ART TOUCH 絵画と映画と小説と

もとは美術展評のブログ 絵画と映画と小説と、そして哲学を少々

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ポップ・アートはファッションになっていないか:「滝の絵」で考えるポップ 北斎/千住/横尾/会田

誰でも理屈をつければポップになる。

北斎の『諸国滝廻り』は言わば観光地のポスターなんだから、理屈なしの正統派ポップだ。

千住博の《滝》は絵の具を流しているから、滝の描写ではなく滝そのものだそうだ。大量生産の技法でハイアートを作ったところがポップだ。山種美術館で千住博の《滝》の前で若い女性が涙を流していた。純正キッチュだ。

横尾忠則の滝の絵葉書のインスタレーション。絵葉書のコレクションというところがポップだ。靴を脱がないと通さないところがポップだ。観者が腹を立てるところがポップだ。絵が下手なところがなおポップだ。それでも「画家宣言」するところがなおいっそうポップだ。横尾忠則はジャパン・ポップの王様だ。

会田誠の《滝の絵》は会田自身がラッセンのイルカの絵と同じ癒やしがテーマだと言っている。ご存知とおり会田誠は当代随一の美術評論家である。会田の言葉にはいつも慎重で奥深い。その会田が以下の様にツィートしている。

会田誠 @makotoaida
↓(すげー間隔空いちゃいましたが)僕の「書道教室」は、見た目の雰囲気ではなく、内部の論理的に「ポップ・アート」のつもりで作りました。そして、僕のほとんどの作品はそのように作っているつもりです。だってファッションじゃないですから。2014.03.24 19:36


会田にしては意味不明である。というより分かりにくい。無理やり解釈すれば、会田の考える括弧付きの「ポップ・アート」は一般的にいうところのポップと違うということだろう。そう考えないと、何故「ファッション」と言う言葉が唐突に出てくるか分からない。会田は近頃のポップ・アートはファッションになっていると批判しているのだ。

会田は自分の作品を現代美術といったりコンセプチャルといったりしているが、今度は「ポップ・アート」だと言っている。しかし、会田誠は「現代美術には賛成出来ないところもある」と留保をつけたことも何度かあった。そのことを考え合わせると、会田誠が現代のファッション化した「ポップ・アート」に批判的だという解釈はあながち間違いではないだろう。

さて、ポップ・アート特集の『美術手帖』が届いている。まずは村上中原ヤノベの鼎談を読むことにしよう。

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2014.03.26[Wed] Post 20:26  CO:0  TB:0  ポップ・アート  Top▲

【上野の森美術館大賞展】③: 佐藤順子《1年D組》と会田誠《灰色の山》 詰襟と背広

柿栖恒昭は絵画表現を「表情表現」と「その他の表現形式」の二つに大きくわける。そして、その他の表現形式というのはセザンヌの「モーメント表現」、マチスの「パターン表現」、マグリットの「意味表現」、ジョーンズの「素材表現」の四つで、どれにも表情表現がなく、無表情だ。表情があると自分たち独自の表現形式の邪魔になるからだ。(注1)

佐藤順子はマチスが好きだという。マチスの好きな女流画家は多いけれど、マチスを理解している画家は少ない。三岸節子の赤は表情があるし、辰野登恵子の抽象画には重さがある。

佐藤順子が最初に気付いたマチスの「無表情表現」は色彩ではなく、顔と手足の省略だった。顔はへのへのもへじになり、しまいにノッペラボウになった。手足も省略され、指は数本の線になった。顔と手にはもともと強い表情があるので、視線が惹きつけられるのを避けるためだということはすぐに理解した。

佐藤の《1年D組》と会田の《灰色の山》の顔を比較してみよう。《1年D組》の新入生は「写真と記憶」に基づいて、声や仕草を思い出しながら描いた。当然、強い表情表現がある。それに対して《灰色の山》のサラリーマンの顔はノッペラボウだから、表情はないと思われる。ところが、そうではない。顔がないのは「サラリーマンには個性がない」ことの表情表現であり、ドブネズミ色の背広も同じことだ。ノッペラボウや灰色の背広はそういうサラリーマンの悲哀の「表情」なのだ。

