ART TOUCH 絵画と映画と小説と

もとは美術展評のブログ 絵画と映画と小説と、そして哲学を少々

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.--[--] Post --:--  CO:-  TB:-  スポンサー広告  Top▲

会田誠の政治学改め文芸学(政治学後編):「村上春樹は私小説を書くべきである」(小谷野敦)

iPadでブログを編集して、上書きしたら、半分消えた。以下、思い出しながら書いたTwitterの下書をコピペしたものだ。あまりよくはおもいだせなかったので、繋がらない箇所もある。

①【会田家の《檄》】今日朝方目を覚まし、iPadで書き終えた 『会田誠の政治学改め文芸学(政治学後編) : 「村上春樹は私小説を書くべきである」(小谷野敦)』 のテニヲハを寝床で直して、上書きしたら半分以上消えてしまった。もう一度書く気力なし。思い出してメモしておく。

②【会田家の《檄》】:《檄》は、今回の修正撤去問題がなければ、《美少女》や《書道教室》と同じように、会田誠の《文字》シリーズの一つとして、これほどの騒ぎにはならなかったと思う。

③【会田家の《檄》】:ところが、《ビデオ作品》の会田誠が安倍首相そっくりだったので、ことがややこしくなった。そのころ世界中の左派勢力が安倍首相は極右政治家だとネガティブ・キャンペーンをしていた。それで《檄》の文科省批判が安倍内閣の反動的な教育改革の批判と受け取られたわけだ。

④【会田家の《檄》】:岡田裕子と会田誠の二人は、《檄》は「政治的なものではない」と言っている。二人は夫婦だが、「会田家」としては、親子三人の家族なのだ。とすれば、《檄》は彼らのいうとおり政治的なものではなく、教育をめぐるスラップスティックな家庭劇なのだ。

⑤【会田家の《檄》】:佐々木と会田の対談『スキャンダルからの足の洗い方』から。
佐々木豊: 「・・・太宰治が「家庭の幸福は諸悪の根源だ」と言った、小市民のモラルを憎んでどんどんいけるのか」
会田誠: 「・・・だんだん尖った表現はやらなくなってくると思います。でもそれは、家庭の幸福とかのためじゃなくて、ぼくの個人的な変化としてですけど。」

⑥【会田家の《檄》】:檄文は決起を促すもの、どちらかと言えば、「尖った表現」である。三島由紀夫の「檄」も自衛隊員に決起を促すものだった。しかし、会田家の《檄》は決起ではない。子供の教育問題でドタバタして、ただ、「文部科学省に物申す」と家族三人で不平不満を述べているだけだ。

⑦【会田家の《檄》】:三島由紀夫は家族を切り捨て、天皇陛下万歳と叫んで自決する。会田家の《檄》は決起を促すのではない。家族が家庭の幸せを願って、息子寅次郎に「檄を飛ばしている」のだ。

⑧【会田家の《檄》】:学校教育に対する家族の矛盾した不平不満を、国家のことでもないのに《檄》と称したところが「ギャグ」である。これが、《檄》はユーモアであって、政治的なものではないと会田さんがいう根拠なのだ。

⑨【会田家の《檄》】:しかし、そうはうまくいかない。檄文は主義主張を訴える文章である。そうであれば、どこの家庭にもある学校教育に対する不平不満であっても、サヨクの常套句をを避けることは出来ない。そこをサヨクは見逃さない。朝日の『若者、ママたち、SNS』のコラムを見よ。

⑩【会田家の《檄》】:会田誠は確信犯ではないかという疑いは残る。それほど劇的だった。しかし、修正撤去要請された二作品は、「ギャグ」であり、政治的なものではなかった。ところが、「安倍右翼政権打倒」の政治的雰囲気の中でリベラルが利用するのに好都合だったのではないか。

⑪【会田家の《檄》】:誤解されたにもかかわらず、会田誠はこの状況を楽しんでいるように見える。寅次郎を先に帰して、居酒屋で一人で飲んでいた父親が、親子でデモに参加している。もちろんこれは「社会を考える」ことなんだろうが。

⑫【会田家の《檄》】:会田さんは、家庭の幸福ではなく、個人的な変化として、だんだん尖った表現をやらなくなるといっている。年をとれば、ポテンツが減少する。「自家製自家用ポルノ」の画家としての出自をまっとうすることは出来なくなる。そこで会田さんの「隠遁癖」がでてくる。

⑬【会田家の《檄》】:《檄》はドタバタしているが、寅次郎くんに檄を飛ばして、家族三人結束して、「家庭の幸せ」だ。

⑭【会田家の《檄》】:《檄》の「会田家」と「新潟の会田家」は重なっている。中学生のときの自分の父親と、中学生寅次郎の父親である自分と重なっている。会田さんは『青春と変態』の次の小説を書きたいと思いながら果たせないでいると嘆いていた。それなら『会田家の人々』を書けばいい。

