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もとは美術展評のブログ 絵画と映画と小説と、そして哲学を少々

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『魂のジュリエッタ』

ニーノ・ロータのCDを聴いたからだろう、ニョウボが突然、フェリーニの『8½』をみたいと言い出した。古い映画を借りるならGEOよりTSUTAYAだろうと行ってみたが、展示棚が大幅に変えられて、以前あった監督や俳優別のコーナーがなくなっていた。そのかわり新作が棚いっぱいに並び、ほかの棚もTVシリーズや韓流やアニメばかりで、以前はたくさん並んでいたドキュメンタリーもどこにあるかわからない。VHSの名画も少数を残して片づけられてしまった。

御殿場はそれまでTSUTAYAの独占だったのが、あとからGEOが新作100円(あとで確認したら10円だった)の特別レンタル料で進出してきて、一時、TSUTAYAはがらがらになったけれど、キャンペーン期間が過ぎて値段にそれほど差がなくなったこともあり、近頃は客が戻ってきたようだった。わたしも、単館上映の作品や旧作の名画が充実しているのでTSUTAYAを利用することが多くなった。TSUTAYAも最初の頃は品揃えの多さでGEOに対抗しているようだったが、次第に新作重視に戦略を変えてきた。

GEOは駐車場も広いし、レンタル料も安い、それにネットで会員登録しておくと返却日を前日に教えてくれるのも、呆けが始まった私には大変便利なサービスだ。自分のレンタル履歴も見られるのは便利だし、しかも消したい履歴を消すことも出来るから、特殊な趣味の人には便利である。そういうわけで、GEOのほうが人気があるのだが、それが逆にあだになって、新作がいつもすべて貸し出し中になっている。よっぽどのチャンスがなければ、一ヶ月ぐらい待たなければならない。

反対に、TSUTAYAはいつ行っても新作が借りられると言う状態が続いていた。その間、クーポン割引や旧作割引、新作一週間などの競争も続き、しかも、TSUTAYAには当日、翌日、二泊のレンタルもあって、GEOとくらべてどちらが安いのか一概に言えなくなった。(今度いったらレンタル料を正確に調べてきます)たぶん、当日に返せばTSUTAYAのほうが安いのだろう。

とにかく、TSUTAYAにも客が戻ってきたのは、新作がいつでも借りられるというのが大きな理由だろう。人気の新作は50本ぐらい並んでいる。さて、つたやとゲオの戦いはどうなるかわからない。この戦いも放送と通信の融合で、ビジネスモデルとしてはもはやダメになるのはハッキリしているのだが、TSUTAYAもGEOも巨大権益集団の地上波テレビ局の支配下にあるようだ。地上波のテレビドラマをDVDにしてレンタルするなんて考えてみればおかしなことだ。

話は脱線した。結局、店員に在庫を確認してもらったら、フェリーニの作品は『魂のジュリエッタ』と『道』しかなかった。後で判ったことだが、『8½』のDVDはやっとのことで5/31日に発売だそうだ。
ともかく『魂のジュリエッタ』を借りて見た。この作品は四度目だと思うが、見るたびに化けの皮がはがれて行くような気がする。冒頭の結婚記念日にジュリエッタが夫の帰りを待つシーンは、女中二人と鏡と集音マイク(?)を巧みに使って、ジュリエッタのうきうきした気持ちをあらわしていて見事なのだが、このシーンもむかしほど感心はしなかった。あとは、子供の頃の宗教体験も探偵も祈祷師も隣の女もシュールな夢も、なんかフェリーニ・ブランドの残骸といった感じで、どちらかといえば見すぼらしい映像であった。

『魂のジュリエッタ』はフェリーニの初めてのカラー作品ということだが、フェリーニも黒沢明と同じようにカラーになってから、おかしな作品を作るようになったのかもしれない。しかし、巨匠といわれるひとたちはなぜ、年をとるに従っておかしくなるのだろう。ゴダールとかスピルバーグばかりではなく、チャン・イーモウやアルモドバル、それとパトリス・ル・コントも近頃どうも怪しいのではないか。

