ART TOUCH 絵画と映画と小説と

もとは美術展評のブログ 絵画と映画と小説と、そして哲学を少々

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.--[--] Post --:--  CO:-  TB:-  スポンサー広告  Top▲

「かんぽの宿」とタクシー業界と宮内義彦

『タクシーを語る』というブログで豊川博圭さんという方が「オリックス『かんぽの宿』売却問題とタクシー」という記事をアップしている。

 密かにタクシー業界が注目しているのがこの問題です。最大の理由は、タクシーの規制緩和を主導し日本のタクシーの秩序を破壊したオリックスの宮内義彦会長がやり玉に挙がっているためです。かんぽの宿の件で鳩山邦夫総務大臣は「李下に冠を正さず」という表現で批判していますが、「タクシーの規制緩和ではリース契約を増やし、思いっきり梨をもいで食ったでしょ」が業界の基本認識です。なので基調は「ざまあみろ」です。

なるほど、案の定そういうことだったのか。わたしは、NHKで上海のシンポジウムの再放送をちょこっと見ただけで宮内氏の嘘を見破ったのだ。(自慢しているw)

豊川さんのブログによると、過当競争を防止するために、タクシーの台数を地域限定で規制緩和以前の認可制に戻すらしい。とんでもない。規制強化には反対だ。そもそも規制緩和というのが嘘なのだ。ちゃんと競争なんかしていないではないか。規制緩和でタクシー会社の保有台数や料金を許可制から届け出制にしたというのだが、じつはリース会社のオリックスが儲かるような巧みな規制をしているのだ。何が規制緩和だ。個人タクシーも自由に参入させろ。タクシー乗り場でごろつきみたいのが客を捌くな。あれは競争させないようにしているのだろう。客に自由にタクシーを選ばせろ。おなじように運転手にも客を選ぶ権利をあたえろ。短距離だったら断る権利をタクシーに与えろ。

ためしに白タクを認めてみろ。いかにタクシー業界が規制だらけかわかるだろう。今は知らないが、サッチャーのころロンドンでは白タクがふつうに営業していたぞ。もちろん、料金は交渉できめる。ちょうど良いところで値段は決まる。決まらなければ運転手も客も断ることができる。これがほんとうの規制緩和だ。今必要なのは規制強化ではなく、規制緩和なのだ。

それにしても、豊川さんはずいぶんと寛容ですね、「ざまあみろ」で済むんですか。済まないでしょう。西川善文氏は、どうやらこの一件を闇に葬ろうとしているようです。自分で調査委員会を作るといっているところが一番あやしい。アメリカの調査委員会でもわかるように、自分で調査委員を指名するときは必ず自分の不正を隠したいときです。鳩山邦夫さん、まさか、うやむやにしないでしょうね。ちゃんと調査委員会をつくって、「闇」を解明してください。でも、委員にふさわしい人材なんて、政官財学マスコミのどこにもいない。竹中平蔵が委員長だったりしたらどうなるんだろう。

PS:タクシー業界の過当競争はリース会社が悪いわけではない。リースは参入・退出のコストを低くするから、市場を活性化するはずだ。ところが、タクシー業界は、景気に左右されるけれど、ほぼ決まったパイを台数の割合で分けあっているので、一台あたりの売り上げが減っても、会社全体の利益が少しでも増えれば、過当競争であっても増車した方がとくである。自分が増車しても、競争相手が増車しても、一台あたりの売り上げは減るからだ。しかし、全体の取り分は、営業台数の割合で決まる(このあたりは限界収益逓減法則の問題だけではない)。それなら、競争相手より多く増車したほうが良い。その分を運転手の取り分を減らすことになる。このようなチキンレースをやっているので、どこも減車はできない。だから、今回のようにカルテルを結んで、一斉に減車をしようということになる。とうぜん個人タクシーの認可も役所の裁量で増やさないようにする。業界から政治家に献金され、役人は業界に天下りする。やれやれ、元の木阿弥だ。(以上の趣旨の経済ブログを読んだ記憶がある。判ったら報告します。)
スポンサーサイト
2009.01.31[Sat] Post 21:35  CO:0  TB:0  名称未設  Top▲

「かんぽの宿 日田」の闇

鳩山邦夫が「かんぽの宿 日田」を視察して、こんなに繁盛して赤字なのはおかしい、一括譲渡しないで経営努力すべきだと言ったそうだ。たぶん役人が繁盛している「かんぽの宿 日田」の視察をお膳立てしたのだろう。それにしても鳩山邦夫はなぜあんなにはしゃいでいるのだ。一括譲渡を「濡れ手に粟どころか、お風呂に入った濡れた身体で粟まみれになっている」とテレビカメラの前で言っていた。

かんぽの宿は天下りのために作ったものだ。それでは当然無駄になるから民営化する。譲渡自体は間違ってはいない。ただ、国有財産を怪しい闇の人脈で山分けするのはまずいということだ。しかし、鳩山総務大臣が闇の解明と言ったのは、総務省の役人の利権を守ることらしい。これまでも不思議な「不良債権」の処理は行われてきたけれど、今度は外資の禿げたかではなく、日本の鳶(トンビ)があぶらげを狙っている。

とは言っても「市場原理主義者」として、官から民へは基本的に賛成である。ただ、日本のように官と民が癒着して、政官業学マスコミの「腐敗の五角形」があるところでは、市場が機能しなくなっている。

鳩山兄弟はそろっておかしくなっている。兄は昔の社会党みたいなことばかりいっているし、弟は役人の言いなりだし、どっちにしても日本のいく末を案じるほかない。

PS:前回、ググッたときはうまくヒットしなかったけれど、西川善文と竹中平蔵のあやしい関係はよく知られていることらしい。高橋洋一は「さらば、財務省」などで竹中氏との交流に触れているが、とすると高橋氏も信用しない方が良いのかもしれない。鳩山邦夫さん、やっぱり「かんぽの闇」は深いようです、解明してください。





2009.01.30[Fri] Post 22:21  CO:0  TB:0  名称未設  Top▲

『巨匠ピカソ』展(国立新美術館・サントリー美術館)

前回は『セザンヌ主義』で、今回は『巨匠ピカソ』である。セザンヌとピカソを論じるということは、モダニズムの歴史を論じることだから、私の手に余る。いま、デ・クーニングの《女》のことでグリーンバーグを読んでいる。キュビスムとか抽象画については、そのうち書くつもりだ。

そういうわけで、『巨匠ピカソ』展については、とくに面白かった作品をあげておく。どれも小品である。

一番面白かったのは、《海辺を走る二人の女》(1922年)だ。突然、向こうから目に飛び込んできた。とても大きく見えたが、じっさいは32.5×41.1cmの小さな絵だ。向こう側の女の左手が前方に長く伸び、黒い髪がなびくというより、房になって後ろに引っ張られるように伸びている。人物はハッチングで陰影が描かれ、砂浜には影がある。背景の海と空はほとんど同じ明度の青だ。

もう一枚は、《マリー=テレーズの肖像》である。ピカソのにはめずらしく淡い中間色で、唇は黄色で肌は薄い青だ。帽子もニットの服もストライプで、顔はもちろん正面と横顔が一緒になっている。初期の分析的キュビスムのように直線ではなく、曲線で描かれているので、女にはふくらみがある。直線は平たい面を作るが、曲線は立体感を生む。女の背後に見える壁と床と天井が直線で仕切られて平面的だが、その直線は同時に歪んではいるが、線遠近法の室内空間の深い奥行きを生み出している。目を楽しませてくれる絵だ。