《灰色の山》は近づいて見れば、顔のないサラリーマンの死体であり、離れて見れば朦朧体の山である。どちらも「表情表現」の絵画である。サラリーマンの死骸は三次元的に描かれており、ボリュームがある。死体というより酔っぱらいに見える。一人ひとりに表情があり、自堕落な魅力さえある。当然、観者の視線を惹きつける。離れて山を見れば、霧の中に霞んでいる朦朧体の山は瞑想を誘う深淵な風景だ。

《1年D組》の集合写真の52名にそれぞれに名前があり、個性がある。しかし、我々の視線は楽しげに生徒から生徒へ流れていく。黄色やスカイブルーの私服にも、黒い詰襟にもとどまってはいない。誰もが紙の着せ替え人形のように平たい。《灰色の山》のサラリーマンのように三次元でもないし、重さもない。手足がお互いに絡まることもない。《1年D組》は観者の距離が遠/近二つに分離することはない。視線は心地よく新入生の黒やスカイブルーや黄色の上を流れていく。

《灰色の山》と《1年D組》を比べれば、完成度は比較にならぬほど《灰色の山》が優れている。おそらく会田は日本画の中興の祖といずれ言われるようになるだろう。それに比べ佐藤は未熟であり、絵画への復活の兆しが見えたのも、すでに繰り返しのべたように、余白の塗り残し、黒い詰襟と女子の私服の3対1の比率、汚れを消さなかったことなど偶然が重なったからだ。勿論その偶然を生かせたのは、佐藤が普段からマチスが好きで研究をしていたことももちろんある。

《1年D組》はエッチングと油画のF10とF100の三度描いている。できればF100をもう一度、こんどは偶然ではなく、プランを練って、できればアクリルで、自覚的に描いて欲しい。



注1:「表情表現」というのは顔だけではない。ロスコの抽象画にも表情がある。
2014.03.23[Sun] Post 13:11  CO:0  TB:0  上野の森美術館大賞展  Top▲

【上野の森美術館大賞展】②: 佐藤順子の《1年D組》とステラの《ブラック・ペインティング》 記憶から形式へ

【上野の森美術館大賞展】①はココ(http://petapetahirahira.blog50.fc2.com/blog-entry-881.html)

《1年D組》のちゃんとした作品論はいずれやるとして、今は急いで要点だけ述べておく。

まず、この作品は「失われた時を求めて」が主題ではない。確かに最初は「記録と記憶」の統合が主題だった。しかし、描いているうちに求めているのは「失われた時」ではなく、「忘れられた絵画」を見出すことだった。

すべては偶然から始まっている。最初の偶然は詰襟の黒い学生服だ。男子の詰襟の黒は女子のカラフルな私服の3倍の面積を占めている。定員の男女比率が3対1だからだ。そして、もう一つ大きな偶然は背景を白く残しておいたことだ。いずれ背景を描こうとF10のときもF100のときも思っていた。しかし、どうしても背景が描けなかった。そのうち何故描けないのか次第に分かってきた。下塗りの余白がその上に「黒い絵具」を載せる支持体になる。黒い学生服が黒い絵具になるということだ。

ちょとわかりにくだろうが、絵画は「知覚に基づいた想像」だということを思い出して欲しい。余白とは白いキャンバス地のことで、絵画の物理的基層であり、この基層の上に絵具が載っている。キャンバス地の「余白」が「黒い詰襟」を「黒い絵具」にする。