ぼけた巨匠に敬意をひょうして星二つ半★★☆
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2008.05.31[Sat] Post 17:55  CO:0  TB:0  映画  Top▲

もみじマークと表象文化論

[5/25産経新聞から]6月1日から高齢者マーク(もみじマーク)の表示が義務化されることに対して、自民党総務会で市川一朗参院議員が、「後期高齢者医療問題で紛糾しているときに高齢者マークの義務化をすれば大変な問題になる。そもそも高齢者に『枯れ葉マーク』とは失礼ではないか」と言ったそうだ。
それに対して他の総務から、「もみじマーク」が初心者用の「若葉マーク」と葉っぱの形状が逆さまで、オレンジ色と黄色の“渋い色調”となっていることにも批判が上がったほか、「マークの縁取りが黒いのもいかにも暗示的でけしからん」との声も上がったそうだ。

本当にこんなこと言ったのだろうか。にわかには信じられないが、たとえ言ったとしても、そのまま新聞に載せるなんて、産経らしいな。枯葉マークばかりではなく、若葉マークの縁取りも黒いことを知らないわけではないだろう。

永田町がちょっとポモ的状況になっているようだけれど、こんなのは美術界では、とっくの昔に美術評論の定番になっている。カルチュラル・スタディや表象文化論と称して、深読み下種の勘ぐりのたぐいを批評と言い張る輩がいまだ跳梁跋扈して困ったものだ。

わたしは枯葉マークの義務化に賛成である。というのは我が身を振り返ってそう思うのだ。じつは田舎に引っ越して、緊張がゆるんだせいか、車を運転していて、なんどかヒヤッとした経験があったからだ。もちろんこれは年齢のせいもある。それならもみじマークを付けて、他のドライバーに注意を喚起したほうがいいと思ったのだ。

それと田舎に住んで判ったことだが、老人のドライバーがたくさん居ることだ。すごく「きびきび」と運転している軽自動車が同じスーパーの駐車場にとまったので、どんな人かと降りてくるドライバーを見たら、よろよろとあるく老婆だったなんてことが何度もあった。田舎の老人ドライバーは東京より大胆なのだ。こんなドライバーにはもみじマークを是非つけてもらいたい。

もちろん、のろのろ走る車もいる。そんなときにもみじマークを付けていれば、こちらもイライラしたり、無理に追い越したりせずにすむし、お互い気持ちよく運転できるというものだ。第一、自分でつけていれば、むりに車の流れにのることもないし、たぶん追い立てられることもなくなるだろう。まだ、義務年齢に達していないが、早速もみじマークをつけることにしよう。

老人のわがままにはほとほと手を焼く。後期高齢者医療制度だって欠陥はあるだろう、しかし、天引きにまで難癖をつけるとはどういうわけだ。老人には老人の分があるだろう。
(もちろん役人のやる改革がいい加減なものだということは明らかだ。病院の待合室を老人の談話室にしたのは誰だ。介護保険を利用できたのは収入が高い層だ。5/28追加)
2008.05.26[Mon] Post 19:02  CO:0  TB:0  美術展評  Top▲

FreeTibet(その6)

 [ロンドン 21日 ロイター]  ダライ・ラマ14世は、訪問中の英国で記者会見し、北京五輪への正式な招待はまだ受けていないとした上で「喜んで(北京に)行くが、それはすべてわれわれの話し合いにかかっている」と述べた。また、今月12日に発生した中国・四川大地震への中国政府の対応について、ダライ・ラマ14世は「透明性があり素晴らしい」と賞賛した。

