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もとは美術展評のブログ 絵画と映画と小説と、そして哲学を少々

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大竹伸朗(6)

「情熱大陸」で大竹伸朗を見た。
『全景』のカタログができたら、大竹論を書くつもりだったが、会田誠の《書道教室》論のついでに《宇和島駅》について書いたら、大竹にたいする興味がなくなってしまった。というより書くことがなくなったのだ。
でも、情熱大陸を見ると、まだまだ大竹のブームは続いているようだ。大竹はかってニュー・ペインティングの旗手として大騒ぎされたというのだが、まともな大竹論を読んだことがない。唯一の例外は浅田彰のジャンク・アート説だが、それも素材がゴミだという、見れば判ること指摘しているだけで、大竹の作品の面白さがどこにあるか教えてはくれない。
 たぶん、みんなは大竹伸朗の作品よりも、「大竹伸朗というアーティスト」のパファーマンスを見て喜んでいるのだろう。ある美術のサイトで、売れないアーティスト二人が美術展評の漫才をやっているのだが、そこで二人は、大竹伸朗は美大生の理想を実現しているというのだ。美大生は大学に入学すると、学校もいかないで友達とバンドやったりして、それでも売れたらいいなあと思っている。それを大竹は実現しているというのだ。これ以上的確な大竹論はないと思う。
 「情熱大陸」は、なんだか宇和島の町おこし、あるいは夕張のルポルタージュみたいな番組だったけど、それが芸術家大竹伸朗のパフォーマンスになっており、それなりに大竹芸術の正体を見せてくれたという意味で、なかなかよくできた番組といえる。
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2007.09.11[Tue] Post 13:19  CO:2  TB:0  -大竹伸朗  Top▲

大竹伸朗《宇和島駅》

会田誠《書道教室》からのつづき 

会田誠の《書道教室》が面白くて、大竹伸朗の《宇和島駅》がつまらないのはなぜだろう。 
まず、前回の「会田と《書道教室》」の記事で途中から大竹と会田の比較をやめたため、大竹の部分を削除した。その削除した部分から始める。

 大竹には拾ってきた看板のファウンド・オブジェがいくつかある。パチンコ屋の自由の女神の看板を拾ってきて、《女神の自由》とタイトルをつけたもの、それから《宇和島駅》のネオンサインと、あとは忘れたけれど、たぶん酒場やCoca-Colaのネオンサイン、それから、廃業したスナック《ニューシャネルの扉》が東京都現代美術館の『全景』展に展示してあった。中でも《宇和島駅》が絶賛につぐ絶賛で、宇和島駅のロゴ入りのTシャツまで作ってしまったらしい。
 同じ看板でも、会田の看板には自己言及の契機があるのだが、大竹の看板はどれも美的趣味的なもので、コンセプチャルなものがない。太った自由の女神像は、パチンコ屋から美術館に運んで、《女神の自由》というタイトルを付けたからアートになったのではない。もともと立派なアートだったのだ。ハイ・アートなんかになりたくない、よけいなお世話だと、女神さまはおっしゃてる。
 大竹のファウンド・オブジェは、どれもアマチュア・カメラマンが写真を撮りたくなるようなものだ。《ニューシャネルの扉》は、ニューという文字が古いというのが、古くさいギャグになっているけれど、森山大道が喜びそうなローカルな雰囲気があるし、直島の《旧歯科医院》は、いろいろと立体コラージュしているのが、老婆の厚化粧のようで、たしかに、フォトジェニックだ。
 《宇和島駅》のネオンサインがMOTの屋上に設置されたのを、大竹が現代美術の殿堂をローカル線の宇和島駅舎に変えてしまったなんて、大袈裟なことを言う。いったい、貧乏学生がラーメン屋の看板を盗んできて下宿に飾るのとどこか違うのか。
 『美術手帖』に楠見清という美術評論家が記号論風に《宇和島駅》を分析しているが、これが、トンデモない評論なのだ。まず、楠見氏はネオン看板《宇和島駅》が宇和島駅ではない美術館の屋上に取り付けられているから、デュシャンの《泉》に付けられた偽の署名「R.MUTT」と同じ役割をしていると言う(すげえ!)。そこまでは良いとしよう(よくないが)、しかし、美術館がレディメイドの巨大な便器だというのは、いくらなんでも飛躍しすぎだ。そもそも看板と署名は別のものだ。看板は建物の名称で署名は本人の証明だ。デュシャンの便器の看板(タイトル)はR.MUTTではなく《泉》だし、反対に美術館をレディメイドにしたいなら壁にS.OHTAKEと署名しなければならない。さらに欲張って美術館を便器に見立てたいならS.OHTAKEのかわりにR.MUTTと署名すればよい。そうすれば、現代美術の愛好家なら、楠見の望むように、中にある美術品を糞尿だと思ってくれるだろう(ホントだろうか)。
 ここまでは良いとしよう(メタファーには終わりがない)。しかし、デュシャンの次はマグリットなのだ。