さらに、よく見れば、詰襟の輪郭線は両側の黒に挟まれて白い余白の線になっている。平筆で両側からトントンと叩きながら輪郭線を描いた(袖の内側や襟のカラーには白の絵具を使ったところもある)。この塗り残しの線が詰襟の形を描き、「黒い詰襟」は「詰襟の形をした黒」になる。フランク・ステラに《ブラック・ペインティング》というシリーズがある。下にコピペしたのは川村記念美術館所蔵のものだが、常設展示されているものとは違って塗り残しの線が掠れている。川村美術館に行くたびに《ブラック・ペインティング》を見るのだが、面白いと思ったことは一度もない。しかし、佐藤順子の塗り残しの白い線で描かれた黒い詰襟を見れば、《ミニマル・アート》の意味が分かってくる。黒い線のイリュージョンの代わりに黒い絵具の帯(知覚の対象)が現れる。


トムリンソン・コート・パーク, 1959

絵画のミディアムを構成している諸制限とは、「平面的な表面」と「支持体の形体」と「顔料の特性」の3つだとグリーンバーグは述べている。この3つの絵画の条件を《ブラック・ペインティング》はミニマムに満たしている。キャンバスの平面に、矩形のストライプに、顔料のエナメルの3つだ。

《ブラック・ペインティング》の魅力は素材のエナメル顔料にある。そして佐藤順子の《1年D組》も白い余白の上に置かれた詰襟の形をした黒い絵具が美しい。さらに、これも偶然なのだが、キャンバスの右下に絵具の汚れがある。この汚れも後で消そうと思っていたのだが、放って置くうちに次第にその汚れが白い余白の上で輝き始めて、消すことが出来なくなったと佐藤順子は言う。(注1)

白いキャンバス地、その上に黒い絵具、それが詰襟の形をした黒い色面になり、最後に黒い詰襟の絵が浮かび上がる。これが絵画の「知覚に基づいた想像」という意味だ。「物理的図像」の黒い絵具と「図像客体」の詰襟の形をした黒い色面と「図像主題」の詰襟の学生服を着た初々しい新入生、この三層が互いに拮抗しながら戯れている。

まだまだ論じることは沢山ある。集団肖像画としてはレンブランやマルレーネ・デュマスと比較してみなければならないし、女子の鮮烈な黄青の私服の原色をマチスの色と比較することも必要だ。まずは、会田誠の《あぜ道》と比較したときの「失われた時を求めて」の主題、柿栖恒昭の言葉を借りれば「表情表現」なのだが、そうではなく「絵画表現」(バターン表現や素材表現)を論じることで、イラストと絵画の違いについて考えてみた。くどいようだが、イラストより絵画が偉いとか、佐藤順子の《1年D組》が傑作だとか言ってるのではない。未熟だけれど、それでも絵画復活の微かな兆しが見えると言いたいのだ。


注1:「素材」や「余白」については、柿栖恒昭の『現代絵画の再生』から多くの示唆を受けた。柿栖氏の考えはフォーマリズムに近いと思うが、その簡潔なレトリックは目からウロコが落ちる思いである。ネオだ、ポストだ、マイクロだと騒いでいる日本の現代美術家は読むべきだろう。


2014.03.16[Sun] Post 19:40  CO:0  TB:0  上野の森美術館大賞展  Top▲

【上野の森美術館大賞展】① : 『失われた時を求めて』 佐藤順子《1年D組》と会田誠《あぜ道》 記録と記憶


少し解像度が低いので見にくいけれど、F100製作中の佐藤順子 キャンバスの上部に下絵を描いたトレーシングペーパーが捲ってある。F10号が手前に見える。絵具の汚れや余白を見るためには展覧会にどうぞ。




【上野の森美術館大賞展】入選 《昭和35年度都立西高等学校入学 1年D組》 佐藤順子


《1年D組》の集合写真(白黒)を元にした作品は3つある。最初の作品はエッチングだった。写真を元にしたにも拘わらず工房仲間に評判がよかった。

その次はエッチングを元にして、F10のキャンバスに油絵の具で描いた。最初はモノクロにしようとした。しかし、この時は「記録と記憶の融合」がコンセプトだったのでカラーにした。色は正確には思い出せないので適当にカラーコーディネイトした。黄色や青の目立つ色も使った。背景を校舎にするか灰色ツートーンにするか決めかねて、そのままに放っておいた。見ているうちに段々と愛着が湧いてきたようだ。