ダライ・ラマは本当に中共政府の四川大地震への対応に透明性があると思っているのだろうか。そうだとしたら、かれはチベット独立の指導者としての資質に欠けていると言わざるをえない。かれは自分がガンジー主義者だと言っているが、ガンジーはインドの独立になんの寄与もしていないのだ。亡命政府樹立いらいの彼の臆病な振る舞いが今日のチベット民族の滅亡の危機を生んだのではないか。民族浄化が最終段階だというのに、相変わらずのんきなことをいっている。まさかノーベル賞をもらって喜んでいるわけではないだろう。

ダライ・ラマは高度な自治を求めているのであって、独立を求めているのではないともいっているが、中共政府にとってはどちらも同じことだ。アメリカが中国と悪の同盟を結んだいま、チベット民族に残された手段は、たぶんテロだけだろう。ダライ・ラマはチベット仏教には武力行使を否定する思想はないと言っている。それなのに、ガンジー主義なんて言ってるようでは、チベット民族はいずれ消えていくだろう。



2008.05.24[Sat] Post 15:29  CO:2  TB:0  名称未設  Top▲

ミャンマーの民主化

「マレーシアのマハティール前首相は23日、東京・有楽町の日本外国特派員協会で記者会見し、サイクロンで大規模な被害が出たミャンマーへの援助について「支援を行う際には、その機会を政治的に利用しないことが重要だ」と述べ、欧米諸国にクギを刺した。」(産経news5/23)

いまだ欧米支配からのアジアの解放を願っているマハティールの言葉だ。たぶん、ミャンマーの自立のためには宗主国イギリスの傀儡であるスーチー女史による民主化よりも、王政復古がのぞましいと思う。でも、もう遅い。ミャンマーには憂国の士は一人もいない。スーチー女史の父親が日本を裏切ったときに、それに従わなかった軍人たちが最後の憂国の士だったのだ。
ちなみにサイクロン被害への支援額が一番多いのはイギリスの3400万ドルだ。
2008.05.24[Sat] Post 13:35  CO:0  TB:0  名称未設  Top▲

『バイオハザードⅢ』

『LRリターンズ』の原稿をやっとのことで書き終えたので、久しぶりにTSUTAYAに行って『バイオハザードⅢ』を借りてきた。『バイオハザード』のⅠもⅡも途中で見るのをやめているのに性懲りもなくⅢを借りてきた。TSUTAYAにたくさん並んでいたからつい手が出た。

見てすぐに後悔した。でも我慢してみた。しまいにコンピュータに引っ越して見た。アクションが見たかったのだが、全然おもしろくない。ミラ・ジョヴォヴィッチのファッションも格好いいとはおもわない。女が強い映画が好きなのだが、これでは超能力だから見ていて手に力がはいらない。アリスがりきむと「カメハメハ」みたいなエネルギーがでて敵をやつける。

ゾンビみたいのと戦うシーンもとてもアクションとはいえない。ともかく全体が『マッド・マックス』みたいなチープ雰囲気で、たんなる暴力映画になっている。なぜこんな映画が話題になるのかわからない。というより、最後まで見た僕が馬鹿でした。そういうわけで星一つ★です。

ああそうそう、カラスの場面はお粗末でした。CGを重ねているのがバレバレじゃないか。ヒッチコックの『鳥』のような不気味さがない。『鳥』ほど金をかけろとはいわないけれど、もっと仕上げをちゃんとしてほしいものだ。
2008.05.24[Sat] Post 00:15  CO:0  TB:1  映画  Top▲

ミャンマーのサイクロンとシナの四川大地震(2)

「国連の潘基文(バン・キムン)事務総長は23日、ミャンマー軍事政権トップのタン・シュエ国家平和発展評議会(SPDC)議長と会談し、同議長が「すべての」援助関係者を受け入れることに合意したと表明した。」(ロイター5/23)

ということだが、ミャンマーの軍事政権には一貫した方針が見えない。方針と言うより戦略がない。ひとまず新憲法制定の国民投票を終わらせたから気がゆるんだのだろうが、こんな不正以前のでたらめな国民投票は、国際世論をなだめるには役にたたないだろう。すべての援助関係者を受け入れるというのが本当なら、それこそスパイがたくさん入ってくる。まぁ、お手並み拝見である。