⑮【会田家の《檄》】:会田誠は『青春と変態』を書くことで、リアルの美少女を終えて、二次元の美少女に転換する切っ掛けにしたと言っている。

⑯【会田家の《檄》】:それと同じように、『会田家の人々』は、「家庭の幸福」から「隠遁生活」への覚悟を決める小説になる。会田誠は佐々木豊に言う。「ある意味でバルチュスのように長生きして、田舎のほうに引っ込んで、地元の美少女でも描きながら、幸せな晩年を過ごしたいとも思っています」と。

スレッド:絵画・美術 / ジャンル:学問・文化・芸術

スポンサーサイト
2015.10.13[Tue] Post 00:01  CO:0  TB:0  -会田誠  Top▲

長谷川祐子 VS 藪前知子 : 《檄》のもう一つの解釈

《檄》も《首相演説》も、会田誠自身が政治的なものではないと言っているにもかかわらず、安倍政権批判だという意見があとをたたない。もちろん、作者が作品解釈の独占権を持っているわけではないのだから、作者の制作意図がどうであれ、観者の解釈だって述べてみる価値はある。それなら、会田誠に、おまえは古い、もう終わっていると宣告された身だけれど、長い間、会田ウォッチをしてきた私の解釈も述べておきたい。もちろんこれは作品のフォーマリスティックな分析ではなく、主題を巡る与太話である。

二つの作品は、会田誠自身をして画家になってよかったと言わしめた作品である。たしかに、《檄》は「文字シリーズ」として、《国際会議で演説する日本の総理大臣と名乗る男のビデオ》は「ビデオ・アート」として会田誠の傑作といえる。

もちろん、これは本来の絵画作品ではない。それなのに、わたしが《檄》に感動したのは「私小説」としてだった。はじめに頭に浮かんだのは、言うまでもなく、三島由紀夫の『檄』だ。それから、「新潟の会田家」のこと、エッセイの『カレー事件』など、最後に、「佐々木豊のインタビュー」()を思い出した。佐々木豊は10年前にこの《檄》にピッタリのことをインタビューのなかで言っている。そして、会田誠は10年後に、この作品《檄》で佐々木豊の問に答えているということもできる。

以下は第11回“Round About”からの引用だ。エロについて話している(下線太字は安積)。

佐々木:「いい加減にしなさい」とか奥さんは言わない?
会田:妻も美術家で、破廉恥なビデオ作品とかも作っています。
佐々木:もう一代も含め、三人で破廉恥をやることもありそう?
会田:でも息子が両親を嫌って、すごく道徳的な人間になるかもしれない。両親がかなり潔癖な方だったので、ぼくはこうなっちゃったんで。
佐々木:教育者でしたね。厳格な。それに対する反動が…。
会田:すごくあった。自分で言うのもなんですけど、根は上品なのに、頑張って下品にならないといけないという強迫観念があった。
佐々木:ただ、芸術家といえども、社会の中で生きてる。だんだん子供が育って、どこか有名校に入れたいとか、これから奥さんもそういう風に変わらないとも限らない。そうす ると、太宰治が「家庭の幸福は諸悪の根源だ」と言ったように、会田さんも小市民のモラルを憎んで今のままどんどんいけるのかどうか。
会田どうでしょうねえ。周りは「もっと破廉恥な絵を描け」と期待して、それに応えていれば、絵は売れるんでしょうけれど、ぼくはだんだん尖った表現はやらなくなってくると思います。でもそれは、家庭の幸福とかのためじゃなくて、ぼくの個人的な変化としてですけど。


これを読めば、《檄》が政権批判ではないことは分かるだろう。アーティストの家庭のしつけのことを話しているのだ。それにしても、佐々木さんは、エロのことを話していて、いきなり「親子三人で破廉恥をやる」とは大胆なことをいう。

学校教育に対する不平不満は、アーティストの家庭とサラリーマンの家庭ではそんなに違いはないだろう。あるとすれば家庭教育の方だけれど、三島由紀夫が言ったように、銀行員のように規則正しく小説を書くことだってできるのだ。

芸術家論はさておいて、《檄》が「子どもにふさわしくない」のかどうか問題になるのは、佐々木豊が予想したように、「三人で破廉恥をやっている」のではないかという疑いがあるからだ。

破廉恥といってもエロとはかぎらない。美術も権力と結びつけば破廉恥になる。会田誠は、自分には金と権力がないとかねがね言っている。しかし、すでにそうは言えないだけの権力の持主ではないのか。《檄》が「三人で破廉恥をやっている」と感じるとしたら、それは美術権力の介入があるからだ。