つぎに、公募展に応募するためF100に拡大することにした。F10はミニアチュールのようでカワイイからいいのだけれど、F100号に拡大したらきっと間が抜けるのではないかという私の意見に、「だめなら消せばいいのよ」と今度はトレーシング・ペーパーをキャンバスに被せて、その上からA4に拡大コピーした写真をみながら下絵を描き、それを今度はトレーシングを透かしたり、持ち上げたりしながらイエローオーカーと鉛筆で下絵をキャンバスに描き写した。バランスぐらい測って描けばいいと思うのだが、右から左へ順番に、むしろ乱暴と言ったほうがいいぐらいに雑に描いていった。今度は0号の筆ではなくちょっと太めの筆で大胆に描いた。黄青赤もF10のときより明るく目立つように描いた。偶然と言えば偶然なのだが、詰襟の黒が美しい。

佐藤順子の《昭和35年度都立西高等学校入学 1年D組》は会田誠の《あぜ道》である。《あぜ道》は『失われた時を求めて』だと以前佐藤順子は言った。同じように《1年D組》も「失われた時を求めて」だ。会田の《あぜ道》は「土地」に結びついている。新潟は会田にとってのコンブレーだ。それに対して佐藤順子の《1年D組》は「時代」に結びついている。昭和35年は60年安保の年だ。会田誠の小説『青春と変態』とはまた別の青春があったのだ。

エピソードを一つ。夏休みに小学一年生の孫娘が休暇を過ごしにやって来た。孫は婆さんのアトリエに入り込んで絵や粘土で遊ぶのが大好きだ。早速、《1年D組》を見つけて、しばらく眺めていたけれど、「同じに見えるけれど、よく見るとみんな違うんだね」と感心した。それで、婆サンが「誰が一番かっこいいと思う」と訊いた。すると孫娘は「これだ!」と言って指さしたのが前列左からx番目の「kくん」だった。

名前はしらないが、kくんのことは何度か聞いたことがある。入学式から数日後の10分休みに自分の席で『アンナ・カレーニナ』を読んでいたら、kくんが順子さんの机に尻を乗せて「何読んでるの」と本を覗きこんだ。その瞬間順子さんがkくんの頬をピシャっとひっぱたいた。左利きなのでなおさらうまい具合に命中した。ここでkくんがとった行動が負けていない。順子さんがkくんをひっぱたいたのは、kくんの二枚目気取りが気に入らなかったからで、二枚目が女にひっぱたかれたらみっともないことこの上ないのだが、kくんは慌てず騒がず「ふん、俺に惚れてるんだろう」という態度を最後まで取リ続けたというのだ。kくんはどうみても二枚目ではなく三枚目にしか見えなかったけれど憎めなかった。

さて、話を《あぜ道》と《1年D組》の比較に戻ると、「イラスト」(図説・主題絵画のことです)としては会田の《あぜ道》が断然優れている。そのことはココ()に、しかし、「絵画」としては佐藤順子の《1年D組》がやや優れている。これはジャンルが違うということであり、絵画がイラストより偉いと言っているわけではない。今年の『上野の森美術館大賞』を受賞した王青さんの《玄牝 げんぴん》はイラストなのか絵画なのか分からない「はんじもん」みたいな作品だけれど駄作には違いない。

さて、次回は《1年D組》の絵画としての面白さを書きます。そのまえに
『第32回上野の森美術館大賞展』について考えてみます。

訂正(3/14):ニョウボから「これじゃ私がモテタみたいじゃない」と抗議を受けたので訂正しておきます。
2014.03.13[Thu] Post 18:50  CO:0  TB:0  上野の森美術館大賞展  Top▲