それに比べ中共の情報操作は優れている。軍部とのあいだに対立があるようだが、それが表面化するのを巧みに回避している。日本の支援隊を受け入れながら、いっさいの仕事をさせないし、チベット問題を隠すことに成功している。

大谷昭宏が、日本の援助隊が仕事をさせてもらえなかったけれど、中国の人たちはちゃんと日本人の協力を見て感謝している。こういう活動によって中国の反日感情もなくなっていくのだ、だって。仕事をさせてもらえなかったのは、反日をあおり立てるための、軍部の意地悪もあるが、もともとは、チベット人弾圧などを隠すためじゃないか。シナ人にいい人だと思われるために、援助隊は行ったのではない。瓦礫の下から生存者を助けるためにいったのだ。そもそも彼らが反日プロパガンダや反日教育をやめない限り、親日になることはない。そのことを長野の事件は教えてくれたのではないか。中共政府は人民の集団心理を操作することは自由自在のようだ。今のところは。

それに、日本人にたいする好感度があがったとよろこんでいるが、あれは新華社が援助隊の黙祷の写真を流したからだ。もちろん、テレビは繰り返し温家宝首相と胡錦濤主席のわざとらしい映像を流しているのと同じで、国民の反日感情を操作するためにやっているのだ。このままでは日本の反中感情が高まることをおそれているのかもしれない。

それにしても、日本のFree Tibetの声はどこにいったのか。
スーチー女史の家はサイクロンの被害で塀が壊れたという記事があったが、彼女の動静はわからない。自家発電の装置がないのでロウソクで生活しているそうだ。

ミャンマーの軍事独裁がアフリカ化していくような気がする。

2008.05.23[Fri] Post 18:17  CO:0  TB:0  名称未設  Top▲

ミャンマーのサイクロンと四川の大地震

ミャンマーのサイクロンとシナの四川大地震のそれぞれの政権の対応を比較したら面白いと思う。軍事独裁と共産党独裁の違いがよく分かるはずだ。誰かにやって欲しいけれど、たぶん誰も出来ないだろう。

どちらも自分たちの圧政を隠そうとして、外国の支援隊を入れようとしない。情報が漏れるのをおそれているのだ。中共は安全パイの日本、ロシア、韓国の支援を受け入れた。それも、被災者たちの反政府の感情を押さえたあとに受け入れたのだ。しかも三日経って生存者がほとんどいなくなってからだ。もちろんチベット自治区にはだれも入れない。

それにくらべミャンマーは独裁の戯画である。軍事独裁が軍事独裁の腐敗を見せびらかしている。軍人たちは太っており、女たちは贅沢三昧である。ようやく、中国、インド、タイ、バングラデシュの4カ国の支援を受け入れた。なぜ、日本に支援を求めないのか。日本の支援隊は内政干渉なんかしないぞ。

軍部の上層部には日本を知っている人間がいないのだろうか。スーチーは何をしているのか、自宅軟禁という避難所でぬくぬくとしているのか。なぜ被災者を励まそうとしないのか。命をかけろ。かって父親が日本を裏切ったように、イギリスを裏切って、軍部にいったん協力しろ。そのほうが、国民の支持を得られるとおもうのだが。それとも、サイクロンは、民主化という名の権力奪取のチャンスだと思っているのだろうか。

ミャンマーの被災地で、走るトラックからお菓子を投げて、それを子供たちが奪い合っている映像をテレビで見たが、ネオ・リアリスモの映画みたいで、なんか変な気持ち。車を止めて配ることはできない、警察に賄賂を使ってやっと被災地に入れたとアナウンサーが説明していたが、本当だろうか、なんか、怪しいな。植民地主義の香りがしないか。