会田誠はこれらの作品が政治を扱ったものではないと主張している。しかし、会田誠の声明文の正論ぶりを読むと疑問が湧いてくる。美術評論家たちもこぞって長谷川祐子の背後にいる政治権力の存在を仄めかしている。しかし、長谷川祐子はそんな「破廉恥なこと」を言っているのだろうか。これはもともと公共の美術館の夏休みの子供のための企画なのだろう。「子どもに難しい」とか「過激である」ということは、至極まっとうな感覚ではないのか。長谷川祐子が「過激だ」と感じて「都」に相談したのは、「表現の自由」の問題や企画の権限の問題があるからだ。もちろん、そこで都の側から修正撤去を要請された可能性はある。

抗議電話が一回だけだということを問題にしているが、なにも長谷川祐子は抗議電話があったから問題だと思ったわけではない。電話の前に、自分の目で見て疑問に思ったのだ。墨で書いた文字が、会田誠の意図と違って、長谷川祐子は「生の感情の表出」と受け取ったのだ。もしそう受け取られるとすれば、その文字が伝えるメッセージは子どもにとってだけではなく、大人にとっても危険なものとなるだろう。

長谷川祐子は都の意向に配慮したかもしれないが、それより前に、公立の現代美術館のキュレーターとしての良心にしたがって判断したのだ。だから、修正を拒否されたとき、撤去すべきだと強く要求できたのだ。長谷川祐子はめずらしく気骨のあるキュレーターだが、なにぶん《檄》を見たのが内覧会の三日前だというのだ。既に遅し。都をもちだしたことで、美術権力は政治権力に変わってしまったのだ。

話はここで終わらない。会田家の三人は『子供展』の担当学芸員である藪前知子氏とチェ・キョンファ氏と去年からこまめに連絡を取り合い、準備を進めてきたと会田誠はいう。長谷川祐子の知らないところで、実は別の二つの美術権力のあいだで密かに談合が行われていたのだ。長谷川祐子の要求が権力の横暴で、自分たちの話し合いは民主主義の理想と言ってしまうところが、権力がときに猥褻になる理由なのだ。

藪前知子の『子供展』の企画書かと思われるポストモダン風の文章を見かけたのだが、検索しても出てこない。藪前知子がこんな重要な役回りをしているとは思わなかったのでうかつだった。ちなみに、椹木野衣は藪前知子が権力の介入に抗してよく戦っていると褒めている。

こうやって、公立の文化施設がサヨクに乗っ取られていくのだ。その腐敗した組織と戦っている橋下市長の文化行政の支持を公言しているアーティストは村上隆一人である。村上隆をバッシングしているのはオタクたちではなく、おそらく、サヨクの美術業界人だと思われる。

つづく

スレッド:art・芸術・美術 / ジャンル:学問・文化・芸術

2015.08.10[Mon] Post 14:08  CO:0  TB:0  -会田誠  Top▲

会田誠の《檄》と三島由紀夫の《檄》

会田家の《檄》は三島由紀夫の《檄》のパロディだろうか。もちろん会田誠自身が三島を愛読し、影響を受けたと言っているのだから、「文字」に鋭敏な感覚を持つ会田誠が《檄》の制作中に三島由起夫のことが頭になかったはずはない。

とは言っても、会田家は檄を飛ばすわけでも、決起をうながすわけでもない。子どもの教育の問題で、会田家の三人が文科省にあれこれ抗議をしているのだが、檄文の最後に、「アーチストだから社会常識がない。真面目に子育てにやってないと言(以上)」と愚痴っている。どこが、檄なのか一向にわからない。それに対して、三島由起夫の方は家庭を切り捨て、男たちに決起を呼びかけている。

それなら、会田誠は三島由紀夫から何も学ばなかったのだろうか。そんなことはない。本当のことを言うと、「檄」に対応するのは「デモ」なのだ。三島由紀夫の「檄」の背後には昭和44年10月21日の「国際反戦デー」の暴徒化したデモがある。鎮圧のための自衛隊の治安出動がなかったために永遠に「憲法改正」のチャンスを失うということがあった。また、会田家の「檄」は文部科学省に物申しているのだから、《檄》自身が三人のデモと言えなくはない。会田誠には他にも《一人デモマシーン》や《ユア・プロナンシエイション・イズ・ロング》など、ジョークまがいの作品はあるけれど、政治的な目的を実現するための示威行為としてのデモ・パフォーマンスはない。

しかし、《檄》が、会田誠自身がいうように、「子どもの問題」と考えるなら、三島の「国際反戦デー」のデモに対応するデモが、会田家の「檄」にもある。それが「子どもを守れ」デモだ。「子どもを守れ」はおそらく「九条守れ」から派生したのだろうが、「反核」と「反戦」を兼ねて、便利な言葉である。

