ART TOUCH 絵画と映画と小説と

もとは美術展評のブログ 絵画と映画と小説と、そして哲学を少々

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会田誠の記号論①

会田誠が個展『絵バカ』(ミヅマアートギャラリー)で発表した《1+1=2》が余り評価されていない。しかし、この作品は会田の画歴の中でも重要な作品である。

あらためて言うまでもなく、《1+1=2》は会田誠の初めての抽象画である。すでに『会田誠の抽象画』で書いたように、「1+1=2」の数式は、デ・クーニングの「女」と同じように、「帰する場所なき再現性」(グリーンバーグ)である。“homeless representation”とは、「抽象的な目的のために適用されるのだが再現的な目的をも示唆し続けるような、彫塑的かつ描写的絵画的なるもののことである。」

文字は絵と違って再現性(representation)はないというかもしれない。たしかに、数字は彫塑的描写的な具象的対象を表わすわけではない。しかし、抽象的な概念を表わすかぎり、数字や文字もまたrepresentation(表記・記号)なのだ。

パースの記号分類によれば、数字(文字)はシンボル記号であり、絵(図像)はイコン記号である。数字も絵も自分とは別のものを表わす(stand for)記号だ。文字は約定によって意味を表す。図像は類似によって主題を表わす。

絵はアナログ記号なので、具象から抽象へは連続的に変化する。自然対象に対する類似が次第に減少して行くけれど、線や色があるかぎり、具象性はゼロにならない。それに対して文字は弁別的差異の記号である。したがって、原理的にはそうであるかそうでないかの二者択一になる。

しかし、文字記号にはイコン記号の類似性とは異なる「類似性」がある。たとえば、「大」と「犬」と「太」は漢字を知っている人にはまったく別の文字だけれど、知らない人には類似して見えるだろう。あるいは壁のシミや子供のいたずら書きが偶然何かの文字に似るということもある。一度、シミが文字に見えてしまうとなかなか他のものには見えなくなる。

まず、そんなことを忘れて《1+1=2》を見てみよう。一つ一つの文字を見てもアラビア数字に見えない。黄色い「2」は頭が赤くはみ出している。「=」は上下の線がづれて、とてもイコール記号には見えない。「1」はモデリングされて上下の部分が丸く太くなっているので、犬が咥える骨のように見える。「+」は輪郭がはっきりしないのでまったく「+」には見えない。

ところが、数式に注意を向ければ、数字や数学記号が現れる。そして、そのキャンバスいっぱいの数式は抽象画としての鑑賞を妨げる。弁別的差異の構造が造形的な形体や線や色の諸関係を見ることを妨げるからだ。したがって、これは「帰する場所なき再現性」というよりも、一種の「隠し絵」になっている。抽象的な線や形の中に文字が隠されている。

アラビア数字の知らない観者には、おかしな図形は見えるけれど、数字は見えない。知っていても、文字の弁別的差異が形や線や色彩の多様さに紛れて、やっぱり数字はみえない。しかし、一旦、数式に気づけば、図形ははっきりと数字に見える。数式がキャンバス全体を支配する。そこで、会田誠は、数字であるとともに抽象的な図形でもあるように、形を歪め色を塗り分けて、どちらか一方に偏らない工夫をする。

結局のところ、抽象画として中途半端なのである。方法としては具象から抽象へという歴史的に正統的なものなのだが、その出発点はデ・クーニングのような女ではなく、文字という、抽象性と具象性を合わせ持った記号だ。「女」は、どんなに抽象化されても、すこしでも類似が残っていれば、イリュージョンを生み出すが、文字は類似がある限界まで減少すると、弁別的差異の構造がくずれ、単なる抽象的な線や図形になってしまう。

クレーには具象と抽象の問題を表音文字と象形文字を通して探求した傑作がある。会田の方法は、クレーと異なって、文字記号の姿・形、弁別的差異の構造を崩して、反造形的な抽象画を描くことだ。この方法はデ・クーニングの《女》シリーズの方法と同じだけれど、アナログの《女》は最後に一本の線になっても女のイリュージョンが残る。しかし、《1+1=2》は、構造が崩れればたちまち文字は消え、ただの線や図形になってしまう。