北朝鮮も、アメリカが援助物資が本当に住民に渡るか直接チェックしたいと言ったら、朝鮮語が判るのは入国させないと言ったそうだ。独裁国家もいろいろ苦労するんだな。



2008.05.21[Wed] Post 18:28  CO:0  TB:0  テレビ  Top▲

ルシアン・フロイト

森美術館の『アートは心のためにある:USBアートコレクションより』でルシアン・フロイトの《ダブル・ポートレイト》を見た。以前、西村画廊でフロイトのエッチングを見たことがあり、油絵もみたいと思っていたので、一枚だけだったけれど満足した。そしたら以下の記事が出ていた。


「英国の美術家ルシアン・フロイド氏(85)の裸婦像が13日、競売にかけられ、3360万ドル(約35億3700万円)で落札された。
競売商クリスティーズによると、生きている作家の作品としては、史上最高の額という。この作品は、1995年に描かれた「眠る給付金管理者」。これまでの最高額は、昨秋に競り落とされた彫刻についた2360万ドルだった。落札者は明らかにされていない。フロイド氏は、ユダヤ人精神分析学者フロイトの孫。ベルリンに生まれ、ナチスを逃れて英国に移住した。」(YOMIURI ONLINE5/15)

2360万ドルの彫刻というのはジェフ・クーンズの《Hanging Heart》である。外国の新聞記事のコメント欄は、七ポンドでも買わない、ダイエットクラブのホールに掛ければ良い、投資のためだろう、1950年代のちゃんとした海の風景画のほうがましだ、吐き気がする、とか悪口がいっぱいだけれど、わたしは感動したが、どうなんだろう。高く売れるということは、この絵が傑作だと思っている人はわたしだけではないということだ。

このぐらい太った女の写真はネットで見たことがあるけれど、気分が悪くなった。世に「デブセン」というものがあって、そういう太った女に欲望を感じる人間がいるらしい。ルーベンスの裸体画の女たちもそうとうに太っているが、もちろん当時はそのぐらい太っている方がエロティックだったのだ。

フロイトの絵はどうみてもエロティックとはいえない。しかし、気持ちわるいわけではない。美しいとさえ言える。写真なら気持ち悪いものが、絵だとなぜ感動するのだろう。フロイトの絵はリアリズムだというが、写真のリアルな描写とはちがう。同じなら、写真を見たときと同じように気持ちが悪くなるはずだ。

気持ち悪くなる人はたぶんそこに欲望の対象になるはずの女を見ている。写真を見るときと同じ視線で絵を見ているのではないか。それにくらべ、感動する人は写真とは違う視線で絵を見ている。そう考えなければ感動の説明がつかない。

その視線の違いは、たぶん図像の三層構造からくるものだ。
2008.05.20[Tue] Post 00:09  CO:0  TB:0  美術展評  Top▲

グリンピースが窃盗

「日本が南極海で行っている調査捕鯨で捕られた鯨肉の一部を乗組員が大量に持ち出している疑いがあることが明らかになった。環境NGO「グリーンピース(GP)・ジャパン」が、乗組員の自宅に発送された段ボール箱に鯨肉が入っていたことが確認できたとして、15日、乗組員らを業務上横領の疑いで東京地検に告発する。」(asahi.com5/15)

なんでも、グリーンピースが証拠品だといっているのは、西濃運輸青森支店から盗んだものらしい。しかも、その盗品を証拠品として検察庁に運び込んだというのだ。不正に入手したものは証拠にならないということはともかくとして、船員が自宅に鯨肉を送ったということだけでなぜ横領になるのかわからない。

窃盗行為も「横領を告発するための行為で違法性はない」とグリーンピースの弁護士は言っているらしいが、まさかそんなことを本当に信じているわけではないだろう。そうではなくて、これはシー・シェパードのテロ行為の場合と同じように、欧米の世論が味方してくれるから、自分たちを逮捕できないだろうとたかをくくっているのだ。