「九条守れ」はサヨク色が強いので、ソフトなイメージの「子どもを守れ」が逆に過激派には好都合だった。原発事故が起こると、狂ったように「子どもを守れ」キャンペーンが始まった。最初は二本松市の山下俊一長崎大教授の講演会だった。袈裟を着た男が山下教授に、「安全だというなら自分の子どもを住まわせろ」と言っていた。いろいろ怪しげな大学教師、ジャーナリスト、開業医が現れて、子どもが最大の犠牲者だと言っていたけれど、「子どもを守れ」デモの最大のスターは山本太郎だった。そして、つい先日、朝日新聞デジタルが「若者、ママたち、SNS」の三題噺でコラムを書いていた。

東京都現代美術館のチーフキュレーターの長谷川祐子が「檄」という文字が過激だからという理由で、修正を要求したことに、批判する向きもあるが、その批判する美術評論家たちも過激とは言わないまでも、《檄》を政治的メッセージと受け取っていることにかんしては長谷川祐子と同罪といわねばならない。しかし、政治的に過激なのは、会田の《檄》ではなく、過激派が背後にいる「子どもを守れデモ」の方だ。どちらにしろ、サヨクもウヨクも《檄》をポリティカル・プロテストとして理解していることにはかわりない。

実はこの拙文は数日前に前半部を書いたのだが、どうしても三島由紀夫の『檄とデモと憲法改正』の問題を会田家の場合と比較したかったので、というのも会田の《檄》が政治的なものではなく、「ギャグ」だということを示すためにはデモとの比較が必要だったのだ。

正確にいえば、「ギャグ」ではなく、スラップスティック・コメディなのだが、会田にはスラップスティック・コメディの才能がある。ドタバタといえば貶したように思えるだろうが、あのカフカの『変身』だってスラップスティック・コメディの要素があると言われている。そう考えれば、エッセイの『カレー事件』も、小説の『青春と変態』もスラップスティック・コメディといえる。

ひとまずアップする。まごまごしていると、会田誠にみんな先に言われてしまう。ツィッターと合わせて読んで欲しい。

スレッド:art・芸術・美術 / ジャンル:学問・文化・芸術

2015.08.02[Sun] Post 00:56  CO:0  TB:0  -会田誠  Top▲

「岡崎乾二郎の《ポンチ絵》はウンコですな」 (山形浩生の訳本『ウンコな議論』に拠る)

岡崎乾二郎が『ポンチ絵』の展示即売会をやっている。(*)

これも岡崎乾二郎の得意な『図画工作』だ。今度は、抽象画ではなく具象画なので、箱に入れて並べてあると、なおさら小学生の図画工作に見える。

Twitterを見るとこのポンチ絵展が「素晴らしい」と言う人がたくさんいることが分かる。なかには、岡崎乾二郎の作品がこれまで良いと思ったことはないけれど、この《ポンチ絵》は素晴らしいとわざわざ付け加えるひともいるし、買って帰る人さえいる。それはそれでいいだろう。しかし、一時間半掛けて堪能したというツィートに至ってはもはや趣味や美学の問題を超えて、ほとんど〈事件〉である。

ご存知のとおり、岡崎乾二郎の父親は建築家で、本人は多摩美の建築科を中退して、「Bゼミ」を修了している。「Bゼミ」()というのは変わったスクールで、デッサンなどやらずに(注2)、現代アートの技法や理論を学ぶ塾のようなものだったらしい。岡崎乾二郎はその後「Bゼミ」の講師になり、『批評空間』で浅田彰に取り立てられ、コーリン・ロウなどの「実と虚の透明性」について建築家の磯崎新と議論している。ポストモダンというのは絵画ではなく、はじめにモダン建築に対する批判として生じた傾向である。岡崎氏は建築の空間と絵画の空間を同じように論じられる稀有な美術評論家だ。

こんなどうでもいいような事をくどくどと言っても仕方ない気がするが、岡崎乾二郎は日本の現代アートシーンの象徴なのだから、彼のアーティストとしての履歴を述べておくことも無駄ではないだろう。

今、美大の勢力図の中心は多摩美術大学から京都造形芸術大学へと動いているように見える。最近、千住博が学長を辞めて、替りに浅田彰が大学院長に就任した。千住博は去年から東京で「ザ・スーパー・アートスクール」を始め、その第一回修了生が、これも今年から審査委員に就任した『上野の森美術館大賞展』の大賞を受賞した。王青の大賞受賞作《玄牝》は先生同様エア・ブラシを使った(としか思えない)作品だ。さらに、忘れてはいけないアーティストがいる。ポストスーパーフラット・アートスクールを開校した黒瀬陽平も京都造形を卒業して、現在、芸大の先端芸術表現専攻博士課程に在籍している。岡崎乾二郎と同じように作家と評論家を兼ねているけれど、理論と実践ともに中途半端な現代美術家である。そんな美術大で岡崎乾二郎は公開講座を開いたことになる。公開講座には黒瀬陽平も聴講して、質問をしたという。