そうならないように、会田は文字にも形体にも見えるように慎重に描く。そういうわけで、《1+1=2》は造形的抽象と反造形的抽象の折衷になっている。これは「帰する場所なき再現性」ではなく、「隠し絵」だという所以である。

会田の文字の作品は《美少女》《桑田》《書道教室》と抽象画の《1+1=2》がある。つづく。
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2010.07.31[Sat] Post 01:45  CO:0  TB:0  -会田誠  Top▲

山田正亮のストライプ絵画

山田正亮の「ストライプ絵画」を検索すると、いろいろな批評にヒットする。

わたしは、前回の投稿で、山田正亮のストライプ絵画は、おしゃれでセンスが良いけれど、ところどころに絵具が垂れたようなところはわざとらしくて凡庸だと言うようなことを書いた。ところが、そこが素晴らしいという評者もいる。

たとえば山田正亮の絵を「多彩色のストライプの絵画」と簡潔にまとめられてしまう違和感から、逆に我々は彼の絵を目にしているとき実際に見ているものは単純な「ストライプ」ではなく、色層間を縦断する絵具の滴りであり、ストライプの線の微細な震えであったことに気付く。(drawinghell 水野亮)


絵具の滴りは、ストライプの微細な震えだという。なるほど、そうかもしれない。印象批評ではなく、技法の分析もある。

あらかじめ区切られたグリッドの内部を埋めるように動き、所々で境界線を侵犯し、隣り合った領域と混じり合い、結合し、大きく移動し、また留まる。といった出来事すべてが、想定どおりの見事な演出で、完全な事後の出来事として再現されている感じで、たとえば素早い筆致で引かれたブラッシュストロークの輪郭だけを丁寧に掘り起こしていくような、あるいは反対にその周囲からじっくり時間をかけて細密筆で攻めていくような、そういう安定した作業がところどころに介在しているようにも思われる。(Ryota Sakanaka


絵具のはみ出しを「境界線の侵犯」とは大袈裟なきもする。緻密な分析ではあるけれど、それがどんな効果をあげているかは、あまり作品をみていない私には判断することはできない。

もちろん積極的な評価をしない評家もいる。

●この展示(府中市美術館)である程度まとめて観ることが出来て改めて思ったのは、60年代の「Wark C」のシリーズが異様な迫力と魅力を持っているということと、しかしその迫力は必ずしも「絵画として良いもの」とは思えない、ということだ。この、重たく 重なる横ストライプの作品では、視線の動きが著しく限定され、その上で色彩による強い明滅の効果が経験される。しかしこれは、(抑制された色彩の趣味に よって緩和されているとはいえ)椅子に縛り付けられて、目の前のライトの明滅を無理矢理に見せられているような感じで、絵画的な(その中で「目」が動ける ような)「空間」は押しつぶされてしまっているように思う。不透明な 絵の具の重なりによる、ざらつくような視覚的な手応え、視覚による強い触感のようなものは喚起され、それはとても魅力的なのだが。これらの作品は、ストラ イプというよりも、地面の断面である「地層」のような作品で、そのような意味で(重力によって)圧縮されたような迫力はあるが、その迫力は、重力によって 押しつぶされるような圧迫感と共にあるものなのだ。この不透明な色彩の重なりによる圧迫されるような迫力は、もしかするとこれらの作品が制作された60年代の時代の空気と関係があるのかも知れず、さらに、(今回の展示 では観られないが)80年代に制作された作品が、抑制がやや外されたような軽やかなとも、浮遊したとも言えるような感覚をもっていること(そしてサイズも 大型化したこと)などとも合わせて考えれば、一貫して「絵画の自律的な展開」を押し進めてきたと言われる作品も、その根底で実は時代の空気の影響を大きく 受けているとも言えるのではないだろうか。(「偽日記」古谷利裕)