 ここまで書いたのだが、とてもわたしの手におえない。楠見のトンデモぶりに恐れをなして、途中で削除した。それで、ネットで楠見清を検索したら、『美術手帖』の元編集長だったという経歴が書いてあった。そんなことはどうでもいい。かれのトンデモぶりをいくつか書いておく。

1.《女神の自由》が「美術史上最大の巨大レディメイド」だそうだ。もちろんファウンド・オブジェがレディメイドであることはある。しかし、美術評論でレディ・メイドという言葉を使うなら、デュシャンのレディ・メイドが基本で、大量生産された実用的な規格品が作家によってアートの文脈のなかに置かれたもののことだろう。ところが、この自由の女神はもともとアートの文脈のなかで制作された美術品だ。デュシャンがレディ・メイドの概念を拡張したからといって、いくらなんでも《女神の自由》とタイトルを付けたぐらいで、レディメイドにはならない。たぶん、ほかのポップアートの手法とこんらんしているのだろう。デュシャンのレディメイドは、非常に明確な反芸術の概念だ。いったい《女神の自由》のどこがレディメイドなのだろう。デュシャンは、一見して実用品だと判るものを使っている。しかし、この自由の女神は実用品ではなく美術品だ。だれだって、これは自由の女神を太らせたコピーだと思うだろう。ニョウボは、「女神の自由」というタイトルを見て、「ソフトクリームを食べながらビデオを見て、太るのはわたしの勝手でしょう」だと思ったという。もっともである。大竹の「既にそこにあるもの」はデュシャンのレディ・メイドとは似ても似つかぬ気の抜けたポップの手法(シミュレーショニズムかな?)になっているのだ。

2.作家の署名と作品のタイトルをゴッチャニしている。署名と駅名に〈サイン〉というカタカナのルビをふっている。それと署名と駅名と「名」の語呂合わせもしているらしい。そこからどんな結論がでてくるのか不明。どっちにしろ、作品のタイトルと作者の署名は別物だ。ポモにはこういうレトリック(?)が、多くて理解するのが難しい。

3.宇和島でもない、駅でもない美術館に《宇和島駅》の看板を設置したのは、「あえて重大な誤記をしている」のだそうだ。そんな大袈裟な。ただ、拾ってきた看板を別の建物に掛けたという、しょぼい悪戯じゃないか。それに誤記ってなんだろう。ひょっとしてシニフィアンが好きなフランス人がシニフィエ優位を誤記によって脱構築するとかいったのかなぁ。フロイトの〈言い間違い〉も混じっているみたいだし。記号論と精神分析をゴッタ煮にしたロザリンド・クラウスの影響なのかもしれない。わかりません。

4.ともかくこの人の文のつながりが容易にわからない。3.の「重大な誤記」の文の後、「その意味で」とつながるのだが、「その意味」がどの意味なのかわからない。たぶん「『あえて重大な誤記をしている』という意味で」という意味なのだろうが、それがどうしてマグリットの《イメージの裏切り》の現代的な変奏になるのかわからない。たぶん、宇和島駅でないものを宇和島駅というのが、パイプをパイプでないというマグリットのレトリックと似ていると言いたいらしいが、いくらなんでもこの理屈は無理だろう。
 美術館はpresentしているけれど、パイプはrepresent している。要するに絵なんだから、例の絵画の三層構造があって、指示代名詞のceciはこの三つのうちのどれを指しているか一義的には決まらない。額縁にいれたキャンバスを指すこともできるし、図像主題のパイプを指すこともできる。さらに"Ceci n'est pas une pipe."という文章自身を指すことだって可能だ。谷川渥が言うように、マグリットはあくまでも表象それ自体によって表象を問題にしている。看板と建物の関係とはまったくことなるのだ。楠見はこのことを理解していないことは次の〈5.〉を読めば判る。ついでに言っておくと、うえに引用したフランス語は通常の否定文である"Ceci n'est pas de pipe." ではなく”Ceci n'est pas une pipe.”となっていることに注意。もちろん両者では否定のニュアンスがことなっている。(このことについて書いていた人の名前を忘れた。探しても本が見つからない。見つけたら報告します)