勢力図なのか思想地図なのか、それとも相関図なのか分からないが、黒瀬陽平は評論家としては京都造形芸術大学の浅田彰大学院長ではなく東浩紀に近いわけだが、その黒瀬陽平が荻上チキのインタビュー『ハッキングされる美術批評』の中で、岡崎乾二郎について述べている。

ブログでもちょっと書きましたけど、岡崎乾二郎の読者と椹木野衣の読者が分裂状態にあることは事実だと思うし、お互いがお互いのことを知らないで、なんとなく避けたり、バカにしたりという状態が、ここ数年の美術評論が活気づかない原因のひとつだと思います。あっているかあっていないか、というより、本当はそうではないのに、現時点ではまだ「(いわば)モダニズム派」と「(いわば)日本ゼロ年派」は分離しているように思われているし、その分離は非常につまらないところで起きている、それが問題なんです。


「日本ゼロ年派」は椹木野衣が水戸芸術館でキュレーションした展覧会のタイトルから来ているのだから、椹木氏が「日本ゼロ年派」ということは当然だけれど、だからと言って岡崎氏が対立する「モダニズム派」ということにはならない。岡崎氏はモダニストとポストモダニストの二つの顔を持っているし、そもそも『日本ゼロ年展』は椹木氏が『日本・現代・美術』を展覧会形式にしたもので、日本の現代美術をリセットするというのだから、展覧会が新しい傾向を網羅したものになるのは仕方ない。

椹木野衣は浅田彰との対談『新世紀への出発点』で「岡崎乾二郎はスーパーフラットである」と浅田を喜ばすような発言している。椹木は、《あかさかみつけ》はスーパーフラットだといい、浅田の方も、村上隆は岡崎乾二郎のポップ化だという。さらに浅田は、アニメやゲーム、あるいはそれらを再流用した「スーパーフラット・アート」よりも、世界の 美術史を踏まえて考え抜きながら真の意味でスーパーフラットな表現を模索している岡崎乾二郎を応援したいと言っている。

ところが、このスーパーフラットというのがフラットとどう違うのかわからない(黒瀬陽平はさらにポストスーパーフラットという概念を提案する)。スーパーとネオとポストばかりだが、モダニズムの言うフラットの意味は分かっている。「支持体の平面性」と「描かれた平面性」だ。支持体の平面性は絵画のイリュージョンを生み出す物理的条件だ。平面だからこそ「知覚に基づいた想像」が働く。描かれた平面性とは浅い奥行きのことだ。モダニズムの奥行きはどんどん浅くなり、支持体の物理的平面に重なるところまで浅くなる。それと事物の陰影描写を省略し、平塗りで平面的に描くことで、事物が占領している空間もまた浅くなる。

岡崎乾二郎の批判(注1)は何度か試みたけれど、上手くいかない。彼は一種の「天才」で、フォーマリズムをもとに次から次に新しいアイディアが浮かんでくるらしい。しかし、これまでは騙しやすいオブジェ(イリュージョンのない抽象画も含む)を使っていたが、今回は難しい絵画をテーマにした。天才の驕りがあったのだろうか。驕りというより油断だろう。何しろ浅田彰と椹木野衣を同時に手玉に取ったのだ。二人とも絵を見る目がないので、岡崎乾二郎は理論と実践を兼ね備えた美術家だと思っている。二人はスーパーフラットは村上ではなく岡崎だといった。そこまで言われたら、岡崎氏は絵を描かないわけにはいかない。ところが、岡崎乾二郎はそんなに自由自在に絵が描けるわけではない。そこで『ポンチ絵』を使ってちょっとした仕掛けをほどこした。

まず、『A-things』の展覧会の様子を見て欲しい。http://athings.exblog.jp/21859593/

『ポンチ絵展』の岡崎の名前が「おかざき乾じろ」となっている。理論派の岡崎氏のことだ、どんなタクラミが隠されているのか知る由もないけれど、普段使っている本名の「岡崎乾二郎」の展覧会とは違いますよということだろう。さらに展覧会の説明に「絵画の紋切り型に向き合い、描きためたポンチ絵を多数展示」とあるのだから、これらの絵は展覧会のために描いたわけではなく、漫ろに気ままに、そんなときに人が何となく描くイタズラ書きのようなものがたまったので展示するということだ。もちろん、これは『北斎漫画』を意識してのことだ。