古谷氏はオップ・アートとの知覚心理学的な類似を暗示しながらも、ストライプは地層であり、重力に押しつぶされた圧迫感があり、それは60年代という時代の反映なのだという。抽象画を象徴主義的に解釈し、それを時代背景で説明するというよくある方法だ。

さらに、松浦寿夫は山田氏の製作年疑惑を影響と類似の問題として論じる。

そして、何よりも、彼の作品が時として、フランク・ステラやアド・ラインハートの作品との同時代的な類似性を否応なく帯びてしまうという事実に注目しなければならない。それも、影響関係といった視点からではなく、不意の一致として注目すべきである。類似性の拒絶、ほとんど神経症的なまでのこの拒絶の身振り は、美術史の空間への自己登録の競争的な欲望の発露にすぎないのだが、それは、美術史の戸籍登録的な記述の打ち立てる影響関係という網の目の中でのプライ オリティーの確保がほとんど唯一の芸術的な価値の指標を構成するかのような幻想、市場の論理と連関しつつ肥大化しつつある幻想の一つの局面にすぎない。だが,はたしてこの類似性とは、なんとしても排除されるべき刻印なのだろうか。(「水声通信」松浦寿夫)


なんだか蓮實風文体だけど、類似を影響関係ではなく、「不意の一致」というオカルトまがいの言葉で説明するのは、影響関係なら制作年代が重要な意味を持ってくるからだ。そして「神経症的なまでの類似性の拒絶」というのは、日本人作家の外国人作家との類似を指摘してやまない藤枝晃雄の批判なのだ。

絵画的思考の類似性が無関係な場所で生起することはつねにありえることである。そしてこの類似性の突発的な出現を、影響関係といった語彙とは別の語彙で語る方法こそが発見されるべきであって、これらの突発的な類似性の生起こそがあえていえば絵画の奇跡に他ならない。(同上)

松浦氏はついには「絵画の奇跡」などという文学的修辞に逃げこむ。

藤枝氏は山田正亮の絵画が「演繹的な方法」によって成立していると言う。演繹的というのは既にある絵画理論に基づいて制作するということであり、類似は「不意の一致」ではなく、理論の影響あるいは模倣応用の結果ということだ。藤枝氏は模倣や類似が悪いと言っているのではない。それが何の質も生み出さない作品を批判している。藤枝晃雄は「質」について以下のように述べている。

本来、質は引用や模倣を消滅させてゆくはずなのに、それが不在であるとき、われわれは引用や模倣ではなく、神のみぞ知る非創造としての類似とそこでの差異にのみ注目を注ぐことになる。(『現代芸術の不満』p25強調安積)


残念なことに、わたしは、質を論じるほど山田正亮の作品を多く見ていない。秋にはお別れ会をするという。しかし、回顧展が開催されることは、たぶんないだろう。なんだかこのままウヤムヤになりそうだ。



* 「模倣、引用、影響関係」については別に論じなければならない。

2010.07.26[Mon] Post 16:47  CO:0  TB:0  -山田正亮  Top▲

山田正亮さん死去

山田正亮が81歳で癌のためになくなった。これで制作年疑惑についての本人からの証言はなくなった。

じつは、2ちゃんねるで『山田正亮問題』のスレを立てたのは私だ。

山田問題を藤枝晃雄の『現代芸術の不満』で知り、ネットで検索したけれど何もヒットしなかった。藤枝氏に批判された本江邦夫は『現代日本絵画』の山田正亮論でそのことに何も触れていない。それで、はじめて2ちゃんねるに「山田正亮問題」スレを立てた。すると、すぐに「くそ くそ スレ~ スレ~ THE END」とレスがあってびっくりしたけれど、これは2ちゃんの挨拶みたいなものらしい、そのあとはいろいろと有益な書込みが続き、そのうち山田問題をそっちのけで、本江邦夫の悪口と、業者らしき書込みがふえ、そして御多分に漏れず、2ちゃんねる状態になった。