もう一枚は『巨匠ピカソ』展ではなく、その帰りに寄ったブリヂストン美術館の『都市の表象と心象-近代画家・版画家たちが描いたパリ』展で見た。《生木と枯木のある風景》だ。次の展示室に移る端の壁に掛けてあり、「あれぇー変な絵がある、ルソーみたいだ」と一瞬、思ったけれど、すぐに家がキュビスム風で、全体が平面的な印象に変わった。切り抜きのような雲、山、家並み、池、草地、樹木がコラージュのように重ねられている。キャプションをみるとパブロ・ピカソだった。

以上の三作品が目をひいたのは、たぶんそれが小さな具象画だということにもありそうだ。小さい絵は全体が一挙にとらえられるし、近くで見るので絵具もよく見える。また、キュビスムでも新古典主義でも、その誇張やゆがみがほどよく押さえられていて、見ていて飽きない。さらに、小さい図像客観が大きな図像主題にみえるので、それだけ絵に没入することが容易になり、絵を見る楽しみが強まる。もし、大きな絵なら、図像客観と図像主題の大きさが重なり、我々の想像身体が現実の身体と重なって、絵画空間に没入することが妨げられてしまう。

図像主題をみるということは、絵画空間と観者の身体空間とが切断されるということである。それがいわゆるグリーンバーグの歩いて入れるイリュージョン空間であり、歩いて入るのは観者の知覚身体ではなく、想像身体なのである。

(ごちゃごちゃになったので、ひとまず遅いので眠ります。明日、読み直して、たぶん支離滅裂だろうから、かきなおします。お休みなさい。)

2009.01.27[Tue] Post 21:38  CO:0  TB:0  -ピカソ  Top▲

『セザンヌ主義』(横浜美術館)★★★★

きのう(1/23)日帰りで横浜美術館まで『セザンヌ主義』を見に行ってきた。横浜美術館がこんなに混んでいるのは初めてだった。「新日曜美術館」で取り上げたのかしら。でも、画家風の観客が多かったようなきがする。

セザンヌについては子供の頃から気になっていたことがある。それは、《サント=ヴィクトワール山》の絵で、前景の樹木の枝がサント=ヴィクトワール山の稜線に沿って伸び、決して重なっていないのが不自然で、見るたびに落ち着かない気分になった。おそらく、かさねると前後関係が図解的になるのを避けたかったのだと、今は勝手に解釈している。今回、それを確かめるのも楽しみだったけれど、そういう構図の《サント=ヴィクトワール山》はなかった。

あまり期待してはいなかったのだが、人物画、風景画、静物画の三つのセクションに分け、セザンヌとセザンヌに影響を受けた画家たちの作品が展示され、見応えのある展覧会だった。

いま、カタログを探したけれど、見つからないので、どこで見たのか正確にはおもいだせないが、はじめてセザンヌに感動したのは、《小川》と題した風景画で、つい二三年まえのことだ。

今回の『セザンヌ主義』はセザンヌと彼に影響を受けた画家の作品が並べてある。いわば、それぞれの画家が、言葉ではなく絵でセザンヌ解釈していることになり、そういう意味では素人にも楽しめる、ついでに、ちょっと近代絵画のお勉強もできる展覧会になっていた。できればキュビスムを通過しない抽象表現主義への影響も示してほしかった。

横浜美術館の企画の成功である。(帰ろうと展示室を出たら、遠くのほうに森村泰昌の《赤いマリリン》が見えた。ウヒャー!星一つマイナスして、星★★★★四つです。)
2009.01.24[Sat] Post 21:25  CO:0  TB:0  -セザンヌ  Top▲

郵政民営化の闇

鳩山邦夫がかんぽの宿売却を、わざわざスキャンダルをほのめかすように「闇」と言っているのは、おそらく、民営化反対派、就中、天下り先を失う官僚たちの巻き返しなのだろう。鳩山が本当に「闇」をはらすつもりがあるのかは疑問ではある。「闇」をはらすには、政官業学マスコミの癒着を暴かなくてはならないのだ。

天下り利権は本来この五角形の癒着構造のなかにあるのだが、「かんぽ」は総務省の弱小利権だから、より上位の利権集団と齟齬をきたしている。上位の利権とは、たとえば中国援助ODA利権で、これは政官業マスコミ学界の癒着の典型的なものである。NHKで見た上海のシンポジウムはそのメンバーのそろい踏みなのだ。

なぜ、中国援助が闇になるかといえば、マスコミが報道しないからだ。報道しないのは自分がそのメンバーだからだ。むかし、インドネシア賠償のスキャンダルがマスコミを騒がしていたが、中国の6兆円の腐敗は報道されていない。それは左翼偏向だけではない。新聞記者が利権集団のメンバーだからだ。
2009.01.24[Sat] Post 15:09  CO:0  TB:0  名称未設  Top▲

「かんぽの宿」オリックスに一括譲渡

「かんぽの宿」のオリックスへの一括譲渡に総務大臣の鳩山邦夫がクレームをつけた。それを、例によって、竹中平蔵が批判して、その批判に鳩山総務大臣が反論した。このやりとりは皆さんのご存じのとおりで、目新しいところはない。鳩山氏の竹中批判は官僚が入れ知恵したとおもわれるようなおかしなもので、民営化の趣旨から見れば竹中氏がおおむね正しいのは、池田信夫Blogの「鳩山邦夫の暴走」 を読めば分かる。

しかし、どうもしっくりこないのだ。うさんくさいのだ。そう感じるのは、元日だったか二日だったか忘れたが、上海で開かれた経済シンポジウム(去年の10月)の放送を(数分間だけだけれど)NHKで見ていたからだ。シンポジウムの司会をしていたのが竹中平蔵氏で日本側の出席者にはオリックスの宮内義彦氏や森ビルの社長(?)がいた。去年の十月といえばすでに中国の経済破綻は判っていたはずなのに、上海の高いビルがそびえる風景を映し出すというちぐはぐなものであった。たぶん上海万博の宣伝番組なのだろ。

オリックスは知らないが、森ビルは上海でとんでもない目にあっていることは公然なのに、それについては知らんぷりである。なぜ森ビルが平然としているかというと損害は政府が尻ぬぐいをしているからだ。迂回融資を含めて6兆円という金を政治家官僚財界マスコミがくいものにしている。

それから日本郵政の社長の西川善文氏は、民営化のときに確かJR東海の葛西氏生田正治総裁(09/2訂正)を押しのけて強引に社長になった人物ではないか。いまネットで調べたけれど、よく当時の事情は判らない。けれども、国鉄民営化で実績のある葛西氏を押しのけて、とかく噂のある西川氏が社長になったのは、当時からおかしな気がしたものだ。

そう思っていたら、今週の「週刊文春」に「鳩山総務大臣『かんぽの宿“闇”は私が晴らす』」の記事が掲載された。一般競争入札だからといって公正とは限らないという当たり前の話だけれど、興味のある人は「文春」を読んでください。

ps:誤りがありました。訂正しておわびします。

 

記事『郵政民営化の闇』へ

2009.01.23[Fri] Post 23:01  CO:1  TB:0  名称未設  Top▲

経済学を必修に

YOMIURI ONLINEに、「横浜市教育委員会は2010年度から、学習指導要領で選択科目の日本史を全市立高9校で必修にする方針を固めた。」(1/20)の記事があった。

もちろん自国の歴史を学ぶのは良いことだが、現在の日教組そだちの教師たちに日本史を教えるのはむりだろう。教師のなかでも社会科の教師はとびきり質が悪いのである。彼らは、たいていはフランス革命に夢中で、自由平等博愛を賞賛するけれど、その合理主義が政治テロばかりか市民の虐殺に至ったことにふれようとしない。