5.楠見氏は、「《宇和島駅》は物と名前のシニフィカシオンを破壊する・・・」と書いているのだが、看板と建物の関係は指標目印の関係であって、シニフィアンとシニフィエの関係ではない。だから、看板を掛け違ったからといって、シニフィカシオンが破壊されることはない。看板はまぁレッテルと考えてもいいのだが、言葉は、ソシュールも言うように、レッテルではない。ところが、固有名詞は指標の性格を強くもっているのでレッテルとまちがえやすい(ラッセル等参照)。これは、普通名詞で考えればわかる。たとえば、リンゴというレッテルをバナナに貼り付けたとしても、リンゴのシニフィカシオンが壊れるわけではない。リンゴ(signifiant)は相変わらずリンゴ(signié)なのだ。それと同じように、宇和島駅という看板を東京都現代美術館に掲げても、宇和島駅は宇和島駅なのだ。看板と建物の関係はシニフィカシオンではない、隣接の関係だ。ただ、宇和島駅の看板が宇和島駅ではない別の建物のうえにのってるというだけで、ベンツのマークをトヨタのくるまに付けたようなものだ(ちょっと違うか)。もちろん「駅」は普通名詞だし、地名の「宇和島」にはデノテーションだけではなくコノテーションもあるし、さらに自分たちで作り上げた大竹のさまざまな神話を加えて、おまけに美術館の上にのせたからと反芸術の言説も織り交ぜて、キーワード満載、好き勝手なことをいっている。

6.さらに楠見氏は、「それは『宇和島』でも『駅』でもない建物に強引にボルトで固定されることによって、逆にその建物を固有の意味から切り離し、解放して見せる」と言うのだが、これは看板と建物の関係がシニフィアンとシニフィエの志向性ではなく、両者の空間的隣接性にあることの証左なのだ。シニフィアンとシニフィエをボルトで固定することはできないが、看板と建物はボルトで固定することも針金て留めることも、比喩ではなくできるし、そのことが看板の象徴的意味にももちろん影響する。しかし、そのあとの文がわからない。どうしてこれが「逆に」なるのか。駅という看板が掲げられたんだから、その建物は当然、肯定的(あるいは否定的)に駅という命名作用に曝される。逆ではない、順当なのだ。ヒュームは、隣接が推論の根拠になると言っていたぞ。
 「固定」という言葉が「切り離す・解放する」という言葉と意味が逆になっているだけで、事態が逆になっているわけではない。だいち、それがなぜ宇和島駅による美術館の支配ではなく、解放なのか分からない。おそらく、全共闘が安田講堂を占拠して解放というのと同じコトなのだろう。ここにはあるのは弁証法ではなく、単なるレトリックなのだ。

 さて、そんなことはともかく、看板と建物には弁証法的対立がある。《宇和島駅》の看板は自分の名をもって建物に命名し、建物の固有の名を否定する。すなわち看板(駅)は建物(美術館)を占拠し支配しする。ところが、逆に、建物は自分の固有の名《美術館》によって看板を美術品に変え、看板の命名権を否定する。美術館は看板を無力な展示品に変えてしまうのだ。これが、看板と美術館のあいだにある真正の弁証法的対立なのだ。
 弁証法的対立があるのに、なぜ、大竹の看板はつまらないのだろう。それは看板と建物が互いに外部にあるからだ。いくら対立していても、それは自己矛盾ではない。自己言及性も自己否定の契機もない。互いに相手を替わりばんこに否定しているだけだからだ。会田の《書道教室》にある自己言及性が、大竹の《宇和島駅》にはないのだ。
 そもそも大竹のファウンド・オブジェにはコンセプチャルなものがあるわけではなく、ただ、ちょっと面白いものを拾ってきただけなのだ。こどもがきれいな石を見つけると拾ってくるようなものだ。大竹のスクラップブックだってそうだ。面白いと思ったから拾ってはりつけただけなのだ。それが困じて、でっかいものまで見境なく拾ってくる。《宇和島駅》のネオンサインだってそうだ。ローカル駅のネオンサインの看板なんてちょっとレトロで面白じゃないか。ただそれだけのことだ。福助足袋や金鳥蚊取り線香の看板を集めるのと変わりない。少しゴミの方に偏っているけれど、大竹が自分で思っているほどオリジナルなコレクションではない。そのぶん手を加えているけれど、やっぱりありきたりのコラージュのような気がする。大竹の作品は、美術館より秘宝館に似合っている。和尚さんの趣味なのだ。
 