いまから、この『山田正亮問題』を振り返ってみると、まず、学歴詐称の問題は作品とは関係のないことだから、わたしにはどうでもよいことだ。東大卒だからと作品を買ったひとはどうなるかは知らない。藤枝晃雄の言う「美の商人」の問題だ。

製作年の問題は、これも作品評価には直接関係ないとおもうけれど、現代アートはコンセプトやオリジナリティーが大切なので、誰かがすでにやったことをやっても評価されない。二番煎じだって高度な技術や感覚が生かされているなら、それなりに評価してしかるべきだろに。

山田の作品は企画展や収蔵展で《Works》シリーズの何点か見たことがある。絵画的イリュージョンがあるとは思えないけれど、それなりにおしゃれでセンスの良さが感じられた。もちろん、ストライプのところどころに絵具が垂れたようなハミ出しがあるところは、どうもわざとらしく凡庸にも見えるのだが。

どちらにしろ、いちど山田正亮の回顧展を開くことは意味があるだろう。場所は府中美術館で、本江邦夫と藤枝晃雄がキューレーターを務める。そして、具体的に作品を論じてもらうことで勝負するというのはどうだろう。もちろん制作年代を偽造したかどうかではなく、作品の質を判定する目利きの勝負だ。もちろん実現しないだろうけれど。

藤枝晃雄は、山田正亮についての原稿を頼まれたけれど断ったと現代美術研究会で言っていた。それと、上田高弘の案内で山田正亮のアトリエにいったとも言っていた。発見者としての責任もあるし、少なくとも、記録ぐらいは残しておいて欲しいものだ。



2010.07.23[Fri] Post 18:51  CO:0  TB:0  美術展評  Top▲

『マルレーネ・デュマス ブロークン・ホワイト』



東京都現代美術館の『マルレーネ・デュマス展』を見に行ったとき、カタログを買わなかった。特別感動もしなかったし、絵画として論ずべきことも思いつかなかったからだ。ブログには写真的図像との関わりを書いた。自分では表象文化論のつもりだが、いま読み返してみると、混乱して何が書いてあるのか分からない。

カタログを図書館から借りてきて、あらためて見たけれど、あんなに理屈をこねくり回すほどのことはなかったのだ。すでに流行遅れになったPCやジェンダーや死や生をテーマにした至極単純なイラスト画集だ。赤ん坊は無垢ではなく、こちらを睨みつけているし、混血の子供は右足が白く左足が黒い。ヌードは男も女も生死が定かではなく、なかにはクビを吊っている者もいる。

同じ写真を使ったゲルハルト・リヒターの作品がフォーマリズムなのに比べ、デュマスの作品は表現主義といえば聞こえがいいが、政治的プロパガンダのポスターに見える。デュマス自身もそのことを知っているのだろう、詩のような哲学的断想のような詞書(ことばがき)をつけて、芸術めかしている。

このカタログは、逆説的な意味で、若い美学生や現代美術がちっともわからない美術愛好家に大いに役立つだろう。とくに巻末にある解説やインタービューは、美術は作品ではなく、ハッタリ理屈が大切なことを教えてくれて貴重である。



2010.07.17[Sat] Post 22:08  CO:0  TB:0  -Marlene Dumas  Top▲

絵画の現象学

これはHP『絵画の現象学』から引越してきたものです。HPは面倒なのでいずれ閉鎖します。(2010年7月7日)


以下は、以前に書いた「写真の現象学」から抜粋したものです。
フッサールは、ここではモノクロ写真を例に図像意識の記述をしています。写真 はある意味で最も純粋な図像なので、フッサールの分析も少し単純化されています。ここでは、図像意識すなわち絵を見る視線が三層構造になっていることを理 解すれば、十分でしょう。
*     *     *