そして教師たちは経済学を知らない。「市場」を知らない。憲法は教員免状の取得に必修だが、経済学は知らなくて良いらしい。市場は希少な財およびサービスを合理的に分配するのはもちろんだが、自由や倫理に深く関わっているのだ。

経済学の知識が多少でもあれば、マスコミ報道の偏向ぶりに、惑わされることもない。近頃の変な報道の最大のものは「派遣切り」だろう。労働三法のことは(小)中高(大)と繰り返し聞かされるのだが、労働サービスが市場で取引される商品だということは教わらない。教わることは教わるのだが、それは、労働者は資本家に搾取される奴隷だという理論だった。もっとも、労働市場の機能を麻痺させる法律をせっせと作るよりいっそのこと奴隷制を導入した方が効率的なのかもしれない。実際にノーベル賞受賞者のそういう趣旨の研究があるそうだ。(池田信夫Blog

いま、いちばん必要なのは教員免許取得に憲法ではなく「経済学」を必修にすることだ。もちろんマルキシズムは経済学ではない。
2009.01.22[Thu] Post 14:30  CO:0  TB:0  経済  Top▲

TVタックル:渡辺・江田・高橋

TVタックルは大竹まことが不愉快なので普段は見ていないのだが、Youtubeで渡辺・江田・高橋の三人がゲストで出ていた放送を見た。高橋洋一が国民会議に参加すれば安心だが、そういうわけではなさそうだ。それに、彼は中川(女)氏のブレーンではなかったのか。

渡辺氏が小沢と通じているというもっぱらの噂だが、もしそうなら期待はできない。維新をめざすなら尊皇攘夷が原点だ。渡辺は今の自民の弾圧を「安政の大獄」だといっているが、幕末の右往左往が「倒幕」に収斂したように、「国民会議」が「倒官」にまとまるなら大きな力になるだろう。

でも、それはやっぱりマスコミ次第だ。マスコミはなにが何でも小沢民主だから、国民会議が盛り上がる可能性はほとんどない。このことに関してはネットウヨもたよりにならない。いつまでも麻生でいいのか。たしかに福田のあとだから麻生の外交は少しはましに見えるが、それにしても、渡り容認発言といい、ここまで官僚のいいなりというのは、結果的には政官財の癒着利権のトライアングルの強化にしかなっていないのではないか。近頃のテレビは再び中国の広報番組であふれ始めた気がする。とくにNHKとTBS。

消費税率を上げるというのは政治的にも経済政策的にもとんちんかんな話なのだが、あれは高橋氏が言うように官僚が自分たちの天下り利権の財源確保をするためだ。三宅氏が、高橋氏を前にして、いつものように、消費税はいずれ上げなければならないのだから、あえて明言したのは政治家として立派なことだと言ったのには唖然とした。ほんとうに年をとると言うことは悲しいことだ。

それから小金治大竹が静かにしていたので、最後まで見た。できれば高橋氏にバラマキについて大竹に講義してほしかった。
2009.01.22[Thu] Post 01:12  CO:0  TB:0  名称未設  Top▲

Philip PearlsteinとLucian FreudとDe Kooning

NYTimesにPhillip Pearlsteinの展覧会のレヴィユー“It Is What It Is: Portraits of the Human Figure”(by KEN JOHNSON)が出ていた。

リアリズムが1960年代に甦った。フィリップ・パールシュタインはリアリズムを復活させた立役者の一人である。モンクレール美術館で開催されている小規模だが驚くほど変化に富んだ展覧会“Philip Pearlstein: Objectifications,”は彼の七十年の画業に焦点をあてている。
パールシュタイン氏は三十代後半の1961年頃から日常的なヌードを描き始めた。これまでもあった古めかしいアイディアだったが、彼の手にかかるとヌードもひどくモダンなものになった。かれは裸体画から連想されるありきたりな観念をすべて排除した。裸体画を描く言い訳に使われてきた美、エロティスム、神話、寓意などを捨て、裸の身体というありのままの事実だけを残したのだ。

「裸の人体というありのままの事実」という点では、パールシュタインのヌードは、イギリスのルシアン・フロイトのヌードに似ている。両者とも、モデルが床やベッドに無防備に寝転がっているところなどは同じだ。しかし、それは表面的な図像の類似であって、両者の技法も表現もまったく異なる。

バールシュタインはポップを捨てて、リアリズムに方向転換し、そして、再び、ミッキーマウスや模型飛行機や風向計などの小物を使って
ポップに回帰したといわれているが、パールシュタインのヌードは、はじめからポップであり、リアリズム風に描かれたイラストだったと思われる。

たしかに、うつろな視線、萎びた貧乏くさい乳房、漫画のようにゆがんだ短縮法、キャンバスの縁に切り取られた頭、ミッキーマウスのネオンサイン、羽の曲がった風向計などは、たとえば、ブグローの裸体画にあるキッチュなものを排除したように思われるが、それは錯覚であり、パールシュタインの使った手法はとうの昔にキッチュになっている。これは、
ピクトリアリズムのヌード写真に飽きた写真家がなんとかヌードを芸術にしようとあれこれ工夫した手法であり、いまでも繰り返されている陳腐な手法だ。

ケン・ジョンソンはパールシュタインのヌードはモダーン(modern)だという。たしかに、図像はフラットである。しかし、これが、グリーンバーグ流のモダニズムを意味するなら、ジョンソン氏は間違っている。パールシュタインの手法はキッチュであっても、アヴァンギャルドではない。彼の工夫はそこに何が描かれているか、それは何を意味するかの図像学上の工夫である。アヴァンギャルドとは絵画の自己批判、すなわち、平面性と矩形の形態と絵具の質に関わる革新のことだ。言い換えれば、「絵画の三層構造」、すなわち物理的絵画、絵画客観、絵画主題相互の弁証法の緊張のことであり、表現主義や象徴主義の美的価値は、第四の層ではなく、それぞれ、三つの階層に付随的に付け加わるのだ。

この意味で、ルシアン・フロイトこそがモダニストなのだ。フロイトの絵具はキャンバスの平面に擦りつけられて、その物質性を露わにしている。古大家はイリュージョンによって絵具の物質性を隠していたが、フロイトは
絵具の層とイリュージョンの層を統合(synthesis)している。ヴェラスケスの布地は、観者と作品までの距離によって、物質的絵具に見えたり、あるいは、光沢のある絹の布地に見えたりするのだが、ルシアンの絵肌は絵具であるとともに、同時に、布地であり、皮膚なのだ。

フロイトは、デ・クーニングが失敗したリニアとペインタリーの総合を成し遂げたのではないか。フロイトはセザンヌに学んでいると思う。フロイトの筆のストロークはセザンヌよりも長く大胆で、かつストロークとストロークの重なりに生まれる繊細な線や隙間や、
いま、左の画集をみながら書いている。本物は森美術館の『アートは心のためにある:USBアートコレクションより』で《ダブル・ポートレイト》を見ただけだ。それで、『ルシアン・フロイト』の記事を書いたのだけれど、フロイトがおもしろい理由をはっきりと言葉にすることができなかった。もちろん「絵画の三層構造」の間の弁証法的緊張にあるにはちがいないのだが。
しかし、NYTimesのパールシュタインのレヴューを読んで、少しフロイトが理解できたような気がしてきた。それと、上野の森美術館で見たデ・クーニングの《無題(女)》について批評を書こうと、 グリーンバーグのエッセイをいくつか読み返したら、フロイトのおもしろさはフォーマリズムのおもしろさだとやっとの事で自覚した。