それより気になったことがある。グリーンピースが記者会見したあと、すぐに、水産庁遠洋課の高屋繁樹課長補佐が『大量に持ち帰ったとすれば商売と疑われても仕方がない。土産も無料でということはあり得ない」(太字安積asahi.com)と話していることだ。

なぜ、いつものように官僚的に答弁しなかったのか。水産庁は調査捕鯨が商業捕鯨だと思われることを何よりもおそれているから、こんなことを反射的に言ってしまったのだ。そもそも商業捕鯨なのに調査捕鯨というからおかしなことになるのだ。商業捕鯨なら、漁船員が有料あるいは賃金の一部として鯨肉を分けて貰うのに何の不都合もない。捕鯨の船員が土産として鯨肉をもらうのは昔からの慣習であり、それ自体は問題ではない。それを売って金儲けをすることにも問題はない。

ところが調査捕鯨は天下り利権であって税金が投入されているのだ。鯨類研究所が捕鯨会社に発注しているのだから、たぶん捕獲した鯨肉の管理もずさんなものになるおそれは十分にある。そして、従業員が会社に黙って商品を持ち出したとするなら、それはグリーンピースのいうように横領になる。もちろんこれは反捕鯨とは何の関係もないし、グリーンピースが窃盗犯であることに変わりはないが。

もう一つは荷物を盗まれた西濃運輸の責任である。以前から配送会社の荷物の管理が杜撰なのが気になってた。配送車の扉を開けたまま運転手は車を離れるし、配送所に行くと、荷物がそこら中に置きっぱなしになっている。これでは盗もうと思えばいつでも盗める。西濃はグリーンピースを告訴したというが、そんなひとのせいにすることではすまないだろう。

ネットの情報流出が話題になるが、物流とネットは別々に考えることはできない。今回の事件も一種の情報流出であり、その象徴的意味はいがいと大きいのではないか。

西濃にはいちどひどい目にあっているので、通信販売で注文するときは配送会社をできる限りチェックしている。










2008.05.17[Sat] Post 15:45  CO:0  TB:0  反捕鯨  Top▲

ロバート・ラウシェンバーグ死去

米ポップアートの先駆者で、「米国美術の巨人」といわれた美術家ロバート・ラウシェンバーグ氏が12日、フロリダ州キャプティバ島の自宅で心不全のため死去した。(YOMIURI ONLINE)

ラウシェンバーグの作品は原美術館や国立新美術館(たぶん)でみた。わたしにはコンバイン絵画が皆目わからない。クルト・シュヴィッタースのメルツ絵画と同じように一切のイリュージョンがない。無いのはイリュージョンだけではなく、象徴性もない。シュヴィッタースにはバランスや調和があるけれど、ラウシェンバーグにはそれもない。意図的にそうしたのなら反芸術なのだろう。しかし、デュシャンのような図像破壊の挑発もない。わたしにはとうてい理解しがたい作品だ。徹底的に無意味な立体コラージュだからコンバインなのだろうか。わたしに確かに言えるのは恐ろしく退屈な作品だというぐらいだ。

2008.05.16[Fri] Post 01:08  CO:0  TB:0  美術評論  Top▲

Free Tibet(その5)

安倍前首相が胡主席と歴代首相との朝食会(5/8)で以下の発言をした。

「これはチベットではなくウイグルの件だが、日本の東大に留学していたトフティ・テュニヤズさんが、研究のため中国に一時帰国した際に逮捕され、11年が経過している。彼の奥さん、家族は日本にいる。無事釈放され、日本に帰ってくることを希望する。」(産経5/8)

会場は気まずい雰囲気が漂ったそうだ。これも朝日はKYだというのだろうか。KYなのは中国におもねる他の元首相たちで、安倍氏は世界の空気を読んでいるのだ。かれの『美しい国』をみんなが笑った。右派の知識人さえ笑った。しかし、エセ知識人たちよ、安倍氏の美しい言葉をしっかりと聞け。