               『絵画の現象学』


第一章 フッサールの図像意識の分析

 フッサールの『想像、写像意識、想起』(PHANTASIE,BILDBEWUSSTSEIN,ERINNERUNG1898-1925 HUSSERLIANA BAND23)に沿って、写像意識、すなわち写真を含めた図像意識についての現象学的分析をしておく。
 まず、物理的な事物としての絵(Das physische Bild)である。これは絵具が塗られ、額縁に納められたキャンバス布、あるいは印刷された紙である。これは破いたり、燃やしたり、壁に掛けたりできる事物である。次に一定の色や形によって描かれた三次元の画像であり、そこに現れた像客体(Das Bildobjekt)である。そして、三番目にはその像客体によって表象される像主体(Das Bildsujet)である。この二つは混同されてはならず、像客体は表象するもの、模写するもので、像主体は像客体によって表象されたもの、模写されたものである。客体はいわゆるそこに描かれている図像そのものであり、主体はその図像によって表象されているサブジェクト、すなわちその絵画の主題ということになる。
 この像客体と像主体ははっきりと別ものであり、像客体は類似性によって像主体を再現表象する。我々はそこに描かれ、現出している図像によって、その図像に似てはいるけれど、多かれ少なかれ図像とは異なる事物をみているのだ。
 例えば、子供の写真があるとする。それは物理的写真としては、光沢がある薄い紙で、アルバムに貼ったり、破り捨てることができる。そしてその表面に描かれた図像は、五センチぐらいのおおきさの子供で、皮膚は灰色である。この小さな白から黒の階調で現出している像客体としての子供の図像、すなわち模像再現する図像は、模像再現される実在の対象、すなわち生身の子供を再現表出している。そして、この像客体によって模像再現されている子供は五センチではなく、一メートル数十センチのほっぺたが赤い、血色が良い金髪の子供なのである。
 色彩に注意をむければ、まず紙のうえに配分された色彩がある。写真では白から黒へのトーンの変化で、照明の具合や印画紙の表面の反射等でさまざまに変化する。しかし、描かれた図像の色としては、灰色の濃淡は印画紙の表面に配分された平面的な色ではなく、三次元の立体的な子供の色として現象してくるのだ。しかし、これはあくまでも図像として子供の色であり、この写真を見て、そこに写っている子供が人形のように小さく、肌が死人のように灰色だとは誰も思わない。普通にわれわれが写真を見ているときは、そのような灰色の子供を見ているのではなく、この灰色の図像によって模写された実在的な子供を見ているのである。その実在的な子供は、灰色の肌をしたミニチュアではなく、頬の赤い金髪の子供なのである。
 以上をまとめると、図像は以下のようになっている。

  物理的像(Das physische Bild)→像客体(Das Bildobjekt)→像主体(Das Bildsujet)