ちょと言わせてもらうと、セザンヌの問題に対して、ピカソとマチスがそれぞれのやり方で それなりに解決法を見つけた。そして、その両者を総合しようとしてデ・クーニングは失敗した(と僕は思っている)。それをフロイトはセザンヌに戻ることによって、抽象ではなく、再現具象の中で解決しようとした。という図式を妄想しているのだけれど、妄想は妄想ですから気にしないでください。

それから、ついでに言っておくと、パールシュタインとフロイトのモデルの《自然な》ポーズは、両者では全く意味が違っていることに注意しなければならない。パールシュタインのヌードモデルは性器が見えないようにポーズしているが、フロイトのモデルは性器を隠しているわけでも、見せびらかしているわけでもない。ただ顔がそこにあるように性器がそこのある。そのポーズにはピカソ的なキュビスムが隠されているようにみえる。このことは、かれの鼻梁の非対称的な描写にもあらわれている。

もし、まともな学芸員が日本のどこかにいるならば、かならずや、フロイトの回顧展を企画しているにちがいない。世界文化賞委員会はもし自分の賞に価値があると思っているなら、はやくフロイトに授賞してくれ。彼は今86歳、早くしないとまにあわない。

それから上にアフィリエイトとしたフロイトの画集は、美術愛好家なら必ず備えておくべき本だ。


浮いた身体の下にできる細い黒い影は、きっちりと描写された造形に開放性を与えている。
2009.01.20[Tue] Post 02:10  CO:0  TB:0  Philip Pearlstein  Top▲

『パンダは日本に必要ですか?』マイケル・ユー

これも、図書館の新入荷でみつけた。タイトルになっているパンダ商法に関しては、去年のチベット騒動のときにネットで暴露されたからしっている。でも、リンリン・ランラン(だっけ)のときはマスコミは友好々々とばかり言って言っていたので、まさかそんな大金をふんだくられていたとは気づかなかった。絶滅しそうだというのも、どうやら怪しいもので、絶滅種指定のために生存数をごまかしているらしい。

副題に、「中国ソフトパワー戦略の脅威」とあるように、中国は自国民をだますだけではなく、世界中の国をだまくらかそうとしているのがよくわかる。中国が日本に嘘ばかり言っているのは、日本が弱腰のせいかと思っていたが、どうやらそうではなく、世界中で嘘を言っている。

日本でも開催していた兵馬傭展が実は本物ではなく、複製品だったとことがドイツやイギリスで露見して大騒ぎになった。しかし、中国側は最後まで責任を認めなかったらしい。そういえば毒餃子事件もそうだった。

ミュージカルの『ファーストエンペラー』の中国公演、キング牧師石像制作の中国人彫刻家の指名、フライング・タイガースの操縦士の頭像の寄贈、チャイナ・ガーデンの企画などについて書いているが、一番おもしろかったのはチャイナタウンで作ったがらくたの『平和の鐘』を寄贈して議会に飾れと要求した話だ。これはたぶん日本が国連に贈った『平和の鐘』に対抗したのだろう。この鐘は毎年9月21日の「世界平和デー」の式典で必ず打ち鳴らされそうだ(Wiki)。

この本で判ったことは、中国は日本だけに不当な要求をするわけではなく、世界中でやっていることだ。ただ、それを日本のマスコミはちゃんと報道しない。それと、中国のプロパガンダは反日が核になっているらしいことだ。もちろん、これは国民党の反日宣伝工作の成功体験をもとにしているのだろう。そして、アイリス・チャンの胸像がスタンフォード大学のキャンパスにたっているのは、共産党が国民党のプロパガンダの応用に成功しているということだ。

でも、中国がそこまで無防備に嘘をついているならば、嘘がばれるのも時間の問題だと楽観的に考えるほかない。つかずはなれずやっていけばよい。東アジア共同体なんてとんでもない、深入りしないことだ。

 

2009.01.18[Sun] Post 17:44  CO:0  TB:0    Top▲

渡辺・江田vs中川・小池

麻生vs小沢の対決はマスコミの世論操作で小沢の圧勝である。こんな簡単に操作できるからこその愚民なのだが、それにしても定額給付金に70%が反対だというのはにわかには信じられない。いったい、誰がテレビを見て、だれが新聞社のアンケートに答えているのか。両者は重なっているのではないか。そもそも無作為抽出の電話調査の電話って固定電話のことじゃないか。

そんなことはともかく、渡辺 喜美は江田憲司と一緒に「国民会議」を発足させたそうだ。これで霞ヶ関解体を目指すのは、小沢民主と中川(女)上げ潮派と渡辺国民会議の三つになったわけだ。

このなかで、まず民主党は小沢がどんな奇手を使うか判らないが、労働組合の支援を受けている限り改革はむりだろう。それに小沢は媚中だからまったく問題にならない。

それに、中川(女)には高橋洋一がついているらしいが、前にも述べたように、移民一千万人とか、小池を従えての中国詣でをしているようでは、改革はむりだろう。

渡辺の「国民会議」は、まだよく正体が判らない。官僚内閣制打破に関しては本気だと思うが、定額給付金を失業者支援に回せといっている。これで、経済政策は大丈夫か。江田憲司と協力するらしいが、江田も経済に関しては頼りない。脱藩官僚の会の高橋洋一は中川(女)についているなら、渡辺にはほかのマクロ経済のアドバイザーが必要だろう。

それでも、「国民会議」のメンバーに屋山太郎と江口克彦がいるのだから、上げ潮派のような媚中派ではないのだろう。屋山はもともとの官僚内閣制打破の言い出しっぺだし、江口は台湾から勲章をもらっているようだから心配はなさそうだ。

「国民会議」はどちらかというと地方分権を重視しているようだが、その辺のことはわたしにはわからない。しかし、「国民会議」が少しでも盛り上がれば、このまま小沢に日本をむちゃくちゃにされるおそれはなくなるような気がする。そうであれば、きっと、マスコミ(朝日NHK)は「国民会議」をつぶそうとするだろう。すでに、朝日の報道はそうなっているようだ。

いま期待されるのは平成維新だ。明治維新では尊皇攘夷佐幕開国といろいろあったし、たぶん地方分権と中央集権の対立もあっただろう。だけれど、その根本は尊皇攘夷だったのだ。ちょっと右翼っぽいけれど、これは聖徳太子の維新のときは相手は中国だったし、明治の時は欧米列強だった。そしてこんどは米中同盟が相手だ。米中二カ国から独立することが平成維新の眼目である。

明治維新が成功したのは適度なナショナリズムがあったればこそだ。ともかく「国民会議」がどうなるか期待いしてまとう。いまのところ麻生支持を変えるつもりはない。
2009.01.16[Fri] Post 14:32  CO:0  TB:1  名称未設  Top▲

韓国人元慰安婦、韓国政府と米軍を告発-NYタイムズ紙

というわけで、 ネットはもりあがっているようだけど、みなさん冷静になってください。これはせいぜい管理売春の問題で、謝罪すれば済むけれど、日本の従軍慰安婦は奴隷制度だったと白人たちは言っているのだ。ジェンダーの隠れ蓑を着ているけれど、従軍慰安婦の問題は戦前から続く日本人にたいする白人たちの人種差別の現れだということを忘れないように。

それにしても、CHOE SANG-HUNという記者は何者なのか。

Scholars on the issue say that the South Korean government was motivated in part by fears that the American military would leave, and that it wanted to do whatever it could to prevent that.
 
