしたものを見ながら、アクリルでキャンバス上に描いたのではないか。

もちろんそれがいけないとはいわない。今井俊介や原田郁のようにコンピュータで絵画のシュミレーションをしながら独自の作品を描いている画家もいる。王青さんが「これは、フォトショプで制作した映像作品を(のように)、アクリル絵具を使っでキャンバスに手で描いたポップ・アートだ。リキテンスタインはもう古い」というかもしれない。そうしたら、美術評論家はこぞって褒めそやすのだろうか。彼らは似たようなことを毎日やっている。『美術手帖』4月号はその記録だ。

われわれは「絵画」に還らなければならない。たとえば、王青さんの《玄牝》とルソーの《夢》を比べたら、その主題の類似に拘わらず、片方はジャンクであり、もう片方は紛れもなく絵画であることは、どんな無知な素人にも一目瞭然であろう。

本当はこのブログは佐藤順子のプロモーションのために書いているのだが、逆にますます泥沼にハマっていく。これでは『上野の森美術館大賞展』に来るなと言っているようなものだ。そうなると、佐藤順子の《昭和35年度都立西高等学校入学 1年D組》も見て貰えない。それじゃ困る。今年度の『上野の森美術館大賞展』の見どころは佐藤順子の《1年D組》である。どこを見るのか。「記録と記憶」ではない。「失われた時」でも「昔のクラスメイトの肖像」でもない。見るのは詰襟と女子の私服の平たいパターンを辿り、詰襟と私服の着せ替え人形の首をあちこちへと流れるように移りゆき、そしてその流れに身を任せる愉悦を味わうことだ。(柿栖恒昭)

佐藤順子の《1年D組》を見れば、古い主題絵画と新しいフォーマリズム絵画の違いが理解できる。どうぞ第32回上野の森美術館大賞展(後期5月2日金~5月8日木)にお越しください。(少しはフォローになったかな)



2014.04.01[Tue] Post 22:36  CO:0  TB:0  上野の森美術館大賞展  Top▲

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