 以上、大竹の看板作品《宇和島駅》について述べました。
 会田誠の《書道教室》の記事と併せて読んでください。

『楠見清の「誤読」』

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2007.07.04[Wed] Post 23:29  CO:1  TB:0  -大竹伸朗  Top▲

大竹伸朗(4)

 『大竹伸朗全景展』のことを忘れているわけではない。約束どおり三回、見に行った。三回目は『網膜』シリーズを注意深く見てきた。ナディッフに『ヤバな午後』も見に行った。
 何度もこの展覧会を訪ねると言っていた浅田彰は、何度見に行ったのだろうか。ひょとしたら賢明な浅田は再訪しなかったのかも知れない。再訪したって、なにも新しいものは発見できないことを浅田は見抜いていたのではないか。だから、浅田はカタログの解説を断ったのであり、「いつの日か大竹伸朗を語るために」と、これからも大竹について論じることはないだろうと仄めかしているのだ。
 わたしが三度も東京都現代美術館に足を運んだのは、もちろん大竹伸朗に語るべき何かがありそうな気がしたからだが、回を重ねるごとに、説明しようのない失望感にとらわれ始めた。最初に感じた「こじんまりと纏めようとする」という表現はあまり的確ではないが、何処か中途半端なのである。それは抽象画にもインスタレーションにもドローイングにも感じられるのだが、三回目に『網膜』シリーズを注意深く見て、ますますそう感じた。決定的だったのは、最後に行ったナディッフのドローイング『ヤバな午後』だった。
 大竹にとってドローイングは特別な意味がある。その技術はホックニーに見せたぐらいだから自信があったにちがいない。画家がいかにも旅行中にサラサラと描いたような達者なスケッチもある。人物の後ろ姿をちょっと漫画風に描いたドローイングもある。『ヤバな午後』は誇張省略歪曲逸脱反復ヘタウマ何でも有りを巧みに纏めている。そして彼はそのドローイングをちぎった和紙で四隅にのり付けにする。何故そんなことをするのか、いかにも崩したような巧い絵が恥ずかしいのだろうか。
 ホックニーもデッサンを崩した時期はある。しかし、ちゃんとしたドローイングを捨ててはいない。魅力的な線を求め続けている。しかし、大竹はまるでそんな線に飽きてしまったかのように捨てる。次々と線が変わる。その辺のところがわからない。年代順にたしかめてみないとわからない。
 『網膜』シリーズも様々に変貌する。いろいろな試みをする。どれもがそれなりに纏まっている。しかし、いったい何をやりたいのか、一つ一つそれなりに纏まっているから、なおさらわからない。だから、見ているうちに飽きてくる。一回目は次々に目の前に現れる変化に見とれる。二回目は既視感。三回目は退屈。もちろんこれは誇張だけれど、とにかくカタログが手元に届いたら、しばらく眺めて頭の中を整理し、もしも、大竹の膨大な作品の一つでも理解が出来たら、報告する。
 曖昧ながら頭の中で、何かがブツブツ言っている。

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2007.01.23[Tue] Post 23:45  CO:0  TB:1  -大竹伸朗  Top▲

大竹伸朗(3)

大竹伸朗インタビューby永江朗(『ユリイカ』11月号)

 この大竹のインタービュー記事は、将来、大竹を理解するための貴重な資料になるだろう。しかし、ここでは大竹のことではなく、聞き手の永江朗のことを書く。いかに、美術ジャーナリズムがイイカゲンかの証左になる。
 要点だけ書く。
 大竹がダ・ヴィンチの画集をスクラップ帳にしたことに関して、永江が「なぜまっさらなスクラップ帳じゃなくて人の画集なんですか?」と訊く。大竹は、コンセプトとかじゃなくて、すでにあるから一層得するじゃん、それがいいなと思っただけだと答えているにもかかわらず、永江は言う。

 永江 すごく暴力的な感じがしますよね。ダ・ヴィンチの上に自分のザーメンぶちまけて穢してやるぜ!みたいな。
 大竹 穢すなんて気持ちは全くないけどね。ダ・ヴィンチの絵は昔から好きだし、単純にダ・ヴィンチを貼らなくてももうすでにあるというところがいい。

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2006.12.04[Mon] Post 12:50  CO:0  TB:0  -大竹伸朗  Top▲

大竹伸朗(2)

浅田彰の大竹伸朗評(『美術手帖』12月号)