『週刊朝日と安倍逃亡』へ
2008.05.14[Wed] Post 00:45  CO:0  TB:0  名称未設  Top▲

Free Tibet(その4) 転生と万世一系

コメントが長くなったのでここにも転載しておく。

るみこさんへ

困りましたね。UFOが存在しないように、転生なんてないんです。もし、そういうことを議論したいならそういうための掲示板があるはずです。

転生が宗教的に無意味だとは言いません。たぶん権力の継承という意味では、易姓革命より万世一系にちかいのでしょう。天皇はY染色体の同一性によって、ダライ・ラマは魂の同一性によって選ばれる。そして成人するまで後継者としての教育を受けるというのは両者で同じです。どちらも信念であって、科学的根拠があるわけではない。

ところが、皮肉なことに万世一系の後継者のほうが、文化的伝統を拒絶するというとんでもない事態になってしまった。皇太子は天皇になるということが文化を継承することだという自覚がないのだ。こんなことならダライ・ラマの転生のほうが文化の継承という意味ではよっぽどましではないか。もちろん、ダライ・ラマは政治的権力も継承するのだが。

ついでに言っておけば、江戸時代の日本が世界で類をみない民主的な社会だったのは、たぶん天皇制が曲がりなりにも維持され、かつ宗教権力を押さえこむのに成功したからだろう。
2008.05.11[Sun] Post 18:02  CO:1  TB:0  名称未設  Top▲

Free Tibet(その3)

Free Tibetの声が胡錦濤来日でいっそう高まった。反中の色合いさえおびてきた。いったいこれはどうしたことだろう。日本人はこんなにチベットに関心があったのだろうか。毒餃子も尖閣諸島も30万人虐殺もみんなわすれてチベットばかりだ。

長野の聖火リレーのときは、ネットウヨのお祭り騒ぎかと思ったが、どうもそうではなさそうだ。松本楼とか早稲田の騒ぎは誰かが動員しているような気配さえする。それともやっと日本人もまともになったというのだろうか。

なにより、パンダなんかいらないという声も聞こえてきたのはうれしいことだ。いまから予想できるが、パンダ様が来日するときは、名前を公募したりして大騒ぎするだろう。そのときは上野に集まって「パンダかえれ」コールをやったらネットウヨもたいしたものだ。

パンダといっしょにするのもなんだが、胡主席があの「民間人」とわざわざあったのはどうしてなんだ。なにかのお礼だということは推察できるが、それがなんのお礼なのかわからない。知ってる人は教えてくれーぇ

Free Tibetの声がわき起こったのは、ネットのせいだとすれば、画期的なことだろう。マスコミは世論をいつもの通り操作しようとして失敗したのだ。長野の出来事が携帯で撮られネットに流れたのだ。いちばん笑えたのは、TBSのクルーが中国人の暴力行為を撮らないで避けているのを携帯で撮られてヨウツベにアップされていることだ。これが本当の捏造というのであって、「あるある大事典」の捏造なんてかわいいものだ。

堀江氏がフジテレビ買収騒動のとき、新聞はネットのニュース配信に替わるべきで、新聞記者なんかいらない。市民記者などが自由に書いて配信してもらえばよいと言うようなことをいっていたが、既得権にしがみつく新聞記者や新聞記者出身のコメンテーターはむきになって、編集権だとか真実の報道だとか、とんちんかんなことをいっていた。

でも、これでわかったろう。長野で中国人の蛮行を撮らないことが、彼らのいう編集権であり、真実の報道なのだ。そしてその「捏造」を暴いたのが、「市民記者」が勝手に配信したニュースなのだ。もし本当に今回のFREE TIBETの声がネットによるニュース配信のおかげなら、ひょっとして政官業マスコミ広告会社の腐敗構造を崩すきっかけになるかもしれない。期待しよう。
2008.05.10[Sat] Post 16:29  CO:0  TB:0  テレビ  Top▲

Free Tibet(その2)