黒瀬陽平VS今井俊介 抽象表現主義とは何か。

近頃はあまり聞くことのない「抽象表現主義」と言う言葉を続けざまに二度聞いた。一度は村上隆が、もう一度は黒瀬陽平が、二人とも批判的なニュアンスで使っている。

村上隆
ワシが現代美術を始めた90年代初頭は、戦後の歪んだ藤枝晃雄式アメリカ抽象表現主義礼賛が中心に動いていた。そのシーンへの嫌気が比較文化的アートを産み出す背景となったのだが、今やその比較文化的アートが本流となっており、それはそれで、歪んでしまったものだと感じる。 via Echofon 2014.02.19 09:48


村上隆はちゃんと藤枝晃雄の名前を出しているし、「ポップ/ネオプップ」の立場から見れば概ね正しい現代美術の把握なのだろう。「比較文化的アート」というのは、おたくやクール・ジャパンやスーパーフラットのことになるのだが、それがすでに歪んだものになっている。それなのに日本の美術界は気づいていないと言うところに村上のメディア芸術祭の鼎談(司会楠見)での怒りになっている。村上は前回の鼎談ではおたくの感性には鋭いものがあると評価していたが、最近ではおたくにはネガティブになっているようだ。(比較文化論的アートが美術を音楽と比較する楠見氏を批判しているように読める箇所もある6月30日追加)

村上のツィッターの4日後に、黒瀬陽平が今井俊介の『shiseido art egg』展に噛み付いた。

黒瀬陽平 @kaichoo
webでも見れるように今井氏の絵画は、60年代のアメリカ抽象表現主義を直接想起させるようなものだ。「旗」のモチーフ、平坦な色面による構成、平面性と空間(イリュージョン)についてのステイトメントなどからして、抽象表現主義との明確な違いがどこにあるのか、ぼくにはわからなかった。 via web 2014.02.23 12:08

黒瀬陽平 @kaichoo
これはつまり、可能性があるかもしれない若手アーティストが、審査員ふたりのノスタルジックな趣味(「我々の知ってる抽象表現っぽいものが出てきてうれしい」)の巻き添えをくらっているということなので、大変グロテスクな光景である。そして、それに対して何もツッコミがないというのも最悪。 via web 2014.02.23 12:33

村上隆も黒瀬陽平もアメリカ抽象表現主義が何か正確に述べているわけではないが、黒瀬陽平の方が具体的に今井俊介を批判しているので分かりやすいと言えば分かりやすい。今井俊介の作品は「アメリカ抽象表現主義を直接想起させる」と言っているけれど、私はむしろオプ・アートを思い出した。そもそも抽象表現主義はペインタリーな絵画ではなかったろうか。「旗のモチーフ」がもしジャスパー・ジョーンズことを意味するなら、ジョーンズの旗はキャンバス表面に塗られた蜜蝋入りの絵具が見えるように描かれているのだが、今井俊介の旗はアクリルで丁寧に塗られてキャンバスの物理的表面の絵具は見えない。変な言い方が、古典大家のように絵具で絵具を隠しているのだ。

黒瀬氏は抽象表現主義にノスタルジーを感じる審査員が若手アーティストを巻き添えにしているのは「大変グロテスクな光景である」とまでいうのだが、そういう黒瀬さんの作品の方がグロテスクではないのか。他でもない、黒瀬陽平の《ミステリー・ツアー》のシリーズのことだが、これはどう見てもデ・クーニングの《女》シリーズのパクリではないか。ところが《女》はまさにグリーンバーグの言う抽象表現主義の「ホームレス・リプレゼンテーション」の代表的作品だ。キャンバスに油絵具の荒々しいタッチの代わりに、紙にクレヨン、オイルパステル、アクリル、インク、色鉛筆を使い、直線の代わりに曲線を使って描いているけれど、これは偽装工作ではないか。もちろん偶然似てしまうということはあるだろう。しかし、致命的なのはその手法がただの手法であり、なんら絵画的表現の効果に寄与していないことだ。ただパクったのがばれないように画材を変えているとしか思えない。いや、そう思われても仕方ない。それなりに面白い作品になっていれば引用盗用流用影響オマージュ、なんとでも理屈はつくが、これだけ魅力のない線しか描けなくてはどうにもならない。