これは心理分析のための作画テストの絵に似ている。心理学の教科書に出てきそうな絵もある。あるいは精神分析のオートマティスムの稚拙な絵のようにも見える。「絵画の紋切り型」という言葉で、岡崎はこの絵が自分の深層心理を表現しているわけではないと仄めかしながら、自分の絵が下手なのではなく、「紋切り型」なのだと言い訳をしている。

ポンチ絵は英国の《Punch》が語源で風刺画や風俗画を意味する。日本語では建築家がお客に概略や構想を説明するための簡単な絵の意味もある。京都造形の岡崎氏の公開講座の表題は「ポンチ絵としての芸術の物語」(下線安積)というのだから、「日本の芸術の歴史はポンチ絵のように滑稽だ」という意味もあるだろうし、あるいは、「芸術の歴史をポンチ絵のように簡単にまとめてみる」という意味にもなるだろう。いずれにしろ、岡崎氏は慎重に北斎の名を《ポンチ絵》の歴史から消している。(注0)

一度だけ建築家のポンチ絵を見たことがある。『国立新美術館』のオープン記念のとき、設計者の黒川紀章の展示があり、そこで写真だったかビデオだったか忘れたが、設計前の『国立新美術館』のカーテンのような波型のファサードのイメージをスラスラと描いた絵があった。あれがポンチ絵というものだろう。

辞書の意味から考えれば、そうなるだろう。しかし、子供の頃、大人が私の下手な絵を見て、「何だ、そのポンチ絵みたいのは」と言ったのを憶えている。ポンチ絵は「下手な絵」という俗語的意味もあったのだろう。私にはこの俗語的な意味が岡崎の《ポンチ絵》にふさわしいと思う。岡崎乾二郎は自分の《ポンチ絵》を単なる稚拙な絵ではないように見せている。もともと絵が下手なのではなく、ワザと下手に描いたように見せている。岡崎は言葉の多義性を巧みに使う芸術家だ。

しかし、「お絵かき」はそこまでだ。制作の順番通りに話しているわけではないけれど、岡崎乾二郎はいわば(突然)図像破壊者になる。絵画の平面性を壊すことによって、図像主題を図像客体に退化させる。絵(図像主題)は「知覚に基づいた想像」の対象である。ところが平面性が壊されると想像作用が作動しなくなり、図像は想像の対象(ピクトリアル・イリュージョン)から知覚の対象(物質)に頽落(Verfallenheit)する。

紙を不定形に切ったり破ったり、部分的に貼り付けたり、さらに、その上から絵を描いたりする。貼り残した箇所を丸めたり捩ったりして、台紙からぶら下げるなり、折り込むなりする。そのため、物理的な絵(図像客体)も部分的に隠されたり、破れたりしているので、逆に、壊された平面性が強く意識されることにもなるけれど、これは壁に掛けたら「紙くず」だ。

これでは、いくら岡崎乾二郎でもアートだと言い張ることはできない。多少でもイリュージョンを回復しなければならない。そうでなければ、見て面白くはない。しかし絵画の表面がデコボコではイリュージョンは生まれない。立体は射影を通じて現出するので、想像ではなく知覚の対象(事物)になる。多くの彫刻が退屈なのはそのためだ。

事物のコラージュなどで、失ったイリュージョンを回復するために支持体を枠で囲うという手法が良く見られる。シュヴィッタースの《メルツ絵画》が有名だが、日本では、野田裕示や大竹伸朗がいる。作品が大きいと効果が薄れるけれど、岡崎の《ポンチ絵》は小さいし、枠ではなく箱に入れたのは、岡崎乾二郎ならではの天才的なアイディアと言える。

あらためて、『A-things』の展示風景を見た。http://athings.exblog.jp/21859593/

ところが一つひとつの《ポンチ絵》ではなく、壁に陳列した縦六列横四列の《ポンチ絵》を見て驚いた。初めに見たときは、《あかさかみつけ》や《ゼロサムネイル》と同様に、岡崎乾二郎お得意の小学生の図画工作の展示だと思ったのだが、これは図画工作の展示ではない。《ポンチ絵》の箱が縦横並べてグリッドになっているではないか。グリッドは平面を作る。一つでも、四角形は平面になる。それが格子状になればなおさら平面になる。さらに箱が並んで、立体格子になっている。その一つひとつの空間を、冒頭で述べたコーリン・ロウの「虚の透明性」が満たしている。もはや、《ポンチ絵》は一つずつ見た時のようなボロボロな紙くずではなく、24枚のポンチ絵がグリッドによって結び付けられ、一枚の大きな抽象画になっている。