 大竹はロックだから解説は書けないという「卑怯な逃げ口上」で、『大竹伸朗全景』展のカタログ・エッセイを断ったと、浅田自身が『美術手帖』で書いていたことは、前回書いた。
 あらためて、浅田の大竹伸朗評を読んだら、なんとタイトルが『誰が大竹伸朗を語れるか』となっている。これは、大竹の〈凄さ〉を賞賛するレトリックだと承知してはいるが、じつは、巧みな自己弁解ではないのか。書けないのは俺だけではない、誰も大竹については書けない、それは大竹が巨大すぎるからだ、というわけだ。逃げ口上というより、開き直りだ。
 それなら、こんなレトリック満載の文を綴っているのでなく、大竹の巨大さについて、少しでも鑑賞に役立つ具体的な分析をしてくれればいいと思うのだが、そうはしない。浅田のレトリックは続く。「・・・この小文は、私の率直な敗北宣言以外の何ものでもない」と。
 浅田彰が芸術を理解しているかどうかわからないが、頭が良いことは確かだ。「卑怯な逃げ口上」「誰が大竹伸朗を語れるか」「敗北宣言以外の何ものでもない」、これらはどれも使い古された文句だが、浅田が使うと、なんか真実味のあるレトリックに思えてくることは認めないわけにはいかない。(こんな浅田に正面から突っかかっていった上田高弘はえらい)
 そんなことより、浅田の大竹評の中味をみてみよう。浅田自身が認めているように大したことはいっていないのだが、一つだけ、私に理解できない点がある。それは、大竹が画家でも彫刻家でもなくジャンク・アーティストだという主張だ。実際にジャンクやスクラップを利用しているのだから、ジャンク・アーティストには違いない。そこまではいい。しかし、そのあとが分からない。浅田は言う「アーティスト(大竹)が絵画としての完成度や彫刻としての完成度などといった些細な問題にほとんど関心を持っていないことは明らかだ」と。さらに言う「何でもうまくフレーム(額縁という具体的フレームから美術館という制度的フレームにいたるまで)に入れて提示すれば芸術作品として流通させられるという、アーティストを装ったデザイナーや戦略家のシニカルな手口が、そこに皆無なのである」と。大竹がデザイナーでも戦略家でもないことは認めよう。しかし、大竹には船の廃材で作ったフレームだけの作品もあるのだけれど、もちろん、こんなリテラルなことを浅田が言うはずもないから、おそらく、この主張は、絵画と彫刻のジャンル分けの無効性とか美術史や美術館制度を脱構築するというポストモダン風の決まり文句を使っただけなのだろう。しかし、どちらにしろ、大竹はそんなものとは関わりのない、正統的なモダニストの後継者ではないか。「モダニズム」という言葉が適当なのかどうかは判らないが、かれは、つねに絵画の真理を探究しているように私には思える。
 わたしは、最初はポップとかダダとか、あるいはコンセプチャル・アートといったキーワードで『全景』展を見始めたのだが、次第に、これはまっとうな美術だと思い始めた。たとえば、かれの作品はどれも線や構図や色に注意深い配慮がなされている。それだけではない。かれは、四角い平面に執着しているように思える。立体作品を作っても、それが平面のイルージョンに見えるようにしているふしがある。キャンバスに船の廃材をくっつけた作品は、まるでその廃材がキャンバスに描かれた図像のように見える。これは、立体が平面に見えるという逆さのイルージョニズムではないのか。
 フレームかどうかわからないが、大竹が作品の最終的な形にこだわりをもっていることは、スクラップ・ブックを見ればわかる。スクラップしたものを袋に入れていてはダメだ。それを四角い平面を綴ったスクラップ・ブックにどうしても貼り付けなけれ気が済まない。そしてそれを絵画にするために、その上から何かを描きくわえるのだ。大竹は、切り抜いた紫電改を紙に貼り、そこに回転するプロペラを描きくわえたときの感動を「ものすごい衝撃波」と表現している。それ以来、大竹は〈図像〉というものに取り憑かれているのではないか。
 これは、前回、まったくの予備知識なく『全景』展を見たときの漠然とした印象であり、本当のところは判らない。もう一度、見に行くつもりだが、大竹伸朗が図像破壊者でないことだけは、確かなことと思われる。
 このような誤解は浅田だけではなく、私が読んだ大竹評にほぼ共通しているのだが、もっとも酷いのは、ユリイカのインタビュー記事『世界を貼り倒せ!』の聞き手永江朗である。次回はそのことについて。
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2006.12.03[Sun] Post 21:29  CO:0  TB:0  -大竹伸朗  Top▲

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