 部屋をみまわしながら、壁や家具や窓を見る。子供の写真が、部屋の壁にピンで留めてある。何が写っているか特別注意せず、ただ、壁に写真が貼ってあるのに気付く。それが物理的像(印画紙)としての写真である。つぎに、壁に近づき、写真を見る。写真の縁は、依然として印画紙として知覚しているが、図像の部分は、印画紙ではなく、子供の像として把握されている。知覚している壁や印画紙のただ中に、立体的な子供の図像が現出している。子供の図像と印画紙が争ってはいるが、〈子供〉が圧倒的に優勢で、〈印画紙〉は背景に退いている。この抑圧の力は強く、ふたたび、写真を物理的像(印画紙)として知覚するには、印画紙を折り曲げたり、一部を隠したり、斜めから見るなどして、図像意識を壊さなくてはならない。
 このように、日常的態度で見ているのは印画紙ではなく、図像なのだが、その図像も、通常は、像客体の灰色のミニチュア(像客体)ではなく、像主体の一メートル数十センチの金髪の子供(像主体)である。物理的像と像客体が争っていたように、像客体と像主体も争っているのだが、同じように金髪の子供が優勢で、灰色の子供は押さえつけられている。しかし、灰色の子供は抹消されたわけではなく、ただ、主題化されずに、背後に退いているだけで、いぜんとして知覚されており、いつでも、灰色の子供に注意を向けることができる。
 理論的には、図像の三層は、物理的像が像客体を基礎付け、その像客体が像主題を基礎づけるという具合になっているのだが、経験的にわれわれに最初に現れるのは像主題であり、その欠如態として像客体が現れ、さらにその欠如態として物理的像が現れる。いずれにしろ、図像意識の「類似による模像再現」は一方向的なものではなく、相方向的な関係なのである。
 はじめの物理的像と像客体の関係は、印画紙の表面から三次元の象形が浮き出るといういみでは、ゲシュタルト心理学の地と図の関係に似ているが、正確には、物理的像が地で、像客体が図ということではなく、地と図が未分化な状態が物理的像で、地と図が分離し、図がはっきりと浮かび出ているのが、像客体なのである。
 つぎの像客体と像主体の関係は、物理的像と像客体の関係ほどに、排除的な関係ではない。知覚している像客体に基づいて、像主体が模写再現されるということは、灰色の子供のミニチュアの中に、実物大の金髪の子供が現出すると言うことであり、子どもの灰色の肌は知覚しているが、子どもの肌が灰色であるという断定はせずに、宙ぶらりんにしたまま、ピンクの肌の子どもを見ることである。これが、フッサールのいう図像意識の中和変容であり、類似と非類似の争いの中で、知覚している灰色のミニチュアの存在定立を抹消すること、すなわち、「見ているのに見ていない」という両義性のなかで、ピンクの肌の子ども(像主体) がおのずと現出してくることである。注意しなければならないことは、われわれは灰色の子供を見ながら、ピンクの子供を想像しているのではないということである。像客体と像主体は、同じ図像意識に内在する志向的対象であり、中和変容によって、似ているものと似ていないものがぴったりと一つに重なって (Deckung)いる。このように、意識の様態が、対象の存在を定立する知覚意識から存在非定立的な一種の想像意識に変化することが図像意識の本質であり、類似による代表像の機能と言われるものである。
 何度も繰り返しておくが、絵(paintingではなくpicture)見る意識、すなわち図像(絵画)意識は、あくまでも知覚に基づいた意識であり、知覚とは別の想像意識とは、まったく別の意識なのである。
 図像意識は、三つの層に対応して三つの独立した意識作用があるわけではなく、同じ一つの図像意識が輻輳し屈折しながら、三層を貫いている。ピントの合った写真のように、被写体(像主体)を端的に見るということは、むしろ例外で、本来、図像を見るということは、物理的像と像客体と像主体の三つを、多かれ少なかれ、同時に見ているのだ。三つの層は争いながら、あるものが優勢になれば、他のものは沈黙し、あるものが前景に出れば、他のものが背景に退くと言った具合に、相互に矛盾対立したり、あるいは密着浸透しあっている。
 図像意識の第一の変容であるゲシュタルト化の作用と、第二の変容である中立化の作用は、じつは連続した同じひとつの作用であり、どこまでが知覚意識で、どこからが中立化した図像意識なのか明確に分けることはできない。平面上の色の濃淡が、地と図に分かれ、二次元ものが三次元に見えることも、灰色の髪のミニチュアが等身大の金髪の子供に見えることも、同じ図像意識の作用である。図が地の上に浮かび上がるのは、それが幾何学的に、もっとも単純で秩序だった形だというだけではなく、われわれに親しい道具や自然物の形をしているからでもある。像客体の形態が、たとえば、身体各部位の比率や目鼻立ちが、子供らしさという経験的プレグナンツと共鳴し、大人でも赤ん坊でもなく、まさに等身大の金髪の子供のものとして立ち現れる。
 この像主体も、地から浮かび出た図なのだが、像客体と像主体の間では、類似と非類似の葛藤があり、類似しているゲシュタルトは共振し、増幅されるけれど、類似していない色は、抑圧されて、効力を失っている。肌の灰色はあいかわらず知覚されているけれど、灰色の肌としては措定されておらず、ただ、明度と触覚価値だけが効力を持っている。色には地平があり、モノクロ写真の灰色は、彩度色相が背景に退いているだけで、肌のピンクや髪の金色は色の地平として非顕在的に意識されている。しかし、カラー写真の色は、地平をもたず、彩度色相も含めた十全的な色として発現しているので、灰色は灰色として、明度だけではなく、彩度色相がゼロのフル・カラーなのだ。これは、カラー写真の人物の肌をコンピュータでモノクロにすれば、はっきりする。モノクロ写真の肌の色に違和感はないけれど、カラー写真の肌の色だけをモノクロにすると、強い違和感を感じるのは、灰色の肌が、ぬくもりのない石のような肌に見えるからだ。
 身長に関しても同じことが言える。写真(像客体)がどんなに小さくても、赤ん坊は赤ん坊の、子供は子供の、大人は大人の身長に見えるのは、像主体が知覚世界ではなく、中立変容された図像世界に属しているからだ。もし、子供が図像ではなく、ミニチュアの彫像なら、子供は等身大には見えず、物理的像そのままの大きさのミニチュアに見える。というのも、彫像は、二次元のものが三次元になるのではなく、はじめから三次元の立体として、私の身体と同じ知覚世界に属しているからだ。彫像は、私の身体をパースペクティヴの原点とする遠近法的知覚空間にはめ込まれており、私の身体が大きさの尺度になる。
 知覚された立体像は、執拗に物理的像あるいは像客体にとどまろうとする。立体像を像主体として見るためには、鑑賞に没頭して、わたしの身体を消し、立体像を知覚世界から像世界に移してやらなければならない。たとえば、部屋を暗くして、スポットライトをあてるとか、箱に入れて穴から覗けば、彫像は等身大の像主体になって現出する。それに比べ、図像は、はじめから知覚世界ではなく、想像世界に現出しているので、印画紙がどんなに小さくても、写真の子供は、ミニチュアの子供ではなく、普通の身の丈の子供として現出するのである。
 ベラスケスの描いた二枚の宮廷道化師の絵を例に、像主体の大きさについてもうすこし詳しく見てみよう。一枚目の《宮廷道化師セバスティアン・デ・モーラ》は、頭をやや傾け、思慮深そうにこちらを見つめている。顔は大人だが、手足の長さや頭と体のバランスは幼児的であり、また、両足を前に投げ出し、指が描かれていない両手を腿にのせた姿勢は、座っている人間というより、床におかれた人形のようにも見える。したがって、どこに注意を向けるかで、大人に見えたり、子供に見えたり、あるいは人形に見えたりするのだが、それに応じて、身長も、大人なら一メートル七・八十センチ、子供なら五・六十センチ、人形なら数十センチに見える。この一種の多義的図形も、顔の強い意味作用もあって、セバスティアンが、一メートル前後の小人として、安定的な像になる。これは、図像が純粋に直観志向だけではなく、子供、大人、小人、人形という意味志向もふくんでいることを示している。
 二枚目の《宮廷道化師”エル・プリーモ”》には別の類似の弁証法が働いている。エル・プリーモは、下半身は大雑把なタッチで描かれており、上半身は手が少し短いようにも思えるが、全体の雰囲気は通常の成人男子である。それでも、エル・プリーモが小人かとおもわれるのは、彼が手にしている本があまりに大きいからである。といってもここでは相対的大きさが問題になっているのであり、本が大きいから人間が小さく見えるのか、あるいは、人間が小さいから本が大きく見えるのか、図像だけで決定することは出来ない。美術史家ならこの本が何の本か調べ、その判型からエル・プリーモの身長を割り出すことができるだろう。もちろんもっと手っ取り早く、エル・プリーモが小人だったかどうか文献を調べればいいだけのことだが、肖像画の人物がどのぐらいの身長に見えるかということと、そのモデルの実際の身長とは、関係がないし、また本も、それが道具であるかぎり、人間が手にとって読むのにふさわしい大きさがあるにしても、それはやはり作り物であり、絶対的な尺度にはならない。
 もし、これが絵ではなく、現実の知覚なら、エル・プリーモが小さいのか、本が大きいのか、はっきりと判る。これは、すでに述べたように、知覚世界では知覚する者の身体がパースペクティヴの原点として、大きさの尺度として働いているからだ。図像世界は、知覚に基づいてはいるが、知覚世界とは別の《虚構》の世界なので、図像を見ている者の身体が、直接に図像世界のパースペクティブの原点になるのではなく、存在定立が抹消された身体意識が類似性を通して図像世界のパースペクティブと関係しているからだ。

