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『アートオリンピア2015年』落選報告 

全部門(一般部門+学生部門) 応募者総数2126名 全応募作品数2963点

応募者 佐藤順子

作品① 《Double NudeⅠ/北斎オマージュ》 得点255点/500点満点  作品順位679位/2963点
北斎オマージュⅠ (click)


作品② 《Double NudeⅡ/北斎オマージュ》 得点259点/500点満点  作品順位608位
北斎オマージュⅡ (click)

選外作品の搬出梱包に東京、パリ、ニューヨーク拠点の入選作合わせて80×3=240点の写真を収めたカタログが同梱されていた。それを見ると、村上隆がどこかで言っていたように、日本の応募者の技術水準が高いことが分かる。三拠点それぞれの特徴はあるが、写真、ビデオ、プリントを応募規定から除いたこともあって、写真ビデオなどを認めたVOCAより、世界から選抜されたアートオリンピアがむしろ緊張感に欠けたのは皮肉な結果である。(『上野の森美術館大賞』と『VOCA』を混乱していました。ちなみにVOCAは国内の推薦制です。謹んでお詫び申し上げます。)

それにしても、こういうのがポストモダンというのだろうか。写真は応募条件に入っていないが、写真を使った作品や写真的リアリズムの作品が多く入選している。一方ではヘタウマやイラスト、ストリート・アート系、あるいは大道芸風があり、他方では童話や物語、反植民地主義PCらしきものグリッドまであって、コンセチャリズムも主題画もあるという具合に、モダニズムは好まれてはいないようだ。ここでも、「絵画の忘却」があるといわねばならない。

そんなところに佐藤順子の《Double NudeⅠ・Ⅱ 北斎オマージュ》はちょっと場違いに見える。「春画」なら旬(しゅん)だが、今さらモダニストの北斎とは呆れ返ってしまう。それでも500満点中、半分の点を得て、作品順位も約3000点中、上から5分の1ほどの位置につけたのだから、過分の評価をいただいたと言わざるを得ない。ちなみに、去年の『上野の森美術館大賞』の受賞者王青さんの《予感》が入選している。できれば、合計点だけではなく、五人の審査員の評点の内訳を発表して、選考過程も公開して欲しい。合計点では分からない作品を選考員枠で救うというのも危険である。いずれにしろ、国内選考だけとはいえ、得点・順位を発表したのは英断といえる。


佐藤順子の《Double Nude》の制作意図について
ヌード・デッサンは教室の誰にも負けない自信があった。しかし、色を着けたとたん線が死んでしまう。マチスは「線と色彩の永遠の葛藤」といいながら、他方では「素描は既にして絵画である」ともいう。ドローイングなら北斎の助けを借りればなんとかなるようなきがしても、描いてみれば、線も色もどうにもならない。マチスを見ていると幸せになるけれど、それが線の魅力だけではなく、色のためでもあることは分かっている。しかし、マチスの色をまねすることはできない。

ダブル・ヌードのデッサンをやりたいと思ったが、マチスにはダブル・ポーズはない。今、やっとのことで、春画がブームになりはじめた。しかし、北斎の春画は他の浮世絵師の春画とはまったく異なる。むしろマチスのドローイングに近い。春画の着物を脱がせれば《Double Nude》になる。

最初のわれわれの対立は、アクリルか油彩の対立だった。国展でアクリルで描いたハイパーリアルな林檎の絵を見たことがあるので、いずれ油彩は廃れると思っている。ニョウボはアクリルは安っぽくてダメだ。油は深みがあるし、乾くのが遅いから重ね塗りができるし、タッチが活かせるからと、譲らなかった。マチスはチューブから出した絵具に白と黒以外は混ぜなかったという。カットアウトの紙はガッシュの単色で塗っていたと説得したけれど無駄だった。こういう場合はどうすれば良いか知っていた。それで、アマゾンにリキテックスの72色のアクリル絵具を注文した。

次の対立は支持体をどうするかだ。死んだら処分に困るのだからというニョウボの意見が通って、F50のコットン・ペイパーをパネルに水張りすることになった。F100号にしなかったのは、公募展に出すつもりがなかったからだ。ところが、たまたま『アートオリンピア』はF50までということなので応募した。

ニョウボは素描を描くと、それだけで絵になってしまい、あとから色が塗れなくなる。それで、ジェッソを塗り、その上からカラーのアクリルで下塗りをし、乾いたら下絵を描くことを提案した。ニョウボはヌードを肌色にして、背景も描きたかったようで、これにもまた反対されたけれど、今度はカットアウトの《ブルーヌード》は、肌が青色じゃなくて、影が青で、輪郭線ではなく、隙間があると言ったら、沈黙してしまった。


作品② 《Double NudeⅡ/北斎オマージュ》
②の方が先に描いた。背景が金色なのは特別の意味はない。下塗り用にソフトタイプを十数色買って、順番に塗っていったものだ。女を肌色にしたのは何故か分からない。ニョウボはアンチフェミニストで、「男は女の性の道具だ」と思っているようだ。女のほうが威張っているのが気に入っている。金色に黒が似合うと思ったので、輪郭線を太くして、セザンヌの輪郭影(柿栖恒昭)にしようと、ためしに、マチスの《棕櫚のあるヌード》の太い黒い線でスケッチしてみたが、うまい具合にいかない。しかたないので、全部黒く塗って、髪の毛をなくし、顔の表情も消した。
女の右手がおかしな恰好をしているのは、元の絵が袖口に引っ掛けているのをそのまま脱がせたからだ。掌がひらいているのは仏像みたいでおかしいと言ったら、北斎はこうなっていると言い張っていたけれど、いつのまにか軽く握るように変えていた。これなら、ひらいていた方が薬師如来が薬壺を持っているようで、黒田清輝の《智・感・情》の「戦略的ジャポニスム」になると思えば悪くはないと思ったりなどした。


作品① 《Double NudeⅠ/北斎オマージュ》
この作品は搬入前になって急遽新しく描いて差し替えたものだ。線が一番北斎の線になっているという。明るい青とピンクの色はいま流行の色だ。何色にしようかと、珍しく相談されたので、灰色とパステルカラーが合うよというと、下塗りはシルバーにして、女はピンク、男はブルーにした。バーンズ・コレクションのマチスの壁画《ダンス》の色だそうだ。ニョウボは長い間《ダンス》の線が一番好きだと言っていたが、私はてっきりそれより前に描かれた《ダンスⅡ》だとばかり思っていた。
輪郭線は下塗りと同じシルバーで、ヌードと明度があまり変わらないので、シルバーが光らないと線がはっきりと見えなくなる。

以上、ニョウボの『アートオリンピア』落選報告でした。

スレッド:art・芸術・美術 / ジャンル:学問・文化・芸術

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2015.06.27[Sat] Post 23:34  CO:0  TB:0  アートオリンピア  Top▲

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