scholarというのは学者なのか専門家なのかしらないけれど、米軍に撤退されるのを恐れ、何としても撤退を阻止しようと、女を世話したと言っている。まるで子供の言い訳みたいじゃないか。こんなことを韓国の専門家は本当に言うのか。しかも複数だ。

日本は戦後、進駐軍のレイプを恐れて、便宜をはかったと正直にいっている。

もっとも、韓国の日本への変な言いがかりを聞いていると、韓国が日本なんかよりずーと早くポストモダン化しているのは知っている。でも、この複数の専門家はなぜ匿名なのか。彼らの専門領域には日本の従軍慰安婦問題も入っているのか。

NYTimesはこんないい加減な記事を載せていいんですかね、上杉隆さん
2009.01.15[Thu] Post 00:44  CO:0  TB:0  名称未設  Top▲

岡本太郎・横尾忠則・赤瀬川原平

椹木野衣氏は『日本ゼロ年』の出品作家に岡本太郎と横尾忠則を選び、また、「『爆心地』の芸術」の中で、赤瀬川原平の《千円札偽造事件》を現代美術の画期的な出来事だといっている。たしかに、この三人は1960年代を代表する現代アーティストであることは認める。しかし、それは同時に、日本の美術評論が堕落していく始まりだったように思える。
『LRリターンズ』に連載した原稿に、この三人に触れたエッセイがあったので、それを転載する。読みやすいように行替えをした。



批評なき批評の時代
美術評論との出会い

「批評なき批評の時代」なんていうおこがましいタイトルを付けたことを後悔している。これじゃ、美術批評が何か知っているみたいだけど、そんなことはない。ただ、批評と称するものは巷にあふれているが、素人の美術愛好家に役立たない美術評論ばかりだと嘆いているのだ。

「役立つ」美術評論なんていうと、料理や英会話の本のようだが、そういうことではなく、この展覧会が面白いですよと書いてあるので、行ってみたら実際面白かったというような評論が、素人にはさしあたって「役立つ」美術評論ということだ。もちろん、そのためには、見に行きたくなるように書いてなければならない。読んで面白くなければ行く気にならない。そして、行って見たら面白いだけではなく、なるほどと納得することが書いてなければ、やっぱり役立つとはいえない。

図書館で美術書を借りていろいろ読んでも、そんな役立つ美術評論はなかなかみつからない。当たり前のことで、美術書を読んでも、作品が面白いかどうかは実際に作品を見なければわからない。作品を見なくても面白い評論というのもあるだろうが、そんな美術評論はたぶん作品のことは何も書いていないだろう。

図書館には画集もあるから、写真と比べながら読めば、図像学や構図や造形などの大ざっぱな鑑賞のポイントがわかるにしても、それでいったい絵の面白さが分かるかどうかははなはだ疑問だ。むしろ素人の名画鑑賞にありがちな型にはまった偏頗なものになるのではないか。

そもそも美術愛好家が読む美術評論とはどんなものだろう。まさか、美学の本は読まないだろう。アマチュアが読むのは新聞の文化欄や雑誌、テレビの芸術番組ぐらいで、それもたいていわたしのように展覧会情報を得るためだろう。展覧会に行くと思いがけなく混雑していることがある。泰西名画が目玉の美術館展なら観客が詰めかけても驚かないけれど、そうではなく、現代アートやマイナーな画家の展覧会が混雑しているのは、たいてい『新日曜美術館』か『美術手帖』で特集が組まれているのだ。『新日曜美術館』は美術愛好家や研究者をゲストに呼んで感想を言わせるが、『美術手帖』の方はすこし違うようだ。『手帖』を読んでやってくるのは若い美大生が多いようだ。しかも特集だけではなく、新人のインタビュー記事や雑報欄までよく読んでいる。原美術館のような私立の美術館や、都心から離れたギャラリーでも、美大生風の若い人たちが、現代作家の作品を熱心に見ている。かれらは美術愛好家というより、売れる絵を描きたいと夢見ている画家の卵たちなのだ。かれらが『美術手帖』の難しい美術評論をどう理解しているのか判らないが、たぶんその難しい芸術理論の具体例として作品をみて、そこから新作のためのアイディアを得るのだろうか。そんなことをしたら、堂々巡りにならないだろうか。いずれにしても愛好家には『美術手帖』は役にたたないし、そんな作品を見せられるのは迷惑な気がするが、どうだろう。

おそらく愛好家がよむ美術評論でいちばんまともなのは展覧会カタログの解説だろう。たいていは美術館の学芸員や外部の評論家が書いている。もちろん展示作品がいかにすばらしいか書いてある。主催者がわなのだから仕方ないが、賛辞ばりで批判的な視点がないと、われわれの鑑賞眼がなまくらになる。批判がないということでは新聞社の文化欄も似ている。そもそも新聞社は自分のところが後援している展覧会ばかり取り上げる。なかには絵画ビジネスをしている新聞社もあって、お互いに商売の邪魔はしないということなのかもしれない。

それとちかごろ気になるのは、学芸員や新聞記者が作家にインタビューして、その言い分をそのまま、まとめた評論が多いような気がする。反対に、フリーのキューレーターが書いたイベント屋の企画書みたいなものがあって、その理論にあてはまるような作家を集めて並べたような展覧会が増えている。こういうのは役に立たないというより読んでもたいていちんぷんかんぷんだ。やっと理解できても、それがいったいどうしたというのかわからない。こういうのは美術評論というより芸術論で、作品は論文の添付資料みたいなものだ。

こんな文句ばかりを言ったら、役にたつ美術書なんてなくなってしまう。仕方がない、美術評論は、いっさいご破算にして、まず、美術評論なんか知らなかったときから始めることにする。わたしの美術評論との出会いを書いておこう。

わたしが初めて聞いた「美術評論」は小学校二年のときに図工の時間に先生が僕の絵を見て言った言葉だ。先生は「お日様なんて見えないでしょう。見えないものを描いちゃダメよ」と言ったのだ。僕はうろたえた。と言ってもクールベが「天使は見たことがないから描かない」といったリアリズムの意味ではなく、ただ、見もしないのに他の人のマネをして太陽を描いたことが恥ずかしかったのだ。もちろんそれ以後は太陽を描かなかった。

それから小学5年になるとクラブ活動がはじまり、図工も専科の先生が教えるようになった。わたしは図工クラブに所属したけれど、そこで教わったことは人とちがうオリジナルなことをやれということだった。たとえば一筆書きで人の顔を出来るだけたくさん描くという課題を出されたとき、他の人はみんな丁寧に無駄な線が無いように描いていたが、わたしはすぐに先生の意図を理解して、わざと一筆書きだとわかるように、歪めたり寄り道したり繰り返したり行ったり来たりして描いたら、案の定先生は褒めてくれた。いま思いかえすと赤面のいたりだが、あのころは自分に絵の才能があると少しうぬぼれたことは確かだ。それもデッサンが下手なことがわかって、うぬぼれはすぐに無くなった。

最初に読んだ美術書が子供向けに書かれた嘉門安雄の『世界美術物語』(偕成社版)だった。カバーの表紙はゴッホの《アルルの跳ね橋》で、裏表紙はミロの絵だった。カバーだけがカラーで、あとは口絵を含めて写真はすべてモノクロだった。この本で画家や彫刻家の名前をたくさん憶えたが、中味は美術史概論風で、絵の面白さを少しも教えてくれなかった。ヨルダーンスやマネの裸体画が載っていたが、一番のお気にいりはベルニーニの《聖テレジアの法悦》で、半開きにした口や、突っ張った足の指は、ひどくエロチックに思え、繰り返し見た。