黒瀬陽平はツィッター等で《カオス・ラウンジ》のことで何かもめているようだが、仔細はしらない。ただ、村上隆のアメリカ抽象表現主義に関するツィッターと黒瀬陽平のアメリカ抽象表現主義に絡んだ今井俊介批判のツィッター、それと黒瀬の《ミステリー・ツアー》を見ての感想を書いただけなので悪意はない。「抽象表現主義」に関する問題はモダニズム、フォーマリズム、アヴァンギャルド、ポップ、ポストモダンナドなど、すべてがごちゃごちゃになって、一言で言えば「絵画忘却」の問題なのだが、忘れている者は忘れていることも忘れているのでなんとも仕方のないことだ。

pop/neo-popは絵の分からない絵描きたちの難民収容所化している。今、彼らはウォーホルがスゴイスゴイとうわ言のように繰り返している。作家も評論家も好事家も。彼らはサブカルとハイアートに差はないという。差はあるのだ。ただ、彼らには区別が出来ないだけだ。今、必要なのは絵画の再生だ。そのためには「絵画とはなにか?」を問わねばならない。幸いというか、絵画の復活の予感がある。何よりも小林史子の壁のインスタレーション、小林正人の絵画の脱構築、原田郁の絵画のシミレーションなど絵画は着実に復活している。

それでは平面と立体を同時に示したという今井俊介はどうだろうか。次回につづく。

2014.03.07[Fri] Post 17:53  CO:0  TB:0  黒瀬陽平  Top▲

(4)『漫画とアニメと絵画』:漫画に夢中!

漫画は主人公が「跳んだり、撥ねたり、走ったり、そして着地する」のが楽しみなのだ。最初に夢中になったのはターザンの活躍だ。ツルにぶら下がって「あ~ああ~」と叫びながら木から木へ伝わって象の背中に「着地」する。ときには河に飛び込んでワニと闘うなど、男の子は「あ~ああ~」とターザンの真似を競った。ニョウボは女の子だったけれどターザンが縄で縛られている絵をよく憶えているそうだ。

そういうわけで、山川惣治の『少年ケニヤ』が産経新聞に連載が始まったとき拡販員が熱心に勧めるので、親に頼んで、しばらく購読したけれど、コマ割りマンガに慣れた目には、絵物語を読むのは面倒ですぐにやめた。「跳んだり撥ねたり」は紙芝居の『黄金バット』や『ライオンマン』につながり、そして鉄腕アトムの「ロケット噴射」になった。

横山光輝の『鉄人28号』の連載が始まって、難しい問題が生じた。鉄腕アトムは良心回路のようなものがあるのだけれど、鉄人28号はリモコンで動く。大きくて下から見上げた鉄人28号は力強かったけれど、リモコンで操縦されているのは納得できなかった。当然正太郎がヒーローになった。ところがリモコンが敵の手に渡って、正太郎が無力になると正太郎の魅力もなくなった。 最初は鉄人28号が突然主人の正太郎を思いだしてくれるのではないかと思ったけれど、そんな奇跡は起きなかった。

たぶん正太郎は新しいタイプのヒーローだったのかもしれない。最近知ったことだけれど、「ショタコン」という言葉があって、ロリコンの少年版らしい。『エヴァンゲリオン』の碇シンジタイプとまでは言えないけれど、東浩紀の好きな言葉を借りれば「マッチョ」とは反対のタイプだろう。リモコンが敵の手に渡ったとき、正太郎は「跳んだり撥ねたり」の活躍で敵をヤッツケテくれると期待したが、そんなこともなかった。ヒーローはキャラクターではなく、交換可能な役割なのだ。