『Free Tibet』の記事で間違ったことをかいたので訂正しておく。
長野の聖火リレーで、中国人のデモ隊が文化大革命の紅衛兵ほど狂っていなかったと書いたのは間違っていた。ソウルで中国人がチベット派の人物をホテルの中まで追いつめて暴行をしている映像が流れたが、似たようなことは長野でもあったらしい。ただ、マスコミが報道しなかっただけだ。

そういうこともあるだろうと、テレビだけではなく、youtubeもチェックしたのだが、中国人が我が物顔にふるまうシーンはなかった。それでデモは紅衛兵よりましだと思ったのだ。しかし、時間が経つにしたがって、中国人の異様なふるまいがネットにアップされはじめた。

中国人が暴れたのは、日本だけではなく、韓国や欧米でも同じだから、それはともかくとして、おかしいのは、日本の対応だろう。テレビ局のクルーは中国人の暴力を見て見ぬふりし、長野県警はチベット派をあからさまに取り締まっていた。

高村外務大臣は逮捕されたのは台湾人と日本人だけだと中国人デモを擁護していたが、その台湾人というのはチベット難民だということを知らなかったのだろうか。外務大臣は防衛大臣とおなじように所轄事項の報告を受けていないのか、それとも国民をだまそうとしているのか。

また、田原総一朗は朝生で、中国のチベット弾圧は開発独裁だ、日本だってこのまえまで開発独裁だったと叫んでいたが、開発独裁というのは、もともとはアジアの発展途上国の反共的な独裁政権のことをいうのだろう。ところが、独裁だから官僚による計画経済ということになって、共産主義と似たシステムということになる。そして、日本も官僚支配と自民党の事実上の一党独裁だから、開発独裁だと田原氏は言うのだが、自由の問題はそんな単純な問題ではないだろう。

自民党長期政権を「事実上の」独裁政権だといって、共産党独裁といっしょにするのは、政治的自由や市場の自由を無視したいかにも乱暴なレトリックだし、さらに両者を開発独裁という名前でひとくくりにするのは理解に苦しむ。日本は江戸時代にすでに商業資本が蓄積されていたし、先物市場まであったのだから、単純にフィリピンやインドネシアの開発独裁や共産党独裁と同一視することはできない。一国二制度の詳細な分析も必要だろう。

しかし、開発独裁という概念で共産党独裁を擁護するというのは、左翼の常套で驚くことではない。丸山真男の反・反共主義の中にある「手段は目的を正当化する」という考えと同じであり、将来の自由のために現在の自由を抑圧してもよいということだ。

チベット問題は国内問題だと中国人はいうが、それならそれでよろしい。国内問題と認めよう。でも、そうだとしても人民を弾圧していることにはかわりない。ただ他国の代わりに自国の人民を弾圧している。共産党は漢族もチベット族もウィグル族も、すべての人民を弾圧している。そしてさらにチベット族とウィグル族にたいしては民族浄化をしているということなのだ。

といっても、チベットの言い分をすべて認めているわけではない。ペマ・ギャルポ氏は、中国がチベットの識字率は低いとか農奴制があったとか言うが、それは50年まえのことで、いまは違うといっているが、それは、中国共産党が「解放」したからではないか。そのことはわたしにはわからない。

それとダライ・ラマが転生するという考えは、どうしても私には受け入れがたいことだ。それが世俗の権力と分離されているならかまわないが、いまのダライ・ラマ法王は文化的な象徴だけではなく、政治的な権力でもあるようだ。ダライ・ラマ法王は、共産党政府が文化的テロをしていると批判するが、文化というのは共同体の習慣や伝統であり、そして何より母国語であって、特定の宗教の教義のことではないだろう。

そこのところはわたしには分からない。しかし、中国人の狂ったデモを見るとどうしたってFree Tibetとつぶやいてみたくなる。








2008.05.06[Tue] Post 12:10  CO:3  TB:0  テレビ  Top▲

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