最初に感動した絵はゴッホの絵だが、それも『世界美術物語』のお陰だ。ある日家に帰ると居間に八十二銀行(?)のカレンダーが貼ってあった。その絵を見てすぐにゴッホの《糸杉のある道》だとわかった。『世界美術物語』の口絵に小さなモノクロの写真が載っていたからだ。感動したのは、モノクロの小さい写真で知っている絵がとつぜんカラーになって目の前に現れたからだが、それだけではなく、《糸杉のある道》がモノクロでは予想もできない激しい色彩だったからだ。ゴッホが耳を切り取りピストル自殺をしたことも知っていたので、《糸杉のある道》の前景に描かれている二人連れの農夫に強く目が惹かれた。わたしが線描よりも色彩を好むようになったのはたぶんこの経験のためだろう。

画家や彫刻家が超絶的な技巧を持っているというエピソードは、われわれが芸術に興味をもつきっかけになる。小学校の国語の教科書に載っていた円山応挙の猪の話は印象に残ったが、教科書の挿絵の猪はちっとも面白くなかった。いつか本物の応挙をみたいと思っていたが、まだ見ていない。他に左甚五郎の《眠り猫》の話がある。甚五郎の彫った《眠り猫》が夜になると目を覚まして水を飲みに行くという話だ。そしてじっさいに修学旅行で見た《眠り猫》はちっとも生きているように見えなかった。というような失望の経験は誰にでもあるだろう。彫刻の面白さを理解するのはおそらく子供には難しいのだろう、彫刻は写真でみると面白いのに、じっさいに見るといつも失望する。

決定的だったのはロダンだった。寝間着姿の《バルザック》や実際の人間をかたどりしたと疑われた《青銅時代》、それから未完成の《地獄門》などの話を読んで、返還された松方コレクションを見に行ったのだが、がっかりした。どの人物もわざとらしいポーズをしているように見えた。《地獄門》はゴテゴテして、細部を見ても何の感興もわかなかった。それならブランクーシやヘンリー・ムーアのような抽象化された彫刻の方が、象徴的なものを巧みに表現していて、子供にもわかりやすいしずっと面白かった。

中学生ともなれば、美とはなにか考える。美しいものは誰でも同じなのだろうか、それとも違うのか、悩むころだ。誰もが竜安寺体験(注1)と呼ぶべきものを持っているだろう。といっても、最初の美的感動というのではなく、まったくその反対で、自分には美的感受性がないのだと思い知らされる体験のことだ。修学旅行の事前学習で、竜安寺の石庭がどんなに素晴らしいか繰り返し教え込まれた。石の位置は完璧で、一つでも動かすと美しさが壊れてしまう。この美しさは石の美しさではなく、石によって作られた空間の美しさであり、禅の無に通じるものだ等々。そして、教わったことを頭に浮かべながら、さて、少し胸をどきどきさせて濡れ縁にたった。白い砂利が昼の光に輝いて美しい。転々と置かれている石は、なるほど、すっきりとしてなかなか調和がとれている。海に島が浮かんでいると言われれば、そう見えなくもない。

しかし、面白くない。わたしはどこの位置からみるのが一番美しいのか位置を変えてみる。庭の向こう側からこちらを見たらどうだろうか、あるいは屋根の上から見下ろしたいともおもった。結局のところ、究極の美とか無とかを感じることはできず、ひょっとしたら、自分には美が分からないのではないかと疑った。

同じことえを、ミロのヴィーナスが日本にやってきたとき(一九六四年)にも経験した。美術評論家が黄金分割をつかって、ヴィーナスの「絶対の美」を説明しているのをグラフ雑誌で読んだ。なんでも、欠けた腕を黄金分割にしたがって、いろいろ復元してみたけれど、どれもうまくいかなかったということだった。どちらにしろ、ヴィーナスの大理石像自体が美しくも面白くもないのだから、黄金分割を持ち出してもあまり意味があるとはおもえなかった。

黄金分割がくだらないと思ったのは、亀倉雄策のオリンピックの公式ポスターの美しさにショックを受けたからだ。ミロのヴィーナスが日本にやってきたのと同じ年に東京オリンピックがあり、亀倉のデザインでポスターが作られた。デザインに黄金分割が使われているのかどうかは判らないが、そんな西洋の理論と関係なく、東京オリンピックのポスターがミロのヴィーナスよりだんぜん美しいことに驚いたのだ。

百メートルのスタートと水泳のバタフライの写真もうつくしかったが、日の丸と五輪をあしらったポスターは、日本の伝統的な家紋のようなデザインで、アジア(日本)ではじめて開催されるオリンピックというメッセージが明確に伝わってくる。もちろん、これはデザインであって、美しいからといって芸術的感動を与えてくれるわけではないが、西洋のヴィーナス像より日本のポスターのほうが美しいことがわかってわたしは満足だった。

芸術が美とは別のものだと何となく感じ始めたころ反美術的なアートを知った。赤瀬川原平の《千円札事件》だった。ぼんやりとテレビを見ていたら、司会者がとつぜん声をあげて客席の方を指した。カメラが観客席をうつすと、男が紙を取り出して火をつけた。司会者はどうやら千円札を燃やしているようですといって、男を舞台に呼ぶと、すかさずゲストの評論家が実はこれは芸術なんですと解説をはじめた。記憶も定かではないし、その男がいったい赤瀬川原平だったのかも判らないが、わたしの記憶のなかでは赤瀬川原平の「千円札事件」とひとつになっている。

そのころハプニングという言葉があったかどうか憶えていないが、なんともわざとらしい演出で、人の集まるところで火なんか付けて消防署にしかられないのかと心配したぐらいだ。そのうち赤瀬川氏は通貨偽造罪で訴えられて裁判になった。被告側は芸術だから無罪だと主張していたが、芸術が法律より偉いとは馬鹿げた話だと思った。偽札を作ることで、貨幣がイリュージョンだということを暴露するとも言っていたが、それを明らかにしたのは経済学であって芸術ではないだろうに、評論家もおかしなことをいうなぁと思った。

いずれにしろ、アートというものはよく分からなかったし、わかりやすく説明してくれる評論家もいなかった。赤瀬川と同じ頃、横尾忠則が活躍していた。三島由紀夫の紹介がきっかけで、アメリカで高く評価され、それが文化後進国の日本に逆輸入され、ポスターが芸術になったのだ。海外で評価されているから素晴らしいという美術評論のハシリだったようなきがするが、わたしにはその懐古趣味的なジャポニスムが芸術だとはとても思えなかった。

反芸術ということなら、なんといっても岡本太郎(注2)だろう。かれは「芸術は爆発だ」をキャッチフレーズに、六十年代にいちばん人気のあったアーティストだ。パリでピカソと対等につきあっていたということでハクをつけていた。赤瀬川に比べると岡本はわかりやすい芸術家だった。かれの通俗的な芸術論はおおいに大衆を啓蒙してくれた。「芸術はきれいであってはならない」という言葉は、子供にだって理解できたし、《座る事を拒否する椅子》は、ギャグはアートなのだと私たちに教えてくれた。彼が装飾過剰なつまらない縄文土器をすばらしいというのもとうぜんギャグだと思っていた。

ところが、大阪万博の《太陽の塔》は、わたしには理解しがたいものだった。日本中が大騒ぎして、パリ万博のエッフェル塔に比較する評論家もいた。大きな角のような塔から小さい角が両手を広げたように生えている。上のほうに金色の埴輪の顔みたいなものがあり、下の方にはピカソをまねたのような浮き彫りの顔が口をとんがらせている。