小さな《ポンチ絵》を買った人は大きな抽象画を見て欲しくなったのだろう。家に帰って箱のフタを開けたら、自分が買ったのはゴミだと気づいて、驚いたに違いない。でも、騙されたと怒る人はたぶんいないだろう。芸術的エリート化した大衆(藤枝)とはそういうものだ。岡崎自身も騙したつもりはない。これこそ真の「フラットネス」だと思っているにちがいない。確かに岡崎ほど平面性の問題に理論と実践の両面から肉薄した美術家はいない。そういう意味では、浅田彰や椹木野衣が「スーパーフラットなものに可能性があるとしたら村上隆ではなく岡崎乾二郎だ」ということもあながち間違っているとはいえない。

しかし、浅田や岡崎には致命的な間違いがある。それは、絵画は「知覚に基づいた想像」だということを理解していないことだ。平面性がイリュージョンと密接な関係があること、したがって、ピックトリアル・イリュージョンとオプティカル・イリュージョンを区別しなければならない。コーリン・ロウの「虚の透明性」というのは、カニッツァの三角形の主観的輪郭と類似の空間の錯視(オプティカル・イリュージョン)だ。錯視とは知覚の変異体であり、正常な知覚か変異した知覚(錯視)か、どちらか択一的しか作動しない。それに対して、ピクトリアル・イリュージョンは、「知覚に基づいた想像」であり、大抵の場合は、かなり自由に知覚に注意を向けたり、想像に注意を向けたりすることができる。もちろん絵画の楽しみは知覚とピクトリアル・イリュージョンの間の「弁証法的戯れ」にある。オプ・アートのような、観者が自由にならないオプティカル・イリュージョンに絵画の官能性はない。

いったい、これだけのトリックを岡崎は一人で考えだしたのかという疑問がどうしても残る。まるで、進化論に反するように、美的価値も芸術的価値も減少するような変化の段階をかさね、そして最後に「グリッド」によって一挙に抽象画の「傑作」になる。「グリッド」と言えば当然ロザリンド・クラウスを思い出す。さっそく、『オリジナリティと反復』(小西信之訳)所収の『グリッド』を見た。冒頭に以下のようにあった。

今世紀初頭、視覚芸術の領域において、一つの構造が現れ始める。それは、最初にフランスで、続いてロシアとオランダで現れる。すなわち、戦前のキュビスムの絵画において姿を現わし、後によりいっそう厳格、明白になるグリッドは、とりわけ、近代芸術が持つ沈黙への意志と、文学や物語や言説に対する敵意を告知している。グリッドは、そのようなものとして目覚ましい効果をあげてきた。それが視覚の芸術と言語の芸術の間に設けた障壁は、視覚芸術を、排他的な視覚性の領域の中に囲い込み、語りの侵入から守ることに、ほぼ完璧に成功してきた。


我々はすでに、グリッドが平面性や空間に関わることを見てきたけれど、クラウスはグリッドが文学や物語を抑圧すると述べている。すなわち時間の抑圧だ。ここで、岡崎乾二郎が《ポンチ絵》で物語を暗示した理由がわかる。展覧会の説明に「絵画の紋切り型に向き合い、描きためたポンチ絵を多数展示」と書いたのも、弁解じみている。後で否定するために一度は語らなければならない。そのことで岡崎はモダニズムの勝利を誇示するのだ。

24枚の《ポンチ絵》をグリッドに嵌め込んだ抽象画は決して本来の「絵画」ではない。「擬似コンセプトを図解(イラスト)したオブジェ」であり、詐欺師が囮につかった絵画もどきだ。もし《ポンチ絵》が一枚売れたら、すぐに箱のフタをして渡す。空いたところに別の《ポンチ絵》を掛ける。そのためのストックが棚に重ねて置いてある。

手品師がタネも仕掛けも見せている。







注0: 日本の近代絵画の歴史は「北斎殺し」の歴史である。北斎は西欧に学んだし、西欧も北斎に学んだ。北斎とマチスの二人こそモダニズムの要諦である。画狂老人北斎は“fou de dessin”であり、マチスは“fou de peinture”だ。
注1: ① 会田誠の浅田批判 ()  ② 『ゼロサムネイル』は図画工作である-- 特集展示・岡崎乾二郎(MOT)(
注2: デッサンは学ぶことが出来ないので、学ばないのは正解である。「Bゼミ」は絵が下手でも、手っ取り早くアーティストになる方法を教えるアートスクールの走りだったのではないか。「Bゼミ」で学んだという丸山直文はステイニングの技法を独自に改良して佳作を描いたが、それ以上の発展はなかった。肖像画(顔)や山の風景はとても褒められたものではない。自分で独自に戦略を立てて、「黒地に白い滝」で成功したのは千住博だ。デザインの勝利である。千住博もまた白い滝以外のカラーの滝や芸大時代の作品は「下手くそ」と言う他ないけれど、技法をふくめて、それを隠そうともしないところが大物たる由縁だろう。