「跳んだり撥ねたり」のヴァリエーションとして柔道漫画や野球漫画があり、その他いろいろあって『少年マガジン』から『少年ジャンプ』になる。そしてドラゴンボールが終わって私の漫画の読書歴も終わる。

最近の漫画はよく知らない。それでも「飛んだり跳ねたり走ったり」は映画の中に残っている。『スパイダーマン』がクモの糸で高層ビルのジャングルを飛び回るのは、ターザンだろうし、『インディアナ・ジョーンズ』はそれこそ「跳んだり撥ねたり」の特撮の集大成のようなものだ。しかも、吊り天井や回転する壁や鞭(ムチ)やら、おまけに吊り橋上の格闘まであって、昔の東映時代劇そのままだ。CGを使ったものでは、ゲーム的な『マトリックス』よりも『007 カジノ・ロワイヤル』の冒頭の追跡劇がアナログ風味があって面白い。

コマ割りをした日本のマンガは動きを表わすのには一番優れたメディアだ。ターザンの「蔓づたい」はワイズミューラーの実写映画を見てがっかりしたし、アニメ版の鉄腕アトムが空を飛ぶところはジェット噴射がチラチラ動くだけで間が抜けていた。制作会社の「虫プロ」は日本で初めてのアニメ工房で赤字のためにセル画の枚数を節約をしなければならなかったそうだ。

CGが進歩して映画もアニメも変わっていくだろうし、日本のコマ割り漫画の優位もいつまで続くかわからない。メディア芸術祭の歴代マンガ大賞は「跳んだり撥ねたり」系ではないものもあるし、2012年度の大賞はバンド・デシネ系の『闇の国々』が受賞した。もちろんマンガは国際的なものだし、外国のマンガが大賞を受賞するのはマンガの国際化にも貢献するだろう。しかし、JUDOのように国際化したのはいいが柔道とは似てもにつかぬものになってしまっては、漫画も柔道を笑えない。クール・ジャパンやメディア芸術祭など役人が出てくるといいことはない。

「飛んだり跳ねたり」が現在のマンガの主流なのかどうかはわからない。昭和の昔だっていろいろなマンガがあった。女の子は男の子とは違うマンガを読んでいた。今だってそうだろう。オタクたちのロリコン漫画もある。少女漫画にボーイズ・ラブがある。

それでも「飛んだり跳ねたり」系は永遠だと思うのだが、どうもサブカルチャー批評では次第に論じられることが少なくなっていくようだ。大塚英志の『「おたく」の精神史』、宇野常寛の『ゼロ年代の想像力』、そして東浩紀の『ゲーム的リアリズムの誕生』などのポストモダン批評にとっては、「跳んだり撥ねたり走ったり」はそれこそマッチョなモダン世界なのだろう。

サブカルチャーの隆盛は浮世絵で分かるとおりエロが大切だ。そうならば「飛んだり跳ねたり」よりもロリコンやBLものに未来があるのかもしれない。しかし、児童ポルノ反対派はエロマンガまで禁止しようとしているし、「大きな物語の終焉」を言挙げするポストモダン批評が「飛んだり跳ねたり」系のマンガの衰退に与えた影響は大きい。宇野常寛の批評の対象はよりにもよって《アンチ飛んだり跳ねたり系》のアニメやマンガだし、東浩紀の批評の対象は漫画アニメではなくライトノベルなのだ。

そもそもポストモダン批評というものが私には理解できない。いったい物語は衰退したのか、それともミクロの物語素としてデータベース化されているのか。歴史の終焉と言いながら、「3・11」にはアーティストはみんな大喜びで終末論という巨大な物語を語っていたではないか。一番のポストモダンは、いずれ福島の人たちは癌になってみんな死ぬと言っている人たちではないか。彼らはデータに基づく合理的判断を一切信用しない反モダンニストなのだ。


2014.03.02[Sun] Post 20:20  CO:0  TB:0  漫画とアニメ  Top▲

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