東京オリンピックのポスターの美しさに比べ、《太陽の塔》のなんと醜いことか、外国からもたくさん観光客がやってくるというのに、これじゃ日本人の美的センスが疑われてしまうと愛国者のわたしはヒヤヒヤした。でも、たかがお祭りの櫓にあれこれいうのも野暮だし、万博が終われば取り壊されることになっていたので、じっと我慢していた。ところが、万博も終わりに近くなって、アメリカから見物にやって来た美術評論家が「デキモノみたいで、針でぶちゅっと潰したい」と言っているのを雑誌で読んで、あーあっ、ばれちゃったと思いはしたが、言いたいことを言ってもらって、気分がスッキリした。これ以上、的確な「美術評論」をわたしはいまだ知らない。

《太陽の塔》は結局保存されることになったけれど、とにかく万博も終わって、《太陽の塔》のことは忘れてい。ところが、ある日突然《太陽の塔》が目に飛び込んできた。銀座の数寄屋橋公園を横切ろうとしたら、《塔》が目の前に立っているのだ。わたしは文字通り卒倒しそうになった。胸がドキドキした。裏切られたような、からかわれたような、なんとも奇妙な感じがした。あとで知ったことだが、この塔は《太陽の塔》のレプリカではなく、それより前に作られた《若い時計台》で、それがたまたま都民劇場に行くため数寄屋橋公園を横切ろうとして目に入ったのだ。

じっさい見てみれば腹を立てるほど醜悪なものではなかったが、行きがかりじょう、こんなものは二度と見ないぞと、都民劇場へは、わざわざ遠回りして旭書店の店の中を通り抜けたりして、面白がっていたが、そのうち塔のことなどすっかり忘れてしまった。

ところが、《明日の神話》がメキシコで発見されたのをきっかけに(?)、岡本太郎の再評価が始まった。展覧会が開催され、雑誌が特集を組み、評論家がさまざまな視点から論じていた。どれにも興味はなかった。もちろん、日本の現代美術史で重要な役割を果たしたアーティストにちがいないけれど、そんなことはリアルタイムで知っている。評論家に教えてもらう必要はない。だいいち、いくら論じたってつまらないモノが面白くなるわけではない。 

それでも《明日の神話》は見ておこうと思った。《太陽の塔》のような立体的な建造物ではなく、絵を見ておきたかったのだ。《森の掟》や《重工業》は見たが、シュールリアリスムというより、ただの思わせぶりな絵としか思えなかったし、それなら《太陽の塔》と同じ時期に製作したという《明日の神話》を見て、四十年来のわだかまりに決着をつけようと東京都現代美術館に行った。

そして見た。予想どおりつまらなかった。凡庸な宗教画である。真ん中に大きく描かれた骸骨は、まぎれもなくイエス・キリストである。図像学の知識はないが、構図や遠近法が宗教画なのだ。イエスは磔刑のかわりに原爆に焼かれて、爆風に耐えて立っている。たしかに岡本が言う現代芸術の三つの条件「うまくあってはいけない。きれいであってはならない。ここちよくあってはならない。」を満たしている。しかし、それだけでは絵は人を感動させることはできない。岡本がこの宗教画にどんなメッセージを込めようとしたのか分からないが、わたしにはなんとも古めかしい宗教画のパロディにしか見えない。

テレビで、岡本太郎の『明日の神話』公開カウントダウンイベントを見た。山下洋輔が大袈裟に腕をふりあげてピアノを叩いていた。「芸術は爆発だ」を思い出した。たぶん《明日の神話》は岡本がひそかに仕掛けた最後のギャグなのではないか。

そんなこんなで、わたしは岡本と横尾と赤瀬川の三人は六十年代の日本を代表するアーティストだと思っている。そう考えると、現在の日本のアートシーンは四十年前とあまり変わりがないような気がする。スーパーフラットやシュミレーショニズムやPCやコンセプチャル・アートといろいろ名前を変えても、なかみはそんなに変わっていないようにおもえるのだが、どうだろう。

それはともかく、若い頃は現代アートというものにはあまり関心がもてなかった。そんな中で、大学に進学してはじめて読んだ本格的な美術評論は小林秀雄の『近代絵画』だった。しかし、絵画理解にはあまり役だったとはおもえない。造形芸術には小林の得意の逆説もぱっとしないし、読んでも面白くない。印象批評だというが、作品を見ての印象ということなら小林の批評はかならずしも印象批評とは言えない。小林は絵画ではなく、それを描いた画家の人間性に興味がある。だから小林はゴッホの絵ではなく手紙という「告白文学の傑作」について書くのだ。小林にかかると、ピカソの絵もドストエフスキーの小説も作家の告白になってしまう。芸術家の評伝としては面白くても、作品の批評としてはどうだろう。わたしは絵を見たいのであって、作家の人生を知りたいわけではない。

話は前後するが、小林のまえにも高校の国語の教科書に載っていた亀井勝一郎の『大和古寺風物誌』や英語のサイド・リーダーでサマセット・モームの『月と六ペンス』を読んだ。『大和古寺風物誌』は美文調というのか、読んでいるとなんか教養がついたような気分になって、抜粋ではなく、本を買って読んでみたけれど、仏教美術に関心が持てず途中でやめてしまった。それにくらべ、ゴーギャンをモデルにした『月と六ペンス』は面白かった。芸術という魔に憑かれた主人公や、その芸術家に惹かれる女たち、そして語り手に対する作者モームの皮肉な目を感じながらも、芸術というものが人を破滅させるほどおそろしいものなのだと漠然と思っていた。

そんなこともあって、セザンヌやゴッホやゴーギャンなどの「大意識家」たちについて書かれた小林秀雄の『近代絵画』は、絵については何も教えてくれなかったが、そのボードレール風のモダニズムがわたしの絵画の好みにおおいに影響をあたえ、キュービスムや印象派などのフランスの近代絵画をこのんでみるようになった。しかし、本当におもしろいと思っていたのか怪しいものだ。たぶん若いときの衒気だったのだろう。

そのうち芸術を理解しようという気持ちもなくなっていった。知人が公募団体に属していたので、招待券をもらえば見にいった。話題の展覧会にも暇があれば行った。現代アートには関心はなかったけれど、通勤の途中だったので西武美術館は気が向けば覗いた。でも、カタログを買うこともなく、ほとんど何をみたのか憶えていない。美術雑誌も手にとることはなくなった。NHKの日曜美術館も偶然チャンネルをまわして面白ければそのまま見ることもあるが、意図してチャンネルをあわせることはなくなった。

そのうち写真に興味を持つようになった。カメラ雑誌に写真集の批評を連載したこともあり、写真の本をたくさん読んだ。現在もそうなのだが、十数年前には、すでに写真は芸術として扱われるようになっていた。それでも、ストレート写真と芸術写真は微妙にジャンルわけされていたようで、たとえば、森村泰昌は写真の世界からも美術の世界からも自分たちのジャンルに属すると思われていた。

いったい写真と絵画はどこが違うのかわからなかった。写真も絵も英語ではpictureというし、ドイツ語ではBildだ。ところが、記号論では写真はindex記号で、絵はicon記号だから、まったく別のものだというのだ。そうかと思うとフォトリアリズムの絵もあるし、CGもあるという具合で、いったい写真と絵は同じものなのか、ちがうものなのか、かいもく判らなかった。