スレッド:art・芸術・美術 / ジャンル:学問・文化・芸術

2014.06.27[Fri] Post 14:29  CO:0  TB:0  -岡崎乾二郎  Top▲

会田誠のための記号論入門[1]:《文字と絵画》

会田誠のストーカーのようになってきたけれど、決してそうではありません。

初めは「画家のための記号論」を書くつもりだったが、それでは誰も読んでくれないだろうから、いっそのこと画家の代表として会田誠の名前を借りることにした。幸いというか、会田は現在の日本の美術家の中でもっとも文字と絵画の違いに自覚的な絵描きである。

会田には文字を使った主な作品が四つある。《美少女》のパフォーマンス、《桑田》のレタリング、《1+1=2》の抽象画、そして《書道教室》の看板だ。あとはイタズラ書きやポスターや文章などのための文字で、これほど《文字と絵画》の問題を探究した画家は会田の他にはクレーぐらいしかいないことは以前にも書いた。(注1)

都合のいいことに、会田には《美少女の絵》と《美少女の文字》の両方の作品がある。《犬》シリーズの美少女と自慰パフォーマンスの《美少女》だ。絵の方は、中学生のときに大場久美子の水着姿を裸にして自家製ポルノを描いたのが始まりだ。会田の絵画の原点だと言う。上手く描ければ一度ならず二度三度と使えたそうだ。文字の方は「美少女」だけではなく、おそらく「大場久美子」の名前や「美少女」の文字を見ながら自慰を試みたこともあるだろう。「名前」はその人を思い浮かべるとはかぎらないし、「美少女」の文字を見ても意味を志向するだけで、絵のように具体的なイメージを見るわけではない。ただ文字から注意を逸らして自由な想像・連想をするだけだ。絵の美少女も文字の美少女も自慰という会田にとっては究極の判定基準があったわけだから、「文字」と「絵」の違いについては十分に思索を重ねたに違いない。

文字も絵画も記号である。文字はデジタル記号で絵画はアナログ記号だと俗に言う。これは間違いではない。しかし、「絵画の記号論」というと話がおかしくなる。もともと言語学から生まれた記号論を絵画に適用するには無理がある。世にある「絵画の記号論」と称するものはたいていは強引な辻褄合わせなので、絵をちゃんと見る人にはひどく難解なシロモノになる。

必要なのは「記号の現象学」なのだ。普通の人は文字(言葉)が記号であることは理解しても、絵が記号かどうかはなかなか確信が持てない。文字と絵画の現象の仕方が異なるのはだれでも知っている。しかし、いざそれが何か問われると、知っていると思っていたことが実は何も知らないことに気付く。

記号を定義して理論を構築してもかえって迷路に嵌り込む。まず、美少女の絵や文字がどういう風に現象するか見てみよう。《犬》シリーズの美少女五人はそれぞれ個性のある美少女に見える。《月》の美少女は眼窩が凹んで白人とのハーフのように見える。《野分》の少女が一番わたしの好みに合う。風に向かって吠え、向こうを見る白目が美しい。最後の《陰影礼賛》の少女は田舎娘のようで美少女の基準に合わないような気がするが、会田の好みなのかもしれない。

それに対して文字の《美少女》は会田も言っているように概念を示すので、大きい字でも小さい字でも、あるいは上手な字でも下手な字でも概念が変わることはない。もちろん言葉の意味から注意をそらして誰の筆跡かとか、自分が好きな美少女を想像したりすれば違った意味が表れるだろう。そのときは文字を見ているのではなく、文字から意識をそらし、周辺部に意識を向けているのだ。

以上のことは、図像や文字に意識を向けている客観的態度なのだが、上に述べた「注意をそらす」とか、「周辺部に意識を向ける」などは、言わば意識を客観的態度から主観的態度に転換していると言える。これが「現象学的還元」というものだが、あまり深入りすると返って分からなくなる。事は大雑把が一番なのだ。

図像がどう見えているか文字はどう見えているか、絵と文字を比較してみよう。するとすぐに分かることは、図像を見たり、文字を読んだりすることの根底に知覚があるということだ。絵はキャンバス上の絵具を見ているし、文字は紙の上のインクのシミを見ている。基層にある知覚は絵と文字は同じだが、その知覚を超えた意識のあり方(志向性)が図像(絵)と文字(言葉)では異なっている。どう違っているか会田はもちろんよく知っている。ただ、言葉にできるかどうかは判らない。

これまでブログで繰り返し書いてきたように絵を見ることは「知覚に基づいて想像する」ことだ。自由な想像とは異なる「知覚と想像」が融合した不思議な意識が絵を見ることなのだ。

つづく

注1:キュビスムの文字は平面性の問題だ。

2013.12.13[Fri] Post 22:51  CO:0  TB:0  -会田誠  Top▲

Log in*/RSS*】  Design 「AZ+」Plugin Template...  Page Top▲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。