 尻切れトンボで終わっていますが、図像意識の三層構造は抽象画を理解する場合も重要なことなので、是非憶えておいてください。
 図像主題は、図像の指示対象とも、主題(テーマ)ともちがうモノです。
 それと、図像意識と想像意識とは非常に似てはいますが、別のものです。図像意識はあくまで知覚に基づいた意識です。絵のリンゴと想像したリンゴとはまったくべつものです。図像のリンゴはあくまでキャンバスに塗られた絵の具の知覚に基づいているのです。
 それと、これは絵画を見ることで一番重要なことですが、図像とイルージョンも区別しなければなりません。これも、グリーンバーグや藤枝晃雄などの議論では混乱しているようです。イルージョンとは間違った知覚(錯覚)ですが、図像(Bild)は間違った知覚ではなく、知覚の中和変容、すなわち、知覚しているものを存在すると措定せずに、宙ぶらりんにして見ているのです。この中和変容は、例えば他の記号意識にも起こっていることです。紙に書かれて文字を読むとき、われわれは確かに鉛筆の痕跡を知覚しています。しかし、われわれは知らない文字の場合がそうであるように鉛筆の痕跡を見ているのではなく、その意味を見ているのです。このことは、三層構造と相俟って、図像主題をもたないといわれる抽象画に密接にかかわってくる重要なことなので、注意が必要です。