写真と絵画を比較していくうちに、だんだん写真がつまらなくなってきた。写真をインデックス記号だというのは、制作者サイドの理論であり、鑑賞者サイドからみれば写真と絵画は、いわば様式あるいはスタイルの違いであって、両者は同じピクチャーでありビルトなのだ。

そうこうしているうちに、わたしは長い間忘れていた絵画への興味が再びわいてきた。ピクチャーではなくペインティングである抽象画をもう一度見直そうと思い始めた。彫刻も眺めるようになった。記号学や知覚心理学や現象学を読み直した。美術評論や芸術論も読んだが難しくてあまり役に立たなかった。まだ、グリーンバーグや藤枝晃雄のことは知らなかった。

ともかく、フッサールの図像意識の分析を知り、ようやく「絵画とは何か」を理解しはじめたような気がする。とは言っても、何十年も現代美術とは無縁の生活を送ってきたので、あたらしい美術理論を読んでもすぐには理解でいない。まず、作品を見てそれから理論だ。ともかく、これまで理解したことを『絵画の現象学』として次回から書いて行きたいと思う。(『LRリターンズ』15号)

(注1)(注2):わたしのブログ『ART TOUCH』の記事『竜安寺体験』と『岡本太郎』の一部を書き直して利用しています。
2009.01.07[Wed] Post 12:07  CO:1  TB:0  -『LRリターンズ』  Top▲

「『爆心地』の芸術」椹木野衣


椹木野衣氏は『日本・現代・美術』で日本という「悪い場所」や現代という「閉じられた円環」を批判し、日本の現代美術をリセットするために、自ら企画して水戸芸術館で『日本ゼロ年』を開催した。その論考を中心にまとめたものがこの「『爆心地の芸術』」である。

この〈ゼロ〉で思い出すのは、ロザリンド・クラウスがアヴァンギャルドについて述べた「零地点(ground zero)」(注1)のことである。アヴァンギャルド(ここでは未来主義のこと)は、「過去に対する拒絶や精算以上」のものであり、文字通りの起源、ゼロからの出発、誕生だというのだ。

クラウスは、アバンギャルドの無垢の起源として、「その向こうにいかなるより深いモデルも指示対象もテクストも存在しない、争う余地のない零の場(zero-ground)」、すなわちグリッドをあげて論じるのだが、椹木のゼロは、否定すべき、既成の枠組みたる「現代美術」がいったい何か、いっこうにはっきりしないので、何をリセットするのか、リセットしたしたあと、いったい初期画面に何が現れるのか分からない。

椹木が「現代美術」の枠組みは冷戦イデオロギーだというのだが、それは、修正主義者がグリーンバーグをおとしめていう言葉だから、抽象画も俎上にのるのかと思いきや、抽象表現主義は「現代美術」はもちろん、近代美術の枠組みにも入らないらしい。「暗黙の前提」とくり返しいうが、その前提が具体的になにかを言わないまま、冷戦のイデオロギーの話はベルリンの壁の崩壊でどこかへ消えてしまい、それにともなって、「美術を語る道具立てや作品をめぐる風景もまた大きく変化して」いると言う。しかし、いったい何がどう変化しているのか教えてくれないだけか、「そうした変化をなお、『現代美術』の一動向ないしは歴史的段階として括ることはしません」という。でも、時代や社会的背景で括っているのは椹木氏自身ではないか。

『日本ゼロ年』の出品作家はほぼ具象作家であり、さらに、「ジャンル固有の歴史的発展や現代美術の純粋性を絶対条件としない」とわざわざ断って、抽象画をはじめとしたモダニズムの芸術を排除したのは、アヴァンギャルドを標榜する者として当然だろうが、それにしても、何よりもまずリセットされるべき岡本太郎や横尾忠則を、とりたての再評価の術もなく、グラウンド・ゼロに召喚するとは不可解である。

いずれにしろ、椹木氏は現代美術をリセットすることも、新たなる批評原理も提案することもなく、例によって、連想ゲームを始める。水戸の「日本ゼロ年」(GROUND ZERO JAPAN)から、なんという幸運か、ニューヨークのWTCのグランド・ゼロになり、そして、もともとの爆心地(GROUND ZERO)である広島長崎に至る。椹木氏は勝ち誇ったように言う。

こうして、筆者の中の「グラウンド・ゼロ」は、一九九九年から二〇〇〇年を経て二〇〇一年に至る世紀末越えの数年を経て、たんなる一展覧会の主題から、次第に「ヒロシマ・ナガサキ=一九四五年」「水戸=一九九九年」「マンハッタン=二〇〇一年」を結びつける不気味な符号へと成長していくことになったのだ。

そして、『日本ゼロ年』で取り上げた会田誠の《紐育空爆之図》や村上隆のキノコ雲を描いた《タイムボカン》などをたどりながら、日本の現代美術の零地点である戦争画にたどり着く。椹木は「『戦争画』こそ、われわれの美術批評の実体である」と言い、戦争画を「近代美術史」の内部だけでとらえるのではなく、あくまで「今日の芸術」としてとらえなければならないと、連想妄想がどんどん肥大化して、とうとう、世界はまるごと「第三次世界大戦」に飲み込まれつつあるかに見えるとまで言い出すのだ。

これはもうトンデモ本の域にたっしている。そんことは判っていたのだが、図書館の棚でみつけて、パラパラめくったら、どうやら『日本ゼロ年』のことが書いてある。美術評論を書いていて、しきりに目にする「ゼロ年」のことを何もしらないのも困ると思い、借りてきたのだ。でも、何の役にも立たなかった。読んだあとも、「日本ゼロ年」がいったいなんなのかやっぱり理解できない。

アマゾンにchu-poppoさんの五つ星の書評があるけれど、とても素人とは思えないすばらしい書評なので引用させていただく。

とにかく面白い。本書の位置付けは「日本・現代・美術」の続編的性格を持っていると思うのだが、その解かりやすさから、特に専門外の方には本書をお勧めしたい。
本書の価値は美術書としての価値に限定されない。戦後の日本を考える時、優れた日本論として必読の書である。
あるいは、「悪い場所」「閉じられた円環」からの脱出の書である。

この書評を読むとなんか私の方が間違っているような気がしてくるけれど、私がこの「『爆心地』の芸術」が分からないのは、作品の美的価値についてほとんどなにも触れていないからだ。chu-poppoさんが脱出の書というのは、たぶん戦争画を美術批評の実体(?意味不明)にすることで「悪い場所」「閉じられた円環」から脱出できるということだろうが、そこに美的な価値がなければ、戦争画もただの挿絵である。椹木氏は本画も挿絵も、美術もデザインもサブカルチャーもあらゆるもの等価とするとくり返しいうが、それはただ美的価値をネグレクトしているだけで、もし美的価値があるならばそこにはジャンルの差異は厳然とある。

椹木氏は描かれた主題を見て美的価値を見ない。だから、非対象絵画である抽象画を無視するのだ。前回の記事「グリーンバーグの『抽象と具象』」で引用したグリーンバーグの言葉をもう一度引用しておく。

The explicit comment on a historical event offered in Picasso's Guernica does not make it necessarily a better or richer work than an utterly "nonobjective" painting by Mondrian.

もちろんフォーマリズムが美術批評のすべてではない。しかし、フォーマリズムを欠いた批評は美術批評ではない。


注1:藤枝晃雄『アヴァンギャルド』(『現代芸術の彼岸』)
2009.01.05[Mon] Post 02:00  CO:2  TB:0  -椹木野衣  Top▲

Log in*/RSS*】  Design 「AZ+」Plugin Template...  Page Top▲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。