 また、図像の大きさに関しては、私のブログ「ART TOUCH 美術展評」の「プラド美術館展評」をご覧下さい。ヴェラスケスの『エル・プリモ』について述べてあります。

2010.07.07[Wed] Post 22:44  CO:0  TB:0  ①第一章 フッサールの図像意識の分析  Top▲

『ロシア構成主義のまなざし』東京都庭園美術館

もうとっくに終わっている展覧会だけれど、忘れないうちに印象だけ書いておく。

庭園美術館は駐車場がないので、これまでは目黒駅近くのパーキングメーターに駐車してから、ずいぶんと歩かなければならなかったけれど、目の前に「24Times」が出来て便利になった。

アール・デコの美術館にロシア構成主義の作品が展示されているのはちょっとチグハグで、一階の展示場に入るとタイムスリップしたような妙な感覚になる。

オルセー美術館展やボストン美術館展の明るい印象派の作品を見たあとではどうも古ぼけたように見える。キュビスムやシュプレマティスムの影響を受けた無対象絵画だというのだが、私には両者とは無縁なものにみえる。定規で引いた線は、爪でガラスを引っ掻いたような違和感がある。

ステパーノワの作品に、矩形や円や三角錐を組み合わせたキュビスム風の作品があるけれど、それは表面的な類似のように見える。キュビスムがあくまで空間の探求であったのとはちがって、彼女の人物画は幾何学的図形の組み合わせで描いたイラスト画のように見える。

抽象画に関しても同じことが言える。マレーヴィッチの抽象画には絵画表面の平面性や物質性やあるいは象徴性が認められるのだが、ロトチェンコの《コンストラクション》はどう見ても、図案なのである。構成主義がポスターや産業デザインになったのは頷ける。

定規で描かれた退屈なデザイン作品をみたあとで、写真作品を見るとホッとする。現実の風景や事物の中に見つけたコンポジションには自然や人工を超えた美しさがある。

構成主義というのはキュビスムから抽象表現主義へのモダニズム絵画の系譜につらなるものではなく、モダン建築のデザインの系譜に属するものではないか。





2010.07.03[Sat] Post 16:18  CO:0  TB:0  美術展評  Top▲

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